プレリガ短編   作:タニシカレー

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アリシアとリーガルへの想いを整理できないプレセアの話。リガアリ前提プレ→リガです。
11月のテイルズオンリーで頒布予定のプレリガ無配のプロト版です。無配として出す際は紙媒体用に多少の修正が加わる可能性がありますが、話の内容は変わりません。


あなたとあの子と私とちぐはぐ

あなたとあの子と私とちぐはぐ

 

 子供の時間と大人の身体の喪失は、私の自我を揺るがした。身体と同じように子供扱いされると胸がちくりと痛むのに、時折コレットさんのような年頃に目線を合わせ、少女になることをどこか心地いいとも感じていた。心と身体はいつもちぐはぐで、孤独と一緒に「私は何者なのか」という問いに向き合い続けていた気がする。

 そんな私に、声をかけ続けてくれた人達がいた。そばにいてくれた人達がいた。そして誰よりも、私と向き合い続けた人がいた。私に目を背け、逃げ出してもおかしくない事情をお互いに抱えていたのに、誰よりも、もしかしたら私自身よりも私の自我を取り戻そうとしていた。そうして彼と、ロイドさん達と歩き続けて、私は「二十八歳の私」という自我を取り戻した。

 ようやくだった、長かった。でも、それで終わりではなかった。自我を取り戻した先に待っていたのは、旅の間やその後に芽生えては目を背け続けた感情の整理だった。

 

 仕事でアルタミラに来るときはいつも、穏やかな気分とざわつく気持ちが一緒にやってくる。その理由はわかっているけれど、私はまだその理由の全てを飲みこめていなくて、とりあえず外れにある慰霊碑に向かう。

 慰霊碑の前には、ジョルジュさんが立っていた。慰霊碑の側には綺麗な花束がふたつ、背中越しにはしおれた花束が見える。ちょうど花束を変えたところらしい、振り返ったジョルジュさんは私に気づくと、穏やかな笑みを浮かべて私に声をかけた。

「おお、プレセアか。リーガル様なら先に会長室にお戻りになっているよ」

「ありがとうございます。ここでお祈りしたら、すぐに向かいます」

「そうか……では、私も先に戻るとしよう」

 そう言って、ジョルジュさんはエレメンタル・レールへと向かう。ジョルジュさんと、多分リーガルさんがお供えした花束の間に小さな花束を置いて、私は膝をついて祈る姿勢をとった。

 この慰霊碑に名前は刻まれていないけれど、刻まれた文章であの日……アリシアが命を落としたあの事件の慰霊碑だということはすぐにわかった。旅の間は慰霊碑に祈ることはできなかったけれど、旅が終わってレザレノ・カンパニーの嘱託社員として関わるようになってから、アリシアのお墓だけでなく慰霊碑にも祈るようになった。

 慰霊碑に初めて祈った日、偶然そこに居合わせたジョルジュさんから私の知らなかったことを告げられた。あの事件には、アリシアの他に数人の犠牲者がいたのだと。

 アリシア以外の犠牲者は誰に命を奪われたのか、ジョルジュさんは教えてくれなかった。教えてくれなかったことが既に答えだと言ってもいいけれど、そうでなくてもすこし考えればわかることだ。リーガルさんが牢獄にいたのはアリシアを手にかけたから、ヴァーリは罪と責任から逃れた、そしてリーガルさんの他に、罪に問われた人はいなかった。

 そう、誰が命を奪ったか、頭ではわかってしまうのだ。わかってしまうから祈ることで、悼むことで、名前も知らなかった人達と向き合うことでちぐはぐになりそうになる心と頭をまとめて、私の心はすこしだけ落ち着きを取り戻すのだ。

 祈りの時間を終えて、私も慰霊碑を後にする。エレメンタル・レールでレザレノ本社へ向かい、受付で社員証を見せる。エレベーターに乗っていた社員さんは、私の顔を見るとごく当たり前のように問いかけた。

「会長室行きですか?」

「はい……ありがとうございます」

 エレベーターに運ばれて、先に降りる社員さんを見送り、私は一人会長室へと向かう。エレベーターが停まり外へと一歩踏み出した瞬間、慰霊碑のときとは別の、そして強いざわつきを覚えて私は深呼吸をしながら歩みを進めた。

 

 ざわつく理由は会長室に行くからじゃない、彼に会うからだ。あくまでビジネスパートナーという関係なのに会う度に心がざわついて、しかもざわつきはすこしずつ強くなって、今では深呼吸なしではドアを開けられない。私自身も変だなと思っているのに、穏やかな気持ちと隣り合わせの気持ちを冷静に噛み砕けないのだ。

 会長室の前に着いた私はもう一度深呼吸をして、ドアをノックする。ノックからほんの数秒でドアのロックが解除されて、私はドアをなるべく小さく開けて入室した。

「失礼します。この前お話しした新グッズのサンプルを持ってきました」

「ご苦労だった、感謝する。できればすぐにでも確認したいのだが……まだ書類が片付いていなくてな。しばし待っていてほしい」

 リーガルさんに促されるまま、応接用テーブルのソファに腰掛ける。何かの書類を読んではサインしていく彼を横目に、私は持ってきたサンプルと資料をテーブルの上に並べる。そうして待つこと数分、書類を片付けたリーガルさんは私の反対側のソファに座った。

「失礼、待たせてしまったな。早速だが、サンプルの確認に入っても構わないだろうか」

「どうぞ」

「それでは……」

 そう言って、リーガルさんは私の持ってきたサンプルを手に取り、じっくりと眺めはじめた。

 今回持ってきたのは、木彫りで作った新デザインのアクセサリーだ。今まで作っていたブローチは女の人達に買われていたから、今回は主に男の人に買ってもらえそうなバックルにした。表面をそっと撫でて、細部を覗いて、仕上げの甘さがないか確認すると、リーガルさんは満足したようにうなずいた。彫りと仕上げのこだわりは、ちゃんと伝わったらしい。

「さすがの出来栄えだ。量産はできなさそうだが、期日までにどれだけ用意できるだろうか」

「そうですね……使用する材料や色展開によって変わりますが、既存のグッズ製作や商品開発への協力も考えると、だいたい三十個くらいだと思います」

「材料と色展開というのは、資料に書いてある内容だろうか」

「はい。サンプル品は安価な木材で着色なしの仕上げにしましたが、木材や色の違いによって、様々な層の方の手に取っていただけるかと思って」

「この木材ならより安価に、資料のこの木材は高級志向か。色は三種あるが、世代別に好みが分かれそうだな。よかろう、まずはこの内容で製作を進めていただきたい。材料はプレセアの家に手配しておく」

 そう言って、リーガルさんは紙に迷いなく文章を書き、そしてそのまま私に差し出す。そこには、各木材、各色で何個ずつ製作するか、木材と仕上げの材料に合わせたアクセサリーの販売価格、そして私の報酬が書かれていた。

「報酬、高くありませんか?」

「この商品は神子に宣伝を依頼した。高価な素材のものは、価格を上げても貴族であれば迷いなく買うだろう」

「ゼロスくんが、宣伝を?」

「そうだ、お前の新商品と言ったら喜んで広告塔になると仰っていた。テセアラの神子が身につけたとなれば貴族でなくても興味が湧くものだ、おそらくどの商品もすぐ売り切れるだろう。初回分がなくなり次第、セミオーダー式で展開することを考えればこの報酬は妥当だ」

「そう、なんですね」

「プレセアの作ったものはどれもお客様からの評価が高い。今回も期待している」

 そう言って穏やかに微笑む彼に、私の心がいっそう強くざわつくのを感じた。

 わかっている、わかっているのに。その笑みは、私を信頼をしているから向けてくれるだけなのに。彼が微笑むことに、特別な意味はないはずなのに。意識することなんて、何もないはずなのに。ざわついてしまう、でも誤解してはいけない。とにかく落ち着いて、これから商品開発部門にも行くのだから。

「どうした、プレセア」

「いえ……失礼します」

 彼をなるべく見ないように、そそくさと資料とサンプル品を回収して会長室を出ようとする。ざわつきをなんとかしなければと思ったそのとき、後ろから呼び止められた。

「プレセア」

「な、なんでしょうか」

「昼食はどうするつもりだ」

「お弁当は、ありますけど」

「そうか、それなら空中庭園で食事をするのはどうだろうか」

「……考えておきます」

 胸がざわついて言葉が詰まって、そんな言葉しか返せないまま私は会長室を後にした。

 

 商品開発部門のフロアまでの道が、ひどく長く感じる。商品開発に取りかかる間はいつもの調子を取り戻せるのに、一息ついたその瞬間に穏やかさとざわつきを一緒に思い出す。商品開発部門の昼休憩の時間になって、待ちぼうけをさせる罪悪感から向かった空中庭園までの道もひどく長く感じる。エレベーターまでの道を歩く間、目を背け続けた感情の軌跡を思い返していた。

 アリシア、私の妹、リーガルさんが今もなお愛する人。わずかな記憶の中のあの子も、エクスフィアになりきる前のあの子も、そしてきっとあの人の記憶の中のあの子も、暖かな光のようで、今もその気持ちは変わらない。だけどその光の中には私の見落としていた影があって、彼が多分意図的に隠していた影でもあって、私はまだその影を受け入れきってはいない。

 リーガルさん、アリシアが愛した人、私の妹を奪って、それでも私と向き合い続けた人。どうしようもなかったとわかっていても、奪われた痛みと怒りはわだかまりになった。その一方で、私は彼を大人の男の人として頼り、彼に呼びかけ、彼と会話を重ねていた。そして赦せないと思いながらも、芽生えつつあった感情に目を背けた。怒りの方が心地よく、赦せばその感情を意識してしまいそうだったからだ。そして旅を終え、怒りに身を任せるのをやめたとき、芽生えた感情は整理しきれないまま穏やかな心とざわつきに変わってしまった。

(この扉が開けば、あの子とあの人がいる)

 そう思うと、ざわつきは小さなとげに姿を変えて私の胸を刺す。だけど後戻りはできなくて、後戻りをしたくないとも思っていて、私はただ動く箱の扉が開くのを待った。

 扉が開いた先にある空中庭園は、相変わらず綺麗だった。枯れた植物はなく、綺麗な噴水の前に丁寧に掃除をされたあの子のお墓があって、リーガルさんはやっぱりお墓の前に立っていた。

「お待たせしました」

「構わぬ。私も今しがた来たところだ」

(……嘘)

 私の方へと歩み寄るリーガルさんの膝には砂がついていて、お墓の花立てには綺麗な花束が立てられている。彼が何をしていたのかは明らかで、私を気遣うための嘘をつかれたことに痛む必要のない胸が小さく痛んだ。

「食事にしようか」

「はい」

 リーガルさんに促されるまま、庭園の小さなテーブル席に着く。私の視界には二人分のお昼ご飯と、アーチ越しに見えるあの子のお墓と、穏やかな顔でバスケットの包みを開く彼が映っている。包みを開いて並んだのは、すこし不恰好な私のお弁当と綺麗に盛り付けられた彼のお弁当だった。

「お弁当、どなたが作ったんですか?」

「キッチンを借りて、私が作った。品数のわりに食材の種類が多かったので、二人分作ってジョルジュにも持たせたのだが……」

「とても美味しそうです、盛り付けも綺麗で」

「そうか……」

 すこし恥ずかしがりながら、でも心の底から嬉しそうに、リーガルさんは微笑みを浮かべる。旅の途中もリーガルさんは料理を褒められるのが好きだったなと思いながら、私は自分のお弁当を食べはじめた。

 私達のご飯の時間は話が弾むことはあまりないけれど、完全に無口になるわけでもない。どちらからと意識することなく、どちらかが自然と話しかけてすこしだけ言葉を交わす。そんな静かで穏やかな食事の時間を、私は気に入っているのかもしれない。

 お弁当を完食して、二人で自分のお弁当の包みを結んで、リーガルさんはあの子のお墓を見つめる。そして寂しそうな微笑みを浮かべて、静かに言葉を繋ぎはじめた。

「本当は、私自身だけで解決するべきと思ってはいたのだが」

「……なんのことですか」

「ここ最近、お前にいらぬ気を遣わせたり、よからぬプレッシャーをかけていまいかと思ってな」

「どうして、そう思ったんですか?」

「私が何かを話すと、お前が気まずそうに目を逸らすようになった」

 リーガルさんの指摘に、私は目を見開いた。私は態度を変えたつもりはなかったのに、彼は私以上に私の仕草ひとつひとつに目を配り、よく見極めている。多分大人として、そしてレザレノ・カンパニーの会長として彼が磨いた洞察力だ。彼の格闘術のように筋が鋭い。

 でも、その洞察力の結果がどうしてこのお昼に繋がるんだろう。浮かんだ疑問は口に出なかったけれど、私の顔を見たリーガルさんは察したような表情で言葉を繋いだ。

「私一人では、ただ訊いても解決できぬと思った。だから、彼女の力を借りようとした。彼女がいることで、お前が何かを言い出せたらいいと思ってな」

「私にはまだ、向き合う力が足りないのだ。こうして、彼女の力に頼らなければお前の抱えるものを知ることすらできない」

(……ああ、あなたの言葉はこんなにも)

 彼の言葉は暖かく、優しくて、だからこそバラのとげのように私を刺した。

 彼の行動は、言葉は何より誠実で、私と向き合う意思も力も持っていた。アリシアの力を借りようとしたのも、彼の力不足ではなく私の悩みに真剣に寄り添おうとしたからで、それは私にもちゃんと届いている。

 だけど、彼はわからない。どうして私が目を逸らしてしまっていたか、どうして穏やかな心とざわつく心をコインみたいに貼りあわせているのか、胸にとげが刺さってしまうのか。そしてその理由があの子と彼に繋がっていることに、彼は気づけない。

「仕事は、本当に無理なくやっています。やりがいもあって、生活が安定するほどの収入ももらえて、みなさんの期待に応えられるのは嬉しくて」

「そうか。では、理由は私に言えないところにあるのだな。無理に聞き出そうとしてすまなかった」

「いえ、いいんです。これは私自身が向き合って、解決しなければいけないので」

「私にできることは、なかったのだな」

「ほとんど、でも……ひとつだけ」

 私は椅子から立ち上がり、テーブルの反対側に、リーガルさんの隣に椅子を動かして再び座る。彼は私の意図を察してくれたようで、座っていた椅子を動かして私の真横に並べて座り直した。

「すこしだけ、隣で休ませてください。それで十分です」

「……」

 この角度なら、多分リーガルさんの視界にお墓はほとんど映らない。私の落ちた目線では、彼の身体と地面くらいしか映るものがない。そうして身体をすこしだけ傾けて、私は彼の腕に頭を軽く預けた。彼が腕を伸ばし、私の肩を抱き寄せることは決してないとわかっていながら。

 

 旅の間に彼が私と向き合う度に、私は彼の愛の深さに、贖罪の重さに、そして誰にでも向ける誠実さに目を背けていた。もし彼がヴァーリやロディルのような、仇と呼ぶにふさわしい人だったなら、もし彼のアリシアへの想いや贖罪意識が中途半端だったなら、こんな感情は芽生えなかったのにと何度も考えた。

 そして今、彼が私と向き合う度に、私は彼の愛の重さに、贖罪と未来に向ける眼差しに、そして私に向ける誠実さに目を背けられなくなっている。もし彼がアリシアを想い出にできていたなら、もし彼が私とアリシアとの距離感を誤っていたら、もし彼の見つめる先に別の女の人がいたら、こんな感情はすぐに整理できていたのに。

 彼は腕を伸ばさない、私はスーツの袖を引かない。私は感情を整理できないまま、彼は私の感情に気づかないまま、身体をすこし預けて目を閉じる。

(勝手に想って、勝手に悩んで、あなたの誠実な不誠実に甘えてしまう)

 本当は気づいていた。怒りと赦しに揺れながら彼を頼り彼の言葉を求めていた自分に、命を奪った恋人に最期まで慈しまれ、愛されていた彼の本質に。

 本当はわかっていた。アリシアが心の底から愛した人が、救いを求めた人が、身分の差まで超えてアリシアを愛する人が、素敵な人じゃないはずがないんだと。

 わかっていた、わかっていたからこそ、あの子と彼のことを想うと穏やかで、心がざわついて、胸が痛んで、私の心はちぐはぐになっていく。

(私のちぐはぐな気持ちに、感情に、どうかあなたは気づかないで。それか、気づかないふりをして)

 彼の腕から頭を離し、形だけは何事もなかったかのように立ち上がる。椅子を元に戻して、空のお弁当を手にしたとき、リーガルさんは私のしたことに何も言わず、ただ問いかけた。

「プレセア、すこしは私も役に立てただろうか」

「はい……ありがとうございました」

 もうすこしで、昼休憩の時間は終わる。私はリーガルさんに続くようにエレベーターに乗って、先に降りる彼を見送り、元の階へと戻っていく。

(まだ感情の整理も、あの子と彼の全てに向き合うのも難しい。だけど私は目を背けられない、向き合って、整理していくしかない。たとえ私の出した答えが、私自身が報われるものでないとしても)

 エレベーターが停まり、私は再び商品開発部門のフロアへ歩きだす。彼に頭を預けたときの穏やかさと、あの子を思い出したときの影を包んだ暖かい光と、私自身のちぐはぐで何ひとつ切れない感情を身体の中に納めながら。

 

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