フヘンの愛   作:イベリ

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トガヒミコ


衝動(バケモノ)

ピンポーン、とチャイムが鳴ったあと、扉の奥から声が響き、ガチャリと扉が開く。

 

「─────逢魔君!渡我さん!おはよう!すぐ出るよ!」

 

「2人とも、おはよう!」

 

「おはよう、出久君。おはようございます、引子さん。」

 

「おはよーございます!イズク君ママ!」

 

現在ふたりがいるのは、緑谷家の玄関前。

 

高校進学の為にと、後見人を通して一括で買った一軒家。なんと2人の家は緑谷家と10分程しか離れていない。しかも、登校途中にあるので、割とご近所さんだったのだ。

 

そのため、それを知ってから2人はこうして緑谷の家まで彼を訪ね、毎朝登校している。

 

必然的に緑谷の母────緑谷引子とも既に何度も顔を合わせていた。

 

「毎朝ありがとうねぇ、2人とも……出久が毎朝友達と一緒に登校するなんて…もう私…」

 

「ママさん毎日言ってるねぇ。」

 

「出久君、悔い改めてね。」

 

「やめてよ母さん!?学校でもこれでからかわれてるんだから!?」

 

「出久がっ…!学校でイジられてる……っ!!」

 

「出久君……僕らは、友達だよ。」

 

「えぁ、う、ふひっ、うんっ、私たちとも、友だ、ふひゅっ…」

 

「渡我さん!それが一番嫌かも!」

 

これが、最近緑谷家で見られる朝の一幕。賑やかになった緑谷家に、引子もニッコリだ。

 

すっかりツッコミが板に付いてきた緑谷。それもそのはず、1週間も経てば慣れたものだ。これから、彼はツッコミヒーローとして、コメディヒーローナンバーワンの道を───────」

 

「変なモノローグ入れるのやめてくれない!?あぁもう!行ってきます!母さん!」

 

「流石だね。お笑い芸人でトップ目指してみるか……僕らならきっとオージービーフも越えられるよ…」

 

「過言だよ逢魔君。あと目指すならブルーケチャップでしょ。」

 

『…はぁ…センスないね……は?』

 

やはり若干慣れてきた緑谷は、詠斗の怒涛のボケを捌きながら、引子に手を振った。

 

「はい!行ってらっしゃい!2人も、行ってらっしゃい!」

 

行ってらっしゃい、とあまり言われ慣れていない2人は、毎度のこと一瞬動きを止める。

 

「……はい、行ってきます。」

 

「……っ行って!きます!」

 

詠斗は軽く頭を下げ、被身子は元気いっぱいに手を振った。

 

「ブルケチャも素晴らしいけど、オージービーフの漫才は言葉回しと構成が素晴らしい。」

 

「確かにオージービーフの構成と言葉回しは脱帽ものだけど、ブルケチャは吉岡さんの流れるようなボケに対する大杉さんの鋭角の突っ込みがいいんじゃないか。渡我さんはどっちが好き?」

 

「私は陣外智之さん!英会話のやつが好き!あと、陣外さん以外はお笑い芸人じゃないんだよ?ねぇ、エイトくん。」

 

「第三勢力!しかもなんか熱量が違うんだけど!?」

 

「やっべ、忘れてた。被身子陣外さんの強火ファンなんだった。」

 

「強火過ぎない?火加減ヘルフレイムだよこれ?」

 

そのまま話していると、話題は放課後の特訓の話に移っていた。

 

「そういえば、イズク君は随分個性の制御がスムーズになったね!」

 

「そ、そうかな!そうだと嬉しいな。本当に寝る時以外はどこかしらエネルギーで強化して、それを移動させて…を繰り返してるからね。ただでさえ僕はみんなとスタートした位置が違いすぎるから…」

 

「そうだね、君の場合発現したのが受験直前だったもんね。」

 

「そう考えたらとてつもない成長率じゃない?イズク君ってちょっとすごい?」

 

よく考えたらコイツ強くなるの早くね?と気がついた被身子は訝しんだ。

 

詠斗が指導をしたのが2月後半、それから4月の初旬にある程度は個性が使えるようになり、今では割と好きに使いこなしている。

 

そう考えると、そもそも資質が高い部類なのかもしれない。そう思った被身子は、なんだかなぁとぶー垂れる。

 

「そんな!僕がすごいと言うより、渡我さんと逢魔君が見てくれてるからっていうのが1番大きいよ!この個性の制御練習も逢魔君が考えてくれたものだし…現に、クラスメイトなら上鳴君も凄い伸びてるし!」

 

事実、2人の指導によりメキメキと頭角を現したA組のクラスメイト達は、既に個性を使いながらの格闘戦に入っている。

 

中でも参加者の中で、個性を絡めた格闘戦最強に輝いてるのは意外や意外、上鳴電気であった。

 

「まぁ、電気の場合はちょっと別物だね。個性が強すぎる。僕としては猿夫と力道、範太を推したい。女子なら百かな武器を生み出せるのは強いね。」

 

「ズルいです!電気とか、私も個性使わないと触れないです!私はオチャコちゃんとミナちゃん、ツユちゃん推し!男子ならフミカゲくん!」

 

「いや、渡我さんはそれでも上鳴君ボコボコにしてるよね…?その8人も目覚しいよね!僕は切島くんかな。同じ拳を使って戦うタイプだし、参考にすることが多いよ。」

 

「個性使わないと触れないから、ほとんど負けみたいなもんだよ!」

 

「いやぁ、あれは化けるよ。惜しむらくは、電荷とかを操れるわけじゃないことかな。」

 

「それでも相当強いよ!基本触れられないってだけでとてつもないアドバンテージだからね!」

 

それでも一度も被身子にも詠斗にも触れることすらできていないことを考えれば、どれ程2人との実力差があるかはお察しだ。

 

そう話していると、遠目に見える雄英高校の校門、そのずっと手前あたりに人集りを確認する。

 

「ん、なんだろうあれ?」

 

緑谷が目を細め見ていると、被身子が口をへの字に曲げて、心底嫌そうな顔をした。

 

「げっ……あれメディアです。」

 

「うわほんとだ。めんどくさいね、オールマイトの次は何をパパラッチしに来たのかな。」

 

「2人ともメディアあんまり好きじゃない?この間も来てたけど…」

 

『きらい』

 

息ぴったりな2人に、緑谷も乾いた笑いを出すしか無かった。しかし、なぜこんなにも中途半端な位置陣取ってまで何を取材に来たのだろうかと首を傾げた緑谷は、すぐに原因に思い至った。

 

「……もしかしてこの間の事件についてかな…?」

 

「あー…ゆーえーばりあ…でしたっけ?あれが崩れちゃった奴ですよね?」

 

「ていうか、あれもマスコミのせいだったって話だった気がするんだけど…」

 

理由が見えてきた中、めんどくさい〜と項垂れる被身子は、詠斗の手を握ったまま、ズンズンと進む。

 

「えっ、ちょっと2人とも!?」

 

「じゃ、イズク君教室で!」

 

「じゃね〜」

 

たむろするメディア陣に突っ込んで行った2人は、メディアの餌食に──────なることなく、メディアの人たちの間を触れることも無くスルスルと抜けていき、遂には気づかれることも無くマスメディアエリアを抜けていく。

 

囮にしたようなやり方に、被身子は少し顎に手を当てて考えてしまった。

 

「ちょっと酷いことしちゃったかな?」

 

「ふふ、彼が目指すのはナンバーワン。なら、メディア対応くらい覚えておかないとね。」

 

既に離れた場所に避難していた二人は後方に見えるマスメディアに集られている緑谷を見て、ガンバ!と身振りだけを送り、助けを求める視線を見ないふりして急ぎ学校に向かう。

 

十分後、教室で芦戸、上鳴と談笑していた2人は、げっそりとした様子で教室に入ってきた緑谷を見て、哀れな物を見る目で同情した。

 

「ひ、酷いよ2人とも…!置いてくなんて!」

 

「マスメディアの対応くらいできるようにしなよ。目指すはオールマイトだろう。」

 

「そ、そう、だけども!」

 

「おはようさん緑谷ぁ!今日もお母さん泣かせてきたかぁ?」

 

「上鳴くん!!泣かせたくて泣かせてる訳じゃないよ!僕も自分のナード具合を甘く見てたよ!!」

 

「ダメだぞ〜緑谷、もう僕はボッチじゃないんだァ!って言わないと!あ、みんなで緑谷囲って写真撮ろうよ!そしたらもうボッチじゃないってアピールできんじゃない!?」

 

「芦戸さんそれ新手のイジメだからね!?絵面が明らかに一軍に囲まれるナードにしかならないから!?」

 

緑谷のツッコミにゲラゲラと笑う芦戸と上鳴は、スピードと的確さに感心してしまった。

 

「なんか緑谷日に日にツッコミの精度上がってね?」

 

「んにゃー、わかる!なんか慣れてきた感じ!」

 

「そりゃ1週間も毎朝ボケまくってくる人が近くにいるからね。ねぇ、お二人さん。」

 

そうして2人を見遣れば、詠斗は目を閉じたまま頷きながら腕を組み、被身子はむふー!と腕を組んで胸を張っていた。

 

「後方腕組師匠面するのやめてくれない?出久はワシらが育てたって目が言ってるんだよ?」

 

「的確過ぎるだろツッコミがよ。」

 

「緑谷本当にオールマイト目指してるの?ツッコミヒーローの間違いじゃなくて?」

 

「出久君…君は、コメディアンになれる。」

 

「僕が目指すのは依然として平和の象徴だよ!!」

 

「平和の象徴…つまりお笑い!イズク君のヒーロー名はオールスマイルだね!」

 

「もういいよ!!」

 

「ブフォッ!!でっ、でく、デク君…っ…それは、アカン…っ!!」

 

「麗日さん!?」

 

最後のツッコミで4人の会話を見ていた麗日が吹き出し、机に突っ伏したのを見て、緑谷はガクリと肩を落とした。

 

そのタイミングで予鈴が鳴り、飯田が登場。

 

「5人とも!予鈴が鳴ったら席につきたまえ!」

 

『はーい、委員長ー』

 

「これ僕も言われるの納得いかないんだけど……?」

 

この一週間で委員長と言う役職を担うことになった飯田はフルスロットル。初めは詠斗と被身子を据えるべきでは?という意見があったが、二人がこれを辞退。君たちの特訓もあるのにこれ以上は自分たちの時間が無くなるとして、候補から外された。まぁ、そこから紆余曲折あり、飯田が委員長、八百万が副委員長という運びになった。

 

予鈴調度に来た相澤が、席についているみんなを見て、よし、と声を漏らした後、今日の授業について話を持ち出す。

 

「今日のヒーロー基礎学についてだが、俺とオールマイト、そしてもう一人で見ることになった。」

 

「何するんですか!」

 

「今日やるのは、救助訓練だ。ヒーローにとって最も必要と言っても過言じゃない。気を引き締めて行け。」

 

そんな言葉に、みんなは特に気にせず、そのまま思い思いの言葉を口にしていく。

 

「最後まで聞け。昼休みが終わり次第グラウンドに集合。そこからバスで移動だ。コスチュームは各自の判断で着てくるように。以上、では本日も元気に行こう。」

 

『はい!』

 

そうして昼休みが過ぎ、時間となったA組はバスに乗り込んだ。

 

「こういうタイプだったか…!!」

 

「意味なかったね。」

 

バスに乗るのだから、並ばせる必要があると張り切って整列させていた飯田だったが、バスが市営バスのタイプだったため意気込みも無駄になってしまった。

 

そうして、割と仲が深まっているクラスメイトが集まれば談笑もそれなりに起こる。

 

「わたし、気になったことはなんでも言ってしまうの。緑谷ちゃん。」

 

「アッ、はい!?つゆ、蛙吹さん!」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの個性、オールマイトに似てる」

 

「うぇあっ、と、そうかな!?」

 

その反応に皆は首を傾げるが、詠斗がそうだねと補足する。

 

「あってるよ。オールマイト先生も、出久君の個性も、内に内包したエネルギーを操作して身体強化をするタイプだ。広義の意味で僕もそこに分類されるね。」

 

「おー!だからか!緑谷、よくオールマイトと話してるもんなあ!」

 

「あっ!?う、うん!そうなんだ!逢魔君にもそうだけど、オールマイトにも個性の使い方を聞いたりしてるんだ。」

 

「イズク君は個性が使えるようになったの受験当日だったもんね!」

 

「あぁ、僕も始めてみるし聞くケースだけど、恐らく個性の出力が高過ぎて体が出来上がるまでロックをかけていたみたいでね。試験では最大出力を脳死でブッパして右手両足粉砕骨折してたよね。」

 

「それを治したのがこのヒミコです!」

 

おぉ〜!という感嘆の声と拍手が響き被身子は気持ちよく胸を張ったまま、詠斗の膝に倒れ込み、ゴロゴロと猫のようにじゃれはじめていた。

 

それを当たり前のように受け入れ、被身子の喉や顎、頭を柔く撫で始める詠斗の様子を見て、峰田が血涙を流しながら凝視する。それをみんなが見ないフリをして、切島が話を続ける。

 

「し、しっかし!増強系は派手でいいよなぁ、俺は対人戦は強ぇのはそうだけど、ヒーローも人気商売なところあるしなぁ。」

 

「そんな事ないよ!切島くんの気質もそうだけど、硬化って凄く強いし、プロにも通用するよ!」

 

「プロな!ま、派手さや強さで言えばヒミコちゃんと逢魔にゃ勝てねぇけどさ。」

 

「……私たち派手かな?」

 

「正味派手かと問われると微妙でしょ。勝己とか焦凍の方が僕よかは人気出るよ。まぁ、被身子には及ばないけど。」

 

「んだとこの能面野郎!!この能天気な団子頭よりも、爆発的に人気になってやるわっ!!」

 

「そりゃ無理があるだろ、ヒミコちゃんだぜ?」

 

「笑顔、優しさ、強さを兼ね備えてる…あれ?最強に見えるぞ?」

 

「爆豪ちゃんキレてばっかだから、人気でなさそ。」

 

「出るわッ!!」

 

「ほら」

 

「この付き合いの浅さで既に糞を下水で煮込んだような性格って認識されてんのすげぇよ。」

 

「テメェのそのボキャブラリーはなんだ殺すぞッ!!」

 

(かっちゃんがイジられてる…さすが雄英…!)

 

(とか思ってんだろうね。)

 

(とか思ってる顔してますね。)

 

そうしてやいのやいのしていると、相澤が睨みを利かせ、皆を黙らせる。

 

「そろそろ着くぞ。お喋りもそこまでにしとけ。」

 

『はい!』

 

そうして到着した場所は、巨大なドーム状の施設。

 

その名も

 

【嘘の災害や事故ルーム】

 

略してUSJ

 

諸々大丈夫なのかと疑いたくなる名前だが、そこは流石に最高峰。

 

『オールオッケーなのさ!』

 

という根津のゴーサインは既に出ているらしい。

 

閑話休題

 

「皆さんようこそ!今日はこれから、このUSJで救助訓練を私の指導の元行ってもらいます!その前に、お小言が1つ、2つ、3つ…5つ…9つ…」

 

(増えてく…!!)

 

そこで待っていたのは、宇宙服のようなコスチュームを纏うプロヒーロー【13号】だった。

 

開始前の小言が無限に増えていく13号。しかし、やはり流石はプロヒーローと言ったところか。

 

「僕の個性は、ブラックホール。何でも塵に変えて災害救助に役立てています。ですが、この力も1歩間違えれば人を容易く殺してしまう物です。要は使い方次第。皆さんには是非、誰かを救う個性の使い方をして欲しいです。今日これから存分にそれを学んで言ってくださいな!」

 

おぉー!と湧く拍手に一礼した13号に、相澤は耳打ちをする。

 

「オールマイトは?」

 

「どうやら、通勤中に制限ギリギリまで使ってしまったらしく…」

 

「非合理の極みだなオイ……」

 

呆れたように呟いた相澤は、まぁ大丈夫かと、被身子と詠斗を見遣る。

 

(あんな事件があったとは言え、ここにはプロヒーローが2人もいる。何かあっても最高火力であればオールマイトを超える逢魔に、それに追随する渡我……)

 

情けないが、最悪責任を負うのは自分一人でいい。

 

そう考えながら、指示を出そうとした瞬間。

 

相澤の背筋に悪寒が走る。振り返った相澤は、遠くに出現した何かを目にして、舌打ちをした。

 

(っクソ……嫌な予感程よく当たる…!!)

 

眼下に広がる広場、そこに突如として現れた黒い靄が広がり、数秒とたたぬ内に、ゾロゾロと人が流れ込む。

 

「───────お前ら!一塊になって動くな!」

 

「なになに…戦いはもう始まってるってやつ!?」

 

上鳴の言葉に、相澤は気炎を吐くように否定する。

 

「違う…!!あれは、ヴィランだ…!!」

 

相澤が構え戦闘態勢をとる中、突然の出来事にクラスは騒然。若干パニックに陥りかける。しかし、詠斗は分析をしながら、黒いモヤの個性を解析する。

 

「転移…いや、ワープゲートかな。マーキングのようなものは見当たらなかった、なら発動条件は座標かな……僕の完全上位互換だね。」

 

「逢魔、冷静すぎんだろ!分析してる場合か!?」

 

「馬鹿か!?雄英だぞ!?」

 

「13号先生、侵入者センサーは!」

 

「あります。ですが、反応していないところを見るに、阻害するような個性持ちがいるはずです。」

 

「逢魔!全員が通れるゲートは使えるか!」

 

唯一他人ごと転移できる能力を持つ詠斗に声を投げかけるも、首を横に振るだけだった。

 

「すみません。僕のゲートは自分だけが通れるものと、他の人も通れるものがあります。僕やヒミコが転移するだけならすぐにでも。でも、みんなが転移するゲートを作るには相当の時間が欲しい。あれ難しいんですよ。現実的じゃない。」

 

「受験の時に僕を送ってくれたやつは!?」

 

「他の人を通せる奴は一個のゲートにつき回数制限があるんだ。そうやって制限しないと今のところ成立しないんだ。みんなを運ぶのはそう簡単じゃない。」

 

「それに先生!万が一を考えたら、最低でも私かエイト君はここに残るべきです!」

 

その言葉に納得しかけ、相澤は首を振った。選択を迫られ逡巡する中、詠斗が提案を投げた。

 

「被身子を救助に呼ばせればいい。これなら時間もかからない、僕もここに残れる。」

 

「……わかった、渡我、すぐに校長に───────」

 

そう被身子に相澤が振り向いた瞬間。被身子の後頭部付近に黒いモヤが出現。中から此方を覗く、敵の瞳に宿る殺意を、相澤は確かに感じてしまった。

 

「なにやら、厄介なやつが二人いるらしいから……一人は君だろう、トガヒミコさん?」

 

相澤が叫ぶ、ヴィランの手が被身子の頭部に触れるその瞬間。

 

誰よりも速く反応した詠斗が、自身と被身子の位置を入れ替える。

 

その手は被身子の頭部ではなく、反撃に転じようとした詠斗の左手首を掴んだ。

 

瞬間、詠斗の左腕がボロボロと崩れていき、それが徐々に上に昇ってくる。

 

(───────油断した、もっと弱いと思ってた。もう指先が崩れていく……発動型、崩壊かな。発動条件は……掌ではなく五指が触れることか。)

 

そこまで考えた詠斗の決断は速かった。指先が塵になった瞬間を確認したときには、すでに決断を下していた。

 

左腕(ソレ)はあげるよ。」

 

即座にエネルギーで生成した剣を空中に展開、そのまま空中から高速で自身の肩に向かい射出。

 

「判断、早ぁ……!」

 

ニンマリと賞賛するように呟いたヴィランの言葉と同時だった。

 

なんの躊躇もなく、詠斗は自身の腕を斬り捨てた。

 

吹き出す鮮血が宙を舞い、被身子に降り注いだ。

 

「───────ぁ、ぇ…あ…れ…」

 

真っ白なコスチュームを鮮血に染めながら、へたりと尻餅をついた被身子は、目の前の光景を受け止めるより先に、詠斗の血が口に入り込む。

 

その瞬間に、全ての感情がひとつに侵食されていく。

 

大好き(嫌い)

 

バヅっと言う不快な音が頭に響き続け、生暖かい不快(大好き)な熱と、鼻腔を支配する鉄臭い(エイトくんの)匂いが押し込めていたものを呼び起こす。

 

嫌、嫌い、キライ、キライ、好き、好き、好き、スキ、エイトくん、キレイ

 

ぐちゃぐちゃに混じり合った感情の濁流が被身子のキャパシティを超えて流れ込む。

 

その時被身子は、確かに笑っていた。

 

────そうだ私は、エイト君になりたかったんだ。

 

浴びた大好きな人の血を口に溜めて、ゆったりと飲み込む。

 

美味しい、美味しい

 

弓なりになる口元を必死に隠し、最後まで体に残った理性がソレに抗う、けれど。

 

大好きが溢れて止められなかった。

 

抑え込んでいたはずの衝動(バケモノ)が、最悪の瞬間に顔を出す。




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