まだ2話しか投稿していないのにもかかわらず、本作にお気に入り登録、また評価してくださった皆様、ありがとうございます。生まれてはじめて評価バーに色がつくところが見られそうでドキドキしております(後1人で色がつきます〈小声〉)。気合い入れたバトル回前編、ぜひお楽しみいただけると光栄です。
「bone less project」の選考は、ステージ制となっている。1stStageを勝ち抜けば次のステージに進むことができ、進むごとにゆくゆくはスポンサーがついたり、より良いバトル設備へのランクアップが噂されている。そんなプロへの近道であるこのプロジェクトに参加しているのは、約30000人。この中の一握りだけが、華やかなバトル人生を掴めるのだ。なお負けたものは、今後バトルでプロになることができないように選手登録を抹消されてしまう。このプロジェクトに参加した挑戦者たちは、死と隣り合わせの試合に命を削って挑んでいくことになる。
通路を歩いていくと次第に白い光がヲトの体を包み込み、視界が見えなくなる。瞼を開けると、すでにイカスポーンの上に立っていた。人生二度目になるそれは、相変わらず少しバランスを取るのが難しい。ゆれるスポーンの上でバランスを取れずよろけるヲトを横目に、呆れた顔のフィンはため息をついた。
「タコ状態でスポーンに潜り込めばいいですよ、ほんとに初心者なんですか……」
そう言い残すと、フィンはスポーンに潜って格納され、ステージを縦横無尽に飛び回り始める。ヲトもそれに習ってセンプク状態になり、スポーンに入る。次第に加速していくのを感じながら、内部からの景色見学を楽しんでみることにした。スポーンの銀色の壁はガラスのように透過していて、遥かに高い位置にある天井についた照明がステージを照らしていた。
色彩の落ち着いた無数のコンテナがならび、スタート地点から中央に伸びる枝分かれしている通路。数台のフォークリフトが規則的に前後しながら稼働している。微かに聞こえてくるフォークリフトの警告音に耳を傾けながら、ヲトはステージを眺めた。
脳裏で景色と記憶を重ね合わせ、気づく。ここは、実在するステージである「ホッケふ頭」を室内に再現したもののようだ。
憧れのステージに立てることに浮き足立つヲトを乗せたスポーンは、やがてスタート地点近くに到着する。相手チームのスタート地点上空に浮かんでいるイカスポーンが、きらりと照明を反射しているのが見えた。センプク状態を解いて、スポーンの上に立ち上がり、フィンに目を向ける。彼はステージを見下ろして、何やら呟いていた。
何を言っているのか気になり、イカスポーンごと近づいてみる。途端にギロリとフィンの眼がこちらに向いた。
「……降りますよ、もうちょっと下に。」
「……。」
喝を入れられたヲトは、忠実に指示に従うことしか許されなかった。
〈2対2、ルールはナワバリバトル、試合時間は3分、サブウェポンは禁止、スペシャルウェポンは一回のみとなります。勝者には投票制で「potential」にポイントが付与されます。試合は5分後より開始いたします。〉
無機質な淡々としたアナウンスが、ホッケふ頭の模擬ステージに響きわたる。未だ反響するどこか不気味なアナウンスの声が、頭の中にまだ残っていた。
「さて、作戦ですが」と言って、フィンが腕につけられたバトル用デバイスからディスプレイを空中に浮かばせる。
「見たところここはホッケふ頭と地形が全く一緒ですので、同じ感じで行きます。まず自陣高台ですが、中央をカバーできるこのラインの守りが肝心となるです。」
フィンがぐるぐると指でマーカーをつけた場所は、敵が登ることのできないようになっている広場前の高台。長射程ブキの射線は通りやすく、激戦区となる広場やその先の中央まで見通せるので、重要度は高い。
「んで、君はーー……うん、敵の前うろちょろしといて塗ってくれればいいです。」
「……」
バトルに慣れてないようですからねうんうん、と満足げに頷きながらこう言い捨てたフィンはイカスポーンに入り、上空へ上がっていってしまう。ヲトは迫る試合までのタイムリミットに急かされ、結局何も反論できずスポーン位置に着くしかなかった。
試合直前の予鈴が鳴り、イカスポーンの位置が固定される。立ち上がってみると、爽やかな潮風が顔の横を通り抜けていった。室内にも関わらず磯の匂いまで再現するとは、どれほどバトル環境を本物に近づけたいのだろうか。はじめて匂う塩辛い匂いに少し感動していると、すぐ隣にイカスポーンが近づいてきた。中から聞こえるくぐもった声を聞くと、未だセンプク状態になっているフィンがいるようだ。
「……?」
「出なくてもいいんですよ、別に。センプクしてても射出されるので。」
そう不機嫌に告げたフィンの声は、微かに震えているような気がした。疑問に思ったが、あと少しで試合が始まってしまう。大人しくヲトは、仕方なくバトル1分前にぼんやりと光り出した腕時計型デバイスに目を向けてみた。
そこにあるのは、試合の残り時間を示すタイマーと、イカランプ。イカランプの中心に記されたブキは、パラシェルターとLACT−450。遥かにこちらよりバランスの良い編成を見て、思わず眉間にぎゅっと皺がよる。だが、こちらにはあちらにはいない長射程がいるのだ。フィンの実力はまだ分からないが、ペアになってしまった以上信じるしかないだろう。
フィンもまた同じ思いだった。この最短射程のペアのことを、問答無用で信じなければいけないのだ。不安は尋常ではなかった。少しのミスで、自分の人生は底辺に叩き落とされるのだから。ーープロにならなくてはいけない。そうするしか生きる道はない。この初試合、勝つしか先に進む道はない。
〈試合開始、10秒前。〉
「……ヲト。」
「……?」
〈5秒前。〉
「前線は、任せましたよ。」
〈試合、開始。〉
開幕を告げるブザーが鼓膜で震えるのと同時に、前に強い推進力がかかる。浮遊感すら感じるほどの速度で体はイカスポーンから射出され、コンテナ上に着地した。よろける足でなんとか転けずに踏みとどまり、励ましにお礼を伝えようと振り向く。しかし既にフィンは例の高台に登っていて、声は届きそうにない。礼は勝ってから言おう、と決心した直後。
「何やってるんですか、ほら自陣塗りする!」
こちらに首を回して怒鳴られ、ヲトの初動はぐるぐると渦巻くバトル欲を宥めながらパブロを振り回す、自陣塗りで開幕することになった。
それから約20秒後。ようやく自陣塗りを終えて、疲労の残る腕でパブロを掴み、ヲトは走り出した。フィンが立つ高台をフデダッシュで通り抜け、まず向かうのは中央付近。だが、ただ真っ直ぐ突っ込むだけではすぐにやられてしまう。
ヲトはスポンジ横のコンテナの前で立ち止まり、センプクして息を整える。ガラスの天井のように透ける水色のインクから周りを確認して、その後は目を閉じ、耳を澄ませる。辺りにセンプクしている音無し、気配もなし、足音も、ブキが発する射撃音もしない。
ここでふと、違和感を覚えた。先ほどヲトは自陣塗りを済ませて中央に入った。にも関わらず、なぜ誰も中央にいないのか。パブロと同じように塗りブキであるラクトは、既に自陣を塗り終えているからかスペシャルが溜まっている。腕時計型デバイス上のイカランプは、片方が光っていた。それが何よりの証拠だ。ならば、パラシェルターはどこにいる?
思考が止まった瞬間、相手の自陣から立て続けに発射音が聞こえた。思わずセンプク状態を解いて空を見上げてしまう。真っ白な照明が取り付けられた高い天井に当たりそうなギリギリの所を、ペットボトルがロケットのように飛んでいる。しゅるる、と耳に入る飛行音を聞き取った瞬間に、我に帰った。
ひとつ瞬きした間には、マルチミサイルは頭の数センチ上まで落下してきていた。すぐさま横に飛び退いて一本を躱わす。ビンが叩きつけられる鈍い音と、インクと混ざって爆ぜる炸裂音。走りながら後ろに下がる間も轟音は止まなかった。通った所を寸分の狂いもなく爆撃していくミサイルは、まだ降り注いでくる。すうっ、と息を吸い、数歩走って前方方向に思い切りスライディングする。短く結んだゲソの先を掠め、つま先を軽く抉り、地面にインクだまりを残してから、やっとミサイルの雨は止んだ。
ふぅ、と一つ止めていた息を吐き、呼吸を整える。受けたダメージを回復しなければ、と慌ててセンプクした時に、ちゃぷん、という水音が立った瞬間だった。
「ヲト!」
フィンの叫び声が聞こえ、次に射撃音が聞こえ、左足から腹の真ん中辺りが相手インクの濃いピンク色に染まる。感じるのは痺れたような感触。先ほどまで姿を隠していたパラシェルターが、そこにいた。視認した瞬間に距離を詰めてパブロを大きく振るが、削れた体力では何度も振ることができなかった。タイミングを合わせて開かれた傘で難なく防がれ、パブロを振り抜いた隙に、もう一度腹部に散弾を浴びせられる。少ない体力では耐えられるわけもなく、あっさりとやられてしまった。
ヲトを倒したイカボーイは、水色のインクが付着したパラシェルターをぷらぷらと振ってインクを落とし、乱暴にツーブロックで刈り上げたゲソを掻く。
「ハハ、本当に編成事故ってんじゃん、そっち。おたくのパブロちゃんは俺が完封してやっから、的当て頑張って〜。」
そう相手のイカボーイが余裕げな声色で告げた直後だった。
自陣から合流しようとして泳いできた相手のLACT−450が「ミ°」と悲鳴をあげて撃ち抜かれ、水色のインクを飛び散らせながら爆発四散したのは。
高台にいたはずのフィンは、すでにそこから姿を消して、コンテナ横に降りていた。左半身をコンテナに隠してリッターを相手の視線から外し、チャージが頂点に達した一瞬の間に銃口を物陰から出して撃ち抜く。
相手に居場所を悟らせない殺気の隠蔽と、化け物じみた空間記憶力だけが頼りの、射線を極限まで見せない
「……っぶねえな、やるじゃん、恥ずかしがり屋スナイパー。」
「よく喋るですね、スコープ覗かなくても撃ち抜けそうな大口です。」
こうして、ヲトの初めてのナワバリバトルは火花を散らしながらの幕開けとなった。