お気に入り登録誠にありがとうございます。評価もこんなに高くてたくさん貰ったことなどないので…とても嬉しいです。
意気揚々と扉の外に進んだヲトの足は、ある光景を目にした時にぴたりと止まってしまった。ドアの外には、ビルでいうと10階分はあるであろう高さの真っ白な壁の吹き抜けがあった。不気味なほどの規模の大きさを誇っているこの部屋は地下にも関わらず、太陽光らしき光が入ってきている。ひゅうひゅうと頬を撫でる風が告げる寂しさだけではなく、どこか神秘的な場所だった。
無機質な空間をゆっくりと進んでいるのは、カプセルのような、何かの生体実験をするような暗くて半透明な機械の中に入り、何やらどこかに運ばれている他の挑戦者のイカやタコたち。それも、数えきれないほどたくさん。
どこか夢でも見ているような光景に少し恐怖を感じ、目を離して足元を見ると、ヒュッと悲鳴か呼吸かどちらともつかない音が喉から漏れ出した。それもそのはず。今立っている場所のほんの一歩先には、底の見えない真っ暗な奈落が、口を開けて待っていたからだ。
色の見えないそれから逃げるように思わず後退りすると、シュルンという音がしてヲトの周りに円形に壁があらわれた。唯一の逃げ場である頭上もとっくに真っ黒な天井が出来上がっていて、1ミリの隙間も見当たらない。いまだ状況を飲み込めていないヲトを置いて、カプセルが動き出した。
唐突な浮遊感に、ヲトはバランスを保てずに尻もちをついてしまう。どこに連れて行かれるのだろうか。これから何をするのか。そんなことを考えている間にもカプセルは進んでいく。
カプセルが上昇しきって水平に移動しだしてから、浮遊感や揺れが少なくなった。まずは落ち着いて立ち上がり、半透明な窓に手をつき、外の様子を眺めてみる。どうやら今は吹き抜けの中心部に向かって移動しているようだ。そんな外の景色をぼんやりと見ていたヲトは、後ろから銀色に輝く一本の太いコードが近づくのに気付かなかった。
「!?」
コードはヲトの腕を瞬く間にぐるりと巻き取って、中央の足元に丸く取り付けられた機械の上にぐいぐいと引っ張る。よろけながら足元を見てみると、その機械には中心部に足跡マークがあり、どうやらヲトに乗ってもらうことで動作するらしい。あっさり乗ってしまうのには恐怖も感じたが、先ほどから体験している魔法のような機械たちを目にすると、恐怖よりも好奇心が上回ってくる。
大丈夫だ。おそらく乗っても死にはしないだろうし、これもプロになるためには必要なこと。
気休め程度の励ましを心で繰り返し言って、背中を流れる冷たい冷や汗もそのままに、機械に飛び乗った。
瞬間、ヲトの周りに幾つものグラフと数字が宙に浮かぶ半透明なディスプレイの上にずらりと表示される。すごい速さで変化していくその数字と、体の周りを上下に往復しているフラフープのような青い光の様子を見ると、どうやら今はヲトの身体をスキャンしているようだった。
数十秒間そうやって動かず好き勝手にスキャンされていくと、ピロンと軽快な音と共に、数字と一つのレーザーグラフと、「C」と1文字のアルファベットがヲトの目の前のディスプレイに表示された。
落ち着きもなくさまざまな文字たちにあちこち目移りしていたヲトの前に、先ほどのコードがぐい、とスミガードゴーグルのゴムを横に引っ張る。
コードが見せたいであろうディスプレイの隣のテキスト群は、おそらくスキャンされた内容がそれぞれどのようなことを表しているかの説明文だろう。目を凝らして読んでみることにした。
1. 左に表示されている五角形のレーザーグラフはそれぞれの能力(パワー・ムーブ・テクニック・ロジカル・ポピュラー)の数値を1〜5段階評価のグラフにしたものです。
・パワー…単純に肉体の筋肉の量や密度、筋力を表します
・ムーブ…走る、飛ぶなどの運動能力や反射神経の値を表します
・テクニック…ブキの理解度の高さや間合い管理など、ブキに関する技量を表します
・ロジカル…視野の広さや戦況の把握など、バトルに関する知能の高さを表します
・ポピュラー…アナタの人気度、知名度を表します。バトルで目立てば目立つほど上昇します
2. グラフでの総合結果は、「ランク」に割り振られます。下から順に、「C」、「B」、「A」、「S」、「X」となり、ランクの高さと内部数値から「ポテンシャル」を算出します。(ガチマッチのウデマエランクのようなものです。)
3. ポテンシャルは、他の挑戦者の平均・バトルでの勝敗によって増減します。一定の数字まで上がると、ランクの昇格もあります。(Xリーグの「XP」のようなものです。)
具体的なヲトの数値は後述するとして、グラフよりもまず目に入ってきたのは「適正ブキ診断」の項目だ。
『数値計測の値から適正ブキを診断しますか?』という機械的で温度のないテキストの下にある『決定』ボタンを、ヲトはトントントンと熱を持った指先で待ちきれないように連打する。
ワクワクする。はじめて自分にあったブキがわかるのだから。しかも、最新の技術であろうスキャニングでのブキ診断までさせてもらえるなんて、本当につい先日とは比べ物にならないほどの恵まれよう。夢でも見てるみたいだ。永遠にも思えるような時間を待ち続けたのち、ついに診断の進行度を表すバーが90%ほどにたどり着いた。
ヲトの乗ったカプセルも長い旅路を経て新しい階層に辿り着き、やがて完全に静止する。周りを囲む円形の壁が下にスライドして格納されていき、前方にある自動ドアへの道が開かれた。自分の呼吸しか聞こえないほどに静かすぎる場所だった。あまりの静かさに耳鳴りまで感じてきて立ちすくんだまま進まずにいると、トン、とコードに背中を押される。
「!」
衝撃でよろけ、カプセルの外へ出てしまう。カプセル内のセンサーに生命の反応がなくなったからだろうーーカプセルが再び固く閉じ、浮かび上がり始める。
背後のカプセルが閉まる音の直後、ヲトの足元から円柱状の機械が現れ、瞬く間にヲトの周りを囲った。機械の内部に入れさせられると、たくさんのワイヤーのような機械がぞわぞわと身体の表面を駆けているのを感じる。
いまだ急速に動く円柱状の機械ーー「ドレッサー」は、ヲトにこのプロジェクト用の特別トレーニングウェアと、通信・試合中のイカランプの状況やサブ、スペシャルウェポンの使用を可能にする腕時計型マルチデバイスを装着して、ヲトをペッと外へ吐き出した。
『進行度…completed.』
唐突に表示されたホログラムは、どうやら右腕に新しく取り付けられた腕時計型デバイスから出ているようだ。やはりこのプロジェクトは、底の見えないほど進歩した技術が多数使われている。こんな一瞬で着替えられる機械があるなら、日々朝の時間帯を忙しなく生き抜くガールの学生達からすると垂涎ものだろう。
着替えさせられた真っ白なトレーニングウェアは、身体の動きに一切影響を与えないように軽く、さらさらとした肌触り。柔らかいのに、引っ張ってみてもだらしなく伸びる気配がない。やはり謎技術である。
数歩歩いて自動ドアの目の前にたどり着いた時、腕のデバイスが震え、ホログラムを表示する。その内容は、
『アナタの適正ブキは……「パブロ」です』ーーというものだった。
テキストが消えた瞬間、ホログラムから透明度の高い黄金色の光が投影される。煌めく光の粒子たちが、砂鉄が磁石に惹かれるようにざわざわと集まり、なにかの形を作り出そうと繋がっていく。最初はパブロを線画で描くように縁取りをしていった後、隙間が見当たらないほど黄金色が詰まっていく。
顔を温かく照らすほどの一際強い光が放たれたと思うと、ヲトの手の中にパブロが出来上がった。筆先こそ従来のものと同じ作りだが、持ち手や柄は黒色で統一されていて、どこか機械的でシンプルな作りだった。デザイン関連のことは何もわからないので、とてもかっこいい…とぼやっとした感想しか出てこなかったのは申し訳ないと思う。
ブキも手に入ったことだ、先に進まねばいけないだろう。これから、このパブロとどんな旅ができるだろう。自分だけの初めてのブキは、まるで家族のように愛着が湧いてくる。次のステージへ繋がるであろう自動ドアを深呼吸してから潜る前、パブロがきらりと輝いた気がした。
*
パブロというブキの特徴は、何と言ってもフデダッシュという固有アクションだろう。筆先を地面に擦りあてて滑らかに走ることによって、中量級のブキのイカダッシュと同等の移動速度でステージを駆け回ることができるのだ。フデダッシュは前線への移動にはもちろん、不利対面からの逃走や交戦中のエイムずらしでステップに組み込んだり、射程差を埋めるためにフェイントをかけられたりーーとにかくフデダッシュによってパブロの可能性は無限大となる。
閑話休題。
ーーカプセルから降りてたどり着いた自動ドアの先には、こぢんまりとした白い壁の部屋があった。小部屋の横には試し撃ち場のものらしきバルーンが立ち並んでいるのをみると、試合直前にプロ選手たちが精神統一などする控え室のようだ。いくつかのベンチとテーブル、そしてご丁寧に自販機さえ置いてある。予算はどうなっているのだろうか。
「なんっでなんです!?無理ですよねこんなの!」
控え室にわくわくしていたヲトの耳をつんざくように、試し撃ち場の方からボーイの声が聞こえた。ドアを開けてみると、そこには先ほどエレベーターに乗ってきたぱっつんボブのイカが、監視カメラに向けて何か叫んでいた。こちらに気づきもせず、彼は言葉を続けている。
「…いくらマッチングシステムで選ばれたとはいえ…!」
……今ボーイが発したマッチングシステムとは、「bone less project」独自に開発された、ブキの編成補助システムである。このプロジェクトで良い結果を出すことができれば、プロリーグへの導入も考えられている最新のシステムだ。
このシステムが注目される理由は、そのマッチング基準の異質さにある。このシステムは、選手個人の長所と短所を補い合ったり、「 potential」の数値が選手同士バランスがよくなるように設定されている。「選手個人」を育成するこのプロジェクトにおいては、相性の良いシステムと言えるだろう。
ーーどんなブキも弱点というものはある。足元に落ちる塗りが少なく咄嗟に動けないだとか、チャージ時間が長いとか、インク効率が悪いだとか。
ブキによってさまざまな種類がある弱点が、パブロの場合は。
「…どーやって!パブロとリッターで勝てばいいってんです!!?」
ーー機動力とインク効率を得られる代わりに、全ブキ中最短射程という肩書をあたえられたことだろう。
『…あくまでこの一次審査は、個人の力量を図るためのものでス。ブキ同士のバランスは最低限システムで区分されていますのデ。これ以上こちらの決定に背くというのなラ、強制リタイアとみなしますガ』
「……っ」
リタイアという言葉がマスターから発せられた瞬間、少年の語気が目に見えてしぼんだ。彼が固く口を引き結んで、なんとか感情を腹に収めようとしているうちに、ガチャリと監視カメラからのアナウンスが途切れる。
直後足元で、カランカラン……と何か金属質なものが転がる音が聞こえる。後退りした足に、少年が飲み終わってそのまま置いておいたものであろう清涼飲料水の缶がぶつかったのである。中身は入っておらず、汚したわけではないことに安心して息を吐く。だが、自分が聞こえた音は相手にも聞こえているわけで。
「……いつからいたんです。」
「……。」
案の定ドアの方を振り返った少年に、ばっちり捕捉されてしまっていた。
*
「とりあえず、potentialとランク見せてもらいます。……なんですか、この数値は。ひとつだけぶっ飛んでるんですけど…。」
試し撃ち場から出て、今2人が話している場所は、控え室のテーブル。真っ白なそれの上には腕時計デバイスから発せられているホログラムが浮かんでいる。スイスイとグラフやら数値やらを睨みつけるように閲覧していく少年…「フィン」は、ホログラムを閉じて自分の頭をわしわしとかき混ぜた。さらさらなボブヘアは、崩れる様子も見せなかったが。
「あー、まじで何考えてるです…何をやってほしくてパブロと組ませたんでしょうかいやでもデータから出されたなら従わなきゃリタイア…」
フィンは数十秒ほどぶつぶつと呟きながら考えを煮詰めていく。データの出所、プロになるためのプロジェクト、射程差、専用ステージとの相性……
数刻後、フィンの頭がボムっとオーバーヒートする。驚き固まるヲトを尻目に、彼は立ち上がってヲトの方に向き直り、口を開く。燃えるようにどくどくと脈打つ血液が脳内に運ばれて、弾き出した答えは。
「君の『ムーブ』へのあれだけの数値、活かさない手はないです。ほら、バトル行きますよ、勝てます。ーー勝たないと。」
編成のことよりも、ヲトのことを信じる。少なくとも今できることはただそれだけである。これだけ最新・効果的な設備や技術がそろうこの場所で、プロリーグでも使用される予定であるデータが間違っていたなんて知れたら、大ニュースである。開発元は失墜し、報道もされるだろう。背水の陣なのだ、このプロジェクトも。
彼の固く、それでいてどこか剣呑とした表情をみて、ヲトはふと感じる。
ーーフィンの並々ならぬ覚悟は、何から由来しているものなのだろうか。わからないことは数多いけれど、引っ張って行ってくれる存在というのは、頼もしかった。家族も、友達もいなかったヲトにとっての、初めての戦友……にしては、トゲが多いけれど。
この初試合、勝ってみせる。自分は生き残るに相応しい人材なのだと、データ群に、マスターに証明してみせるのだ。
すたすたと我先に進むフィンを追って、ヲトはまばゆく光るステージへ繋がる通路を歩き出した。