Sランク探索者の兄。もうお前に教えることなんかねぇからほっといてくれ 作:いくら
4年前――
「よぉ凛、金は?」
俺はいじめられていた。
理由は憶えていないし、きっといじめている側もよく分かっていなかっただろう。
ただ俺という標的が近くに居たから、そうしただけ。
相手はバイト感覚で探索者をやっていた、ガタイの良い男とその取り巻きだった。
そいつは小学生の時から有名な不良だったらしく、元から喧嘩っ早い性格だったのが
「良かったな、お前ん家金持ちで。五万持って来たから今日は二十発で済ませてやるよ」
殴るのは決まって腹だった。
手足は骨折の可能性があるし、顔は教師や親にバレるかもしれないから。
俺は他のいじめられてる奴と一緒に毎日殴られていた。
教師はきっと、この状態に気がついていたと思う。
だけど、容易に人を殺せる
そんな状態が数カ月続いたある日のことだった。
その日は特にそいつが荒れていた。
いつも以上に加減のない拳を何度も俺たちに振るった。
血反吐を吐き出したヤツが居て、それを見た取り巻き連中が男を止めたが、イラついていた男に聞く耳はなく殴り続けた。
その矛先は俺にも向いた。
死ぬと思った。
死ぬと思ったら、迫ってくるその拳が遅く思えた。
だから、俺は避けた、避けてしまった。
「は? 何避けてんだよ? 決めた、お前殺すわ」
全身が震えたのを今でも覚えている。
男は俺を何百回も殴って、ダンジョンに連れて行った。
その時の俺は探索者でもなんでもなかったし、そんな俺をダンジョンに連れて行くのはどう考えても犯罪だ。
だが、ブチ切れていたそいつにそんなことを判断する理性は残っていなかったんだろう。
ボコボコにされた俺は、独りでダンジョンに放置された。
絶対死んだ。
つうかこんなの流石に隠蔽できるわけない。
監視カメラのある道だって普通に通ってたし。
警察に捕まって牢屋の中で後悔しろ、馬鹿野郎。
なんてことをあの世で思うしかない俺は、酷く惨めな気がした。
涙が出てきた。
自分の人生に何の意味もないような、そんな気がしたんだ。
「兄さん、大丈夫?」
そうしてたら、なんでか小五の妹が目の前に居た。
「たまたま兄さんが連れてかれるところ見つけたの。生きてて良かった、帰ろ」
ダンジョンには
種類は多種多様だが、どれも人間を殺そうとする性質を持ってる。
そんな奴らが跋扈するのがダンジョンだ。
だけど、俺の妹は賢かった。
ダンジョンなんか入ったことないだろうに、冷静な視点で
「兄さん、学校行くのやめたら? 私も一緒にお父さんとお母さんの説得するから」
それはヒーローみたいな言葉じゃなかったけど、すごく現実的で、すごく俺を心配してくれた言葉に思えた。
「ごめん」
そう言って、俺は学校に行くのをやめた。
数カ月引きこもりになって『探索者になろう』と思い立った。
あんな経験二度と御免だったし、妹の……耀の兄として情けない自分が嫌だったから。
それから俺は毎日ダンジョンに通うようになった。
恐怖はあったが、押し殺してでも欲しい未来があった。
中学は半分以上行ってなかったし、高校に行きたいとも思わなかったから、進学はしなかった。
普通の奴が高校に行ってる時間も俺はダンジョンで過ごした。
そして、今では――
◆
王級と呼ばれる
それは通常の
通常種とは隔絶した力を持ちながら、通常種を何百匹も従えている。
それが三体、目の前に居る。
「はぁ……いつ見ても意味不明ッスね……」
今でも戦うのは怖い。
それが人とか
俺に傷を負わせられる全てが怖い。
四年も経っているのに、あいつに会えばきっと今でも俺の身体は震えるだろう。
今だって大量の魔獣を前に、俺の身体と心は恐怖に包まれている。
怖いから俺はずっとダンジョン配信を見てる。
色んな魔獣の動きを、色んな探索者の動きを、〝観察〟して〝研究〟し続けている。
どうすれば死なないかをずっと考えている。
きっとそんな俺だから、俺の【
俺の眼は、相手の動きの全てを観測し、意図すら
俺の身体は観測した敵の動きに対して最適な回避行動を選択する。
それが避けられる攻撃であるのならば、俺は確実にその攻撃を回避できる。
数千に上る
荒野を埋め尽くすその軍勢の攻撃を、俺は避ける。
避けて、避けて、避けて、避けて、避けて、避けて――
そして、3つ目の
それは、耐えることに本懐を持つ俺の特性。
「――
耐えて、耐えて、耐えて、蓄える。
それは受けたダメージを神力に変換し貯蔵する力だ。
だがその本質は、俺の身体に触れた他者の
だから敵の攻撃を俺の身体から数ミリで掠めることで、
敵の攻撃をエネルギーに変換し貯蔵。
その力を一気に、
「解放――エーテリアス・インパクト」
敵の攻撃の全てを避け、掻い潜り、抜けた先は親玉の目前。
跳躍した俺は眼下に見える三匹の王へ向けて、拳を突き放つ。
蓄えた莫大なエネルギーが一気に放出された。
その場には俺を中心とした巨大なクレーターができあがり、三匹の王とその周囲に居た数十匹の
「後は任せる」
「了解ッス」
鷹宮がぶら下げた刀を抜きながら、俺と入れ替わりで残った
あいつ俺の一個下だけどまぁまぁ強いから多分もう俺の出番はないだろう。
「あ、あの、ありがとうございました!」
帰ろうと思っていると近くに居た探索者に声を掛けられた。
この状況の第一発見者だ。
こんなんに遭遇しちまって可哀想だな。
いや、ちょっと待て、よく見ると……
「あの、マーブルアーツ所属の
「え、え? あ、はい」
「さっきまで配信見てました! サインください!」
「えっと……はい」
やったぜ。
って、あ……
「あの、色紙もペンも無かったんで帰ります……」
「帰る!? ちょっと待ってください。これあげるので、私と一緒に出ませんか?」
そう言って彼女が出したのは氷で造られたブローチだった。
マーブルアーツのエンブレムの形をしていて、中には彼女のサインが彫られていた。
「これ
「そうです。私の
へぇ……すげぇ。
ってかこれ一点物じゃね?
「じゃあ、私も連れて行って貰っていいですか?」
「いや、あいつが終わるの待っときましょう。護衛護送はあいつの仕事なんで」
本当は早く帰りたかったけど、こんなものを貰ってしまっては仕方ない。
「護衛……?」
「そう。護衛雑魚処理マッサージ掃除洗濯パシリ、俺以外にもできる俺のやりたくない仕事は全部あいつの仕事」
「そんな雑用みたいな……」
「そういう契約だから。雪守さんもなんでも言っていいっすからね」
「え……あ……はい」
それから一時間ほど待ってると鷹宮が残った
「早ェよお前」
「なんなんスか、いつも遅いって言って先帰るクセに」
「うわぁ、ギャルのクセに空気読めねぇのお前?」
「ギャルじゃねぇし」
ネイルしてない以外ほぼギャルだろ見た目。
金髪で、ピアスとブレスレット死ぬほど付けやがって。
たまにイメチェンした時に別人かと思ってちょっとキョドるんだよ俺が。
「じゃあ行きますか、雪守さん」
「は、はい……」
「なんでそっちには敬語なんスか? 言っときますけどその子さっきまでおしっこちびってましたからね」
「ちょっ」
「アイドルはトイレとかしないから。黙れ」
「きめェ……オタクきめェ……」
「お前ももっとオタクに優しいギャルになったら態度考えてやるよ」
「だからギャルじゃないし。てかギャルとかオタクとか関係ないでしょその話。皆優しくしたい人に優しくしてるだけッスよ。優しくしてもらえないのは優しくしようと思える部分がないそいつの問題っす」
「現実やめろマジ……でも、雪守さんは誰にでも優しいですもんね?」
「皆が優しいからだよ~」
「ほらみろ」
「うっっっわ。つーか先輩には優しくしてるッスよ?」
「じゃあ今度このアニメキャラのコスプレしてくんね?」
「露出ヤバ、先輩キッモ、セクキャバでもこんな格好しねェよ。でも仕事追加で三つくらい受けてくれるんならいいッスよ」
「やっぱいいや、帰ろう」
耀との組み手もあったし今日はちょっと疲れたなぁ。
あ、違うわ、昨日ずっと配信見てて徹夜したから眠いだけだ。
それから30分くらいして俺は帰宅することができた。
「兄さん、こんな夜遅くにどこに行ってたんですか?」
「え? いや? コンビニ?」
「なんで本人が疑問形なんでしょうか? というかコンビニって2時間も行くものなんですか?」
「いや、ピザまんにするか肉まんにするか悩んでたんだよ」
「……女の臭い、しますけど?」
なんでずっと敬語なんですかね……耀さん、怖いです、凄く……
「とりあえずコレ、没収しておきますね?」
「そ、そんなごぶたいなぁ!」
そう言って俺の