砕けた鉄の拳は自由な海を切り拓けるか 作:ハグルマンJP
シチュエーションだけ書きたいけどそれだけだと満足できないというディレンマ……
海軍本部を出て一日後のジークは、マリンフォードの銀行にいた。銀行に足を運んだのはいつぶりだろうか。そして、その手の中にある通帳の額面を初めてちゃんと見ていた。
「私、お金持ちじゃん!」
ジークの通帳には、慎ましく生活するならば生涯食うに困らない程度の金額が記載されていた。今までは海軍の食堂で食事をとり、海軍の船か部屋で眠り、海軍の制服に身を包んでいた。それゆえ、私財を使うことはほとんどなく給与や特別賞与といったものは全て口座に入り続けていた。結果、海軍将校としての長年の勤務歴も相まって、相当な大金となったのである。
「いや~幸先いいなぁ~……けど、仕事くらいはしなくっちゃあね。」
つい先ほどまで海軍本部中将、現在無職のジークは流石に仕事を得なくてはと思う。自分に何が出来るのか、それを考える。料理屋……は、カレー以外は作れないし、まだ三十路とは言え、この年齢から修行させてはもらえないだろうと考えて、没。事務員……は、海軍時代に書類仕事を山ほどやってもうやりたくないので没。花屋……は花に詳しくなくて没。こうして思案をしていくと、とあることに気がついてしまった。
「もしかして、私……海兵以外に適性が……ない……!?」
ありとあらゆる荒事を経験した歴戦の海兵という自分が、逆に海兵をやる以外にとんとアイデアが思い浮かばないというとても悲しい事実に、銀行の出入り口の前で四つん這いに崩れ落ちる。
「う、うそだぁ……い、いやまだだ!求人を見よう求人を。何か私にもできる、猿でもできる!な仕事があるはずだ!」
うぉぉぉおぉ!と真っ当な職業斡旋所に向けて走り出し、そして窓口のだるそうに仕事をするおじさんから伝えられた衝撃の事実。
「ここじゃぁ~海軍関係の仕事しか今はないですね~……」
「それ以外は!」
「ないですね~……あの戦争で海軍本部以外の建築関係の仕事なんかはありますけど……できます?」
「できないっす……建築経験ないです……船の修理ならちょっとはできます……」
「それだと海軍関係の仕事ですね~……」
大きくため息を吐く。ここ、マリンフォードにジークが出来る仕事はない。そもそもここマリンフォードの街は海軍本部を中心に経済圏が築かれている。海軍を出て行ったジークにとっては居づらい場所であることは間違いない。知り合いに遭遇する確率も極めて高く、そういう意味でもここで働くことはできなさそうであった。
「じゃあ、なんかおすすめの場所とかないですかねぇ……」
「シャボンディ諸島の方であれば、色々仕事あると思いますよぉ~。あそこは無法地帯でもありますからねぇ。」
「シャボンディかぁ……」
シャボンディ諸島は、ヤルキマン・マングローブという巨大な樹木によって島のようになっている場所で、『新世界』へ向かおうとする海賊がたどり着く場所でもある。一方で、世界貴族、天竜人が時折遊楽のために訪問する場所でもあり、繁華街などの発達も目覚ましく大きな経済圏を作っている。ジークは逡巡する。元海兵としてトラブルに巻き込まれるリスクもあるし、個人的に嫌いな天竜人達に出会うリスクも高い。だが、実際今行くべき場所がないのもまた事実。
「じゃ、そこに行きます!どうもありがとうございました!」
「はい~。」
ジークは能力を発動させて、体を変形させる。ジークの変身は複数の形態があった。先日、ドールと戦った時の通常戦闘形態『
「いつ見てもきらびやかなもんだ、シャボンディ諸島……」
ジークが飛び立ってから数刻、シャボンディ諸島が見えてきた。シャボンが自然と吹き上がってくるという、幻想的な風景が有名な島である。しかし、そこは同時にどす黒い闇も散見される島であり、見た目に反して美しくないものも数多く転がっている。ジークは念入りの注意を忘れないようにして、島の沿岸部に着陸した。
「さて……探しますか、仕事を!」
そうして島の内部へと歩を進めていったジークであるが……
「う~~~ん、美味い。いつ飲んでもこの酒は美味い。」
ジャズバンドのいるバーの屋外席で、ウイスキーを飲んでいた。不意打ちを警戒するようにと常日頃から教え込まれていたせいで、内臓の改造は常に行っている。尋常ならざる強化を受けた肝機能によって、一切酔わないジークは酒の味だけを楽しむことが出来た。
「お兄さん、そんな安酒でいいのかい?」
「あぁ、これが気に入っているんでね。」
「口にあっているなら何よりだ。しかし、仕事を探せる場所はないかって来たと思ったら飲み始めて驚いたよ。」
「いやぁ、よく考えたら退職祝いをしてなかったからね。珍しくちょっと一杯ひっかけようと思ったわけだよ、マスター。」
そういうわけで、ジークは職探しの前に酒盛りをしていたというわけである。普段なら酒の一滴も入れず、職務か鍛錬に明け暮れている時間だった。そんな時間にゆっくり休めるというのは職を辞した結果だといえる。少し複雑な気持ちではあるが、今は酒の味を楽しむことに集中することにした。マスターが店内に戻って少しして、ジークはすぐ近くに人が来ていることに気がついた。
「相席しても?」
「む……ご自由にどうぞ、脚の綺麗なお嬢さん。もっとも、私なんかと相席しようというのは相当なもの好きだが。」
「そんなことはないさ。元海兵の英雄とならば、な。」
ジークは隣に座った銀髪褐色肌の美女をにらみつけた。両者の間に異様なプレッシャーが立ち込めていた。
「……何のことだか。」
「私はそなたの事を覚えていたのだがな。残念だ。そんなに威圧するな。私も今は休暇中だ。」
「……っ、シャーロット・スムージー!」
特徴的な帽子と大きな剣を持っておらず、服装もいかにもバカンスに来たというような黒いスクエアカットのビキニにパレオだったために気がつかなかった。やはり辞めるとあって気が抜けていたのかもしれない。大柄な銀髪褐色肌の足長族の女性という特徴までは一致していたのに気づくのに一瞬かかってしまった。
「さっきの情報、どこで仕入れた。」
「ビッグ・マム海賊団の情報網を舐めないことだ。辞めたのだな、海軍を。」
「……どうだろうな。」
「それはもう答えのようなものだろう。」
ジークは深く深くため息をついて、ウイスキーを煽った。
「殺しにでも来たのか?」
「言っただろう、休暇だと。事を構えるつもりはない。」
「……では、将星が何故こんなところにいる!」
「新しい『縄張り』を抑えに来た。」
「……魚人島か!」
ジークは頭を抱える。魚人島があの「白ひげ」の縄張りだったのは有名な話だ。その「白ひげ」が死んだとあれば空白の縄張りを誰が獲るのか、という話になる。魚人島は海賊にとっての生命線といってもいい島だ。『新世界』への行き方は二つ。シャボンディ諸島で船を乗り捨てて聖地マリージョアを経由する合法ルート、そして海底の魚人島を経由して『
「その意味は、流石に分かるようだな。」
「なるほど、それは確かに君を、将星を送るに値することだろうな……!頭が痛くなる……」
「そなたにはもう関係のない話だろう。」
「平和を望む一市民としては考えなきゃならんことだ……」
「真面目だな。」
状況がいまいち飲み込み切れていないジークと、ずっと冷静なスムージー。その二人の間に入ったのは、先ほど店の中に戻ったマスターだった。
「おやお兄さん、こんな別嬪と知り合いだったのかい?」
「あ、いや……」
「数年前に一度だけ出会った男と偶然ここで再会したので。」
「おぉ~!そりゃ運命的だ。ドリンクをサービスさせてもらうよ。」
「では、スムージーを一つ頂こうか。」
ジークは、どこか違和感を感じていた。目の前の彼女から感じる、この妙な感覚。たった一度の出会いではあったが、あの時感じた雰囲気とは明らかに何かが違うと思った。
「雰囲気……柔らかくなったなぁ。」
「そなたのせいだ。」
「私、何かしましたでしょうか……???」
「そなたはあの時こう言った。家族は、たとえ役に立たずとも無事を祈りあうものだと。」
ジークは首を傾げた。必死になっていたので、細かなことはもう覚えていない。だが、スムージーの方はどうやらしっかり覚えているようだと見えた。
「あの後、私は国に帰って考えてみた。ママは、子供をママのやり方で愛している。だが、ママはママの役に立たない子供を望まない。ママの目に美しく見えない子供を気味が悪いと、面と向かって言い放つ。」
「海賊とはいえ人の親御さんを悪く言うのは気が引けるんだが……ちょっとあんまりじゃないか……?子供は親が望まなければ産まれないものだ……」
スムージーの目の前に、マスターがグラスを置く。彼女は軽く微笑んで手を振ってマスターを見送り話を戻した。
「そなたの言う通りだ。ママは、子供が産まれたら父親をすぐに引き離すほどに子供だけを望んでいる。だというのに……あの娘は、ただママの気に入らない見た目だからと遠ざけられ、子供たちだけでなく大人たちにすらも虐められていた。」
スムージーには、己の生まれを呪うように泣いていた少女の顔が今でもはっきりと思い出せた。まだ幼かった妹に起きていた残酷な事実を、見て見ぬふりをしていた現実を、正面から受け止めることを決意した時に、受けた衝撃はそれほどだった。
「酷いものだな……私には血の繋がった親こそいなかったが……海軍が俺の親だった……私の親は、優しく厳しかったよ。どんなにやらかしても受け入れてくれた懐の深い親だった。」
「そうだろうな。そなたのように『四皇』大幹部に交渉するような正気じゃない海兵でも、ずっと海兵として居続けられたのだからな。」
なぜか、二人とも笑っていた。酒を片手に、スムージーを片手に、海を見ながら笑っていた。敵同士だったはずだというのに、今は飲み物片手に談笑できていた。
「私は、あの日からママをかつてのような目では見れなくなっていた。そして、私は真の意味で姉として恥じない姉であろうと思った。」
「無職の私にはあまりにも眩しすぎるな……」
「家族を守るため、ママに功績を認めさせるために粉骨砕身している私とは雲泥の差だ。」
「自分で言うのもなんだがあまりにも失礼じゃないか?」
「仕事を探さずに飲んだくれてるそなたに言われたくはないな。」
無職、あぁ無職。けなげに姉としての振る舞いを見つめなおして海賊としてではあるが働いている彼女との差に酒が不味くなる。だが自分一人で考えても、適性のある仕事というものは思いつかない。今後の人生の振り方次第では金が要りようになることもあるだろう。いくら今貯蓄があるとはいえ、仕事は絶対に見つけなければならないというのに。
「物心ついて、あとはずっと海軍にいたからなぁ……いい仕事が思い浮かばねぇや……」
「『
「元海兵が四皇の国に?私がなぶり殺しにあうのが見たいのか?」
「ふっ、悪くない催しにはなりそうだ。だが貴様……その能力で何も思い浮かばんとは……」
「将星さんは何かいいアイデアがおありで?」
「そなた、空を飛べるのだろう。何か配達でもしたらどうだ。」
「配達か……それも悪くはないな……」
「ふふ……あの勇猛だったそなたがただの配達屋か……酷いジョークだ。」
「なにおう。『四皇幹部相手でも、お荷物お守りいたします』。い~い配達屋だろう。ハハハハハ!」
ウィスキーの瓶をぐいと煽りながら、バカげたことを言う男は大声で高笑いする。その横顔を見たスムージーはお淑やかに笑っていた。そんな売り文句にしてしまったら、扱う商材はほとんど訳アリになってしまうに違いない。
「せいぜい強者に目を付けられないようにすることだな。そなたのような在野の強者に首輪がついてなければそれに首輪をかけたいと考えるのが妥当だ。」
「私に首輪?似合うか?」
ジークは自分の首に親指と人差し指を添わせた。知り合いの美女にチョーカーをつけている人もいるが、彼女のそれは首輪にも見えやしない。まして自分のような無骨な男に似合うはずもないものだ。それをポーズで表現しているのだから笑いもこみあげてくる。
「似合うかどうかは問題ではない。そなたの能力も、覇気も、大体の組織では即戦力だ。たとえ、今は無職の飲んだくれだとしても。」
「まぁ……伊達に海軍の『英雄』、ガープさんに育ててもらってないからな。」
「あの頂上戦争でエンポリオ・イワンコフが出てきたということは『革命軍』も動き出す。海賊以外にも気を付けることだ。」
「『革命軍』ね……そして、『白ひげ』を謀殺し、能力を奪った『黒ひげ』……さらにはパワーバランスが乱れた『四皇』……ビッグ・マム海賊団の今後の動きも気になるところだな。」
「私相手に腹の探り合いか?悪い癖だ。やめておけ。魚人島のこと以外を言うつもりはない。知ってどうにかなる話でもあるまい?配達屋。」
いつの間にか、海兵としての仕事をしようとしていたことに気がついたジークは、シャボンディ諸島の幻想的な空を仰ぎ見た。
「はァ……まだ慣れないな。」
「そういうものだろう。さて、そろそろ私は行く。そなたとはまた会うような気がするが、息災にな。」
「四皇の幹部にもう一回会いたくねぇよ……」
「つれない男だ。海賊の国とはいえ私は姫君だぞ?」
「だとしたらとんだお転婆姫様だってんだ。せいぜい気を付けて帰りな……」
疲れ切ったジークが手をひらひらと振ったのを見た後、スムージーは席を立っていった。お互い声をかけることも振り返ることもなかった。元より敵同士の身、楽しげに会話が出来るのはあくまでわずかなひと時のみだった。ざざんと波の音がし、ぽつぽつと湧いては割れていくシャボンの中に美女の姿が完全に消えたのを見送ってから、ジークはもう一口、酒を煽った。
「あれ、お兄さん。さっきの美人とはもうお別れかい?」
「ふふ、マスター。実はあの美女と私が本当は命を取り合わなきゃいけない関係だったと言ったら驚くかい?」
「ははは、お兄さん、ここはシャボンディだよ?荒くれ者も大勢来る場所だ。長年こんなところでやってるとね、そういう数奇な関係の人間というのは少なくない。そもそもこんなに海は広いんだ。男と女の惚れた腫れた、切った張ったは世の常だよ。」
「粋だねぇ……もっとも、私と彼女はそういう関係ではないんだけどね。」
「おや、そうかい?いい雰囲気に見えたものだがね。」
「戦地で出会った人間同士ってのは、妙に気が合うもんなんだよマスター。それはそうと……何か送りたいものはないかい、マスター?」
「んん……?はは、じゃあ少し頼もうかな?」
この奇妙な縁が、ジークの配達屋生活の始まりとなった。最初はシャボンディ諸島内で酒の配達、次に食料品。少しずつ信用を積み立てていった。そんな折にふらりと空を飛んでいた時に見つけた難破船を助けたり、破落戸に絡まれていた者を助けたりもした。その縁から更に手紙、金品の類も任せられるようになりシャボンディ諸島から大きく活動域を広げるようになった。この世界は窮屈だ。世界は大きな大陸と断絶された海域によって四分割され、自由に移動することはできない。さらには航海中に竜巻などのトラブルや海賊など、危険は多い。旅に出た者、出稼ぎに出た者、遭難した者、希望を求めて逃げ出した者、一度海に出てしまったものと再会することは至難の業だ。交易船や客船はあるにはあるが、ただの市民がそれに乗ったり物を載せたりというのはかなり金がかかり、危険自体がなくなったわけではない。そんな彼らにとって、空を自由に飛び手紙や金品を格安で届けてくれるジークは希望だった。なにより、彼の気風が人々に受け入れられた。大切な手紙や物品を預けてもいいと思わせる雰囲気があったのだ。実際ジークは全ての物を確実に届け、必ず受け取り完了の念書を貰って帰ってきた。そうして高く積みあがった信用は、ジークの予想以上に多くの仕事をもたらした。仕事用の電伝虫とその番号を用意し、屋号も付けた。流石にそのままの名前を使うと海軍にも迷惑がかかるかと思い、「ジークド・ソルの大空の配達屋」とほんの少しだけ名前を変えた。そして、「大空の配達屋」稼業を始めてから半年がたち、彼の運命を大きく変え始める仕事と出会うことになる。その仕事の始まりは一通の電話だった。
「配達を頼みたいんだけどねぇ……この番号であってるかい?」
「どうも、大空の配達屋で間違いありませんよ。ある程度大きさに制限はありますが、預かれるものは新世界でもどこへでもお運びいたしますよ。犯罪以外のお仕事なら、ですけれど。」
「そりゃよかった。手紙を出したいんだよ。私は縁あって今とあるお家で音楽家として雇ってもらっているんだけれど、お世話になった先生にね。」
「えぇ、それならお安い御用ですよ。どちらまで?」
「音楽の国、エレジアなのだけれど……」
「エレジア、ですか?あの国はもう既に滅んでいると聞いておりますが……」
「そこの国王様が先生なのよ。実は、まだ住んでいらっしゃると聞いてね。せめて、私一人でもいいから、エレジアの音楽は生きていますよと伝えたいのよ。今まではこんなお願い出来なかったけれど、貴方の噂を聞いたものだから。」
「……分かりました。お受けいたしましょう。手紙を受け取りにまいりますので、お住まいを教えていただけますか?」
「わかったよ。ありがとうねぇ……本当に、ありがとうねぇ……」
ジークの行先はエレジアになった。だが、彼の仕事、いや、旅はエレジアでは終わることはなかった。彼がそれを知るのは、もっと先の話だ。
次回、エレジア編