銀英伝の小ネタ   作:キューブケーキ

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戦艦ヤマト撃沈命令

 宇宙歴(SE)七九六年、帝国暦四八七年――。

 アスターテ星域における銀河帝国と自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)との局地戦闘は、結果として両陣営の未来を決定づける契機となった。

 それが意図されたものであれ、偶発的な戦略環境の産物であれ、この戦闘の推移は、既存の軍事理論の枠組みを大きく逸脱する事象を含んでいた。

 記録上、「未確認艦隊、九隻」として分類された存在がある。

 戦史上の一行であるこの記述は、戦略的意味を持たず戦術的成果も残さなかった。

 だが実際には、この九隻――旗艦「ヤマト」を筆頭とする地球防衛軍艦艇群――の出現は、同盟および帝国軍双方の作戦中枢に一時的な情報混乱を引き起こし、

 戦場の認識優位を一時的にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将に預ける一助ともなったのである。

 この現象は、戦術論的には「交戦中における局所的情報錯乱の発生」として定義され、後年の軍事研究機関において、電子戦下の新たなケーススタディとして注目された。

 しかし当時の前線司令部においては、事象は常に「識別不能=敵性」と即時判断され、火砲にて排除される宿命にあった。

 九隻の艦隊――その構成は、地球艦隊のそれであった。

 記録上、構成は以下の通りと推定される。

 戦艦型宇宙艦「ヤマト」艦籍不明

 巡洋艦「矢矧」

 駆逐艦群:「冬月」「磯風」「涼風」「朝霜」「浜風」「雪風」「霞」「初霜」

 いずれも冥王星会戦(旧地球防衛軍の最終戦)に参加した艦艇であり、後の解析によれば、光年単位の空間跳躍あるいは異次元的現象による戦場誤進入の可能性が指摘されている。

 だが銀河帝国軍、自由惑星同盟軍いずれも、そのような仮説を確認する暇はなかった。

 帝国軍戦術ネットにおいては、メルカッツ大将が「識別不能艦に対し、即時交戦を回避せよ」と一時的な停戦指示を出したものの、シュターデン中将は命令系統を無視し「主砲斉射」と命じ、事実上の敵対行動を開始した。

 この一斉砲撃によって、「霞」「初霜」「涼風」が同時被弾し爆沈。

 地球艦隊は意図も反撃も果たせぬまま、戦場から消失していった。

 歴史の本流から突如として姿を現し、そしてわずか五分で撃滅されたこの部隊が何者であったのか――。

 軍事史家の議論は、今なお終わることはない。

 ただ一つ確かなのは、この戦術上の雑音とも言える存在が、ローエングラム艦隊の主導権掌握をわずかに早め、戦局全体をわずかに変化させたという事実である。

 歴史は常に勝者に微笑む。

 そして敗者――否、存在を認識すらされなかった者たちの声なき死は、軍の統計にも、勝利演説の中にも、記録されることはなかった。

 

 

 

 アスターテ星域座標Y15478――。

 そこは帝国軍艦隊右翼縦隊と、同盟軍第六艦隊の前衛部隊が交錯する緩衝宙域であった。

 通常、この空域には艦艇を突入させることはない。

 なぜなら戦術レーダーは敵味方双方の波動を感知し、照準器は過負荷を起こしやすく、誤認・誤射の発生率が高まるからだ。

 しかし、その空間に突如として九隻の艦艇が出現した。

 帝国軍側はその座標を「戦術空間外乱発生域」として既にロックしており、索敵班が報告を上げたのは、艦影確認から実に1.27秒後のことであった。

「未登録艦、出現。構成:戦艦1、巡航艦1、駆逐艦7。識別コード不明。敵性未定」

「識別不能艦に遭遇。交戦可否、司令部の指示を仰ぐ」

 ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将は沈黙した。

 しかしそれは躊躇ではなかった。

 彼はすでに、敵と見なされることを覚悟した者だけが戦場に立つという戦場原則を知っていた。

「警告信号を送れ。十五秒以内に応答がなければ、全艦一斉砲撃」

 それが彼の判断だった。

 だが十五秒は訪れなかった。

 帝国軍シュターデン艦隊の巡航艦の一隻が警告より先に発砲したのである。

「敵性確認!」

 その一言が、帝国艦隊全体に連鎖反応を起こした。

 ファーレンハイト艦隊が反応し、フォーゲル艦隊が斉射を重ね、メルカッツ大将が「砲撃中止!」を叫ぶ頃には既に手遅れであった。

 最初に命中弾を受けたのは「霞」。中央艦体部を撃ち抜かれ、爆散。

 続いて「涼風」「初霜」「磯風」「朝霜」「浜風」が矢継ぎ早に火線に巻き込まれ、誘爆と衝撃波により隊列は完全に崩壊。指揮系統は機能しなかった。

 唯一、「雪風」と「冬月」は主砲発射体勢にあったが、通信遮断と友軍識別コード不一致により発射を凍結。

 その迷いが致命的な数秒を生んだ。

 その間に「矢矧」は、艦載艇によるクルー救出作業を実行していた。

「ヤマト」から放出された小艇が艦体横に滑り込む。

 ――だが。

 帝国軍ワルキューレ中隊が、艦載艇の展開をスパルタニアンか敵強襲部隊と誤認、制圧行動を開始。

 矢矧はブリッジに直撃弾を受け、通信不能となり、後に漂流中に消失扱いとなる。

 そして旗艦の「ヤマト」。

 波動砲充填率87%。副砲斉射は完了し、敵艦に対し防御射撃を展開。

 だが帝国軍はその艦隊を叛徒と誤認していた。

「あれを沈めろ。優先目標とす」

 フォーゲル艦隊旗艦「パンツマン」からの通信であった。

 それより先に全艦隊が動いていた。

 エネルギー・ビームとミサイルの集中射撃。

「ヤマト」艦体中央部、第三副砲塔から艦橋下部に直撃、

 構造材が膨張し、艦体が鈍く捻じれ、波動炉が停止する。

 それでも「ヤマト」は爆沈しなかった。

 波動砲だけは、最後まで冷却液漏れの中で起動を継続していた。

 だが、発射は――なされなかった。

 沖田十三艦長は最後の指示として、戦闘班長古代進に「照準停止」を命じた。

 敵の正体も分からず撃つことを拒絶したのである。

 その決断が、数分後に「冬月」によって回収される「生存者の証言」として記録された。

 戦場における最も静かな死に様。それがかつての英雄に許された唯一の栄誉だった。

 戦闘は終了した。

 いや、厳密には戦闘と呼べるような応酬は存在しなかった。

 帝国艦隊の火力による一方的な撃滅。

 識別不能艦隊――すなわち戦艦とその随伴艦群と推定される9隻は、敵味方いずれの戦史にも明確に記録されることなく戦場から消えた。

 その事実に対して、まず最初に反応したのはフェザーンだった。

 観測衛星および商業監視網から流出した「未登録艦隊撃滅映像」は、即座に一部改竄・編集されたうえで、以下のような報告が作成された。

「アスターテ星域にて、叛徒の艦隊が不法越境。帝国軍宇宙艦隊の自衛射撃により排除。全艦撃沈。識別照合不可能につき、同盟軍籍にあらずと判断」

 この報告はフェザーン経由で同盟統合作戦本部にも伝達された。

 そして、まるで示し合わせたかのように、同盟政府上層部もまた、事実を「なかったこと」にした。

「失敗した奇襲作戦」や「無認可の独立艦行動」という汚点が、統帥権の混乱として拡散するのを恐れたのだ。

 一方、イゼルローン攻略後、帝国軍のデータベースを閲覧したヤン・ウェンリー少将は、アスターテ会戦に関しての分析と報告に首を傾げた。

 ヤンは、少しだけ視線を泳がせてから、苦笑を浮かべた。

「なぜか居るはずのないものが、あの戦場に現れた……。そんなこと、教科書のどこにも書いてないよ」

 副官のフレデリカ・グリーンヒル中尉が質問する。

「艦体識別信号も、形式も一致しないんですよね?」

「うん。だが奇妙なことに、あの艦影――ヤマトと推定されるもののフォルムは、古地球の美術的感性に基づいて構成されている。あれが実戦仕様の設計ならば、技術的には意味が通らない。しかし記憶には残る」

 彼らが敵であったか、味方であったか。

 あるいは、ただ異なる歴史の流れから迷い込んできた亡霊であったか。

 真相は、戦場の星々とともに永遠に沈黙した。

 だが、少なくとも一人――この物語の魔術師は忘れなかった。

 出版予定の無い回想録の末尾、付記にて彼はこう記す。

「交戦記録に記載されない艦艇群、及びその行動痕跡について、明確な説明はできない。ただし、それらが確かに『戦場に存在していた』という事実だけはここに記録として残す」

 ――それは、無数の死者の中にあって、記録されることすら叶わなかった艦と、その乗組員たちへの唯一にして最後の鎮魂であった。

 アスターテ星域における一連の交戦は、戦術的には帝国の勝利、政治的には同盟の誤算で終わった。

 そして、歴史的には――記録されなかった遭遇戦の影で終息した。

 だが、一隻だけ。

 冬月――地球連邦防衛軍の駆逐艦にして、最後の観測者は、沈まなかった。

 帝国軍の通信妨害が解除された三時間後、同盟軍支配宙域の防衛セクターにおいて、異常な残留波動を検出。

 巡察艇「パンナコッタ」がその空間に到達したとき、そこには大破した灰色の艦影が、漂っていた。

「船体損傷。航行不能。生体反応――微弱ながらあり」

 それは、艦名プレートすら判別困難なほど損傷していたが、構造解析によって駆逐艦であると特定された。

 乗員の大半は死亡。機関部は完全に沈黙。生存者はただ一名、古代進と名乗る青年士官だった。

 同盟軍医療部が実施した生体スキャンによれば、彼の身体的特徴は同盟標準に一致するが、DNA配列に複数の未登録遺伝子変異が確認された。

 また彼の記憶は部分的に喪失しており、所属部隊の所在を聞かれても、「ヤマトの乗員だった」としか答えられなかった。

 事態を重く見た同盟統合作戦本部は、当該事案を特殊遭遇事象:レッドプロトコル案件に指定。

 以後、情報は最高機密として封印された。

 ヤン・ウェンリー少将は、この報を聞いたとき沈黙の後こう言った。

「生き残ったか。……彼はどこから来たのか。歴史とは、しばしば不条理に人を選ぶ」

 ヤンの言葉は戦史においては記録されていない。

 ただ、後年――彼の残した私信の中に、「この宇宙には、我々がまだ知らない戦場がある」との記述がある。

 冬月は修復されず、外殻は分解・封印され、調査用のモジュールに変換された。

 その艦首部には今もなお、地球の文字で冬月と記されている。

 その艦名の意味を知る者は、もはやいない。

 だが、あの日の宙域にもう一つの歴史が存在したという証拠だけは、真空の中に今も静かに漂っている。

 

 

 

 帝国暦四八七年三月――。

 アスターテ星域会戦の勝利から一ヶ月後。

 ラインハルト・フォン・ローエングラムは、帝国軍宇宙艦隊副司令長官・元帥の任に正式に就いた。

 彼の元帥府開設に際し最初に行われたのは、アスターテ戦域戦闘詳報の徹底的な精査であった。

 表向きは戦訓抽出と艦隊評価、裏では貴族派による軍内人事介入の証拠探しが目的であったが――

 ラインハルト本人にとって最も注目すべき報告は、たった一行にすぎない、未確認艦隊出現という記述だった。

「――敵艦ではなかったのだな?」

 その問いに答えたのは、参謀長メックリンガー准将であった。

「現存する艦艇識別データベースには該当艦型はありません。火力も中途半端、機動力も規格外。戦術的には的外れとすら申せますが……妙に記憶に残る艦型ではありました。――あの戦艦は、いかにも人類が夢として造り上げたような……」

 ラインハルトは一瞬、視線を宙に泳がせた。

 その目には、戦術や戦略ではなく、戦場そのものに込められた何かを読み取るような光が宿っていた。

「そうだ。まるで――記念碑のようだったな」

「記念碑、ですか?」

「敗北することを宿命づけられた者たちが、自らの滅亡を刻むために建てた墓標。たとえ存在が忘れ去られても、あれは消えはしない。戦史に残らずとも、我々の記憶に刻み込まれてしまった。……キルヒアイス、おまえはどう思う?」

 キルヒアイス大佐は静かに答えた。

「……我々と、まったく別の歴史から来た存在ではないかと。あの艦が最後まで有効打を打てなかったのは、彼らが戦うべき相手を知らなかったからではないでしょうか」

 その答えに、ラインハルトは短く笑った。

「ロマンチストな物言いだな」

 それきり話は打ち切られた。

 だがこの日の元帥府記録には、後に極秘指定された以下の文言が添えられている。

『未知艦隊遭遇事案:当該戦闘は歴史の傷痕であり、記録に残すべき遺物である。彼らが敵でなかったことを、我々が知っていたという事実だけは、消すべきではない。――R.v.R.』

 覇道の獅子は、勝利の記録には残さなかったが、記憶という戦史にはその名もなき艦隊を焼きつけていたのである。

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