朝。
久々に角の光もなく、ユウは静かに寝息を立てていた。 ようやく普通の朝。人間って、平凡が一番ありがたい。
「……よし、今日こそまともに出勤しよう」
そう呟いて、私はそっと部屋を出た。
◇◇◇
魔獣管理局。通称、魔管(まかん)。 この世界における、最も理不尽な職場のひとつ。
「おはようございます……」
事務所に入ると、なんとなく空気がざわついていた。 レインがいつものデスクに座りながら、私に目をやる。
「アイリ、擬人型ユニコーンと“同居中”なんだって?」
「うん、まあ……保護って意味でね」
「ふーん。保護って言いながら、夜は抱き枕にしてるんじゃないの」
「寝具じゃないからあの子。あと角が夜光性なのやめてほしい」
レインは書類の山を眺めながら、ため息をついた。
「で、その子の角、また光ったんでしょ? 今度は職場吹き飛ばさないでよね」
「……フラグ立てないでくれる?」
◇◇◇
「アイリ・フェルミ、係長から通達!」
受付のスピーカーから、軽めの呼び出しが入った。 嫌な予感しかしないが、逃げたらそれこそ終わる。
資料室に入ると、係長が腕を組んで立っていた。
「ユニコーンの角、あれ異常値出てる。魔力暴発が常態化してる可能性あり」
「……で?」
「検査。正式に“異常検査”対象になった。今日から“感情刺激による反応測定”実施して」
「いや、まず“異常”の基準が不明なんですけど。擬人化タイプって個体差すごいですよ?」
係長は苦笑いしながら言った。
「まぁ、それを測るための測定だからね。検査キットはもう家に送ったから」
「ちょっと待って送ったって、早くない!? 昨日の夜の話よ!?」
「魔管は基本、速さが正義」
だから仕事雑なのよ。
◇◇◇
帰宅すると、玄関前に不穏な箱があった。 「魔導生体測定キット・タイプB」と書かれている。
中を開けると、無駄にカラフルな指示書と、 なぜかピンク色の“感情刺激テストカード”が入っていた。
「なにこれ……ラブコメ診断じゃないんだから」
ユウがそっと覗き込む。
「それ、僕に使うの?」
「そうだよ。“お前の角が暴発する原因は感情です”って言われたの。つまり──」
私はカードをめくる。
『テスト1:手を握ってください』
「……このセリフ、職場で言わされたくないランキング第1位」
「とりあえず……やってみる?」
手を握る。反応、微妙。セーフ。
『テスト2:名前を呼んでください(愛を込めて)』
「いやもう、この時点でギリギリアウト」
「でも、アイリが言ってくれるなら……」
「ユ、ユウ……?」
角、ちょっと光った。
『テスト3:頭を撫でてください(やさしく)』
「撫でたら爆発とかしないよね?」
「たぶん……?」
そっと撫でる。──ビリッと軽く火花が走った。
「やっぱ漏電してる!! 角に制御装置つけて!!」
ユウは慌てて角を押さえ、縮こまった。
「ご、ごめん……僕のせいで……」
「うん、まあ……ちょっとは私のせいでもあるけど」
測定はそれ以上続けられなかった。データは全部“高反応”で記録不能。
私はため息をついて、キットを箱に戻した。
測定はそこで中断となった。
ユウは小さく呟く。
「僕は……やっぱり、人間にはなれないのかな」
アイリはそんな彼の言葉を、どう受け止めていいかわからなかった。
事務所の奥、管理局の研究者が怪しげにモニターを見つめている。
「ふむ……興味深い」
背後で小さな影が揺れ、物語の新たな局面を予感させた。