いくつもの太陽と月を見送り、ジンが16歳を迎えた。
ジンも以前に増して大人びて身長も伸び、がっちりと筋肉を付けつつも爺の指導で絞り上げたため、細身の体を維持していた。
また洒落っ気に目覚め、背中の真中辺りまで髪を伸ばし、動きの邪魔にならないように後ろ頭に全部纏めて結っていた。
しかし本題はそこではなく、年月を経て彼は、ついにジン・ウルハは、御竜介錯人の技を継承しようとしていた。
自宅にある塀に囲まれた訓練所、そこに立つのは男二人、老年の男と若い男だ。
「
「長かったなジジィ、もう俺16だぞ、本当にそろそろ外へ行きたいんだがよ」
束ねた髪を手で遊びつつ前に立つ爺にそう言う、爺は横に首を振りその言葉を否定する。
「まだ未熟」
「……マリサおばさんの話聞いてるとそうでも無さそうだけどな」
マリサが外の世界を逐一教えて居るので、ジンは外の世界がどれほどのものか大体を把握していた、ジンの感覚から言えば爺の稽古なぞ、本来必要ない程には危険はない。
(マリサめ……余計な知恵を入れよって……ワシがどれだけジンの脱走癖に苦労しておると思っておるのだ……まぁ……ハサクのおかげで防げておるがの…)
そこはマリサを自由に出入りさせていた爺の計算違いだったが、半端に出入りを禁じればジンの反発を買うことは間違いなしだったので、それも出来ずにいた。
爺は外の世界を知ればジンは間違いなく抜け出すと思っていた、だから日記を与え、マリサの話で一旦その欲望を落ち着かせていたが、それもそろそろ効果が薄くなり始めていた。
「おーいジジィなんで黙ってるんだ?」
「勝手に抜け出すアホのせいで頭痛が収まらんくてな」
「お前がいつまで経っても許可出さないからだろ!第一なんで外の世界はヤバイって嘘ついてたんだ!マリサおばさんの話だと普通に平和じゃねぇか!」
「阿呆!こーんなこ〜〜〜んなちっちゃい頃に石に躓いて三日三晩泣いていたような奴をそのまま外に出せると思うておるのか!?」
「そんなに泣いたことねぇよっ!と言うかくるぶしより小さかった事ねぇ!どんだけちっちゃいんだ昔の俺ぇ!今更孫ボケしてんじゃねぇよ!」
「はーいそこまで、そこまでにしましょう!」
口論収まらぬ両者を見かねて割り込んで来るのはハサク、両者の間に分け入り話題を元へ戻す。
ハサクもまた年相応に成長し、今は18歳のうら若き乙女、医術道具の詰まった鞄を普段から持ち歩く事を除けば、普通に育った。
そのハサクが二人をなだめる。
「どうどう!どうどうですよ〜!」
「ヒヒーン!って言うかよ!」
「はいどーどー」
「ワシは馬じゃない!」
「二人とも実はお互い好きなんですよね!知ってますよ!」
「「いい〜〜!」そんな事ねぇ!」ないわい!」
「仲いいんだからも〜」
ハサクのおかげでその場は収まった。
雰囲気が落ち着いた時を見計らい爺は改めて話し出す。
「ジン、お前が外へ出たいの言うのは文句ない、しかしその前にお前はウルハの一族に伝わる技を継承する役目がある」
「技があるのは知ってたがそんな役目は聞いたことねぇ」
「今言ったばかりだからな」
ジンが仰け反った、衝撃がジンを駆け巡る、大事なことを言わなすぎる爺のせいで。
「適当過ぎだろジジィ!」
「うおっほん!それで御竜介錯人の技を受け継ぐに当たって、お前は生まれつき弱かった、事実としてそうだったのだ」
「それは否定しねぇ」
先程の爺の話、三日三晩泣いたことは誇張はあるが1日泣いていたのは本当の事、ジンは体が弱く、また泣き虫だった、爺はそこにジンの親の面影を見たが、心を鬼にしてジンを鍛えた。
「だからワシはお前を鍛え、技を受け継ぐに足る男に育て上げたのだ、外に出るのはそれからでも間に合うだろうとな」
「……もう16だけどな、世間は大人扱いする年齢だぞ」
「まだまたひよっ子よ……御竜介錯人の技を無事受け継ぐならば、もうあとは勝手にせい、ワシもとやかく言わぬ、大人として見てやろうではないか、そういう話だ」
「上等だよ!さんざん聞かされてたその竜殺しの技、きっちり受け継いで外で自由にさせてもらう!」
「頑張れ〜ジンはできる子だよ!」
「なぁ、ずっと気になってたんだがハサクはなんでここにいるんだ?」
「ん〜今日はいっぱいジンがぼろぼろになりそうだから?かな」
「変わんねぇなお前……」
人は変わらないのだろう、いつまで経っても。
こういう事もあったが、技を受け継ぐためジンはより厳しい稽古をしなければならない、そう息巻いていたが爺から聞かされたのは想像とは違ったものだった。
「ジン、実のところ技は今まで教えてきた事の集大成じゃ、あとはそれを己の形にする事ができれば、継承出来たと言って良い」
爺の言葉にジンは頭を捻った、技らしい技を教わってきたが、それが竜殺しの成し遂げる技かといえばそんな気配はなかった。
「なんだそれ、なんかこう技を1から教えてくれないわけ?継承しろ!って言う割にそこ適当かよ」
「よいか、御竜介錯人の技はな、ウルハの血の力に依る所が大きい、本人が最もそれを発揮する事が出来る動きを見つけねばならない、だからこそ今まで培ってきた感覚から己の答えを導け」
思わずハサクの顔を見たジン、ハサクも「そりゃ無いわ」みたいな顔をしていた。
ジンは今まで散々勿体ぶって引き伸ばしてきた技を自分で見つけてみろと言われて、爺が適当な事言ってるんじゃないかと疑った。
「めちゃくちゃふわっとした継承法だな……じゃあ今まで教わってきた動きや形はなんだよ?」
「ありゃ基礎の基礎じゃ、いちいち技なんて格好付けて呼ぶまでのない身のこなしぞ」
「じゃあウルハの血ってなんなんだよ」
「御竜介錯人、そう呼ばれる偉業を成し遂げた人物の末裔」
「んな事は分かってる!散々聞かされた!」
「それ以上の事はワシも知らん」
「けっ……この話はもう良い、で自分だけの技を見つけるにはどうしたら良い?」
「ひたすら剣を振れ、ワシと打ち合っても良い、山籠りするのも結構、瞑想も効果があるじゃろう」
肩を落とした、もはやゼロから手探りで技を作れと言われているようなものだ。
こんなもの継承でも何でも無いとジンは思った、ハサクに視線で同意を求めたら「がんばれ」と他人事のように生暖かい視線が返ってくる。
ジンは深くため息が出た。
「……それってその方法も自分で探せってやつか」
「その通り、その代わり一個でも良い、技を作ってみよ、それで外へ行くことを許してやろう」
「剣士が技を編み出すってそれこそ年単位で見ないと出来ねぇだろ……あ〜クソまた外が遠のく……」
一体いつになったら外へ出られるのか、ジンは見通せない先行きに不安しか感じられなかった。
この話の翌日、ジンは思いつく。
「ハサク!俺、脱走するわ」
「おおやるねぇ、でも翁様が許すかな」
「ジジィの言う事なんて従わなくて良いんだよ、それにさ、技なんて外で思いつきゃいいのさ!な、俺天才じゃね?」
「その方法は?」
「夜抜け出す、一点突破さ」
「頑張ってね〜」
こうして、ジンは5度目の脱走を図り、無事確保され、技を編み出すことに専念したと言う。