「見て見て少年!でっかいフナムシ捕まえた!」
「うわぁ…グロい…」
どうやらカスなお姉さんは虫を触れるタイプのお姉さんだったらしい。
うさ耳つけて胸元の緩いエプロン付きのワンピースを着たファンシーな見た目をしたお姉さんが、しゃかしゃか動く巨大なフナムシを見せつけてくる様は、コラ画像もかくやと言わんばかりの違和感満載な光景だった。
あと単純に大人の顔くらいあるフナムシが気持ち悪い。
「ど、どうぞ…」
「お、気が利くね〜!それにしてもなんでこんなおっきくなったんだろうね?」
「いいもの食べてるんじゃないですか?うちの金魚は、2メートル近くあります」
少年は顔をしかめながらも、しぶしぶ虫かごの口を開ける。
こんな溌剌な顔をして少年に自慢するお姉さんに捨ててこいとは流石に言えなかった。
なんだか、近所の野良猫が少年に懐いたら、ネズミやらセミを捕まえてきて、撫でさせるために頭を差し出してくるのに似ているな、なんて流石に口にはしないけれど。
このフナムシは後で逃がそう。
これだけ大きくなったということは、それだけこのフナムシにとってこの環境が適しているということなのだから。
居心地のいい場所から連れ去るなんて残酷なことは、少年には出来なかった。
あとでっかいフナムシは普通にいらなかった。
飼いたいと思わないし、飼ってる姿を見られたくもなかった。
毎朝笑顔でこの宇宙生物みたいなフナムシに餌を与える自分を想像して、きっと愛着は沸かないなという確信があった。
宇宙の神秘も星も好きだが、地球産の虫に興味はない。
「つまり、愛だね。お姉さんも少年に餌付けされたいなぁ〜!チラ?チラチラ?」
「…そうですか。ふつうにフナムシさわった手が気持ち悪いのであらってきてください」
「そんな殺生な!お姉さんもうお腹ペコペコなんだよ!?しーんじゃーうよー!お腹すいたお腹すいた!食べたい食べたい食べたい!!!!」
「……………」
大人が本気で駄々をこねるという、トラウマ級のグロ映像を前に、少年は思わず一歩下がる。
「あそこにすいどうあるじゃないですか。大人がめんどくさがらないでください」
「チッチッチ。わかってないなぁ少年は。大人だから面倒くさいんだよ。やらなくちゃいけない仕事…同年代の聞きたくもない結婚報告、納税、年末調整…うう、ううっ!大人に自由なんてないないんだ!労働って恐ろしい!誰か子どもに戻る魔法をかけてください!私の本当の姿は子どもなんです!」
「なら、サンドイッチはぼくが一人で食べます」
泣き喚いていたりドヤ顔になったり、また泣いたり。
情緒不安定なカスなお姉さんの相手がめんどくさくなった少年は、普通に背を向ける。
目指すはリュックサックや途中で買ったジュースが冷やして置いてあるパラソルだ。
「へへっ、隙ありぃ!」
「え、ちょ───」
だが、カスなお姉さんに背を向けたのが間違いだった。
少年は後ろから伸びてきた細くしなやかな手に絡め取られると、豊満な身体に押し付けるように抱きしめられる。
それだけならまだ良かった。
いや、良くないが。
気がついたら、少年は空を舞っていた。
海から4メートルは離れた砂浜にいたはずなのに、ひとっ飛びで海の上まで来ているあたり、天災の細胞レベルでオーバースペックな身体能力がいかんなく発揮されている…なんてことはどうでも良くて。
だんだんと海面が近づいてきているにも関わらず、お姉さんに抱きしめられたまま身動きが取れない少年は恐怖で思いっきり逃げ出そうとする。
だが、抗議しようと目線を上げれば、心の底から楽しそうに笑うお姉さんと目があって、少年は何も言えなくなった。
「少年!」
「なんですか」
「誰かと遊ぶのって、楽しいね!」
着水。
そうですね、なんて少年のありきたりな返事は海に泡となって溶ける。
海の中から見る空は光の梯子がたくさんあって、足元を見れば、魚が泳いでいて、光りに照らされた海藻が揺れている。
夏の暑さも喧騒も遠くなって、波の音しか聞こえないその世界は美しかった。
まるで無重力空間にいるようで、誰の声も届かないこの世界は、一人なのに寂しくはなかった。
鼻に水が入ってなかったら、もっと良かったのに。
『見て見て!鯨のマネして水中でおしゃべりできるようにしてみたよ!ん?どうしたのかなぁー?にひっ、お姉さんのおっぱいに見惚れてた?それとも海の中で聞くお姉さんの声にメロメロになっちゃったかな、かな!?少年も男の子だなー!』
少年は、初めての海が少しだけ好きになって。
情緒のないお姉さんのことが普通に嫌いになった。
フナムシ「え、ワイも行くんですか!?」
───着水
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