Sランク探索者の兄。もうお前に教えることなんかねぇからほっといてくれ   作:いくら

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第3話「嫌悪と敬意」

 

 私は、兄さんが嫌いだった。

 

「あいつがいじめられてるのはあいつの責任だ。自分の問題を自分で解決できないような奴に構うのは時間の無駄だ」

「凛みたいになってはいけませんよ」

 

 それが実業家の父と母の口癖で、二人とも兄さんのことを殆どいないものとして扱っていた。

 

 そう言われ続けて育った私にとっても、兄さんは恥じるべき存在だった。

 だから私は兄さんを不登校にすることにした。

 

 兄さんが通う中学は必然的に私も通う場所だ。

 そこで自分の兄がいじめられていたという汚点が存在しているのが嫌だった。

 

 完璧にならなければいけないと思っていた。

 ずっとそう言われていたから。

 

 兄さんが不登校になって私は安堵した。

 これで身内の恥を晒さずに済むと。

 

 引きこもった兄さんに興味なんてなかったけれど、いつの間にか兄さんは探索者としての活動を始めていた。

 

 どうせ上手くいかないだろうと、父も母も兄さんには期待していなかったけれど、私はその行動が少しだけ気になった。

 

 ある日、私は兄さんを尾けることにした。

 誰からも期待されていないクセに、どうしてそんなことをしているのか知りたくなったからだ。

 

 兄さんはダンジョンの奥深くでボロボロになりながら戦っていた。

 今ほどの回避能力もなく、今ほどの観察眼もなかった兄さんは、死にかけながら探索をしていた。

 

 意味が分からなかった。

 弱いクセになんでそんなことをするのか理解できなかった。

 だけど同時に思ったのだ。

 

 親の言うことを愚直に聞く私と、今目の前で血みどろになって戦っている兄さんのどっちが本当に強い人間なんだろう、って。

 

 不安と悩みが入り混じったような感覚に気を取られていたからだろう。

 私は自分を狙った魔物の存在に気が付かなかった。

 

「きゃっ!」

 

 人型に近い形状で長い爪を持った悪魔のような姿の魔物。

 その一撃目はランドセルが防いでくれた。

 教科書やノート、筆記用具を散らしながら私の身体は地面を滑った。

 

「キヒ――」

 

 魔物。

 好んで人の命を奪う生物。

 その殺意が明瞭に私へ向いていた。

 

 怖かった。死を幻視した。

 

 でも――

 

「大丈夫か?」

 

 兄さんは、私の短い悲鳴を聞いて、颯爽と駆けつけた。

 

「耀、お前後で説教な?」

 

 そう言った兄さんの手は震えていた。でも、それでも兄さんは勇敢に魔物へ立ち向かっていく。

 別に兄さんは強くなんかなくて、何度も相手の攻撃を受けて、幾つも傷を作って、だけど倒れなかった。

 

 反撃の神質(ルミナ)によって、その魔物を倒してしまった。

 

 きっと、その時に私の考えは変わったんだ。

 兄さんの状況や苦労なんて何も知らず文句を言っているだけの両親よりも、今目の前で命を懸けて戦って私を守ってくれた兄さんの方が「正しい」と感じた。

 

 それから私も探索者になりたいと思った。

 兄さんに頼んで稽古を付けて貰った。

 兄さんは恰好良かったけど、正直実力は直ぐ抜けると思っていた。

 

 でも、未だに兄さんは私よりずっと強い。

 兄さんの才能、適正は恐怖を抱く瞬間に凝縮されて現れるのだと思う。

 その状況下に限って言えば、あの人は無敵だ。

 

 そして、私よりも強くて、探索者として完璧な力を持つ兄さんは、私の永遠のヒーローだ。

 

 

 

 でも、私は怖い。

 兄さんは私にいじめから助けて貰ったって勘違いしているけど、本当は兄さんのことが嫌いだっただけ。

 兄さんはそのことを知らない。

 

 それがバレるのが怖い。

 それがバレて兄さんに嫌われるのが嫌だ。

 

 

「兄さんから没収したこのブローチってどこかの企業のエンブレムだよね。しかもサインまで入ってる」

 

 画像検索すればそれが誰の物かはすぐに分かった。

 その人の直近の配信を見ると事故が起こって途中で止まっていた。

 しかも『王級』三体に囲まれるという絶体絶命の大事故だ。

 

 でもSNSをチェックする限り、その人は無事帰れているみたい。

 

 そんな風に色々と情報収集している間にそのアーカイブが突然消された。

 配信者が自分で消したんじゃなく、著作権侵害による削除となっている。

 

 配信終了からまだ四時間も経っていない。

 そもそも私が見た限り、著作権が関与するような部分はなかった。

 

 どういうこと?

 兄さんが行ってた場所ってこのダンジョン?

 兄さんが王級三体を倒した?

 でもなんのために?

 

 兄さん……私に何を隠しているの?

 

 

 ◆

 

 

「兄ぃさ~ん」

 

 昨日の今日の朝一番、我が妹は媚びたような声で俺を呼びながら部屋に入ってきた。

 

 うん、凄く怖い。

 嫌な予感しかしない。

 なんで今日に限って土曜日なんだよ……

 

「昨日のこと、悪いと思ってる?」

「オモってるヨ。ゴメンね」

「ううん、私もごめんね。あんなに怒っちゃってさ。でも兄さんが心配なの」

「こんな豪邸の自宅警備員なんて心配する理由ないぞ?」

「そーいうことじゃなくてさ……」

 

 カッター出そうが稽古をせがんでこようがスキンシップってことで流せる。

 けど、こいつの寂しそうなこの顔は嫌いだ。

 こんな顔見るくらいならブチ切れてくれてた方が全然マシだ。

 

「これ、返すね」

 

 それは俺が昨夜没収されたブローチだった。

 一点物のグッズだし返ってきたのは嬉しい、けど……

 

「あぁ、ありがとう。で、なんかあったのか?」

「え?」

 

 もしかして98点だったのマジで気にしてんのかな?

 こいつの通う高校は『探索者の育成』にも力を入れているらしい。

 だったら実技の成績は重要度が高い項目なのかもしれない。

 俺には理解できないが、優等生であるこいつにとってその『2点』は屈辱的なものなのかも。

 

 つっても今の耀はもう稽古をつけるとかそういう段階じゃない。

 Sランク探索者っていう実力を備えたこともそうだが、単純に俺とこいつの神質(ルミナ)は違うものだ。

 

 俺の戦術や戦法を教えてもこいつにマッチする可能性は低い。

 それ以外の基本的な技術はもう教えてある。

 

 じゃあどうすっか……そうだな……

 

「出かけるか」

「兄さんどこか行くの?」

「何言ってんだ。お前も行くんだよ」

「それって……デー」

「どのダンジョンにすっかな。稽古は無理だけど見るくらいはしてやるよ」

「あ、そーいう……でも嬉しい、行こ!」

 

 ん? なんか違ったのか?

 まぁいいか、嬉しそうな顔になったし。

 

 

 ◆

 

 

 ってことで、俺と耀は適当なダンジョンを見繕ってやってきた。

 ダンジョン名は『スライラ島』。

 名前の通り海に囲まれた小さな島そのものが存在する、異空間(ダンジョン)だ。

 

 専門家いわくダンジョンってのは次元の断層に存在する空間らしく、現世には『(ゲート)』だけが現れそれを潜ることで俺たちも異空間に侵入できる。

 異空間だから物理法則がダンジョンごとに若干異なり、探索者(おれたち)神質(ルミナ)を獲得する現象もその法則の変化によるものらしい。

 

「あの、ここって海岸なんだけどもしかして兄さんは私の水着が見たかったの? でもごめんね、一応ここもダンジョンだし私の実力は兄さんに比べれば全然だから真面な装備じゃないと……」

「いや、近かったからだ」

「……ふーん」

 

 なんと駅2個分しか移動してない。

 しかもランクに関係せずに探索者の資格を持ってれば誰でも入れるから都合が良かった。

 俺と耀のランクはかなり離れてるから、2人共が入れるダンジョンは限られる。

 

「耀、普段どんな風に戦ってるのか見せてくれ」

 

 そういや、こいつがダンジョンで戦ってるところを配信以外で見るのはかなり久々な気がする。

 1年振りとか?

 

「うん!」

 

 そう言った耀の後方に6つの魔法陣が現れる。

 俺と稽古した時にも使っていた神質(ルミナ)だ。

 

光切(レイ)

 

 呟かれる言葉と共に、周辺に居た魚人のような姿をした魔物が次々と光に貫かれていく。

 それを見て焦った魔物は逃走を始めるが、光より速く動けるわけもない。

 耀の攻撃を回避するためには、耀が攻撃する角度を事前に完全に把握しておく必要がある。

 

 そんなことがここの魔物にできるわけもない。

 

 虐殺される同胞を見て突っ込んでくる魚面(サハギン)も結構いるが、

 

「【光湧領域(ルマブソリュート)】」

 

 耀を中心に展開された光の結界によって阻まれる。

 しかし結界は耀の光線とは干渉しないようで、魚面(サハギン)は次々と貫かれていく。

 

「やるじゃん」

「やった、もっと褒めて。来て、光龍。武装召喚【光剣レイソルシア】。武装強化【ホワイトブレス】。身体強化【光速跳躍(スパークルワープ)】」

 

 光の龍と光の剣が召喚され、剣の輝きが一層増して、耀の身体を包んだ光がその身体を光子に変換して、疑似的な『ワープ』を可能とする状態になる。

 

 つか、どんだけ神質(ルミナ)持ってんだこいつ。

 俺なんか3個だぞ……

 それでも別に少ない訳じゃない。平均だ。

 

 だけど、耀は今見せただけでも、光線、結界、龍、剣、武装強化、ワープという6つの神質(ルミナ)を使ってやがる。

 

 15歳でこれか……

 そらSランクになるわ……

 

 けど……

 

「ちょっと待て」

 

 天変地異みたいなことを始めようとした耀の肩を掴んで、止める。

 

「え、半光子化した私の速度に追いついた?」

「ここには他の探索者もいるんだ。そんなポンポンと神質(ルミナ)使って巻き込んだらどうするんだ。神質(ルミナ)は3つまでにしなさい」

「……分かった」

 

 そういうと、耀は龍とか剣とかワープとか余計な力を消した。

 

「って、敵が来たっぽいぞ」

「スライム……?」

 

 そう言って放たれた耀の光線を、スライムは自発的に身体に穴を空けることで回避した。

 

「上位種だな」

 

 不定の形状を持つその魔物は、あまり強い種族として記載されることは少ない。

 が、それは基本種の話であり、仮にスライムが何らかの要因で進化した場合、その強さは他の種族が進化した場合よりも更に強くなることが多い。

 

「上位種……勝てるかな……?」

 

 耀は学業もあるし、Sランクとはいっても実戦経験が多いわけじゃない。

 危なそうな仕事は俺に回って来るようになってるし。

 

 けど、この程度なら問題はないだろう。

 

「俺が保証してやる。お前ならできるよ。肩の力抜いてやってみな」

「う、うん!」

 

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