砕けた鉄の拳は自由な海を切り拓けるか 作:ハグルマンJP
海軍元帥執務室、もう既に代替わりが決定し、いずれ今の主センゴクが去ることが決まった部屋に、英雄たちが面を突き合わせていた。
「そうか……奴も辞めるか……」
「まぁ仕方ないじゃろう。サカズキは良くも悪くも、ついていく奴とついていけない奴がハッキリしとる。クザンのようにな……」
「しかし、失うには惜しい海兵だ……能力もそうだが、何より市民に対しての接し方は、サカズキの苛烈な印象を打ち消すにはちょうどいい……」
ガープの直弟子、ソル・D・ジーク准将、彼のことを考えながらセンゴクは両手の指を組んで思案する。彼のことをセンゴクが評価するならば、英雄になりそこなった男、だ。彼は正義感が強くそれ以上に自己犠牲的な側面が大きい。仲間の海兵と、市民の命を最優先し、自分の名誉や栄光、そして手柄をも捨てる覚悟と度胸がある。もしも彼がサカズキと同じ『徹底的な正義』を掲げていたとしたら、今の彼の功績とは比較にならないほど多くの首級を上げていたことだろう。それを確信させるほどの能力が彼にはあった。『
「しかし、ガープこれはいったいどういうことだ!」
「ん?いやな、わし中将になっとけって言っちゃったし。辞表よりも先にこっちにハンコ押してくれ!」
「無茶苦茶だ!」
いくら彼が彼なりにではあるが立派に働いていたとはいえ、それにしてもガープのこの要求は無茶が過ぎていた。辞める直前になってもまだこの男に振り回されるのかとセンゴクは頭を抱える。
「だが、致し方あるまい……お前が軽率に言った事とはいえ、彼には功績も実績もある……わかった。」
「おぉ、頼むぞ~。」
「少しは反省せんか!」
「ぶはは!すまん!」
謝られながらせんべいをバリバリ目の前で食われるのは何回目だろうかと遠い目をしながら考えるが、ガープに触発されてしまったのか、センゴクはいつの間にか、まぁでも責任は次の元帥のサカズキが取るだろうと勝手に納得した。そんな中、こんこんと扉をノックする音が聞こえて二人は扉の方を見た。
「失礼します。」
「失礼いたします!」
それは、コビーを連れてきたドールだった。センゴクもガープも、ドールが明らかに戦闘後の様相であったことから、とあることを確信した。
「おぉ、ドール。引き留めたか?」
「……出て行ったよ。」
「流石だな……お前でも止められなかったか。惜しいな。」
センゴクは、その結果を素直に受け止めた。彼がそこまで出ていくことを決心していたのなら最早引き留めきることも、戻ってくることもないだろうと結論を出す。
「んで、壁壊したから一応始末書と修繕の申請書を出しにきたよ。」
「はぁ……今は有事だ。破損個所は例外なく修繕するように通達してある。」
「ありがとうございます。」
「一応報告に来てくれる辺り、目の前の男よりはましだ。」
センゴクの辛辣な一言に、ガープは腹を抱えて笑っていた。そんな中、コビーがおずおずと手を上げる。
「あのぉ……」
「なんじゃ?」
「その、ジークじゅ……中将のことで、少し質問がありまして……」
ガープは片眉を上げた。コビーは一体何を聞くつもりなのだろうか。
「ジーク中将は、今回ドール中将と互角以上に戦っていましたけど……ジーク中将はあの強さの割りに……」
「階級が低すぎる、か?」
センゴクはコビーが口ごもった結論を代わりに引き取る。コビーは、あえて言い切らなかったことを、あの「元帥」に言われてしまったことに恐縮してしまって、反射のように敬礼していた。
「は、はいっ!スミマセン!」
「いや、構わん。少しだけ長い話になるか……座るといい。茶と菓子くらいは出そう。」
もはや半隠居人となるのだから、昔話に花を咲かせても罪にはなるまい、とセンゴクは思った。これから話す昔話の主人公であるジーク、彼に大きな影響を与えたはずの男が変わらずむしゃむしゃとせんべいを食い漁っているのは少し腹が立つが、仕方がないからセンゴクはお茶の準備を始めた。そして、海軍元帥センゴク、海軍中将ガープ、海軍中将ドール、そして海軍曹長コビーと、異色の四人が一つの机を囲んで昔話を始めるのだった。
「まずは、ジーク中将が今まで准将だった理由についてコビー君は知っているか?」
「それとなく知ってはいます。さっきドール中将が仰っていたように、命令違反が多かったとは……けれどジーク中将は、とても命令違反をするような人には見えませんでした。少なくとも、僕の訓練に付き合っていただいていた時はとても真剣な様子だったので……」
「ま、わしよりは真面目じゃな。」
「そりゃアンタと比べたら大抵の海兵はそうだよ。」
「うむ……確かに真面目な男だ。だからこそ、といってもいいかもしれん。実際彼は命令違反が少なくない。そこら辺はスモーカー君に似ているな。彼以上に厄介なのは、海賊との関わり方だった……」
センゴクは遠くを見るように昔を思い出していた。
「彼は身寄りがなく、小さいころから海軍に所属していた。それゆえ、彼は年齢とは裏腹に海兵としての歴はかなり長い。だが、昔から彼は海賊、すなわち悪人もまた人だと言って、余程擁護のしようがない大悪党以外は殺さなかったし、話し合うこともあった。こういうところはガープ以上の厄介者だった。それがよりにもよってガープの下についてしまったのが、私の頭をよく悩ませた。こいつはすぐ自分の部下を自由にさせるからな。」
「ぶわっはっはっは!わしの部下は好きにさせといたほうがよく育つからな!」
「褒めとらんわ!」
センゴクはガープを一喝するが、脱線しないように話を戻した。
「彼に一番悩まされたのはあの事件だろう……」
「ジュール湾事件、だね……」
「それって、海軍によって億越えの海賊『白燐』のペールから多くの市民を救出した事件ですよね!覚えています!けど、ペールは取り逃がしたとか……」
センゴク、ガープ、ドールは興奮するコビーと打って変わって、静かになっていた。そこには本当の事件の真相があったからだ。
「実際は違う。ペールはもう既に死んでいるだろう。」
「え……?」
「ジークはな、とっ捕まえたペールをよりにもよって七武海でもない海賊に引き渡したんじゃ。もっとも、そうしなければ多くの市民は死んでおったじゃろう。」
「えぇ!?」
「あれは私も肝が冷えたよ……よりにもよって、その引き渡した相手は『四皇』ビッグ・マム海賊団だったんだからね……」
時は、8年前、ジュール湾事件に遡る。コン・カイダケ島、ジュール湾にて、『白燐』のペール率いる白燐海賊団がビッグ・マム海賊団「スイート4将星」がひとり、シャーロット・スムージーに追われていた頃である。ジークは当時大佐。この時も、力量に対して階級が見合わないものであった。大小問わず、命令違反と功績の打ち消しで、昇進の話が上がっては取り消しの繰り返しが起きていたからである。
「ジーク大佐!白燐海賊団の追撃中止の命令が出ています!」
「中止?理由は!」
「……どうやら、情報部によりますと、白燐海賊団はよりにもよってビッグ・マム海賊団の『縄張り』にて人さらいを行ったようです。」
「それで?」
「『四皇』ビッグ・マムを刺激するべからずと……それに、追撃に出ているのはあのシャーロット・スムージーとのことです。」
部下の海兵の報告を聞いたジークは眉間に大きな皺をよせ、拳を硬く握っていた。
「……今の白燐海賊団の船、『フュリオース・ピート号』に囚われていると予想される市民の数は。」
「『縄張り』以外での誘拐もあり、およそ150人……であります。」
「ビッグ・マム海賊団の対応として予想できるものは?」
「……恐らく、市民ごと撃滅かと。彼らにとって重要なのは見せしめです。『縄張り』以外の市民のために、わざわざ救助を選択するとは思えません。」
「白燐海賊団は市民の虐殺、略奪、人さらいと、やることなすことどうしようもない悪党だ……『四皇』に喧嘩を売る馬鹿さには心底呆れる。だが、上層部は私に……市民を見殺しにしろというのか……!」
ジークは怒りのままに、ブルワークに拳を叩きつける。甲板上の海兵に不安が広がる。だが、誰もが口を堅く閉じて、沈痛な面持ちをしただけだった。上層部に反して、『四皇』を刺激するわけにはいかない。それが海軍の常識なのだ。150人の市民は犠牲になるしかなかった。
「……皆、すまない。私に10分だけくれ。私が戻らなかったら、その時は撤退しろ。」
「えっ、ジーク大佐!」
ジークの不穏な発言に、嫌な予感がした部下が手を伸ばしたときには、ジークの姿は船上にはなかった。そして、シャーロット・スムージーの下には異様な報告が上がっていた。
「報告!遠方の海軍の軍艦から何か飛んできます!は、速い!」
スムージーの部下の報告とほぼ同時に、甲板に大きな衝撃が走った。スムージーを含めて、乗員は武器を構えていた。巻き上がった煙の中には『正義』のコートを羽織った鋼鉄に変身した何者か、いやジーク大佐が両手を上げて立っていた。
「至急の用故、このような乱暴な乗船になった!謝罪する!」
「……何者だ。」
スムージーは目の前の海兵に剣を向けた。だが、彼女の前の海兵は一切揺るがぬ視線で彼女を見上げていた。
「私は海軍本部大佐、ジーク!単刀直入に申し上げる!白燐海賊団への攻撃、30分だけ待ってほしい!!」
甲板上は困惑でざわめき始めていた。そもそも、『四皇』の海賊団、そしてただの傘下の海賊団ではなく大幹部たる「4将星」の船に海兵が、それも単独で乗船しているという事。そして、その乗船した海兵が、よりにもよって交渉をし始めるという始末。困惑しない方が無理があった。だが、そこは将星が一人と数えられるスムージーであった。彼女は剣を向けたまま、冷静にそして上位者として、強者としてジークに対して口を開いた。
「……なぜだ?」
「あの船には、約150人の市民が乗っている!彼らは君達の抗争とは全くの無関係だ!救助させてほしい!」
「それと、私たちに何の関係がある?」
「彼らの家族に、泣いて頼まれた!どうか助けてほしいと!頼む!彼らを助けた後は、君たちにペールを引き渡す!」
目の前の海兵が頭を下げている。敵船の、武装した戦闘員の中心で、大幹部に剣を向けられているのに、深々と頭を下げている。そして、手柄となるであろう首魁の首を譲るとも言いだした。これには流石にスムージーも驚いた。だが、表情には出さない。それはビッグ・マム海賊団の名誉のためだ。
「我々を舐めているのか?ビッグ・マム海賊団に対して海軍の言う事を聞き、大人しく首が届くまで待て、と?」
「今、私はビッグ・マム海賊団に対してではなく君に対して話している。これは懇願だ。彼らには……帰りを待つ家族がいる。戦う力はないかもしれないが、家族を想う心は同じだ。君達も……家族なのだろう?」
「私達家族には助けを待つだけの弱者はいない!ママの役に立たない子供など!」
「子供や老人のような弱者は家族じゃなくなるのか!弱くても、美しくなくても、役に立たなくても、家族とは無事を祈りあうものじゃないのか!そんなただ家族として当たり前の気持ちを守ることが、我々海兵が血と汗を流す職務!まだ救える命があるのなら、救いたい!」
スムージーは、自身が持つ剣の先が揺れていることに気がついた。目の前の男には強い信念があった。この信念が、目の前の男を死地に送り込んだというのか。『四皇』の大幹部に対して単独での交渉を行わせるだけの、当の本人には、最早家族でさえ本当は信じてすらいないであろう市民の救出以外には何の利益すら与えないというのにもかかわらず、その一つの結果の為に命を賭すだけの信念があるというのか。覇気ではない、ただの男の気合ともいえるものに、彼女は揺さぶられていた。
「スムージー!耳を貸す必要はない!『
同乗しているスムージーの三つ子の姉妹、シャーロット・シナモンに怒鳴られる。だが、若くして鍛え上げてきたスムージーの武人としての心は、彼の強さに興味が湧き始めていた。
「出来るのか、お前に。相手はママ相手にも凶行を行えるイカれた海賊だぞ。30分で、囚われた市民を助けられると?」
「そのために……私がいる。約束する。30分後にはどうしてもらっても構わない。だがその前に、必ず君達の前にペールを連行する!」
「いいだろう。やってみせろ、海兵。」
スムージーは剣をおさめた。誰も喋らなかった。困惑も、抗議すらも言えないほどの衝撃だった。だが、将星の決定は決定だ。揺るがせるわけもない。はじめはどうしていいか分からなかった戦闘員たちも、スムージーにならってゆっくりと武器を下ろしていた。
「恩に着る!時間がないのでこれで一度失礼する!」
もう一度ジークが頭を下げたと思ったら、もう一度甲板が震えていた。そして、その後には最早影も形もなかった。困惑を広めた張本人がいなくなったのを確認して、彼女のもう一人の姉妹、シトロンがスムージーに真意を問う。
「なんのつもりスムージー!ママに知れたら……!」
「……あの海兵の信念が、どうなるか見てみようと思っただけだ。私達が損をすることはない。たかだか30分、待つだけだ。奴が上手くやるならこちらは一発の砲弾も打つことなく見せしめの首が得られる。それに、『縄張り』の市民が戻れば予定よりも良い結果だ。奴が失敗すれば予定通り沈めるだけのこと。」
「けど……!」
「まぁ……少し見てみるだけだ。」
なぜか、彼女はあの海兵が目的の首を持ってくるだろうという謎めいた確信があった。彼女の心の内を知る由もないジークは、勝ち取ったわずかな時間を有効に活用するために軍艦へと舞い戻っていた。
「大佐!いったい何を!」
「交渉!細かい話はあとでする!始末書お小言も後だ!全兵に通達!作戦に使える時間は30分!この30分で必ず救出するぞぉっ!!」
ジークの号令に、全兵の目の色が変わる。全員が駆け足で各々の持ち場につくために駆け足で走り回る。
「作戦を説明する!各員傾聴!!『白燐』のペールおよびその一味は特殊な弾頭を用いている!極めて高い発火性の弾頭で、生身で喰らえば大きな被害が出る!したがって、有効にならない私が甲板上に突撃する!混乱を起こすので、横合いから軍艦を叩きつけてやれ!そこから船内に突入!速やかに市民を発見し、救出、我が艦内に収容する!遭遇戦の用意と警戒は入念に行え!白燐海賊団は危険な海賊団だ、遠慮することなく発見次第撃たれる前に鉛玉をしこたま叩き込め!収容完了後、即座に離脱し、合図を送れ!」
「大佐!合図の後は!」
「奴らの船に海底を見せてやる!作戦は頭に叩き込んだな!いくぞ!我々海兵の存在意義を示す!!」
ジークの号令に海兵たちは雄たけびを上げる。一度諦めかけた救助作戦は、明らかにジークの命令違反によるものだ。彼を慕う海兵たちは、せめて結果を上げなければ彼の顔に泥を塗ることになるとわかっていた。だからこそ、必ず市民を救うのだと気合をこれでもかと入れていた。そして、軍艦は急速に白燐海賊団の船『フュリオース・ピート号』に接近していた。ところ変わって『フュリオース・ピート号』甲板は異様な雰囲気に包まれていた。
「お頭!ビッグ・マム海賊団だけじゃなくて海兵も来やがった!どうします!」
「ふ、ふぉぉぉ……っ!ほぉぉぉおぉぉ!」
白燐海賊団頭領、ペールの目はうつろだった。彼の手には、中身が空になった注射器が握られていた。ペールは重度の麻薬中毒者であった。これこそが、彼が狂った海賊と呼ばれた理由であり、『四皇』の縄張りにも関わらず人さらいを強行した原因であった。
「こ、殺しちまえ……!!みーんな焼いてぶっ殺せ!俺はよォ……人が生きたまま焼けていく匂いが!絶叫が!最高にキマるんだよォ~~~~ん!!!!」
「む、無茶苦茶だ……!け、けどやるしかねぇ……!お前らァ!武器構えろ!!」
ペールの残虐性は、手下にすら恐れられるほどだった。だからこそ、誰も彼には逆らえない。たとえ自らの首を絞める行為と知っていたとしても、止めようものなら自分が火だるまにされることが簡単に予想が出来ていた。だが、そんな彼の運も、この日尽きた。彼らが目にしたのは、突然砕けた甲板だった。
「て、て、敵襲だ~~~~!!!!」
手下の一人が大声を上げる。それに応じて、皆武器を構えた。だが、構えた者から次々に腕をへし折られて倒れていく。パニックになった手下たちは、やたらめったらに特殊弾頭を装填した銃を撃ちまくった。味方に当たり、船に当たり、辺りは一気に火の手が上がりこの世の地獄となっていた。だが、そんな時に嬉しそうに笑っていたのはペールだった。
「も、燃えろ~~!燃えろ燃えろ~!悲鳴を上げろォ~!!」
「熱い、熱いィィ!!」
「た、助けてェ……!み、水……!がぁぁぁぁっ!」
阿鼻叫喚の中、火を切り裂いてペールの前に立ったのは、黒鉄の海兵だった。甲板に突撃してきた侵入者と、悪党の視線がぶつかった。
「『白燐』のペールだな。大人しくしてもらおうか。」
「ひ、ひぃやぁぁぁぁっ!燃えて死ねぇ~~~~!」
ペールが腰に差したピストルを両手で引き抜いた瞬間だった。ペールは引き金を引いたはずだ。銃弾は目の前の敵に打ち込まれたはずだ。ならばなぜ、手に持っていたはずの銃がない?手首が焼けるように熱く、自分から大好きな焦げる匂いがするんだ?ペールは数拍置いて、薬漬けになっている脳みそで自分の状況を理解した。
「おっ、おっ、俺の、手……!手ェ~~~~!!!」
「あまり残酷なことはしたくなかったが……お前は殺し過ぎた……!」
敵の腕からは、赤熱するブレードが生えていた。がしょんと腕の中に引っ込んだソレが、自分の手を切り落としたのだとペールが気づいたときには、目の前に悪魔が立っていた。
「大好きな匂いは楽しんだか?」
「は、はひ……?」
「じゃあ、一旦寝ておけッ!!!」
ペールが最後に見たのは、鋼鉄の拳だった。ペールが倒されたことで、火の海となりつつある甲板から手下たちは逃げ出し始めていた。だが、最早逃げ場はなく、火の中を突っ切って海に飛び込むが、特殊弾頭の火は海水では消えず、海上でもがいていた。それを確認したジークは、一撃でノックアウトしたペールの首の後ろを掴み上げて、部隊に通信を行う。
「甲板を制圧。およびペールを確保。状況は?」
「こちら第1班!交戦中!重傷者はありませんが、火炎が広がりつつあります!」
「第2班!同じく交戦中!同様の状況です!」
「第3班!船尾にて市民を発見!保護します!退路の確保をお願いします!」
ジークの部下は優秀だった。三つに分けた部隊は効率よく機能し、想定よりも早く保護対象を発見し、任務を果たせたようだ。あとは、軍艦に市民を乗せて離脱させるだけだ。
「1、2班はゆっくりと撤退、これ以上の追撃は必要なし。3班の援護にあたり、速やかに艦に帰投せよ。」
指示を出すと、彼らは的確にそれに応えてくれた。見聞色の覇気で、部隊の動きはハッキリと知覚できており、10分程度で全員が乗艦したようだった。
「大佐殿!全員無事に戻りました!これから艦を離します!あとはお任せしました!」
「了解。先に兵たちの検査をしておいてくれ。」
通信を終了すると、ジークはペールを担ぎ上げて上空へと飛び上がる。眼下には燃え上がった海賊船と、少し離れたところに軍艦とビッグ・マム海賊団の船が見えていた。青い海の上で、燃え上がる炎はジークの目にはどこか得体のしれない恐ろしいものに見えた。きっと、この船は多くの人々の人生を喰らいつくしたのだろう。存在してはならない船なのだ。ジークは思い切り加速をつけて船に突っ込み、蹴りを叩き込んだ。その一撃を受けて、海賊船は中央から真っ二つにへし折れて沈んでいった。船はゆっくりと沈んでいくのに火は未だ消えず、ジークの胸には気分の悪いものが残っていた。だが、最早用のない残骸ばかりに気を取られてばかりではいられず、再度通信をつなげる。
「任務完了。兵はどうだ?」
「幸いなことに、怪我人は数名、刀傷を少し受けた程度ですんでいます。市民の検査は途中ですが、差し当たって緊急の治療が必要な者は見当たりません。恐らくは、ヒューマンショップで高値を付けるために傷をつけないようにしていたのでしょう。不幸中の幸いでした。」
「……よかった。私は、事後処理をする。少し離れて待機しておいてくれ。」
「分かりました。どうか、御無事で。」
部下の将校にはもう、ジークが何を交渉材料にしたかは分かっていた。だが、通信記録に残すと、もしも傍受録音されていた場合大問題になる。だからこそ、口にはしなかった。部下の配慮に内心深く感謝しながら、ジークはもう一度ビッグ・マム海賊団の船へと降り立った。
「20分、見事だな。」
「部下が優秀なおかげだ。そして、君の寛大な判断に感謝する。君達がくれた時間がなければ市民たちは死んでいただろう。」
「我々は、彼らを助けるつもりはなかったからな。さて、担いでいるそれがペールだな?」
「……あぁ、確認してくれ。」
人の命を玩具のようにしか思っていない麻薬中毒の大悪党だが、それでも人は人。更生の余地はなく、海軍で抑えたとしてもインペルダウン行きどころか、すぐに処刑されるだろうと分かってはいながらも、手を切り落としたこともこれから海賊に引き渡すこともほんの少しだけ、後悔の気持ちが湧いた。命を道具のように扱っている今の自身と、彼らの何が違うのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。だが、それでもジークは選択した。150余名の市民とペールとその一味ともども見殺しにして、『四皇』と事を構えるわけにはいかなかったと市民の家族に頭を下げる未来か。それとも、汚名を来て、外道のような真似事をして、150余名の市民を故郷に帰すのか。彼は、後者を選択したのだ。命を選択したのだ。幸運なことに、彼の表情は変身したことによって隠れていて、ビッグ・マム海賊団はペールかどうかを確認することに集中していた。彼は、醜態を海賊には晒さなくて済んだ。
「確認した。確かに、『白燐』のペールだ。これでママに良い報告が出来る。」
「……そうか。」
「面白いものを見せた礼をしよう。うちの『縄張り』の市民をこちらの船に乗せろ。」
「……救助した市民を海賊船に乗せろと?」
「丁重な扱いをする。何より、海軍の軍艦では今の警戒態勢のうちの『縄張り』に船はつけられまい。きちんと故郷に帰してやる。」
「……きっと、さらわれてとても不安なはずだ。温かい食事も提供してあげて欲しい。そして、一週間でもいい。少しの間、彼らに心身の負担を負わせないで頂きたい。」
スムージーの提案はもっともであった。一度襲撃を許した『縄張り』に、海軍の船で市民が返されたとあってはビッグ・マム海賊団の面子が潰れる。そうなれば、そんな市民は「いなかった」ことになるだろう。そうなれば、軍艦もろとも皆死ぬか、彼らはずっと故郷に戻れないままだ。『縄張り』の島に戻ることが幸福を意味するかどうかは、ジークにはわからない。だが、長く住んだ土地を離れて別の土地に住んだとして、環境や風土が合うとも限らない。だからこそ、目の前の将星の提案に、条件を追加するくらいしか彼にできることはなかった。
「貴様……!」
だが、それは交渉を受け入れたビッグ・マム海賊団に更に条件を付けるという事。最早契約の範囲外のことに口を出し始めた海兵に対して、スムージー以外の面々の殺意が起きる。だが、スムージーは手を上げて彼らを制止した。
「それもいいだろう。ママにとってはいなくなるはずの存在だった。少し休ませたところでどうこう言われる話でもない。」
「……感謝する。海軍としては礼は言えないが、一個人として貴女のその判断に敬意を表して感謝したい。」
「構わない。その代わり、うちの市民を救出したのは我々ということにさせてもらう。公式発表もそちらで調整しろ。」
「了解した。乗り換えのために接舷させてもらうが、構わないか?」
「いいだろう。お互いいらぬ心配もしたくなかろう。甲板には貴様と、私。それぞれ一人ずつ立つことでどうだ。将同士だけなら、お互い構うまい?」
とんとん拍子で交渉は進んでいた。お互い、つつかれたくない部分を避け、最大の利益を生み出せるように話を進めようとした結果だった。ビッグ・マム海賊団は見せしめる対象と、更に縄張りの市民を得て、縄張りに対しての支配力を強化できる。海軍は、多くの市民を助けたという大きな手柄を得る。ジーク個人に対しては命令違反に海賊との交渉と、上層部からの評価がまた下がって大損といったところだが、組織同士の話で見れば両者それぞれに得をした結果となった。
「では部下に通信させてくれ。すまない、『例の船』に接舷させろ。連中に関連のある者を甲板上に出し、兵は艦内で休め。」
「……よろしいのですか?」
「これが今私にできる最大限だ。」
「……了解。すぐに手配します。」
優秀な部下には、傍受を警戒した曖昧な言葉でもジークの真意が伝わった。船に残った海兵たちは、ものの15分程度で市民の住む島々を特定し、対象となる市民を甲板に整列させたうえでビッグ・マム海賊団の船に接舷させた。甲板上には市民と、二人の将のみだった。
「大丈夫です。彼らには丁重な扱いを約束させました。本当は我々の手で送り届けたかったのですが……本当に申し訳もございません。」
ジークは市民の列に対して頭を下げた。だが、市民とて馬鹿ではない。まして、ビッグ・マム海賊団の『縄張り』に住んでいた彼らは強かで、そして賢かった。恐らくは最年長で、代表者であろう者がジークに頭を下げた。
「売られるか殺されるか、最早これまでと思っていた命がつながった。それだけでわしらは感謝してもしきれん。海兵さん、どうもありがとう。」
「礼には及びません……職務、ですから。」
不完全かつ、いびつな決着に礼を受けたとき、ジークの胸に沸いたのは恥ずかしさだった。もっと強くなれば、海軍は本当の意味で市民の生活と幸せを守ることが出来るかもしれないと、そう思うしかなかった。だが、それでも本心を隠して市民たちの移乗を進めていき、最後の一人がビッグ・マム海賊団の船に移った時だった。
「待て、海兵。」
「……何か。」
「貴様、悪魔の実の能力者だろう。」
「……なぜそんなことを気にするのですか?」
「変身を解いて顔を見せろ。そしてもう一度名乗れ。覚えておきたい。」
妙な願いだった。だが、ジークにとってはその程度のことはかまわなかった。どのみち、海賊にはある程度顔も名前も割れていた。ビッグ・マム海賊団が本気で調べてくるのなら彼の好きなカレーの味つけまで暴かれるだろう。抵抗する意味がなかった。ジークは素顔を晒した。
「ソル・D・ジークです。」
「ふん……その顔覚えておこう。さらばだ、妙な海兵。」
スムージーはそういうと、船の間にかけた橋を外し、船内にひっこめた船員に対して指示を飛ばした。海軍の軍艦と海賊船の距離が徐々に大きくなっていく。両船の船員たちは、いつ砲撃されるかと心配していた。だが、二人の将だけが、向こうは撃ってこないであろうと確信していた。かくして、ジュール湾での奇妙な事件は、ジークの大損という形で幕を閉じたのである。
「大佐殿。私は大佐殿の判断は立派だと思いました。」
「……そう言ってくれて、私はほんの少しだけ気が晴れたよ。さて、まずは彼らを故郷に送り届けよう。それから……本部のガープ中将に報告だな。なぁ、始末書何枚くらいで済むと思う?」
「10……」
「10かぁ。」
「の三倍くらいじゃないですかね……」
「三倍かァ……過去最高記録更新だぁ……」
ジークがぽつりとつぶやいた言葉は、とても悲しげな響きで潮風の中に消えていった。
「……というのが、あの事件の顛末だった。」
時は戻って執務室、センゴクは長い長い話を終えた。コビーは、何も言えなかった。あまりにも異常な行動だったからだ。
「な、凄いじゃろお前の兄弟子。」
「いや……それはもう……」
「ガープ!悪い例を嬉しそうに語るんじゃない!」
ガープが全く学んでいないことに、いや、決して彼はただの馬鹿ではない。わかっていてなお、こういう道もありうるという非常に稀有な例をコビーに印象付けていることが、ジークの二の舞を作らないかセンゴクは心配になる。
「コビー、絶対あいつみたいなことするんじゃないよ。この事件は幸い外に大きく漏れることはなかったけどね、もし漏れていたらあいつは海兵としてはもう死んでたかもしれなかったんだよ。」
ドールの冷たい口ぶりに、コビーの背筋に冷や汗が垂れる。
「それは、どういう……」
「嫌な話だけどね。もしこれが公になっていたら、ジークには『市民』が大きな弱点になるってことが海賊共に知れ渡っていた。あいつは優しすぎるし甘すぎる。あいつだって馬鹿じゃないから相手は選んでそうだけどね、武人気質な海賊なんて少ない方だ。下手うちゃ市民を人質に取られて軍艦もろとも全滅ってこともありえた話、むしろこっちの方が有り得る話なんだよ。アンタも気をつけな、コビー。お前はあいつに少し似てる。誰かを助けることに意識を向けすぎて、悪意がそこら中に満ち溢れているのが
「……はい。」
コビーは自身の膝の上で、拳を握っていた。彼の友人であり、憧れである「麦わらのルフィ」のように、太陽のように明るい海賊はそう多くないということは前からよくわかっていた。だが、それでも改めて口にされると、少し悲しくなった。
「ま、結局ジークは多くの市民の救助と同時に、海軍が『四皇』と交渉して穏便に事をおさめるっちゅう大問題を起こしたということでな。わしも久々に滅茶苦茶怒られたわ!ぶわっはっはっは!!」
「あの時は本当に大変だったんだぞ!ガープ!!貴様に10枚!ジークには40枚!始末書を書かせる羽目になった!」
ぐわーっとセンゴクが詰め寄っている様子をよそに、コビーはふと思ったことをつぶやいた。
「そんなに優しいジークさんは……海軍を辞めてどうするんでしょう……」
「さぁね。用心棒が出来るほど器用に生きていけるとは思えないし。」
「今更賞金稼ぎのようにはならんだろうな……」
「ま、大丈夫じゃろ!」
「貴様の大丈夫程信用できん!」
「まぁまぁ、センゴクよ。わしの弟子は阿呆じゃない。きっと、生き方を見つけられるじゃろうて。」
ガープの眼差しを見たコビーは、そのとても優し気な色にまた驚いた。ガープにとって、ジークもまたとても大きな存在だったのだろうということがハッキリと分かったからだ。ガープは窓の方を見た。海軍の門は見えないが、きっともう既に彼はそこをくぐったのだろう。彼はもう二度と、ここには戻らない。ならばせめて、長年過ごしたこの海軍よりも、もっと彼らしくいられる寄る辺が見つかることを願った。ガープが失ったエースはきっと、物心ついてからずっと悩んでいた「自分は生まれるべきだったのか」という迷いに、最期に答えを見つけて逝ったのだろう。だが、ガープはエースに生きていてほしかった。海賊になってしまったことはとても受け入れがたい事だったが、それでも、孫として生きていてほしかった。せっかく答えが出たのに死ぬなんて、とても悲しい事だった。だから、長い間ずっと我慢し続けてようやく迷い始めた愛弟子にも答えを見つけて、生きて生きて生き抜いて欲しかった。迷っても悩んでもいい。せめて心の底から笑えるように、そう願うばかりだった。この海のどこかに、彼の『正義』が花開く場所は必ずある。大いなる海は、全てを包み込み、あるべき場所へと流していく。潮の音が遠く、聞こえていた。彼の物語は、ここから始まるのだ。
実際本部の上級な海兵さんってどれだけのことを我慢しなければならないんでしょうね……