ブルアカ読み切り短編2作目です。

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第1話

 

 

 

「RABBIT4、これは一体どういうことですか」

「ち、違うのミヤコちゃん。これは……」

 

 

───シャワー室から出ると、ミユが先生の膝の上に座っていた。

 

 

 八月某日。動いていなくても暑いこの季節だが、SRT特殊学園の一生徒として日々の訓練や任務を疎かにはできない。そうなれば日頃より汗をかくのは当然で、シャーレのシャワーを借りる頻度も高くなる。

 この日も月雪ミヤコは訓練終わりにシャーレを訪れ、先生が日頃使っているシャワー室で汗を流した。彼女にとっては至福のひと時である。

 

 しかし、直後に彼女が目にした光景は、彼女にとって到底看過できるものではなかったようだ。

 

「詳しく…詳しく説明してください。私は今冷静さを欠こうとしています」

「顔が怖いよぉ、ミヤコちゃん……」

 

 かつてない剣幕で同僚の霞沢ミユを激詰めしているのには理由がある。

 

 それ即ち、距離感。

 

 シャーレの先生という人物は変わった人だ。

常に生徒を思って行動する大人でありながら、時にとんでもない事をしでかす要注意人物でもある。生徒の足を舐めた、全裸で野を駆けたなんて話が良い例だ。実際にミヤコ達RABBIT小隊も入浴中の姿を見られている。

 

 ミヤコは、彼のような大人が一番嫌い「だった」。

 

 しかし「乙女心は秋の空模様」とはよく言ったもので、数々の事件を共に切り抜けていく中で次第に芽生えた信頼は、今ではその名を変えて彼女に深く根付いてしまっている。

 

 最初に与えてしまったであろう悪印象を払拭し、願わくばもっと近づきたい。先生は「気にしていない」というだろうがそれはそれ。

 

 そうなると気になるのはやはり先生と自分、或いは先生と他の生徒の「距離感」だ。

 基本的に全ての生徒を平等に扱う先生だが、細部については相手にする生徒によって多岐に渡る。例えば彼女の同僚の一人、空井サキに対しては他の小隊員と比べて遠慮のない(変態的ともいえる)発言がたびたび見られる。

 

 ミヤコに接する時よりも、明らかに近い距離。

 

 彼女なりに、アプローチはしているのだが。最近のらりくらりと躱されていると感じるのは錯覚ではない、はず。少なくとも、今目にしている光景のように膝の上に座らせてもらったことは無い。

 ミヤコが先生の懐に潜り込むには、多大な勇気と入念な準備が必要だった。それを目の前のチームメイトは容易く成し遂げている。先生に受け入れられている証拠だ。

 

「(私にはしてくれないのに───!)」

 

 まぁ、要するに。

 

 すごく羨ましかったのだ。

 

「───ミヤコ、あんまり怒らないであげて」

 

 ぷるぷる震えているミユの背後から声が一つ。苦笑しながらこちらを宥めるのは、シャーレの先生。この状況の全ての元凶。

 

「ミユには私から提案したんだ」

 

 先生曰く。

 ミユから以前より相談されていた「存在感を出す方法」の一つを実践している最中だったとか。

 

「『影が薄くない人と同じ画角にいれば気付かれる』と思ってやってみたんだけど」

 

 うまくいったねー、とミユを見下ろし笑いかける先生。

 一方ミユはと言えば、対照的な雰囲気を放つ二人の間に挟まれ目を回しているものの、容易に存在を気付かれたこともあって満更でもないように見えた。

 

 だからと言って、頭を撫でるのはやりすぎではないだろうか。

 

「───そうでしたか。事情も知らず取り乱してしまい申し訳ありません」

 

 ひとまず深呼吸。先生の前だ、これ以上印象が悪くなるような醜態は見せられない。

 追及したい感情はひとまずしまっておくことにして、怯えさせてしまった仲間に頭を下げた。

 

「ミユも、ごめんなさい。怖がらせるつもりは無かったんです」

「う、ううん。気にしないで、ミヤコちゃん」

 

 お互いに平静を取り戻し、仲直り。そんな二人の様子を、先生は楽しそうに眺めていた。誰の所為だと思っているのか。

 そんな他人事な様子がちょっぴり気に食わなくて、一つ咳払いして先生に問いかける。

 

「ところで先生、業務中ではなかったのですか?ミユがご迷惑になっていないといいのですが」

「ちょっと休憩してたとこだから大丈夫だよ。そろそろ再開するけど」

 

 なるほど、つまりご迷惑ではないと。

 であれば自分が思いとどまる理由は存在しない。

 

「ふふっ、」

「ミヤコ…?なんか目が怖いんだけど……」

 

 精一杯の笑顔を浮かべ、二人のほうへ一歩歩み寄る。

 いや、この場合は「にじり寄る」というのが正確か。

 

「──それでは、私のことも膝に乗せていただいても構いませんね?」

「なんで!?」

 

 逃がさない。そんな意図を込めて両手を広げじりじりと距離を詰めていく。先生は椅子のキャスターを回転させて後ずさるが、背後の机にぶつかり止まってしまう。急展開についていけず固まるミユを膝に乗せているため立ち上がることもできない。

 

 震える二人に、獰猛なウサギの影が伸びる。

 

「ミヤコは影薄くないじゃん!」

「ウサギは単独行動を好むそうですが、私はウサギではありませんので。私だけのけ者にするなんてひどいと思います」

「ウサギって言うか、もう目が肉食獣なんだよ!あっちょっ、み、ミユっ、助けてミユー!」

「ひゃうぅ……」

 

 

 いいところまで行ったのだが、結局この日もなんだかんだと言って逃げられてしまった。

 

 

 

*

 

 

「あ、おはようミヤコ。今日はよろしくね」

「おはようございます、、、」

 

 いつもより心なし覇気のない声で挨拶を返す。

 

 今日はシャーレの当番の日。いつもは楽しみのあまり寝付けないこともある程だが、今回の睡眠不足の原因は別の所にあった。

 

 思い出すのは、先日の一幕。

 

「(先生は、ミユのような子が好みなんでしょうか...?)」

 

 サキのような気安いやりとりは得意ではないし、ミユのように、守ってあげたくなるような可愛げもない。

 そんなことは、自分が一番分かっている。

 

「(──いけませんね。自分の問題なのに)」

 

 RABBIT小隊の皆は大切な仲間だ。だからこそ、彼女達に嫉妬心を覚えてしまう自分が許せない。

 そうなると自分の行いを省みる他に術はなく、自己嫌悪のスパイラルに陥ってしまう。

 

 そんなことを考えているうちに、碌に休息をとれないまま朝を迎えてしまった。

 

 

 先生と会えるのがこんなに楽しみなのに、先生のことを考えると胸が苦しい。

 嗚呼、なんてままならないんだろう。

 

 

「───ミヤコ?」

「あっ、すみません」

 

 いけない、ぼーっとしていた。業務に集中しないと。

 そう気持ちを切り替えようとした時、いつの間にかすぐ近くに先生の顔があった。

 

「せ、先生!?」

「んー……」

 

 突然の急接近に、思わず一歩引いてしまう。先生がここまで近くに来るのは珍しいのに勿体ない事をしてしまった。

 対する先生はと言うと、此方を暫く見つめたのち、ややあって口を開いた。

 

「──やっぱり。ミヤコ、もしかしなくても疲れてる?」

「あ…」

 

 目尻を指さす先生の仕草から、眼の下の隈を指摘されたことに気付く。手持ちの少ないメイク道具では、うまく隠せなかったようだ。

 

「すみません。当番の日なのに。体調管理もうまくできないなんて....SRTの名折れですね」

「いやいや、全然謝るようなことじゃないって」

 

 いや、少なくとも子ウサギ公園を出発する前に鏡を見た時点ではうまく隠せていた筈だ。生徒をよく見ていなければ気付かないくらいには。

 

 よく、見てたんだ。自分のことには無頓着なのに。

 

「もしあれだったら、仮眠室で休む?仕事はこっちで進めておくからさ」

「そ、そういう訳にはいきません!当番として来ているんですから」

 

 そんな気遣いが嬉しくて、つい甘えたくなる気持ちを必死に抑え込む。

 構ってほしいと思っていても、負担になりたい訳ではないのだ。

 

「そっか...」

 

 再び考え込むような仕草をする先生。結局、困らせてしまっただろうか。

 

 

「....じゃあさ。代わりって言ったら何だけど、30秒だけ私にくれない?」

 

 

 ややあって再び口を開く先生。

 しかし、たったの30秒とはどういう事だろう。

 

「私は構いませんが....」

「よかった。これも断られたらどうしようかと思った」

 

 拒絶されなかったことに安堵の表情を浮かべる先生。

 

 あれ、先程までよりも距離が近いような───

 

 

 

「───じゃあミヤコ、ちょっと時間いただくね」

 

 

 

 次の瞬間、唐突に目の前を何かに覆われた。そこに付随するように、全身を何かに包まれるような感覚。

 

「...?」

 

 目の前にあるのは先生の体で、背中に回されたのは彼の両腕。

 

 

 抱き寄せられた、と理解するまでにおよそ1秒。

 

 

「~~~!?」

 

 

 驚愕のあまり、悲鳴は言葉にならなかった。

 寝ぼけた頭に冷や水を浴びせられたような衝撃に、全身の血液が突沸したように熱を帯びる。

 

「なっ、なに、を」

「知らない?オキシトシン、とかそういうやつ」

 

 ようやく口から零れた単純な問い。その返答すらも耳に触れそうな距離から放たれ、柔らかく耳朶を打った。

 

「嫌じゃない?」

「いや、じゃ、ないです....」

 

 嫌ならとっくに振りほどいている。いや、既にこの拘束から脱することは彼女にはできないだろう。

 感触、温度、それから声。突然ゼロ距離から供給された、過剰なまでの想い人の気配によって強張った体は思うようには動かせまい。

 

 呂律の回らない返答に対してそれならよかった、と柔らかく微笑み、先生は右手を頭の方に伸ばす。

 

「あ.....」

「大丈夫、力抜いて。ゆっくり深呼吸して」

 

 先日のミユのように、優しい手つきで頭も撫でられる。

 なるほど、あの時なかなか退かなかった訳だ。

 

 互いに胸の鼓動が聞こえるほどの距離。ウサギと同じくらいに跳ねる自分の心臓がうるさい。

 どうにか平常心を保とうと、先生の言うとおりに息を吸ってみる。

 

 だが、悪手だった。

 

 

「(───せんせいの、におい)」

 

 

 シャワー室で嗅いだことのある石鹸の香りと、仄かな汗の匂い。

 気付いた時にはもう手遅れだった。

 

「せん、せい」

 

 危ない脳内物質があふれ出す錯覚。

 全身から力が抜け、暴れる心臓との対比に頭がくらくらする。

 

「ミヤコは....いつも頑張って...偉い、えらい...」

「.....あぅ」

 

 そんな甘い言葉を囁きながら頭を撫でられる。

 

───この「甘やかし」は駄目だ。危険すぎる。

 

 このままでは取り返しのつかないことになる。そう訴えかける理性はこの十数秒でぐずぐずに溶けてしまっていた。

 

「今は、甘えていいんだからね」

「.....」

 

 

 ぷつん、と。突如何かが切れる音を確かに聞いた。

 

 

「(───もう、いいのでは?)」

 

 

 ハグされたままの体勢に次第に慣れてきて、冷静さを取り戻すかと思いきや。

 溶けた理性はそのままで、代わりに鎌首をもたげ始めたのは彼女の「欲」とでも言うべきものだった。

 

「(先生からハグ、してますし。今なら、もっと───)」

 

 思えばこれまでずっと、自分のアプローチは袖にされているのだ。

 過去最大に近づいたこの距離を活かさない手はない。

 

 理性ではなく、衝動によって脱力した手に再び力が篭もる。

 

 今度はこっちが逃がさない。そんな意図を込めて伸ばした手が、腰のあたりに伸ばされていく。

 その手がほんの僅かに振れた、その瞬間──

 

 

「──はい、30秒」

 

 

 ひらりと躱された。

 

「あっ、」

 

 すぐ近くにあった体温が離れていく。

 無意識のままにその温度を追いかけようとして。

 

 

 びたん、と前方に倒れこんだ。

 

 

「ミヤコ!?」

 

 

 先生が驚愕の声を上げる。

 やっと動いた両の腕以外は、抱擁の余韻からうまく抜け出せなかったようだ。

 

 痛みは大して無い。それよりも彼女が抱いた感情は情けない姿を晒したことによる羞恥、そして....驚愕。

 

 

「(今の反応は...)」

 

 

 先生が抱擁を解く直前。丁度手が触れた瞬間。

 僅かだが、体が跳ねていた。

 

「(あれはまるで、)」

 

 自分の「欲」に反応したような。

 そんな仕草だった。

 

 そこだけ切り取れば、これまでと態度は一貫していると言える。しかしその直前まで、二人は抱擁を交わしていたのだ。

 その二つに違いがあるとすれば───

 

「(──私の、ため)」

 

 疲れた彼女を癒したい。その一心で今回の行動に及んだのだとしたら、辻褄が合う。

 

「み、ミヤコ....?」

 

 倒れたままの状況を心配する声が聞こえ、俯せたまま息を吐く。

 

 

「(それが、貴方の線引きなんですね)」

 

 

 「影が薄い」という悩みを解決する為なら、或いは疲れた生徒を癒すためなら。

 「生徒の為」という理由によって動く、それが彼が持つ大人としての覚悟なのだろう。

 

 同時に、その覚悟が先生と生徒、大人と子供を分かつ境界線の意味を持っていた。

 

 

───ああ、なんてままならない。

 

 

 試合に勝って勝負に負けた。多分、そんな言葉が今の自分にはよく似合う。そんな気がした。

 

 

「大丈夫...?どこか痛い?」

「....いえ、体は痛くありません。ただ───」

 

 

 いっこうに立ち上がる気配を見せない様子にうろたえる先生を尻目に、ようやく体を起こす。

 

 どうやら、作戦の再考が必要らしい。

 

 

 

「──難しい任務だと、改めて思っただけです」

 

 

 


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