束さんの服ってメイド服じゃなかったんだ…というのを原作を読み返していて気づきました。
作者のファッション知識のカスさが露呈してしまい申し訳ありません。
ちゅる。
ちゅるちゅる。
「ねぇねぇ、少年」
「なんですか?」
ちゅるちゅるちゅる。
ちゅるん。
風鈴が眠たげな微風に吹かれて、控えめなリズムで音を奏でている昼下がり。
麦茶と氷の入ったガラスのコップの周りについた水滴がお盆に落ちる。
それをなんとなく目で追う少年とカスなお姉さんは、農家のおじいさんに出してもらったそうめんを一心にすすっていた。
氷でしっかりと締められたそうめんにめんつゆが程よく染みて、生姜やネギといった薬味が食欲を駆り立てる。
日本人にとって馴染み深い夏の味だった。
「美味しいねぇ…」
「そうですね」
縁側を抜けていく風に目を細め、笑うカスなお姉さんに少年は生返事を口にする。
昨日の夜、やけにしつこくひっついてくるカスなお姉さんのせいで、暑い夜(そのままの意味)を過ごすことになったせいで眠い少年に、さり気なく肩や腰、果てはおしりまで触っているお姉さんに気づく余裕もない。
というか寝ぼけ眼な幼気な少年にバレないようにセクハラするカスなお姉さんは、今日も変わらず人として終わっていた。
「私昔そうめん嫌いだったんだよねー。麺自体に味ないし。めんつゆ食べてるみたいな気分になったし」
「…こんなにおいしいのに…」
「ま、カスなお姉さんもカスなお姉さんなりに成長したってことかな!その点少年は大人だねー?その年でそうめんの美味しさがわかるんだから!…ま、コーヒーは飲めないけど?」
「コーヒーがのめないから子どもってりろんはあれです…ロンリのひ、ひよく…あ、ひやく!ですよ!」
「ぐふ、ムキになるのかわゆいねぇ」
ちゅるりらちゅるりら。
ずぞぞぞ。
少年はムカついたのでカスなお姉さんを無視してそうめんすすりを再開する。
「あ、そうだ少年」
その声は、少しいつもと調子が違った。
カスなお姉さんは無意識なのだろうけど、その声にはどこか上滑りするような、確かな緊張があった。
眠気で気を抜いてるからか、それとも昔の夢を見たからか。
いつもより人の心の機微に敏感な少年が、ちらり、とカスなお姉さんの方を盗み見る。
「お祭り行こっか」
8月末の昼下がり。
終わりそうだと思った夏は、まだ続きそうだった。
●
かーん、かーん。
ぱしーん。
祭りに行こうと誘われたはずなのに、少年は重く苦しい、あとちょっと香ばしい(最大限の配慮)匂いのする装いで、初対面のお姉さんに竹で出来た棒でぶっ叩かれていた。
痛い。
ふらつく頭を抑えるようにして、少年は思わずたたらを踏んだ。
というかまず、今着ている防具が重い。
特に頭が重い。
さらに言うならそもそも。
「…お祭りとは…?」
「あはは、どう?
「痛いです…」
「う…すまない、私はその、手加減が下手で…」
「ついでに初対面の子と話すのも苦手だよねー」
「ね、姉さん!」
一見仲良さそうに見えるその二人を、少年は不思議な気持ちで見つめていた。
…昔の夢を見たからか、今日は心のアンテナが音をよく拾う。
普段ならさっさと心を閉じるところなのだが、カスなお姉さんのそのままでいいという言葉に、なぜだがそのまま従っていた。
…そもそも、なぜカスなお姉さんが少年の心の目について知っているのかはわからないが、まぁもうこの人はそういう妖怪だしな…という謎の信頼で少年はその疑問から目を背けていた。
少年は知らない。
自分のたった一人の友人が、少年の知らないところで布教活動を行っているということを。
少年は知らない。
自分の知らないところで厄介ファンが生まれてしまったことを。
少年は知らない。
知らないからこそ、平穏でいられることもあるのだ。
●
「…あまり仲良くなさそう、と思っているのだろう?」
「……えっと、箒…さん?」
剣道の防具を脱いで道着姿になった少年は、神社の手水舎で手を洗って、喉を潤していた。
そんな少年に声をかけてきたのは、先程割と容赦なく少年に向かって竹刀を振り下ろした女の人だった。
綺麗な黒髪を一つまとめにし、汗ばんだうなじが少年の目には夏の日差しより眩しい。
微笑む箒と、それに目のやり場に困りながら、そもそもどう答えていいのかわからない少年という構図は、背景が神社なのもあってなかなか絵になっていた。
「…まぁ、私だって人の機微に聡い方ではない。…姉さんほどではないが。それでも、的はずれなことをいっているかもしれない」
「姉妹…なんですよね」
「似てないだろう?」
「そのぉ…」
ぶっちゃけ似てはいなかった。
真面目でいかにも堅物という雰囲気の箒と、自由奔放で頭宇宙空間か?みたいなカスなお姉さん。
道着をきっちり着こなす箒と、青と白のワンピースにうさ耳という格好のカスなお姉さん。
性格もファッションも、あまりにもかけ離れている。
目元は似ているかもしれない。
それに、いつもより世界に近い少年の目は、しっかりとそれを見つけていた。
「…でも、つながってると、思います」
それは、思いやり。
不器用ながら、他人の心の機微に全然気付けないながらも、それでもこの姉妹には心の繋がりがあると少年は気付いていた。
「そうだろうか…私は、わからないよ」
ともすれば、セミの声にかき消されてしまいそうなほど小さな声の箒の目は、迷っていた。
「姉さんのしたことを、安易に許せるほど私は大人じゃない。だが、あの姉さんが私達に頭を下げて、しかも政府の監視から解放して、家に帰れるようにしてくれた。歩み寄ろうとしてくれているあの人を殴りつけられるほど、子どもでもいられない…」
「それは…」
なんかカスなお姉さんの頭にめっちゃでかいたんこぶがあったけど、あれはあなたの仕業ですよね?
なんか顔にもどでかい紅葉がついてたんですけど…。
あの、思いっきり殴ってますよね?
と突っ込まないだけの理性は少年にもあった。
深刻な顔をする箒に合わせて、少年もなんとか真面目な顔を維持する。
内心は疑問符でいっぱいだったけど。
「……君には、感謝してるんだ。いまだ私は迷っているけれど、それでも。一歩進めたのは君のおかげだから」
この人の情緒は一体どうなっているんだろうか。
感情と暴力が直結されすぎていて、さっきまで感じていた生真面目で何処か神秘的なお姉さんという印象は消し飛んでしまった。
たぶん、箒さんの言う通り彼女は前に進んだのだろう。
それこそ幼馴染をファーストだのセカンドだの順番でカテゴライズする、お前は悪の開発者か?みたいななかなかの朴念仁が、おい箒どうしたんだ?熱でもあるのかよ?と口にしてしまってカウンターパンチされる程度には。
追い詰められた環境ゆえの人に対する不信感は、少なくともなくなっている。
照れたからと言って暴力を振るう自分を正当化することもないだろう。
でも、姉さんは殴る。
なんか色々迷惑かけられたのに自分は幸せいっぱいですみたいな顔してるのがムカつくから。
あとハーレム気取りの幼馴染も殴る。
それを成長と呼ぶのか、ただコンプレックスが一つ吹っ切れただけだと言うのかは人によって別れるかもしれないが、とりあえず少年は殴られたくないので成長と呼ぶことにした。
「な、なら…よかったです…?」
「ああ。…本来なら、お盆の時期しかやってない祭りで、神楽舞ももう時期は過ぎているんだが…それでも今日は、君のために舞わせてもらうとしよう」
カスなお姉さんに誘われた祭りはもうとっくに時期は過ぎていて、今日は特別に箒やその他神社関係者たちの協力のもと祭りの一部を再現することになっていた。
自分の実家の祭りの時期くらい把握しとけよ、と関係者全員思ったわけだが、少年だけはまぁカスなお姉さんだしな…と納得していた。
夜の帳が降りる。
少年は日が落ちて涼しくなった神社の境内で、やぐらが組み上がっていくのをなんとなく見つめていた。
親しい人の仲のいい家族。
意外と、自分がそれを前にして動揺していないことに安心しながら。
立ちすくむ少年の横顔を夕焼けが照らし、すり抜けるように一つの風が吹き抜けていった。
「…くしゅんっ」
作者の栄養になるので、感想と評価たくさん投げてもらえると乞食作者が喜びます。
作者が喜ぶだけですが、もしお暇でしたらよろしくお願いします。