フワリと重力を無視して舞い降りた詠斗は、ゆったりと目の前の敵を一瞥してから、オールマイトに振り返った。
「随分と苦労しているようですね、それに……時間もそうないはずです、ここからは任せてください。」
「な、何故それを……いや、ダメだ、逢魔少年!君は早くみんなと…!」
「……はぁ……つくづく面倒な立場だね、ナチュラルボーンヒーロー様。」
オールマイトが伸ばした手は、見えない壁に遮られる。気がつけば、オールマイトを囲むように障壁が展開されていた。
「なっ!?逢魔少年!?この障壁を解くんだ!!逢魔少年ッ!!」
背後のオールマイトと自分を隔てる障壁を作り出し、そのまま敵を射抜く。
そして、静寂の中2体の脳無はただ静かに詠斗だけを見つめていた。お互いに見定める様に、そこにありもしない瞳で、詠斗を見ていた。
その最中、ただ一人黒霧だけが冷や汗を流し、詠斗から目を離すことができなかった。
『そこの脳無とはちと別物でな、学習能力が桁違いであるということだ。既にインプットした膨大な戦闘データから演算し、最も脅威となる対象を積極的に攻撃対象とするんじゃ。』
この脳無達の仕様説明を受けた時の記憶がループ再生されるように、何度も何度も繰り返される。
(今この2体はオールマイトを見向きもしていない……つまり、それが指す意味は…!!)
警鐘が頭の中で鳴り響く、死柄木弔を守れと本能が語りかける。
しかし、その本能を吹き飛ばすように、詠斗が1歩踏み出す。
燃え盛る翼と金炎に燃える髪を揺らしながら、興味深そうに目を細めた。
「なるほど、遠くで見た時は分からなかったが、人間の体を素体にした改造人間か……肉体は薬物、遺伝子を弄って変形している…もしくは、異形型の個性を与えているのかな。どちらにしろ神がかった技術だ。素人じゃないね、遺伝学、個性学、医学、薬学。それぞれの知識が一流レベルに無いと不可能だ。」
「……お前……!」
死柄木が、片腕を失い人数不利にもかかわらず、淡々と解析する異様さに、1歩後退する。
「その反応、心当たりがあるようだね。君たちのバックにはその道の権威でもいるのかな。となると、規模は兎も角放っておいていいものじゃなさそうだ。」
「ッ!!殺れ!アダム!イヴ!!」
死柄木の怒声に、脳無達が手を突き出し熱線が詠斗に迫る中。彼は気にする様子もなく、薄く歯を見せて笑っていた。
「笑顔とは、原初を辿ればそれは攻撃的な威嚇の
突き進む軌跡すら焼き溶かしながら迫る2本の光線を前に、盾のように詠斗の背に燃ゆる翼が阻んだ。
着弾の瞬間。ジュッ、と蒸発する様な音と共に、オールマイトすら青ざめた2つの脅威が、何も無かったかのように消え去る。
「───────は?」
「言っただろう。僕は腕が1本なかろうと、君達を殲滅するのに、そう時間は必要ないんだ。」
より強く燃え盛るように輝いた金炎の髪が、冷酷に揺れた。
「そして履き違えている。君たちの脅威は、僕だけじゃない。」
ピッ、と指を真上に突き立てた詠斗につられ見上げた天。そこから降り注ぐ爆撃の嵐に、黒霧は一瞬で意識を絶たれた。
ドッカ、と倒れ伏す黒霧に跨り、掌をパチパチと爆発させながら、爆豪勝己が嘲った。
「ハッ!言ったろ、見るやつを間違えてんじゃねぇってなぁ!!」
頭を踏みつけ、体を取り押さえた爆豪勝己が猛った。
唯一の逃げ道を封じられた死柄木は、すぐさま動こうとするも、彼の足元は既に氷獄に囚われていた。
「黒霧っ───────氷!?」
「さっきの衝撃はオールマイトか……油断大敵だ、ヴィラン。」
ホゥっ、と霜と共に真っ白な吐息を曇らせた轟焦凍が、死柄木を睨みつけた。
「ナイス勝己、焦凍。そっちのやつ、指先だけ除いて凍結させて。五指の接触で崩壊を起こすから。」
「ケッ!!」
「なんで戻ってきてんだよ……しかし、五指の接触か、思ったより大した事ねぇな。」
「おいッ……アダム、イヴッ!助けろ!!」
バキバキと体を這い上がった氷が、一瞬で死柄木の体を氷漬けにした。
死柄木の癇癪と同時に、人差し指と中指を2体の脳無に向けた詠斗は、それを下に振り下ろす。すると、どこからともなく降り注いだ青白く発光する大剣が、2体の脳無の胴体を刺し貫く。
「ダメ押しだ。」
その後、グッと拳を作れば、内部から剣山が爆発する様に飛び出し、僅かな動作すらも許さぬ程に縫い付ける。
そのあまりに凄惨な様に、轟は愚か爆豪すらも目を見開いた。
「おいっ!殺す気か!?」
「テメッ、何しとんだ!!」
慌てて止めに入った轟にいつもの調子でドウドウと手で制した。
「平気平気、もうコレはとっくのとうに死体だよ。」
「死体…?」
「そ、死体…もしくは生きた人間を改造して色んな個性やら肉体改造で身体中グチャグチャにされてる。どうやってももう元には戻らない。それこそ、時間を巻き戻すような個性でもない限りね。生きていたとしても、もう自我の無い肉塊に過ぎないさ。」
電気信号を機械で操っているか、個性で動かしてるんでしょ。と軽く言い放った詠斗は、氷漬けにされた死柄木の傍までゆったりと歩き、顔面を包んでいた手を叩き落として、顔面を鷲掴んで、耳元でそっと囁く。
「君たちのバックにいるのは誰か。楽に吐くか、苦しく吐くか選ばせてあげるよ。」
しかし、その言葉を意に返すことなく、叩き落された手を見つめたまま、ブツブツと譫言を繰り返すだけだった。
「…ぁ……ぁぁ、だ、ダメだ…ごめん、ごめんなさ、ごめんなさい……お父さん……」
「……………………」
手を止めた詠斗は、腕を払って翼を消し、同時に毛髪もいつもの星空のような漆黒に戻る。
「冷めた。もうじきほかのヒーローが来る。そっちに任せよう、手がかりができただけ上出来かな。」
「あの〜…逢魔少年?そろそろ障壁消してくれない?怒らないから…ね?」
「あ、ごめんなさい忘れてました。」
「忘れてた!?」
障壁を消した詠斗は、オールマイトの傍に駆け寄り手をかざした。
「全く、無茶をする…反省文は覚悟するんだよ、少年。」
「それなら焦凍と勝己もですね。」
「減らず口さんめ…!体は……って、しつこいか。ほかのみんなは無事そうかい?」
「えぇ、ここに来るまでに見はしましたが、皆無事……どころか、一部は遠距離からこちらに支援射撃をしようとしていました。僕を含めても一番の怪我人は貴方なんですけどね。出久君も相澤先生も既に治療済みです。」
小声でお前が1番やばいから動くなと、指摘した詠斗に、タハハと誤魔化した。
「敵わないな……いつからだい?」
「確信したのは今です。ただ、衰えたと感じたのは初見で。過去…6年前に見た貴方は、今の比ではなかった。」
「6年前?君は私と会っていたのか。」
「一方的に見ていただけです。当時の衝撃は……機微が少ない僕にとっても衝撃だった。一部の古傷はどうにかできるので、後で呼んでください。」
応急処置を終え、オールマイトから離れた詠斗は、氷に拘束される死柄木の前に立ち、叩き落とした手を拾い上げて、再び死柄木の顔に装着する。
詠斗の行動に目を見開いた死柄木は、ぽそりと呟いた。
「………なんで。」
「別に、君の個性ではもう敵じゃないから。僕達が揃ってるこの段階で、詰みだ。余計な力は使いたくない、大人しくしてな。」
興味なさげに死柄木を見つめた詠斗は、入口付近が騒がしくなったことを確認し、ようやく来たか〜、と間延びした口調に、その場にいた3人は、この闘いが終わったことを悟った。
スタスタと2体の脳無に近寄った詠斗は、解析をするためにマジマジと観察しながら顔辺りに腰掛ける。
そして、手を触れて本格的に解析しようとした瞬間。
今まで動く気配すらなかった脳無達が、初めて
『──────────────』
「──────────────────────────────────────────は?」
瞬間、手を止めた詠斗は1歩遅れた。
どろりと体を溶解させた2体の脳無は、液状化したまま高速で移動。黒霧と死柄木を取り込んで包み込む。
「爆豪少年!!」
「うぉっ!?」
すんでのところで爆豪を黒霧から抱えて離したオールマイトは、流石と言えよう。
「チィッ!させるかよ…!」
「無駄だ、焦凍……やられた。」
冷気を強めようとした轟に、詠斗は手で制す。個性の性質を可視化できる詠斗だからこそ、理解できた。発動された時点で、あの逃走手段を止める方法はない。
「……逢魔、詠斗………覚えたぞ。」
「…………」
黒い泥から覗く、ギョロリとした死柄木の深紅と、詠斗の夜闇が交錯する。
トプんっ、と沈むように消えた姿を最後に、ヴィラン連合は逃げおおせた。
ガシガシとらしくない乱暴さで頭を掻きむしった詠斗は、ため息を吐き出した。
「……やる事が多いな。ま、取り敢えずは……君の願いはかなったかな。」
重傷者1名、軽傷者1名の被害を出したヴィラン襲撃事件は、呆気なく幕を閉じた。