カスなお姉さんとやさいせいかつ。   作:ひつまぶし太郎

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たぶん次回夏編終わって原作に入るんじゃないかな、みたいな。
サマーウォーズのBGMとか鳥の詩とか夏影とかかけながら、できるだけエモを補完しながら読んでください。


⑩ひとりぼっちにはなりたくない

 

篠ノ之神社のある町から、海のない教会のある街に戻ってきて2日。

宿題を終え、今日の予定のために出かけようとした少年は思わぬ暑さを前に外に出ることを躊躇していた。

その横で、蚊取り線香の煙が揺れている。

 

蚊取り線香。

少年は、なんとなくその香りが苦手だった。

鼻をつまんだ少年は、蚊取り線香を見つめる…というか半ば睨みつける。

 

「むむむむ…」

 

苦手なのはきっと、仏壇の匂いに似てるから。

正確には、死者に手向けられる線香の香りと、ではあるのだが。

少年にとって、その匂いはどうしたって嫌な記憶に紐づいてしまっていた。

 

自分の他に誰も親族のいない両親の葬式。

いるのは、少年を監視する大人のみ。

少年が涙を流したのは、あの宇宙の時が最後だった。

こんな大人たちの前で、泣くものかと歯と唇を噛み締めていた。

 

棺をただ見つめる少年は、だから誓ったのだ。

 

何をしてでも宇宙の果てにたどり着いてみせる、と。

 

「行ってきます」

 

少年は蚊取り線香とにらめっこするのをやめ、いよいよ殺人的な日差しの下に出ていく覚悟を決めた。

 

今日は8月31日。

夏休み最後の日で、少年の9歳の誕生日。

つまりは少年にとって親が3人亡くなった日で、親代わりのように面倒を見てくれた研究所の職員たちの命日だった。

 

「───っ」

 

眩い太陽に、少年は思わず目を細める。

教会に蚊取り線香ってなんかちぐはぐだよなぁ、なんて。

少年はちょっとだけシスターのセンスに疑問を持ちながら、日差しに向かって飛び出した。

 

 

 

 

自転車を漕ぐ。

だんだんと街の喧騒が遠ざかり、自然が増えていく。

 

蝉の合唱は、もはや耳が騒音だと思わなくなるくらい浴びていた。

岩に、森に、そして自分に。

染み入るような蝉の声。

 

「はぁっ、はぁ……っ」

 

坂を登り続けること約二十分。

普通のこどもならとっくの昔にバテてしまうところではあったが、勉強も運動もしっかりと頑張っている少年はぐいっと、さらにペダルを踏み込む。

 

───宇宙鯨研究所。

 

少年が過ごしたあの研究所と実母の墓は同じ田舎に存在していた。

そもそも孤児院を抜け出して墓参りに行っていた少年をいさなが保護して、出会いが始まったのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

 

そんな、少年にとっては大切な思い出の場所である町…というか、大きめの村は政府が少年を秘匿死刑にするのと同時に、廃村になり、地図からも消えている。

 

まだ1年だ。

だというのに、そこへの道中に人の気配はなくなっていた。

バスなんてものは当然ない。

繋がる先のない道は整備されていない。

忘れられたわけではないのに、誰も思い出さない。

だから、誰も訪れない。

 

息を吸い込めば、そこにあるのは自然の香りだ。

人の営みの匂いではない。

なんならさっき野生の猪と目があった。

 

「ふぅ───」

 

少年はおよそ1時間こき続けたその足をようやく止めて、振り返った。

 

青い空と天まで届く入道雲。

そして、小さく、小さくなった海のない町。

きらり、と。

電車らしきものが光を反射して、思わず少年は目を瞑った。

 

少年は息を整うまでそんな夏の空を目に焼き付けて、背後を見るのを辞める。

その仕草は、どこか決別に似ていた。

 

「ただいま」

 

目の前には今にも崩れそうな古いトンネル。

自転車にまたがり直した少年は一人、暗闇に向かって目線を向け直す。

 

事実、少年は今日決別のために来たのだ。

 

だから。

 

一人でいいと、少年は心の中で呟いた。

 

 

 

 

向日葵畑。

風に揺れる緑の稲穂、光を反射してきらめく水田。

蛍のいる川に、蛍が霞むほどの満天の星空。

それが少年にとっての原風景だ。

 

地球に存在するよくある片田舎。

かつての少年にとって星空は見上げるもので、目指すものではなかった。

 

そんな感傷を抱きながら、トンネルを抜ける。

 

トンネルを抜けた先には向日葵も、綺麗な田んぼもない。

草も木も荒れ放題で、自然にのみこまれかけている村があるだけだ。

その事実は寂しくもあったが、少年はただ通過する。

 

目的は里帰りではなく、墓参り。

研究所跡地にあるたった一つの墓に、少年は会いに来たのだ。

 

「───?」

 

二人目の両親に親戚はいない。

正確には、仲のいい親戚がいない。

なにせ世間の時流に真っ向から逆らう研究をしていたのだ。

煙たがられていたし、理解もされていなかった。

絶縁状態だったと言ってもいい。

他の職員たちは各々家族が遺骨を引き取りに来ていたが、いさなたちの遺骨だけは誰も受け取りに来なかった。

 

それに関して、思うところはあまりない。

むしろいさなたちを嫌っていた人たちに持っていかれるのが嫌だったから、都合が良かったとも言える。

一人でボイジャーの力を借りながら墓を作った少年は、そこに実母の遺骨と合わせて埋葬していた。

 

法律的な問題はなにもない。

少年は廃村にした政府関係者と交渉して、無理矢理権利を勝ち取っていた。

現在元研究所の跡地は地図上に存在しないが『墓地』扱いとなっている。

 

そんな風に無理矢理認めさせた墓により付く人は当然一人もいない。

というよりも、そこに墓があることを少年と一部の手続きに協力してくれた政府関係者しか知らない。

当然手入れしてくれる人もいない。

なので少年は今日、草むしりの道具を持ってきたし、誰とも会わないはずなのだ。

 

「なんで……?」

 

少年の口からこぼれた疑問に応えるように、いつもと違って喪服を着たその人物は笑った。

陽炎ではない。

少年は、何度も目をこすってそれを確かめる。

 

「…なんでって。少年がいるところに私はいるよ?一人にするわけないじゃん!むしろ逃げれると思ってたのって話だよネッ!」

「え、あ…」

 

そして、流れるように抱きしめた。

今度は優しく。

元気な声とは裏腹に震えるその両腕を、少年は黙って受け入れる。

 

静かだった。

お互いに求め合うように身体を重ねる二人の耳に、蝉の声も木の揺れる音も全て届かない。

ややあって、束は意を決したように口を開いた。

 

「ねぇ、少年。…私の名前、知ってる?」

「…はい」

 

ぎゅっ、と。

配慮の抜け落ちた、力の強い抱擁も少年は黙って受け入れる。

 

「篠ノ之束。…君の本当のお母さんの命を結果的に奪って、世界を壊して、君の新しい両親の命を奪う間接的な原因にもなった、世紀の大犯罪者」

 

少年は知っている。

神社の名前と、箒が姉をなんと呼ぶのかを聞いていたから。

下の名前と苗字が頭の中で繋がらないほど、少年は間抜けではない。

 

「知ってます」

 

その上で、少年は前回束を受け入れたのだ。

セクハラに台無しにされたけど。

 

「…束お姉さんが、ずっとコウカイしてるのも。ずっと僕に後ろめたさを感じているのも、知ってます」

「……うん」

「僕だって、思うところはあります」

「………………うん」

 

少年は、震える束のことを自分から抱きしめた。

許せるか、と言われて素直に頷けるほど少年は大人ではない。

なにせISがなかったら、きっと少年は普通に生きていけたのだ。

親も生きていたし、何度も離別を経験することも、苦難に満ちた人生を歩む覚悟もいらなかった。

恨みがない、なんて心の無いことはとてもじゃないが口にできない。

 

だがこの夏、少年は束とたくさんの時間を過ごしていた。

カスな面も、駄目なところも、思いやりがあるところも、ずっと見てきた。

その全てが大切な思い出だ。

そして、その思い出は、少年が束を許したいと思うのに十分な理由となっていた。

 

それに、少年はもうとっくの昔に知っていた。

ISがなければ、自分がいさなたちにもボイジャーにも出会えなかったことを。

 

さらに、今日。

一人になるつもりで来た少年に追いついて抱きしめてくれる、自分を思いやってくれる人がいることも知れた。

 

独りじゃない。

自分は、決して独りぼっちじゃない。

その事実は、少年の心に何よりも難しい、人を許すということへの勇気を与えてくれる。

 

「来てくれて、ありがとうございます…嬉しいです」

 

全てを許すと決めた、少年の心からの笑顔は綺麗だった。

そして、それを前に束は一瞬でカスなお姉さんに戻ってしまった。

 

「少年…」

「……?」

「キス、しよっか。ついでにこのまま静かで誰もいないところに行こっか。忘れられない夏にしてあげる」

 

受け入れられたことの喜び。

眼の前の極上の獲物を絶対にがしたくないという独占欲。

綺麗なものを汚したいという征服欲。

エッチしたいなぁというシンプルな性欲。

要は普通にムラっとして、我慢できなくなったカスなお姉さんは決め顔でそういった。

 

「……………は?」

 

抱きしめられて動けない少年に迫る唇。

直前までの落差に固まり、避ける動作すらしない少年を守るように、水を差さないために隠れていたもう一人が慌てて飛び出してきた。

 

「おーまーえーはー!何をやってるんだぁっ!」

「ごっはぁ!?…ちょ、ちーちゃん邪魔しないでよ、今いいとこだったのに!というか今首取れるかと思ったんだけど!?」

「ひぇっ」

 

織斑千冬。

カスなお姉さんと同格な、それでいてちゃんと良識のある素敵なお姉さんとの出会いだった。

 

 




いつも最後まで読んでくださってありがとうございます。
今回も感想と評価、ここすきを頂けると作者はとても喜びます。
3回回ってわんっていいます。
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