本当に、毎日見にきて下さった方々のアクセスが何よりのモチベになりました。ありがとうございます。お気に入り、しおり、評価に応えられる作品を書けるように頑張ります。3日ほど遅刻しましたが、お待たせしました。ぜひ楽しんで行ってください。
パラシェルターは、文字通り攻防一体を体現したようなブキだ。少しの拡散こそあるが、曲射減衰のない特性を活かして壁の裏までケアできる散弾の器用さと、チャージャーの一撃を肩代わりできるカサ部分の防御力は、他のブキにはない長所だろう。しかし、カサを展開する時のインクの消費の重さと、そもそものインクロックの長さ、カサのダメージ管理や射撃後のわずかな硬直など、ブキの強さに見合うだけの使用者の繊細さが求められる。
「……っ!」
また視界がピンク色に染まり、リスポーン地点へと送り返される。これでヲトがパラシェルター使いのボーイに倒されたのは3度目だ。何度挑んでも、結果は同じだった。自分がいくら不意をついてパブロを振っても、攻撃力の低さから倒し切るところまで数発をヒットできず、結局相手のカサの展開が間に合ってしまっている。
(どうする……どうする……)
焦りからか早まる鼓動を深呼吸で抑えつつ、乱れた思考を落ち着かせる。考えを巡らせる間にも、足を止めてはいけない。2対2のバトルでは、1人欠けるだけで味方からのカバーの可能性がなくなってしまうからだ。数秒フデダッシュをして赤いコンテナの横を走り抜けたところで、フィンが出す射線がちらりと見えた。
おそらく射線をわざと出すことで相手の進行速度を抑えてくれているのだろう。相手のラクトが中央の小さなスポンジからフィンの様子を伺っていた。
やっぱり試合慣れしているリッター使いだったらしい。初めての試合の仲間がフィンで良かった、と心底思う。それに比べて自分はどうだ。まだキルも、塗りだってほとんど仕事をしていない。このままじゃ、ランクもpotentialだって上げることなどできない。
そうして足をコンテナの死角から踏み出し、中央へと歩めを進めた。刹那、空気をさいて横から聞こえてきたのはパラシェルターの射撃音。
「ありゃ、まじか。」
「ッ……!」
視界の横にイカボーイをとらえた瞬間、ほとんど転けそうになりながらも頭をぐいっと下げ、ギリギリのところでインクを躱す。インクの粒が、耳の端を何粒か掠っていった。
目を少しだけ見開き、眉間に皺を寄せて不機嫌な様子を隠しもしないイカボーイと、呼吸を乱したまま腰を落としてパブロを構えるヲト。
張り詰めた呼吸音だけが脳裏に響く。
かくして、耳が痛くなるほどの静寂を破って最初に動き出したのは、ヲトだった。
足元を狙って横一文字に素早くパブロを振る。イカボーイは、軽くひょいと跳躍して難なくかわし、数発パラシェルターでヲトを狙って射撃する。
(集中しろ……!)
動き続けて火照った身体とは反対に、温度の下がった頭の中の処理能力を、ただ相手が発射したインクのみに一点集中させる。
首元、頭上、腹を狙った数発を避けきったヲトの背後に、息つく間もなくイカボーイがセンプクして移動し、飛び出す。冷や汗が垂れるヲトの背中に、パラシェルターの銃口を向けられる。
「コイツ……!」
苛立った表情を隠しもしないまま、イカボーイが舌打ち混じりにつぶやく。
コンマ数秒も待たずに発せられたインク弾は、ヒット音をもって相手の身体に命中するはずだった。それを、ヲトはほぼ反射的に避けたのだ。
ガリガリとゲソを掻きむしった後、イカボーイは銃口を向けたままだったパラシェルターを持ち直し、ヲトがいつか古代のニンゲン歴史書に載っていた資料で目にした「ヤキュウ」というスポーツの道具、「バット」を持つように構えた。
(ーー!?)
瞬間、脳が揺れるほどの衝撃が横腹を中心にガンと加えられ、目の前が相手のインクのピンク色で染まる。数秒後、再び目を開ける時には、ヲトはヒトとして動ける能力を失い、戦闘不能になるいわゆるデス状態、「タマシイ」となってイカボーイを空中から見下ろしていた。
*
「ーー何してるです、ヲト……!」
すぐ隣から焦りを含んだフィンの声を聞いて、はっと思い出したように呼吸をして、我に帰る。ヲトは、宙に浮くスタート地点にまた立っていた。
目を覚ました様子のヲトを少し心配そうに見つめてから、フィンが話し出す。
「ヲト、君は塗りだけに専念してくれればいいです。悔しいけど、編成差は簡単にはひっくり返らない……キルを連続で入れて前線を押し戻すのが理想ですが、あのパラシェルターは君だけでは突破できません。」
そこまで言ってから、フィンはふぅ、と緊張をほぐすかのように一つ息を吐き出した。
「キルは僕がとります。君はとにかく、相手を無視して、死なないように塗り続けてください。それしか、勝ち筋はないです。」
そう言って、フィンは振り返らずにイカダッシュで泳いで行ってしまった。
ヲトは腕についたデバイスをチラリと見る。相手チームのナワバリはすでに60%まで進行している。そして、相手のパラシェルターはスペシャルをまだ残していて、こちらの有利状況をもひっくり返せる力を持っている。
……負けたら、終わり。また居場所がなくなる。1秒でも、一歩でも。判断を間違えたら、文字通り終わりだ。
「ふー……」
強張った胸をとんとんと叩き、ゆっくりと深呼吸をする。思い出すのは、さっきのパラシェルターとの一対一の感覚。あの時、ひとつだけあのイカボーイと対等に戦えた時間があった。パブロをよろけながら振っていたとき?違う。相手に2発だけインクを当てることが出来たとき?それも違う。
イカボーイの目を見開いた驚きの表情が浮かぶ。夢の中なんじゃないかというほどに体が勝手に速く動いて、あの不意打ちを避けられたとき。指の先まで意思を持っているように体が言うことを聞いて、数秒間全てのインクを避けることが出来たとき。
あの時こそ、ヲトがパラシェルターのイカボーイと平等に戦うことが出来ていた瞬間だ。
もう一度デバイスを見る。試合残り時間はあと40秒を切っていた。一度デスしてしまえば、この短時間でこちらの不利を立て直すことは難しい。
そうと決まれば、フィンの後を追ってヲトはインクを泳ぎ出す。体にまとわりつくことなくさらさらと後ろに流れていく冷たいインクの感触が心地よかった。
やがて中央の広場に到達する。ほぼ相手のピンクのインクで塗り尽くされており、たった今それを終えたらしい相手のラクトが、自陣へと繋がる左の細い通路へ入ろうとしていた。
フィンが膨らませておいてくれたスポンジに潜り、チャンスを伺う。周りをきょろきょろと確認しながらスポンジを縮ませようとこちらに向かってきたラクトの目の前で、ヲトはジャンプして飛び出す。
驚いてパラシェルターを呼ぼうとするラクトの開いた口を、フィンが撃ち抜いた。
*
水色のインクとなって爆散した、相手ラクトだったものを飛び越え、次に向かうのは、パラシェルターの元だ。試合時間は残り20秒を切っていた。
彼を探すのに1秒もかからなかった。ラクトがやられたのを見ていたからか、中央から少し下がったコンテナの間でこちらに睨みを効かせていたからだ。
そしてイカボーイが何かを投げる動作をするのを見て、ヲトは思わず目で追ってしまう。サブウェポンは禁止、スペシャルのトルネードはガイド装置がでるからわかりやすい。じゃあ、あいつは、何を投げた……?
はっとして目をイカボーイのいたところに向けるも、もう遅い。姿勢を低くしたままパラシェルターで顎を突き上げようとヲトを睨んでいるイカボーイと、目があった。
「ぅぐッ……!」
うめき声を上げながらも、間一髪で傘が当たるのをかわす。よろけそうになるのを堪えて、息を深く吐いた。ヲトの視界が、変化していく。中心以外が照明を絞られるように、イカボーイにスポットライトが当てられるように。
イカボーイの舌打ちがくぐもって聞こえる。フィンがリッターをチャージする音も、どこか夢の中のように小さく聞こえる。
そして、フィンが撃ったリッター4kスコープのインク弾が、乱暴に振り上げられたパラシェルターに打ち消されるのを見た瞬間、ヲトは地面を蹴った。
「このっ……!」
苛立ったイカボーイの声も、今は脳を滑り落ちて、情報として処理されない。今考えることは、どうやって攻撃を避けるかと、このバトルに勝つか。
このバトルに負けたら、なんて考えるな。居場所がなくなるなんて、考えるな。
試合中にそんなちっぽけなことを考えられるほど、余裕はあるのか?
傘部分がないパラシェルターの銃口が、向けられる。インクを放とうとイカボーイがトリガーを引いた瞬間、ヲトの体は誰かに操られているような滑らかさで動き出した。
しゃがむ。跳ぶ。走る。仰け反る。汗を拭う。相手が蹴り上げた足元のインクの飛沫も、避ける。避ける、避ける、避ける。
「クソ、うぜぇんだよ!!」
イカボーイは冷静さを欠きながらも攻撃をさらに加えていく。頭を狙っても、残像を残すほどの頭振りで軽々と避けられる。ならばと避けることの難しい腹部を狙っても体を捻りながらの前方へのステップで避けられる。足元を集中的に狙ってみても、バネのような跳躍力で避けられる。
インクをこのパブロに一滴も当てることができない。その事実に、イカボーイの頭は苛立ちと焦りでどんどんと熱くなっていく。
一方ヲトは、まさにアイザックとの一対一のあの高揚する感覚を、いやもっと超越したなにかを味わっている最中だった。
インクも、地面も、自分の周りの空気だって自在に操ることができるような、万能感と興奮。体が勝手に、反射的に相手のインクを避けるたび、それは濃度を増していった。
イカボーイと対面し始めて数秒ほど経った頃。ヲトはやがて、煮詰まった自分の能力の終着点に行き着くことになる。
瞬きにも満たないほどの刹那、少し目線を逸らしていたらすぐに見失ってしまうほどの、意識と意識の狭間。
視界の焦点が、より中心へと絞られる。集中を向けていたイカボーイだけが、その瞬間を切り取って貼り付けたように、だだっ広い暗闇を背景に重なって見える。
(なんだ、この……景色……)
注視していないと違いがわからないくらい。静止画と言われてもわからないくらいの遅さでイカボーイが動いていた。
インクが散弾となってパラパラと地面に吸収される様子、パラシェルターの引き金に指の力を加える様子、イカボーイの瞳孔が収縮する様子など、視界の中の何もかもがスローモーションに見える。
だが、ヲトはこの暗闇の中で自分だけ素早く動くことはできそうになかった。イカボーイと同じように、体を動かす速度はほぼないに等しい。重たい水の中で身動きが取れない状態に近いだろうか
せいぜいできるのは、眼球を動かすことと、バラバラになりそうな意識をかき集めて思考することだけ。そしてこの空間でヲトがなすべきこの試合での最後の役目は、手に入れた長い一瞬で、勝機の一筋を見つけること。
数瞬後、ちかちかと眼前が明滅するのを感じたかと思えば、暗闇を仄かに照らす光の粒が涙のようにヲトから漏れ出てきて、ある一点に収束していく。
まだ光がまとまりきっていないにも関わらず、時間が来たのか空間がひび割れて崩壊しだした。だんだんとイカボーイのスローが、早送りされるように元通りになっていく。
まだだ、まだ。勝利のひと筋を、掴めていない。
手を伸ばせ、着地点を見届けろーー!
がらがらと崩れ落ちてくる暗闇の破片をがむしゃらに押しのけ、振り払う。雨のように折り重なる破片同士の隙間からやっと見ることのできた光は、イカボーイの指先を儚げに照らしていた。
*
それは、パラシェルターが発射した弾の数にして16発目、時間にして8秒が経った時だった。
カチッ、カチッ。
苛立ちを込めて勢いよくトリガーを何度目かわからなくなるほど引いた。
しかし、先ほどまで確かな反発があったはずのトリガーから伝わったのは、掴もうとしていた柱がなかった時のような、気の抜けた指先の感覚。
反射的に2回トリガーを引く。相変わらずトリガーは軽いままだった。
ーーインク切れ。
急速に温度の下がっていく頭と、ひとりでにこわばって固まる指先。イカボーイが復活した傘部分を力任せにヲトに叩きつけようとするが、当然当たることはなかった。
「ぐっ……!」
無闇に傘を振り回したことで、バランスを崩してよろける。浮遊感に息を呑んだその瞬間訪れた、走馬灯を見るときのようにゆっくりな時間の中で、イカボーイは目を見開く。
難なく全ての攻撃を避けきったヲトの眼が、バトルの山場にも関わらず、どこか遠くの夜空でも眺めているかのような様子だったからだ。
あの暗闇の空間から戻ってきたばかりのヲトが弾かれたように振り向いた。彼の目の先には、フィンがのぞくスコープがある。
「ーーっ!」
スコープ越しにイカボーイを狙うフィンの眼と、視線を向けたヲトの眼がばちりと合う。
それだけでフィンは、全てを理解した。
自分が引き金を引き絞る際に感じる、高揚感。
バランスを崩してよろけるイカボーイの無防備さ。
ヲトがラスト数秒で導き出した、相手の最高の隙。
スコープの中の時間の流れは、止まっているほどのスローモーションだった。極限の集中、俗に言う「ゾーン」とは、このことを言うのだろうか。
上がる口角をそのままに、フィンがリッターのスコープを覗きながらピントを合わせるため、片目を閉じる。
だが、問題点が一つ。射線が完全にヲトに被ってしまっていることだ。このままでは、イカボーイを狙ってもヲトの頭がリッターのインクを阻んでしまうだろう。
「……いや、ヲトならきっと……!」
味方撃ち、という一瞬の間に頭に浮かんだ懸念を、押しつぶす。今までどんな弾でも避けてきた、化け物じみた反射神経を見てきただろう。こんな最高のチャンス、無駄にはできない。ヲトの覚悟を、受け止めろ。
一度決めたのなら、仲間を最後まで
ヲトが一つ、脱力したままトーンと跳躍する。
フィンが一つ、興奮にざわめく胸を落ち着かせるために息を吐く。
世界のスローモーションが解かれていく。ヲトの足が地につく瞬間と、フィンがチャージを完了が重なる瞬間、二人は同時に呟いた。
「「ーーブチ抜け!」」
何にも遮られることのなく空気を切り裂いていくインクの弾丸は、イカボーイの頭を見事に貫いた。
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