中年サラリーマンが藤田ことねちゃん教に入信する話 作:mamanaranai
「はぁーーーー」
つい深いため息が漏れる。
今日も今日とで上司に怒られ、部下の尻ぬぐいをして、残業して、まったくもっていつもの日常だ。
朝起きて仕事に行って、特にやりがいも何も感じない仕事をして、帰宅後はテレビやyoutubuを見て1日が終わる。
日常だ。何か新しいことを始める体力も勇気もない疲れた中年サラリーマンの日常。
そんな俺に最近、小さな癒しができた。
天川駅近くのコンビニエンスストアで働く一人の女の子に会いに行くことだ。
おっさんが10代の女の子に癒しを求めにいくことに、自分でも気持ち悪さを感じるが、ただレジで彼女の明るい声と笑顔を見ると元気がでるのだ。
「いらっしゃいませ~!」
コンビニに入店すると彼女の声が聞こえてくる。それだけでもにやけてしまいそうになる自分が気持ち悪い。
(平静を装うんだ・・・!)
このコンビニに通い始めてから、自分と同じように彼女に会いに来ている人が多いことに気づいた。
きっちりとスーツを着こなしたメガネのお姉さん、少しぽっちゃりしたおじさん、近くの学校の男子学生、子供連れのお母さん等々、
明らかに彼女に会うために来ているのがわかる。そしてその中の一人がくたびれた中年サラリーマンの俺である。
(さて、今日もいつものビールと・・・おっ春のフェアで新しい弁当がある。これにしよう)
カゴに目的のものを入れレジに向かう、この時、彼女にレジをしてもらうために調整が必要である(3敗)。
「いらっしゃいませ~!」
彼女のレジに向かうことができて心の中でガッツポーズをする。
「お願いします」
声が上がらないようにカゴをレジの台に置く。
「あっお兄さん。今日もお仕事お疲れ様で~す。早速新作のお弁当見つけてますねぇ。これあたしも食べたんですけど、ちょーおすすめですよぉ♪」
「そうなんですか」
(気の利いた事が何も言えない・・・!)
「はいっ!おまたせしましたぁ!」
彼女の明るくかわいらしい声ととびきりの笑顔につい笑みがこぼれてしまう。
「ありがとうございます」
レジ袋を受け取り、出入り口に向かう。
「ありがとうございました♪明日もお仕事頑張ってくださいね♪」
彼女の声に押されコンビニを出ると先ほどまでの鬱々とした気持ちが晴れるように感じる。
コンビニを出ると春の涼しい夜風が頬にあたる。
「ああもう4月か。・・・明日も仕事がんばろう」
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久しぶりに大学の同期の坂本孝から連絡があり、休日に飲むことになった。
梅雨の時期で連日雨の影響かどうも世界がどんよりとしている。まあ、雨のせいだけではないと思うが。
「よお、久しぶりだな洋介。元気だったか」
「ぼちぼちだよ、孝は変わらないな」
孝は大学の頃から変わらず、童顔で少しぽっちゃりした男だ。同い年のはずだが孝の顔は生き生きしているのが伝わってくる。
「そういうお前は・・・老けたな。大丈夫か。顔が死んでるぞ」
「いやーちょっとな。ショックな出来事があってさ」
「おっなんだなんだ彼女にでも振られたか」
「彼女なんていないよ。なんというか癒しがなくなったというか。生き甲斐がなくなってしまったというか」
俺は孝に天川のコンビニバイトの子に会いに行くのを日々の楽しみにしていたこと。その子が最近やバイトを辞めてしまったことを話した。
「お前、それは気持ちが悪いだろ。一般人の女の子を推しにして会いに行くなんて下手したらストーカーとかになるぜ」
「わかってはいたんだが、やっぱりそうだよな。そういうのが嫌になって辞めちゃったのかな」
「それにしてもお前がそんなに女の子に興味を持つなんてな。そんなにかわいかったのか?」
「かわいかった。かわいかったのもあるけど、すごく一生懸命な子だったんだ。なんだかこっちも頑張ろうって思うような」
「ふーん。一度見てみたかったな。名前とかわからないのか」
「上の名前が『藤田』っていうのは店員さん同士で話しているのを聞いて知っているんだけど・・・」
「藤田っ!」
急に孝が驚いたような声を上げる。
「どっどうしたんだよ」
「いや、まさかな、でも・・・天川・・・。なあ洋介、もしかしてこの子とかじゃないよな」
孝はスマホの画面を俺に見せてくる。そこに映っていたのはまぎれなくあのコンビニバイトの彼女だった。
「えっ!こ、この子だよ!この子!なっなんでお前知って!?」
「『藤田ことね』ちゃん!最近人気急上昇中の初星学園のアイドル!最近の俺の推し!!」
「あっアイドル!えっほんとに!」
「まじかよーコンビニ行ってたら生ことねちゃんに会えてたのか!うわーお前ラッキーだな」
あまりの状況に頭の整理が追い付かない。あの子がアイドル。いや確かにアイドルみたいな子だったけど。
「洋介、お前運がいいぞ。実は今日お前を誘いに来たんだ。来週に藤田ことねミニライブ、行くか」
「行く!」
自分でも驚くぐらい食い気味で同意した。まさかこんな偶然があるとは。
その後、孝と藤田ことねについて語り合った。白熱した飲み会は夜遅くまで続いた。
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藤田ことねミニライブ当日
俺は初めてのライブに緊張していた。隣に孝がいるが、その孝も法被やら鉢巻やらを身に着けている。そしてそんな人が自分の周りにたくさんいる。
(ライブまで時間がなくてとりあえずサイリウムだけは手に入れたけど、大丈夫か。浮いてないか)
youtubeで藤田ことねについて調べるといくつかの曲やラジオの切り抜きが上がっており、本当にあのバイトの子がアイドルになっていることに現実味がなかった。
(曲の予習とかをしてきたが・・・うう緊張する)
「おい、洋介。そろそろ始まるぞ」
孝に声をかけられてステージの方を見ると、スモークが炊かれ会場の照明が落ちていく。
そしてライブが始まった。
「みっなさ~ん!こんにちは~♪藤田ことねちゃんで~す♪」
「今日はみんなをめっちゃ楽しませちゃうからっ!覚悟してね~♪」
「それじゃあ、まずはこの曲から『世界一可愛い私」!!皆さん盛り上がっていくよー!!!」
「「「「「うおーーーーーーーー」」」」」
会場が割れんばかりの歓声が上がり曲がはじまる。
(すごい、これが。これが。藤田ことねちゃん。なんて、なんて)
「世界いちっ♪可愛いっ♪」
「「「「「「カワイイ!!!!!」」」」」」
いつのまにかコールをしていた。楽しい、彼女の笑顔がとてもまぶしくて心が惹かれていく。
なんとなく自分は『藤田ことね』をずっと推していくんだろうそんな確信を俺は感じた。
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藤田ことねミニライブ数か月後 藤田ことね握手会
「おーい洋介。ごめんごめん、待たせたな」
「おう孝。ギリギリだな。早く行こう。握手会始まっちまう」
「にしても、お前めっちゃはまったな。いいことだ。はっはっは」
「ふっふっふ、孝。これ届いたんだ」
俺は孝にパスケースに入れたカードを見せる。
「お前、これ『藤田ことねちゃん教』の会員証じゃねぇか!しかも番号がめっちゃ若い」
「なんとか手に入ったよ。枢機卿には入れなかったけど、なんとか上位メンバーには入れた!」
「最近、お前めっちゃ楽しそうだな」
「ことねちゃんと、孝のおかげだよ」
会場に着くとすでに多くの人列を作っている。列の中にはどこか見覚えのある人もいてつい笑顔になる。
(あのお姉さんもおじさんもみんなファンになってるんだな)
並んでいるとついに俺の番になる。
「あっお兄さん。あたしのファンになってくれたんですね~♪」
「覚えて・・・。ことねちゃん。いつも元気をもらってます。これからも応援してます!」
「はいっ♪お兄さんも元気そうでよかったです!これからもことねちゃんの活躍楽しみにしててくださいね~♪」
なんとか伝えたいことを伝えることができた。
彼女の笑顔はあのコンビニバイトのころよりもさらにまぶしく、全力でアイドルを楽しんでいる姿に俺たちは惹かれているのかもしれない。
俺も頑張ろう。彼女のように。