ビタビタと滴る血が、その場に生臭い匂いを充満させる。
ぼとりと落ちた詠斗の腕は塵となって消えて行き、跡形もなくなった。
「逢魔ッ!!?」
相澤の絶叫を無視し、詠斗は分析に思考を回す。
(今のを見るに大した個性じゃない…チンピラに毛が生えた程度…だけど、なんか臭いな…)
迷うこと無く左腕を斬り飛ばした詠斗は、被身子を庇うように立ち塞がり、ノータイムで陣を展開し極光を放つ。
しかしその光は黒いモヤに呑み込まれ、消えていった。
「おっと…!危ない危ない…まさかそれだけの致命傷を負いながら、反撃してくるとは……噂に違わぬという事ですか…今は、これで良しとしましょう。」
(貫通…いや、別の場所に飛ばしたのか……なるほど、器用な使い方をする。)
モヤがくぐもった声を発した後、黒い靄が消え、広場の集団のもとに移動していた。
目の前の光景を受け止められず呆然とするクラスメイトを掻き分けて、相澤、八百万、轟の三人が詠斗の傍に駆け寄った。
「逢魔、治せないのか!!」
「できますが、奴らに余計な情報を与えたくない。この程度の損傷なら今直す必要もありません。」
「逢魔さん!?そのっ、その怪我でどうして動けますの!?縛ります、動かないでくださいまし!」
「大丈夫大丈夫、見た目ほどまずい状況じゃないから。」
「今傷口凍らせる!多少はマシだろ!」
「おぉ、ありがと。」
八百万が瞬時に創造した布で傷口を縛り、轟が傷口を氷で覆う。
「百、焦凍、個性の扱いが1週間前よりずっと良くなっているね。やっぱり君達は優秀だね。」
『今はそんなことどうでもいい
「わぁ、息ピッタリ。」
珍しく感情的になっている2人に少し驚いていると、相澤が首を振った。
「役割を変更する。お前が学校まで行きヒーローを呼んで来い、そこでしっかりと治して待機。反論は受け付けないからな。」
「……わかりました。」
相澤の言葉に不満そうに目を細めた詠斗は自身の損傷の具合を確認しながら、ヴィラン達を見下ろした。
(さっきの発言から、相手は僕を…いや、僕と被身子の実力を含めて知っていた…さて、どこから漏れたのかな。)
そう思案する詠斗を置いて、血まみれになった被身子に駆け寄る八百万が目に入った。
「ヒミコさん…逢魔さんは無事です、意識もはっきりしていますし、彼自身も問題ないと言ってますわ…………あの…ヒミコ、さん……?」
声をかけた八百万は、声をかけても反応のない被身子を心配して、創造した布で彼女の顔をぬぐう。きれいに拭って、ようやく伺えた顔は、八百万の想像とは、まったく違うものだった。
「─────────えひっ……えへ、へ………はぁっ……ひひっ……!」
彼女は血に塗れ、口が裂けんばかりに笑っていた。
「ヒ、ミコ……さん……?」
あれほど仲の良い家族が自身を庇い、片腕を失ったのだ。どれほどのショックかだなんて想像もできない。そう思って声をかけた八百万は、被身子の笑顔に動揺してしまった。
いつものような快活としたものではなく、恍惚とした笑みを浮かべる被身子の表情。そのはずなのに、八百万には全く別の表情に見えた。
(笑って…いえ……泣いて、いる……?)
笑みの裏側に八百万はその表情の中にある悲痛な何かを感じ、手を伸ばす。
「ヒミコ、さん─────キャッ!?」
そんな八百万の視界は突如真っ暗に閉ざされ、何事かと体を固めると、詠斗の小さな声が耳に入ってきた。
「悪いけど、今は見ないであげてくれ。」
「お、逢魔さん…?」
八百万の目元を残った右腕で八百万はの視界を覆っていた。すぐに視界が晴れたが、その時には被身子の顔は詠斗が置換で取り出した真っ黒なローブを被った状態になり、見ることは叶わなかった。
「……必ず説明する。今は、何も聞かないでくれ。」
俯きながら諦観を感じさせる詠斗の声音と視線に、八百万は何か言わなければと言葉を絞った。
必死で、頭を、思考を回した。
ここで何も言えなければ、何か決定的な間違いが起きると。そう直感が告げていたから。
「えっと…私…!…その…ヒミコさんが、泣いて…いるように見えて…それで…!」
それでも、絞り出せた言葉は、これだけだった。
気まずそうに伸ばしていた手を彷徨わせた八百万に、詠斗は少し目を見開いてから、深くため息を吐き出す。しかし、その顔に先ほどの感情はなく、僅かに安堵したような感情が見えた。
「……本当に、環境に恵まれなかっただけか。」
「えっと…どういう…?」
「気にしなくていい。」
そういって優しく、ほんの少しだけ口角を上げた。
詠斗は被身子の目の前に跪いて抱き寄せて、暴走する彼女の個性因子を直接操作する。
「へひっ、エイト君ッ……いい、なぁ…っ……血塗れで、ボロボロで……かっこいい、ねぇ…!ちぃ…血ぃっ…ちょうだいっ…!」
「……被身子、抑えるんだ。落ち着いて、エネルギーを抑えて…じゃないと君は…」
「…アナタに、ずぅっと……アナタに、なりたかったの……!……ずっと…我慢、して…あなたに……っ……!』
その間も、詠斗の傷口から盛れる血を啜りながら、被身子は詠斗の物と混ざり合ったような声で、うわごとを呟き、焦点の合わない瞳を向けているだけだった。
(よりにもよって今か……最後の暴走は4年前……被身子の個性が成長しているからかエネルギーの性質が複雑すぎる。)
彼女の個性、彼女自身はただ見た目や身体的個性を模倣できる程度で、個性までは完璧に模倣できないと考えているようだが、それだけで精神にまで及ぶ個性暴走はありえないのだ。その程度の個性であればこんな暴走はおこしはしない。
(前に暴走状態になったとき、彼女は完全に僕になっていた……
過去の記憶を呼び覚ましながら、徐々に自身に変貌していく被身子の個性を抑える。
「逢魔!お、お前大丈夫なのかよ!?」
「てか、ヒミコちゃんも急に蹲って…!!」
漸く状況を飲み込めたクラスメイト達が二人に群がるも、詠斗が冷酷に制止する。
「近寄るな、集中を削ぎたくない。」
『───────』
初めて詠斗の口から出た強い言葉に、全員が動揺する。いつも無感情で飄々とした詠斗の苛立ちと焦燥に駆られるような声音に、全員が口を閉じた。
(……変身の速度は抑えてこれか……どんどん早くなってる。仮説通りなら、恐らく完全に変身したら彼女は戻れない。自意識すらも浸食されて、渡我被身子という存在が消える。)
なんとしてもそれだけは阻止しなければならない。それだけは、止めたい。
想定を超える被身子の個性の暴走に、詠斗は冷静を装ってはいたが、状況は非常に不味い段階まで進んでしまっていた。
なんとかエネルギーを抑えようと、エネルギーを直接操作していると、被身子の暴走する個性エネルギーが突如消失。変身しかけていた部分がドロリと落ちて、被身子が倒れた。
咄嗟に支えた詠斗は、突然の出来事に数秒理解できなかったが、すぐに「ああ、そうだ」と思い至った。
赤く光る瞳を被身子に向ける相澤が、詠斗の肩に手を置いた。
「……すみません、相澤先生。」
「不甲斐ないのは俺たち大人だ。お前たちの今までを考えれば、当然だ。渡我の具合は。」
「はい、安定しました…ただ、暴走のせいか酷い発熱が見られます。」
「その程度ならいい。お前は機を見て転移、ほかのヒーローをこっちに寄越せ、いいな。」
それだけ言って、相澤は首にかけていたゴーグルをかけて素早く飛び出した。
「13号!生徒を避難させろ!任せたぞ!」
「はい!みんな!すぐに避難するんだ!」
13号の指示にみんなが動く中、詠斗は眠る被身子を抱え、胸に耳を当てて心音を確認し、心の底から安堵した。
(………被身子の心音だ……この音を聞いてこんなにも安心する日が来るなんて…)
個性を無理やり抑えた影響か、高熱に魘される少し不規則な心音にすらも安心してしまった。
自分の音がしないことが、こうも安心することだとは思いもしなかった。
「逢魔君、手は必要かい!」
「いいえ、13号先生……被身子も眠っている、僕は片手でも問題ありません。」
急かされた詠斗は、被身子を抱えながら駆け出し、避難の列に加わる。
その道中で被身子の容態を確認しながら、どうこの場から転移するかを考えていた。
(ひとまず、個性暴走は解決……でもそう長い時間ここにはいれない。すぐに手当てをしないと。)
左腕に覆われている氷を被身子の額に当てながら、避難を始める。しかし、これで素直に避難ができると思うほど、詠斗は状況を楽観視できなかった。
(オールマイトが雄英の教師になったのはすでに日本中が知っている。つまりそれを知って尚、ここに侵入したという事。それなら、オールマイトに匹敵する切り札があると見ていい。となると、下手に刺激をするのはだめだ。まずは、切り札を見極めないと。)
そう相澤が戦う広場を見ながら、ヴィランを観察していく。
しかし、そのどれもがパッとしない。個性エネルギーの流れも雑、まともに扱えているのは数人。それも相澤はおろか、クラスの下位層相手にすら手も足も出ないだろうレベル。
どこにこの自信があるのかと、走りながら一人ずつ観察していく。
そして数秒後、詠斗の手を崩壊させた男の隣に佇む、異様な存在を見た瞬間に、足を止めた。
「……なるほど、アレか。」
視力を強化し、観察をより詳細に行う。
黒い肌にオールマイトを超える程の巨躯。その瞳は無機質ですでに意識のようなものは感じることができなかった。何よりも特筆すべきは、体を流れる個性のエネルギーの性質だろう。
(あの
そう考えていると、足を止めていた詠斗を心配し、緑谷と麗日がそばに駆け寄ってきた。
「逢魔君!やっぱり、体が…!」
「私、軽くしようか!?」
「お茶子…じゃあお願い。僕は問題ないよ。少し、敵を見ていた。」
あまりにもいつも通りな詠斗に、緑谷は思わず突っ込んでしまった。
「悠長!!こんな時にいつもの感じ発揮しないで!?」
「失礼な。僕も流石に大まじめだ。敵の戦力分析してたんだよ。」
「あ、ごめん。そ、それで!?ていうかなんですぐに転移しないの!?」
そう指摘する緑谷の言葉に、詠斗は首を振り、走りながら二人に状況を説明する。
「敵はオールマイトがこの学校にいると知っていて攻めてきた。つまりそれは、それでも勝算があったから。目的はわからないけどね。」
「そ、それで!?」
「訓練を思い出して。敵には切り札がある、訓練で言えば核に相当するものだ。」
その言葉に、麗日は詠斗たちの演習を思い出した。
「……も、もしかして…逢魔君は敵が自暴自棄になることを警戒しとるの…?」
「うん、正直僕と被身子が抜けた状況で、オールマイトに対抗できる切り札がある……その可能性があるだけで慎重にならざるを得ない。」
「た、確かに…」
詠斗の懸念はそこにあった。
オールマイトに対抗し得る手札とはいえ、オールマイトの対策に特化したものなのか。それともオールマイトそのものを超える手札なのか。
前者であれば、二人が不在の場合にもどうにかなる可能性があるが、後者であった場合目も当てられない。
折角、被身子が楽しそうに日々を過ごしているのだ。その為に必要な要素を失うのは非常に惜しい。
「とにかく、それもあって転移はそう簡単にできない。少なくとも相手に見られていない状況でないと……全滅も有り得る。」
「なら今は!?今ならみられてないし!いけるんと違う?」
「だめだ。僕の想定通りなら───────ほら、来た。」
USJの出口に向かう詠斗たちの目前に、靄が広がった。
「避難などさせませんよ」
「くっ…!皆さん下がって!」
(相澤先生のインターバルを見切って抜けてきたか。ただのバカってわけじゃないな。)
13号と対峙したモヤのヴィランは、ゆらゆらとモヤを広げながらこちらの様子を伺い、にやりと笑ったように蠢いた。
「始めまして、我々はヴィラン連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英に入らせていただいたのは─────────平和の象徴、オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして…!」
まるで、コーヒーブレイクの雑談のような軽さで告げられた目的に、全員が体を固める。
「本来ならばオールマイトがここにいらっしゃると聞いていたのですが……ですが、今は厄介な二人を潰せたことを喜ぶとしましょう…!」
「この程度で喜ぶなんて……随分楽観的だ。君たちを潰すのなんて片手で事足りるんだよ。」
「それは怖い…余計にあなたを念入りに殺さなければならないようだ…!!だが、私の役目は────」
嘲笑うような本物の悪意に、まだ子供の彼らは竦んでしまう。しかし、彼らは最高峰の金の卵。
集団から飛び出す影が二つ、靄のヴィランに襲い掛かる。
「クソモヤがぁッ!見るやつ間違えてんじゃねぇッ!!」
「その前に!俺たちにやられるってことは考えなかったのか!?」
切島と爆豪が飛び出し、攻撃を加える。
「─────まさか、先ほどの彼の反撃で理解しましたとも…情報がなかったとはいえ、生徒たちも等しく金の卵…故に私の役目は…!」
「だめだ…!どきなさい二人とも…!」
「いい、先生。」
「何をするんです逢魔君…!!」
広がるモヤをすぐさま吸い込もうとした13号を制止し、詠斗が目を細めた。
「13号先生。これでいい、これがベストだ。素直に避難できればよかったけど、それができないなら僕たちは──────」
「散らして…!嬲り!殺す!!」
敢えて、敵の思惑に乗るべきだ。
敵の佇まい、個性のエネルギー量、どれをとってもA組の生徒たちが負ける要素がない。加えて、相手は恐らく生徒の詳細な情報までは持ち得ていない。間違いなく、全員が生存する可能性が最も高い選択肢になる。
避難するA組全体を覆うように靄が広がり、ドームのように全員を包んだ。
どこまで詳細に転移させられるのかが不明だったため、被身子をきつく抱きしめてマーキングを施す。これで、どこにいても腕の中に転移できるように対策ができた。
靄に包まれた気味の悪い感触の後、浮遊間が詠斗を襲う。視界が晴れた瞬間に、周囲の状況を観察し、自分がどこに飛ばされたのかを理解する。
「倒壊したビル……倒壊エリアかな。」
周りの様子からして、倒壊エリアに飛ばされた詠斗は、周囲を見渡す。すると、そこにはいつもの顔が見えた。
「逢魔君!」
「平気!?ヒミコちゃんも!」
「出久君、それにお茶子。無事だったみたいだね。」
どうやら、近くにいた者たちを纏めて転移したようだ。そこまで転移の制度が高くないことを理解し、大したことないなと肩透かしを食らった。
駆け寄ってきた二人は、無事な様子を見てほっとしたのか、肩の力を抜いていた。
「他にこの辺に転移された人たちは!」
「わからない。けど、13号先生以外、ほとんどが転移されているのは確認した。大丈夫、敵のほとんどがチンピラ同然…今の君たちの敵じゃない。」
「それならいいんだけど…」
そう不安げにつぶやいた緑谷をよそに、詠斗は魔法陣を展開し、あの日のように扉を生み出す。
「僕は転移する。今なら監視の目もないないから、最悪は避けられたとみていい。」
「そうだね…みんな、無事だとええけど…」
「人の心配をするくらいなら、君たちは自分の心配をしな。僕も、被身子も君たちを助けられない。」
「うん、今までの成果の見せ所やね!大丈夫、必ず生きて会おうぜ!」
「それフラグだ麗日さん…っ!」
どこか緊張感のなくなったその空気に、大丈夫そうだと判断した詠斗は、扉を通る寸前に足を止めた。
「………死なないでね。被身子のために。」
グッ!と親指を立てた二人をみて、詠斗はそのまま扉を通り学校の教室まで転移した。
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