Sランク探索者の兄。もうお前に教えることなんかねぇからほっといてくれ 作:いくら
「ねぇ兄さん、聞いてよ!」
そう言って俺が座るゲーミングチェアごと俺を後ろから抱き締めてくるのは2歳離れた妹だ。
こいつは俺の唯一の兄妹『
俺とは似ても似つかぬ容姿端麗。
ロシア人の母の血を引いたのだろう銀色の髪は彼女の容姿をより際立たせていた。
学業においても学年屈指の成績を誇り、ある分野においては日本最高の地位を持っている。
「俺は今ダンジョン配信を13個ほど同時視聴しているからそんな時間はないんだ」
こいつの魂胆は分かってる。
というか毎日同じ話をされれば予想なんかする必要すらない。
「そんなこと言わないで聞いてよ。私今日のテストでちょっと失敗しちゃったんだ」
「……何を?」
「ダンジョン探索の実習試験だよ。
「へぇ……」
「こんなこと入学してから一回も無かったのに、これは由々しき事態だよ!」
「お前にとってな? 俺とはなんも関係ねぇな?」
俺は今17歳だが、高校には通っていない。
最終学歴は中卒だ。
そんで今はニート。家の地下にある自室に引きこもってダンジョン配信ばかり見てるただのオタクだ。
「うぅ、そんなこと言わないでさ。こんなに可愛い妹が困ってるんだよ?」
「困ってる? 何点だったんだよ?」
「…………98点」
「それの何が困っとるんじゃ」
「ねーえー! そんなこと言わないでまた稽古付けてよぉ!」
これがこいつが毎日のようにしてくる俺への『お願い』の内容だ。
「なぁ耀、お前は日本最高のSランク探索者の一人だ。世界にダンジョンが現れて30年、Sランク探索者ってのは歴史上で100人もいない頂点だ。確かに俺が中学の時にお前に稽古をして、その経験が今のお前の役に立ってるんだとしたらそれは喜ばしいことだ。だけどな……」
毎日、結局俺の結論は一字一句変わらない。
「――もうお前に教えることなんかねぇんだよ!」
声を荒げてそう言うと、耀は固まった。
え、ちょっとデカい声出し過ぎたかな?
そう思って耀の顔に視線を向けるが、耀が見ていたのは俺じゃなかった。
同時に複数のダンジョン配信を見るため、この部屋には30以上の壁掛けディスプレイが設置されている。
耀が見ていたのはその内の一つだった。
「ねぇ兄さん……」
「どうした?」
「これってなに? どういうこと?」
耀が指した画面ではミノタウロスのような魔獣と戦う女性探索者の姿が映っていた。
実力は
しかし、15歳でSランク認定されてる耀に比べれば月とスッポンだけど……
「この配信者がどうかしたのか?」
「あのさ、私以外の女性配信者見たら眼玉抉るって言ったよね?」
……あっ。
そういやちょっと前に俺が女配信者を褒めた時に何故か耀がブチ切れて、それをなだめるためにそんな約束した気がする……
「いや、でもこのダンジョンに入ってる探索者この人しか居ないし……」
「なにそれ言い訳? じゃあ私に行かせて私に配信させればいいじゃん。わざわざこの人の配信見る必要ないよね? っていうか兄さんニートなんだからダンジョンの情報収集とか必要ないよね? それなのに配信者に興味があるわけじゃなくてダンジョンに興味があるだけとか童貞みたいな言い訳やめてくれない?」
「……口悪いですよ、耀さん」
「
「はい。ごめんなさい」
俺が謝罪の言葉を口にすると、耀は鞄から筆箱を取り出し、その中からカッターを一本取り出す。
鞄と筆箱を床に落とし、手に持ったカッターナイフには異能の力が集中していく。
武器を強化する探索者の基本的な能力の一つだ。
だが、Sランク探索者である耀の使う武装強化は他のそれとは一線を画す。
「あの、妹さん、やめましょう。家が壊れます……」
「兄さん」
俺の膝の上に対面で座り、耀はカッターの刃を俺の頭の後ろのクッションに刺した。
光を纏っていたカッターの刃はクッションを破裂させて、床にまで斬痕を刻んだ。
「稽古、付き合ってくれるよね?」
笑顔30%狂気70%の笑みを浮かべて、耀は俺にそう言った。
俺には断る方法が思い浮かばなかった。
我が家は耀の収入によって、毎月宝くじの一等が当たったみたいな額の収入が入ってくるので家もかなり豪華だ。
まぁ両親もそれなりの資産家だから元から裕福ではあるんだけど、耀の修練場とか色々と改築を重ねて家がかなり巨大化した経緯もある。
俺の部屋の隣に造られた地下の修練場は、かなり頑強になっていて、ここなら耀が全力を出してもある程度は耐えられるだろう。
それに今は両親とも仕事で海外に行ってるし、家の掃除をしてくれる家政婦さんも耀が下校する頃には帰ってるから家には俺と耀だけだ。
「お願いします」
学校の体操着に着替えた耀が、俺の前に立って構える。
耀の獲物は木刀。俺は素手だ。
「やっぱやめない? 俺がお前に勝てるわけないじゃん」
「ここまできて何言ってるの」
そう言った瞬間、耀の後方に魔法陣が六つ現れる。
人間はダンジョンに入り続けることで異能が芽生える。
ダンジョンには多くの脅威が存在し、それを突破するためには異能――俗に「
耀の異能は『光』を操る異能。
その中央から光線が俺目掛けて発射された。
「あっぶね!」
その光線か俺は必死に逃げる。
「マジ危ねぇって今の、当たったら死ぬ死ぬ!」
一応これでも元探索者だからギリギリ避けられてるが、相手はSランク探索者だし普通にやって勝てるわけもない。
このまま時間稼ぎして終わらせよう。
「来て、光龍!」
なんて思っていたのに猛攻が更に激しくなった。
耀の召喚した光の龍が、大口を開けて俺を追従してくる。
しかも口から
かといって耀本人から発射されるビームが止まるわけでもない。
死ぬ死ぬ死ぬ!
「もう女配信者見ないから!」
と、俺が叫んでも、耀はその声を無視して三時間以上攻撃し続けた。
マジで死ぬかと思った――!
◆
一発も当たんなかったや……
上位の探索者にはその
Sランクともなれば世間への露出も増え、自動的に二つ名が与えられる。
私の二つ名は『最速』。
最年少でSランクになった実績と、光を扱う攻撃の速射性からそう呼ばれている。
そんな私の攻撃を兄さんは三時間掠りもせずに避け続けた。
最後の方は光を纏って自身の速度を激増させる私の切り札まで使ったのに、それでも兄さんの方が速かった。
いや、きっと百メートル走なら私の方が速い。
でも、まるで私が次に何をするのか、どこへ行くのか、全て読み切られているみたいだった。
ずっとそうだ。
兄さんが中学生の時から、私が小学生の時から、私は兄さんに攻撃を一発も当てたことがない。
「はぁ……はぁ……」
私はこんなに疲弊しているのに、兄さんは汗一つ掻いていなかった。
兄さんは元探索者だけど、今は全く活動していないし、ランクもB止まりだ。
でもあり得ないでしょ。
私より強い兄さんが私より下のランクに居るなんて。
兄さんなら史上初のSSSランクだって目指せるのに。
「いつか必ず、その力を世間に知らしめて上げるからね。
◆
さてと、妹様も落ち着いたようだし配信の続きを見るとしようかね。
そう思って頭を支える部分のクッションに穴の開いた椅子に腰掛けた時、机に置いていたスマホが振動を始めた。
画面を見ると着信中の文字。
相手は……
「はぁ……」
着信を受けると、向こうから女の声が聞こえてくる。
「あの、何回も電話かけたんですけど何してたんすか?」
「ちょっとな。で?」
「お仕事ですよ~先輩? とあるダンジョンで配信中に『王級』が確認されました。至急討伐して欲しいとのことです」
「おい、今月三件目だぞ? 殺されてェのかってお前の上司に言っとけ」
そう言って電話を切ると、すぐにまた着信が掛かってきた。
「なんだよ?」
「先輩が脅威度の高い事案を解決することで、先輩の妹さんには危険度の高い依頼は回されないようになってるってこと忘れてないっすよね?」
「……」
「これは、国家の要請です」
「鷹宮、お前偉くなったな。俺を脅してんのか?」
「……」
「どこに行けばいいか教えろ」
「ありがとうございます」