「300……301……302……さんびゃ……くぅ……無理……」
「ほれ、脇を締めい、楽をするな、何も鍛えられんぞ」
__つんつん
「ぐぎぎ……!おい……ジジィ……腕限界なんだよ……さんびゃく……さん!……」
「この程度で音を上げるな、外はもっと辛いぞ、広いのだぞ、不平不満を言えばどうにかなる世界ではないのだ」
「うるせぇ……だからって重石を三つも四つも……置きやがってぇえ…………!」
ジンは今日も稽古に明け暮れていた。
今日の稽古は基礎体力作り、筋肉を鍛えるため抱えるほどの大きさの石を四つ背に乗せ腕立て伏せをしていた。
ノルマとして腕立て伏せを1000回、出来なければ外へ行くための稽古を増やすと言う爺に対抗して、重しを付けて500回にしろと交渉し、そうなったのだが、重しが重すぎる本末転倒な事態になっていた。
「乗せす……ぎ……だ……じじ……い……!いっこ……降ろせぇ……!」
「無理じゃ、全部で100キロ、これくらいは出来て当然、外へ出すにはお前は貧弱過ぎる」
「くっそぉぉぉ!……さんびゃく……よん!」
汗だくになりながらジンは1回ずつ回数を重ねていく、ジンはまだ数えて13になる歳で体もそれほど大きくない、なのに過酷な環境に追い込み、徹底的に絞り上げるのは育ての親の所業ではない。
しかしこの爺と言う人物はそういう事を平気で出来る精神を培ってきた、一子相伝の技の継承者である、例え今日ジンが死にかけても平気な顔で「また明日」と言う、事実そうなのだ。
「この爺はな、稽古や修行に一切妥協せん、一子相伝にして門外不出の
「嘘クセェ……さんびゃく……ご!……確かに爺……の……技はすげ〜……でも………竜だぜ………殺せる……のか?……人間……に!………さんびゃく……ろく!」
爺の強さを嫌ほど知っているジンでも一子相伝の技を受け継ぐと言う御竜介錯人の名前に違和感を抱く。
竜を介錯する人間、いわば神話に語られるドラゴンスレイヤーの逸話はジンの住む里にもそういう古い言い伝えとして存在するが、それは命と引き換えにやっと竜のなり損ないを倒す程度の話、この爺が御竜介錯人のお題目通りに本物の竜を殺せるとは到底思えなかった。
その疑問に爺は答えない。
「ふーん」
「おい……無視すんな……」
「例えどんな技であっても未熟者が使えばなまくらと変わらん、まずは半人前になってみせよ」
「えらそーな……」
「ワシ、実際えらいじゃろ」
__グググ……
爺はおもむろにジンの背中を押し始めた、ただでさえ重しで充分以上に重いというのに爺の力で抑え込み、どうにもこうにも動けなくしてしまった。
「何やってんだじじぃ……!」
「ほれ、反抗期の力で押し返せ」
「……むかぁ………つくぅ………やってやろうじゃねぇかこの野郎ォォォォォォ!!」
煽られたジンは先程までのペースを超えて高速でピストン運動を始める、正確なテンポで滞り無く、疲れを感じさせない勢いを付けて。
昨日の傷が開いて血が出ているのだが、今の彼は強い怒りによって動く暴走機関車、それに今まで打ちのめされてきたおかげで痛みには滅法強かった。
勢い止まらず回数を重ねついにその時が来る。
「480……490……495……500!!おらぁっ!やってやったぞ!」
終わると同時に背中の重石を振り落とし立ち上がる、達成感に満ち溢れた表情だった。
しかし、無理したせいで血みどろである、切り合っていないのに。
「やってやったぞ!ジジィ……!」
「その腕使い物になるのかの?」
「あん?……」
__ぶらーん
確かに達成したが、代償は両腕の筋肉の断裂、しばらく治りそうにない酷い怪我だ。
これには流石に爺も呆れたように目を手で覆ってため息を一つついた。
「はぁ〜のうジン、叩けば伸びるお前を熱した剣に例えたこともあったな」
「おう…」
「ちと、伸ばしすぎたな」
「……おう」
やり過ぎたとは思っているジンなのだが、元はと言えば焚き付けた爺が全て悪いと思っている、爺も貧弱なジンが悪いと心底思っているので、二人はどっちもどっちななすりつけ合いをしていたのだった。
こういう時頼る人物が居るに居る、しかし、ジンの天敵でも有るのだ。
「まぁ良い、死なん限りはハサクが治してくれよう」
「やっぱそうなるよなぁ〜〜」
「嫌そうな顔するでない、幼なじみであろう、笑顔でいてやれ」
「怪我見て喜んでる変態をか」
「つべこべ言わず行って来い、足は平気じゃろ」
「はいはーい……気が重いなぁ……」
とぼとぼと暗い空気を漂わせ歩いていく、訓練所兼自宅の敷地内を抜け、里の施設が集まる中心部へ歩いていく、道中血だらけで歩くジンを見てぎょっとする住民達だが「いつものか……」とすぐに思考を切り替え自分の仕事に戻っていく。
「ハサクかぁ……会いたくねぇなぁ……」
ハサクとは、彼の幼馴染だ、2歳ほど年上だが、里に同年代の子供が少ないので自然と知り合いになった仲だ。
ハサクは医師の子として医術を受け継ぎ、回復に長けた魔法を操る技術を持っている。
しかし、それだけの存在ではない。
「うわ……考えてる間に着いちゃったよ……」
ウルハ診療所と書かれた看板が入り口に立てかけられている、小さな木造家のような佇まいで見た目通り小規模で、十人も入院できれば良い方だ。
ジンは嫌々ながら戸を 叩き、ハサクの名を呼ぶ。
__トントン
「はぁ〜さぁ〜__」
「ジン!」
扉が突き破られるかと合わせる程の勢いで登場したのはボーイッシュな髪型をした女子である。
その目はジンしか見ていなかった。
「くぅ〜……って、言い切る前に来るなよ気持ち悪いぞ」
「ん?なぜだい?君はどうか知らないけど僕は君のことを好ましいと思っているんだ、だからこの速さを実現できているんだよ!」
「うるせぇよハサク、さっさと治せよ」
「僕のことをそんなぞんざいに扱うの君だけだよ!入りなよ!」
このハサクと言う女子、ひと癖もふた癖も見せつけていくが、まだ序ノ口である、ジンはこの後起こることを想像して心底うんざりしつつ、診療所の中へ入る。
診療所の内装はシンプルなもので、木棚に薬品の詰め込まれたビンが並び、本棚には難しい題目の本が並んでいる、残りのスペースに椅子とベッドを敷き詰めてあるのだ。
「さぁさぁ血みどろの姿も素敵だけどまずは裸になってもらおうか!」
「ハサクの魔法ならこのまま治せるだろ」
「いや!ちゃんと目視しないと効果が分からないじゃないか!それとも僕に見られるの、恥ずかしい?嫌だなぁ僕は君の事を好ましいと思っているけどそんなに意識されているとは思ってなかったなぁ……!」
ハサクの目がらんらんと輝いていた。
「無敵かこいつ」
ハサクのペースに飲まれれば負け、ジンはよく心得ていた。
しかし幼馴染と言う前に、今は医者と患者、おとなしく医者の指示に従うしかないと、結局は服を脱ぎ、上半身をさらけ出した。
ハサクは嬉々として開いた傷口を舐め回すように見て、筋肉に触れ、触り、触り、触りまくった。
そう、ハサクと言う女子はジン限定の傷口と血と筋肉フェチであった。
「ふぉ〜!最高の体〜!唆る〜!イケメンがぼろぼろなの最高〜〜!」
「頼むから黙ってくれ」
もちろん最高の状態で治って帰れるのだから、文句のつけようはない。
「お大事に〜!」
「二度と来ないように気をつけるよ」
「それ聞くの5回目だよ〜」
「うるせぇ」
この後、もう一度腕立て伏せで腕を壊して世話になることを今はまだ知らない。