幽霊って世知辛い。   作:パスタは旨いぞ

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忙しいのになぜか書いてしまった。


食事にしたって世知辛い。

ある程度で練習に区切りをつけ、目的地である商店街へ向かう。

風を切って進むのは結構楽しい。

…それはそれとして暇でもあったのでとりあえず犬派か猫派かで先輩と喧嘩しながら行くことにした。あの猫の気まぐれな感じがいいのだろうに、先輩は分かっていない。

 

商店街のアーケードの上空に差しかかると、ふいに空気が変わった気がした。

人の流れと音の密度、それから、かすかに漂う食べ物のにおい。

甘い菓子の匂いや、醤油が焼ける香ばしさ、それに混じるわずかな人の汗の匂い。どこか懐かしさを感じるが、何に紐づいた記憶なのかは思い出せない。

 

「とりあえず地面に降りようか。」

「そうですね。」

 

ちょっと手間取りながら降下する。ゆっくり落ちるというのはまだ慣れない。

 

「後輩くん、ちょっとゆっくり過ぎない?カタツムリより遅いよ」

「失礼ですね、亀ぐらいのスピードは出てます。」

「遅いことには変わりないじゃん」

「先輩、亀は時速500メートルぐらいで動くんです。カタツムリとは10倍ぐらい差がありますよ」

「いま地面まで20メートルぐらいはありそうなんだけど。」

「2分ちょっとですよ、待てないんですか。」

「しょうもない雑学では私は一分も待てないかな」

「なんてお子様な。」

 

空中でもローキックは有効なのだと体感することになった。

地面に墜落したが、幽霊なので無傷だ。時間が短縮できたと考えよう。

 

「先輩。」

「なに。バランスを崩して変な声をあげてしまった後輩くん」

 

先輩がまだ微妙に不機嫌だ。お子様といったのがだめだったのだろうか。

 

「さっきは悪かったですって。ここで何するのか、教えてくださいよ。」

「謝り方に誠意が足りないなー」

「よ、先輩、日本一!大人っぽい!かっこいい!尊敬の的!」

「ふーん。まあ、反省したなら、いいよ。先輩がここでの楽しみ方を教えてあげる!」

 

ちょろい。だいぶちょろい。逆に心配になってきた。

 

商店街は想像以上の賑わいだった。シャッターが下りている店もあるが、全体的には活気づいている。遠くから、客を呼び込む声が聞こえてくる。

 

「おー、やってるやってる。元気そうで何よりだね!」

 

商店街に入ると先輩はそう言って、近くの店主に手を振った。

もちろん、その声も姿も届いていない。

僕の目に映るのは、暇そうに頬杖をつく鯛やき屋のおじさんと、通り過ぎる買い物客たちだけだ。

 

「……知り合いなんです?」

「ううん?普通に最近観察してる人。」

「えぇ、何ですか観察って。」

「暇だからね。案外面白いよ。鯛やき屋さんがいつも何してるか、ちょっと気になるじゃん?」

 

先輩は笑っている。でも、きっとそれだけじゃないんだと思う。

誰も気に留めない、ありふれた街並み。その中に、僕らの居場所はないんだな、とふと気づく。

誰の視線とも交わらず、声も届かない。

すれ違う人たちの会話が、まるでラジオのように、距離のある雑音として耳に流れていく。

まるで世界が、僕らのことを少しずつ忘れていくみたいに。

僕らは、このにぎやかな日常に紛れながら、静かに取り残されているのかもしれない。

 

 

「まあ、とりあえずはー、あれ!」

 

先輩はアーケードの一角にある和菓子屋を指さした。

湯気の立つショーケースには、団子、大福、桜餅――懐かしさを感じさせる品々が並んでいる。

しかし、こういってはなんだが、そう特徴もない店だ。

ものすごく真剣な顔で制服姿の少女がショーケースをにらんでいるのは、少しありふれていないが、それ以外は何の変哲もない。

これを見せてどうするというのか。

 

「あのお店がどうしたんです?」

「私たち、今なら特別に、タダであの和菓子を、味わえます!」

 

「え、ほんとですか!」

「本当ですとも!」

「においだけで味わった気分とか、そういう落ちではなく?」

「ちゃんと味覚で楽しめます!」

「騙してないです?」

「騙してないです!なんでそんなに疑うのかな!?」

 

なんだ、幽霊って最高じゃないか。タダで食べられるものよりおいしいものはない。

それも、においや見た目だけの「気分」じゃない。本物の味だ。

まずは――と視線をショーケースに走らせる。

 

 透明なガラス越しに並ぶのは、定番のみたらし団子。照りのあるたれが絡みつき、串の先までぴっちりとコーティングされている。あれは確実においしい。甘じょっぱい匂いまで漂ってくる気がする。

 

 続いて目に入ったのは豆大福。白くふくれたもち肌に、赤えんどう豆が点々と浮かぶ。もちろん選ぶのは、粒あんだ。あんことして生きるのなら、豆の形を残してこそ本懐。

こしあん?あれはただの甘い泥である。あんこの魂をすり潰してる。そんな風にしか思えない。

熱い緑茶と一緒に食べる、粒あんの大福。これが、一番の組み合わせだ。

 

 それから、桜もち。葉の色がやや濃いめで、関東風の道明寺ではなく、関西風のクレープ生地のようなやつだろう。薄皮の中から、ふんわりとあんこの香りが立ち上る。

ここももちろん粒あんだ。あんこを包む生地は柔らかいのに、肝心の中身がなめらか過ぎると、それはただの甘ったるい布団だ。粒がないと噛みごたえも記憶に残らない。

 

 さらに、その隣には三色団子。春じゃないのに並んでいるのは少し不思議だが、あの不自然なまでに明るい色味が、なぜだか無性に惹かれる。

ピンク、白、緑――この順番を逆に並べると「死に向かう」ことになるらしい、なんて雑学をどこかで聞いた気もする。

 

「まずは、みたらしは確実。で、大福は……当然、粒あん。あと、あの柏餅もいいな、ちょっと葉っぱがしっとりしてそうなやつ。それから……」

 

次々と候補を挙げていくうちに、完全に頭の中が甘味に支配されていく。

選ぶという行為には、やっぱり、なんとも言えない高揚感がある。

 

しかし、先輩の声が脳内の甘味選定会議に水を差した。

 

「え、普通大福はこしあんでしょ。ってそうじゃなくて。条件があります!自由には選べません!」

 

信じられない。前半の発言も十分に許しがたいが、後半はもはや暴言である。

 

「やっぱり騙してたんじゃないですかぁ!」

 

口調が崩れるのも仕方がないことだ。

 

「うわ、これまでで一番後輩君がなさけなくなってる。」

「そりゃそうでしょ!自分で選べないなんて!」

「別に制限がないとは言ってないでしょ。とりあえず説明するよ。」

 

ショックだ。自由権の侵害だ。特にあんこを選べないでどうする。

甘味は主食ではない。芸術だ。細部にこそ、こだわりと好みが宿るのだというのに――!

 

 

「幽霊には「食べる」という行為は存在しないよ。そりゃ、すり抜けちゃうからね。ただ、食べたような気にはなれる。その方法は、あ。ちょうどいいね。そっち向いて。」

 

先輩に促されて目線を向けると、先程まで鬼気迫る表情で商品を選んでいた少女がついに購入していた。どうやら大福を買うことにしたようである。

目をキラキラさせ、横にずれると、早速大福を袋から取り出して――

ぱく、と口に運んだ。

その瞬間、やわらかい食感と、餡の甘さが、ふわっと脳裏に広がった。

 

「ね?面白いでしょ?人が食べている様子を見れば、少しだけ味を想像することができるんだよ!集中力がいるけどね!」

 

先輩はにこにこしている。いつもの1.1倍ぐらいにこにこである。

もう一度、しっかり見てみる。

たしかに、餅の柔らかさや、ほんのりとした粉っぽさ、粒の舌触りまで感じ取れる気がする。

 

「確かに、これはいいですね。」

 

選べないのはすこし嫌だが、それでも十分に楽しめる。

 

「しかし、あの子もセンスいいね。やっぱり大福はこしあんだよ。」

「ちょっと待ってください。今のは絶対粒あんですよ?舌馬鹿ですか?」

「何言ってるの、こしあんでしょ?やっぱり粒あん党は味の違いを理解してないんだよ。」

「戦争ですか、受けて立ちますよ。」

「まって、あの子が食べる。集中しよう。」

 

味を感じる。

 

「やっぱりこしあんじゃん!」

「普通に粒の食感しましたよね。わからないんですか!?」

 

 

 

しばらく喧嘩し、最終的に少女の持っていた袋を確認した結果、彼女の食べていた大福は白あんだった。

 

「私たちって…なんて愚かなんだろう。」

 

先輩が虚空を見つめている。けっこうショックだったらしい。

僕も地味にダメージを負っていた。というのも、しっかり粒あんの食感を感じたのだ。誇張でもなんでもなく、“噛んだ”と思っていた。

 

「いや、さすがにこれは、おかしいんじゃないですか?」

「どういうこと?」

 

先輩が、どこかふてくされたように聞き返す。

 

「僕は結構、餡にはうるさいつもりです。先輩もそうですよね?」

「いや、まあそうだけど。今のでちょっと自信なくしたよー。」

 

先輩の頬をぺちぺち叩く。反応が薄い。まだ半分くらいしかショックから復帰していないようだがまあいいだろう。

 

「その二人が、どちらも間違えるって、ちょっと信じがたいんです。だから思ったんですけど……僕ら、記憶にある味を“引っ張って”きてるんじゃないですか?」

「……え?」

 

先輩がまばたきを忘れたように固まった。ああ、また虚空に行っちゃった。

 

「つまり、あの子が“食べた”のは白あんでも、僕が“感じた”のは粒あんだった。 きっと僕の中で、“大福といえば粒あん”というイメージがあって、それが再生されたんです。想像の延長として。」

「……まって。私が感じた“こしあん”もそうなの?」

「たぶん。」

「……えぇ、そんなまさか。私、全然気がつかなかった」

「先輩……」

「ええい、おバカを見る目で見つめるんじゃない! おいしいんだから、それでいいの!」

 

先輩らしいというか、なんというか。幽霊歴長いのではないのか。

 

「でも、それってつまり、私たち“自分の知ってる味”しか感じれてないってことだよね。全然味わえてじゃないじゃん……!」

 

先輩が頭を抱える。

 

「でも、それならそれで面白いですよ。だって、今の感覚って、生きてる人と違う方法で“味わってる”ってことですから。」

「それを面白がれる後輩くん、強すぎない?」

「強くないとやってられませんよ。」

 

先輩が小さく笑った。けど、その目はどこか、寂しげだった。

 

「でも、それってさ。たとえば、自分の記憶が薄れてったら、味も分からなくなるってことだよね?」

「……かもしれません。」

「こしあんも粒あんも、だんだん、ぼやけてって。

 最後には、“あまいもの”って感覚しか残らなくなったり、するのかな。」

 

それは、味だけじゃなくて、思い出や声や、顔も。

そうなる日が、いずれ来るのかもしれない。いいや、きっと来るのだろう。

 

やっぱり、世知辛いな。

 

「……だったら今のうちに、いっぱい食べておかないとね!」

 

先輩がパッと明るい声を出す。

 

「“食べる”っていうか、“見る”だけですけどね。」

「うるさーい! 後輩くんも一緒に付き合うんだからね!次は鯛やきを狙うよ!」

「鯛焼きもあんこがいいですよねー」

「カスタード…」

「どうしてそう、すぐ戦争を起こそうとするんですか?」

 

正直、不安はいくらでもあるけれど。

それでも今は、まだ味がする。笑い声もある。

商店街のにぎやかさに、少しだけ、近づけた気がした。




私はこしあん派です。対戦よろしくお願いします。
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