__キィィン!
__ガガガッ!
__ドゴン!
「遅いわ!」
「ぐぁあっ!?」
何度も剣を打ち合い、一瞬の隙を突かれ蹴り飛ばされた若者は壁に背から激突し身動き一つ出来なくなり、受け身を取れないまま地面へぐったりと落ちていく。
若者の纏う衣服は血だらけで無数の傷口が衣服の裂け目から覗いていた、若者は生きていたが、生きているのが不思議なほど生傷にたえない。
「どぉした!今日は一段と腑抜けているようだな!ジン!」
くたばり果てる若者に喝を入れる爺、老いてなお衰えぬ達人の気迫と荒々しい闘気は年齢を感じさせない、むしろ年老いているからこそ恐ろしいとさえ思わせた。
ジンと呼ばれた若者は手に持った剣を支えに膝から順に立ち上がり、震える足に力を込めて何とか剣を爺に向けて構える。
「うるせぇぞ……じじい……っ!」
「ふん、そのような体たらくで、ウルハの血が泣いておるわ」
「いちいち……うぜぇんだよ!」
__ボン!
「がはぁっ!?」
爆発に似た音を立て若者―ジン―はまた壁へ打ち付けられた、爺をみれば剣を縦に大きく振り下ろした後、まさに距離を無視した空を切る一撃だったのだ、ジンはそれに吹き飛ばされたようだ。
「ふん……この程度の剣風にも耐えられんお前では、里の外へ出るなんぞ夢のまた夢ぞ!」
「ぐ……くそ……じじ……い……」
ジンは最後に悪態を言い残し力尽きて気絶する、爺は剣を腰の鞘にしまいつつジンを片腕で持ち上げ、小脇に抱え井戸の側まで歩いていく。
「ほれ、ささっさと起きんか!」
__ドサッ
地面に投げ捨てられたジンは衝撃で目を覚まし、傷だらけであることを忘れたように飛び跳ねた。
「ぎえぇぇえ!痛っっっい!!このボケクソジジイ!子供の扱いがなってねぇぞ!」
「だからなんだというのだ、お前が里の外へ出るというから稽古を付けてやっているのだろうが、恨み言を言うではなくむしろ感謝するべきだろう」
「限度ぁぁぁぁ!!考えろぁぁぁぁ!」
爺は既に汲んであった井戸水をジンの頭から被せる。
__バシャァッ!
「ぎぃぃぃ!染みるぅぅぅ!」
「それだけ叫ぶ体力があるなら自分で風呂を沸かし体を洗ってこい、この血みどろ坊主」
「誰のせいだ誰の!……いつつ……はっくしょいッッッ!……さっさと風呂行こ……」
水に濡れ、水を吸った衣服が熱っていた体を冷やしたのでジンの体は熱を欲した、体を擦りながらいそいそと風呂の支度を始めた。
ジンは井戸の近くにある風呂小屋へ向かい、五右衛門風呂と呼ばれる釜に井戸から水を汲み上げ、満水になれば釜の底を舐める程度に薪で火を起こし焚く。
「今日は薬湯にするか……」
釜に貯めた水が湯に変わった辺りで薬効のある植物を煎じたモノを湯に溶かし混ぜる、ほんのりと青臭いが清涼感もある湯が出来上がった。
__ザブーン
ジンは湯に浸かり、心地良さに目を閉じて背を伸ばしたり腕を伸ばして体をほぐした。
「ああ〜いい湯だな……」
湯に浸かれば心が落ち着き、今日のことを振り返る余裕が出来上がる、するとジンは何時ものように爺に対する不平不満がふつふつと湧き上がる湯のように出てくる。
「爺め……いつもいつも死ぬ寸前まで痛めつけやがって……おかげで傷の治りが間に合ってねぇじゃねぇか……この傷初日の稽古から消えてねぇし……もう3年経つんだぞ……」
ジンの体には今日出来上がった傷以外にも首、背中、腕胸、脇腹、太もも、目立つ位置に大きな切り傷が絶えない、今日だけでなくずいぶん前から壮絶な稽古をしていることの証だった。
「いつになったら、里の外に出られるんだ……外の世界はどれだけ強くて広いのか……早く腕試ししたいな……それに……」
ジンが外に行きたがるのは、剣士の腕を確かめることともう一つ目的があった、それは里の外を見るということだ。
生まれてからずっと里の中で育ち、里の中で生きてきたジンは、外を何も知らない、何が住んでいて、何が違っていて、何が同じなのかを知らない、知らないものを知りたがる好奇心が芽生えた時から彼はずっと里の外へ出たがった。
しかし、爺はそれに否定を突きつけた。
爺はジンにこう言った「外はお前では生きて行けぬ世界」だと、育て親である爺がそう言うのだからジンはむしろ反発し何が何でも出ていこうとしたので、爺が折れて十分な力を付けたら出て良いと条件をつけた。
それから始まったのが地獄のような稽古の日々だった。
「くそ……最初はどうとでもなると思ってたのになぁ……爺、爺のくせに強すぎんだろ、あと数年生きるか変わんねぇヨボヨボの爺のくせに……」
思い出すのは、老いた爺に気を使っていたら天高く打ち上げられ一瞬生みの親の顔が浮かんだあの日、ジンがあれほど後悔した日はない。
それからがむしゃらに爺に立ち向かっては転がされ、壁に投げつけられ、打ち付けられた、ジンは3年同じ事を繰り返したせいで全く成長を実感していなかったが……
「傷の分だけ強くなってて欲しいけどなぁ」
と、左腕の傷を見ながら言う。
この傷は初めて爺に付けられた傷だった。
風呂に浸りながら思い出にも浸っていると母屋の方から爺の足音が近づいてくる、夕飯の時間なので呼びに来ていた。
「おい、飯が出来たぞ……いつまで風呂に入っている気だ……あっ!!!ワシのとっておきの薬湯を使いよったなーっ!」
「結構なお点前でした、めちゃめちゃ体が軽くなったぜ」
唖然とする爺の横をすり抜けて母屋へ向かうジンだった。