砕けた鉄の拳は自由な海を切り拓けるか 作:ハグルマンJP
海軍本部訓練広場には見物人がいつの間にか集まっていた。渦中の一人、ドール中将はぐるぐると肩を回している。そしてもう一人、ジーク准将こと元中将は、股を開いて体の前に肩を入れている。
「さて……ルールはいつも通りだよ。それでいいね?」
「はぁ~~~……や、やりたくねェ~……」
「男だろ!覚悟決めな!」
ドールはもう戦う覚悟を決めて、拳を構えている。ジークは、それをみて、やはり止められないだろうと覚悟を決めて拳を構え、能力を発動させる。悪魔の実、それは海に嫌われる代わりに、空想上の力を現実に引き出す果物。馬鹿げた現実を、さらに馬鹿げた能力でひっくり返す、そんな力だ。ジークが食べた悪魔の実は、
「メカメカの能力……いつ見ても惚れ惚れするね……」
「そっちがマジならこっちは大真面目ですよ……この体でも武装色の覇気で殴られりゃ痛いんでね……」
「こっちも無駄に硬いその頭をぶっ飛ばすのは苦労するのよ……さて、戦う以上は賭けるよ。私が勝ったら、アンタ海軍に戻りな。」
「はァ!?一日中将ってだけで頭おかしいのに一日もたたずに出戻りなんて無茶苦茶でしょう!?」
「その無茶はガープに通させる!」
「もぉ~~……!!勝ったら俺は出ていきますからね!!」
今日出会う人間の無茶苦茶具合にジークは鋼鉄へと変身したはずの頭が痛み始めていた。そして、その無茶苦茶な人間たちが、自分のことをどれほど深く思いやってくれているかという事に、胸は熱くなった。とはいえ、決心は変わらない。男が一度辞めると言い切った以上は、未練がましく残るわけにはいかないのだ。
「コビー!よく聞いたね!」
「あっ、はい!立会人は務めさせていただきます!」
コビーは敬礼したあと、腕を天高く上げていく。腕を上げていくほどに、広場の皆と、そして決闘する両者の緊張が高まっていく。最早広場には、静かに人の呼吸音だけが聞こえていた。誰も、身じろぎ一つできなかった。限界まで張りつめた緊張の中で、それを切り裂くように腕が振り下ろされた。
「はじめっ!!」
「『剃』!」
飛び出したのはドールだった。六式のうちの一つ、高速移動を可能にする技法だ。そして、その勢いのまま大きく足を上げて、かかとを叩きつける。ジークは両腕を交差して、その蹴りを受け止める。
「『
そして、その腕の装甲ががちゃりと開き、黒い装甲が一気に赤くなる。それを見聞色で「見た」ドールは、「剃」をジークの腕を地面として使う。
「『
ジークを起点に一帯が一気に爆発する。メカメカは自身を武器にも鎧にも変える。だからこそ、彼の腕は爆発や炎熱すらも容易くあつかえる。それだけではない。彼は全身が武器であり鎧だ。いかなる体勢、いかなる部位からでも攻撃可能な能力と覇気を用いた戦法こそ、彼の真骨頂だ。
「だが、能力ばっかりで本気じゃないねぇ!」
炎の中を突っ込んでくるドールの言う通り、ジークは本来の戦い方ではなく、能力の乱発をしている。彼の中には、未だに迷いがあるのだ。だが、ドールは海軍大将に次ぐ地位である中将だ。そんな迷いの中で戦えば、その隙をついてくる。
「『嵐脚』!!」
「ちィッ!!」
広場の地面をえぐるほどのドールの「嵐脚」の威力を前にして、ジークは全力で回避する。だが、全力のスピードとは言い切れない。ただの「剃」を使っているだけだ。
「先輩相手に舐めた真似してんじゃないよ!」
ドールは感情のままに叩きつける蹴りと拳の連携で、逃げる先を抑えに来る。直撃を受けないように丁寧に捌くが、ラッシュのスピードはどんどんと速まる。
「押し切るっ!」
「……ごちゃごちゃ考えてる場合じゃねぇなぁ!」
大好きな先輩の本気に対して、ジークは迷うことを一旦辞める。このまま殴られ続けていては、ただでは済まない。いくら鋼鉄の体とはいえ、武装色の覇気を纏った拳は能力者の防御力を貫通する。なにより、目の前の人と戦える最後のチャンスを、半端な物にはしたくないと思ってしまった。
「まずはラッシュを止める……!歯ぁ食いしばってくださいよ……!!」
「やばいね……っ!」
「『
全身の装甲が連動し、周囲一帯を吹き飛ばす『嵐脚』を放つ。本来は脚で放つ技だが、メカメカの実の能力で機械化した体を用いれば、腕も、胴体も、頭も、首もありとあらゆるところから『嵐脚』を放てるようにもなる。ドールは衝撃波の嵐から全力の覇気で身を守った。それは、攻撃の手を止めることを意味している。
「どこに……!?」
立ち上った砂煙で、ドールの視界からジークの姿が消える。見聞色の覇気を使える者だけが、天空を見た。逆に、それを持たぬものは広場をまだ見つめていたほどだった。それ程の高速度で、ジークは天空に飛びあがっていた。彼の背中には能力で変形させたジェットブースターがついている。改造された肺と連結された追加器官は、過剰に吸い込まれた空気を利用して加速力へと変える。そして、圧縮された空気は打撃力にも変換される。
「『
「動きが変わったね……!やる気になったかい……!」
風圧を拳から放つ二段衝撃の技を、武装色で防御するドールは、笑っていた。動きが圧倒的に変わったからだ。いずれ海軍大将になる男と、英雄に言われ続けてきた男のプレッシャーがボルテージが上がっていく。
「今だから聞くけどさぁ!アンタ、海兵として何がしたかった!何の『正義』を背負ってた!」
「私何度も断ったでしょ!男の秘密ですよそりゃぁ!」
「いい女に聞かれたら答えるもんでしょうが!!」
二人のラッシュが加速していく中で、ドールは笑いながら聞いた。ジークに聞いても、一度も答えてくれなかった、彼の理想を聞くならば今しかないと思った。それは、彼女が、この先の負けを確信していることを、彼を引き留められないことを意味していた。
「俺は……!ヒーローになりたかった……!なれなくても……それっぽいことがしたかった……!」
「ガキか!」
「色々上手くいかなかったけど……!今も、この『正義』を言っていいのなら……!俺はこう言うだろう!!『正義』とは、人の笑顔!命だけ救ってもダメだ!見て見ぬふりをしてもダメだ!俺の『正義』は、『笑顔溢れる正義』だっ!」
「その当の本人が笑えてないなんて笑えないねぇっ!!」
拳同士が激突し、二人の距離が離れる。ボルテージは最高潮、決着はすぐだった。
「だから出ていくって言ってんでしょうがァ!」
「ガキがナマイキ言ってんじゃないよ!『
ドールの拳が黒く輝き、スピードが一気にトップに上がる。彼女の全力の必殺技だ。まともに受けた並大抵の海賊はこれで落とされてきた。だが、ジークの本来のスペックは並大抵では済まない。ガープのようにはなれないと本人は言っているが、その彼に時代の英雄として認められ続けてきた実力が、牙をむく。
(……手ごたえが全然ねぇ!)
ドールは、いつものようにぶっ叩いているはずなのに、拳にほとんど衝撃が伝わっていないことに気がつく。ジークの武装色を纏った装甲が、微細に動くことで拳を受け止めながら全ての衝撃を受け流しているのだ。この微細な覇気と身体のコントロールができるからくりは、彼の実の副次的な能力に起因する。メカメカの実は生体を改造する力。その力は、生命に付随する力を数値的な解析をも可能にする。本来意志の力である覇気は、感覚的に掴み、用いるもの。それゆえ感情の動きに左右されるし、コビーのように目覚めたての者はまともに扱う事すらままならないピーキーな力だ。だが、メカメカの実によって数値化することが出来たジークの覇気は、更に細かな装甲に改造された肉体に適切に付与され、流動する。絶対的な防御、それは市民を守る海兵として誰よりも長く戦場で立ち続けるために、彼が攻撃力以上に重要視して鍛えた力だ。どうやって鍛えたのか。ガープの鍛錬に軍艦バッグというものがある。軍艦を覇気無しで身体能力のみで叩き続ける訓練だ。そして、その軍艦をジークに置き換えた、ジークバッグ。最初は覇気無しで実の能力を使って防御、その次に覇気も用いて防御、時には生身で拳を受け続けるという異質かつ異様な鍛錬。ガープの直弟子として、その鍛錬に根を上げずに食らいついてきた彼の防御の技術は、海軍の中でも指折りと言えた。そして、ガープが鍛えたのは当然、防御だけではない。
「『
過剰圧縮した空気、爆裂する腕部、鉄拳による打撃、そして防御技術を習得する過程で開花した武装色の覇気を「押し流す」技術。足先、腰、背中、肩、そして腕、拳の先端へと流していき、最後には打撃を打ち込む対象に拳の勢いと共に打ち込む。四重の衝撃を相手の内外から同時に叩き込む、ジークの奥義の一つ。ドールが手ごたえに不安を感じて、間一髪間に合ったクロスアームブロックの上から叩き込まれた一撃は、その防御をも打ち崩し吹き飛ばす。吹き飛んだドールの体は、修復中の海軍本部の壁をもう一度壊して止まった。
「……いってぇ~!」
瓦礫の中から頭を振り、腕をぶらぶらとさせて出てきたドールは笑っていた。そして、ジークも笑っていた。気持ちのいい戦いだった。決着は一瞬でついたが、全力を尽くした拳を突き合わせた戦いは、短い間ではあったが、迷いを忘れされるものだった。広場には、歓声と風が湧き上がっていた。
「ジークさんの勝ち!!」
コビーの判定が、歓声の中に響き渡る。ジークは、両拳を突き上げて勝利のポーズを取った。こういう勝負の時に、いつもこうしていた。それに応じて、また大きな歓声が上がった。
「負けたよ……本気なんだね……」
「先輩には悪いですけどね。勝ちは勝ちなんで。」
「……仕方ない。イイ女は男の門出を見送るもんだ。」
やれやれといった表情で、ドールはジークの肩をぽんと叩く。その表情に、ジークはどきりとした。戦う女性という印象が強かったが、こんな表情もするのだと驚かされたからだ。
「アンタの『正義』、私は笑わないよ。せいぜい、しっかり持っておくことだね。」
「え?」
「アンタは自分の『正義』自体に迷ってるわけじゃないんだろ?なら、ちゃんと持って行ってやりな。」
「……はい。」
自分の迷いが、少し減ったような気がした。別に海軍を辞めたところで、『正義』そのものが無くなったわけじゃないし、自分の『正義』が間違っていると思う必要もなかったのだ。一息ついて、周囲を見てジークは叫ぶ。
「あ~~~!!壁!それに俺の一張羅!!」
戦いの余波で壁が、能力によって服がボロボロになっていることに気づく。全員が今それかよ!と突っ込む。
「私の方で壁の方はなんとかしとくよ。服は自分で買いな!」
「えぇ~……」
「能力使ったのはアンタだろ?」
にやりと笑うドールに対して、肩を落とすジークに、周囲の海兵は笑っていた。だが、少し笑った後、皆、姿勢を正して敬礼していた。
「ジーク准将!長らくの勤務、お疲れさまでした!」
「……ありがとう。あと、一応中将ね。中将。私、中将として辞めるから。」
「……アンタ、結構一日中将気に入ってるね?」
「あっはは~……」
「では!ジーク中将!お世話になりました!」
「うむ。皆、それぞれの道があると思うが、海兵としての変わらぬ尽力を期待する!」
ジークは皆に敬礼をして、そして、コビーの肩を叩いた。
「覇気に目覚めた君は、本格的に上を目指せるようになった。私はここまでだが、君が名声を高めて、私以上になってくれることを期待しているよ。優秀な弟弟子君!」
「………ばい!」
「次に会う時までに、その泣き虫は卒業しておいてくれよ!」
最後にもう一度コビーの肩を叩き、ドールに一礼してから広場の端に置いていたバッグを担いで歩き出した。向かうは二度とくぐることのない門、新しい人生の入り口であり、これまでの人生からの出口だった。
「……行っちまいやがって。どうせ行くなら唇の一つくらい奪っていきゃいいもんを。」
ドールはそう呟いて、煙草に火をつけた。煙草の煙だけは、自由に風に乗っていた。
今回から独自要素がガンガン出るかもしれません