「────────────っ…あ、あれ……?」
目を覚ました緑谷は、部屋の窓から見える夕焼けの色に、ぼんやりと夕方だぁ、なんて思っていると、唐突に意識を失う前の景色を思い出した。
「ッ!みんな!みんなは!!?」
「無事だよ、君以外は相澤先生がやばかったかな。」
「起きたか!緑谷少年!」
オールマイトと談笑しつつ読書を行っていた詠斗は、パタンと本を器用に片手で閉じて、咄嗟に出た緑谷の声にいつものように淡々と反応した。
「逢魔君!腕は、平気?渡我さんは平気!?」
「被身子は問題ない。激しい個性暴走のあとは、だいたいああしてしばらく目を覚まさない。バイタルも安定してるしね。僕の方は、大丈夫とは言えないかな。」
無くなった左腕を擦りながら、ここだけの話ね、と指を立てた詠斗は自身の状態について語り始める。
「まず、僕のこの腕は治さない。」
「…逢魔君の回復魔法でもどうにもならないの?」
「本来ならそれでどうにかできるんだけどね、個性が思ったよりも厄介だったんだ。僕の回復は正確に言えばエネルギーを代替とした『再構築』。これには元となる設計図が必要なわけ。」
「なるほど、逢魔少年は自身のDNAから設計図を読み取って、それを元に再構築という現象を再現しているのか。」
「その通り…で、この設計図なんだけどね、左腕部分だけ崩れ落ちてる。」
「えっ!?そ、それって…!」
「そう、やつの個性は、遺伝情報レベルで崩壊を引き起こす。喰らったのが僕でよかった。被身子じゃ遺伝子情報の復元まではできないからね。遺伝子の修復はまぁできるけど、流石にそこまでの陣を組むのはめんどくさい。」
「もっと自分の体に興味持ってよ!?治せるなら直そ!?」
自分の体ならできるけど、流石にそこまで復元する労力を考えると、義手を使った方が楽。とあっけらかんと言った詠斗に、乾いた笑いしか出なかったが、詠斗の顔は真剣に写った。
「懸念があってね。」
「懸念?」
パイプ椅子を引き寄せて腰掛けた詠斗は、珍しく少し言い淀んでいた。
「……話したことはなかったけど、僕はヒーローになるにあたって目的が2つある。」
なんか、聞いたことある気がする、とオールマイトが反応した。
「確か、渡我少女に恥じないような人でありたい…と、そう言っていたね。」
「……よく覚えてますね。」
どこか恥ずかしげに頭を搔いた詠斗は、ため息を漏らす。
「はは、逢魔君らしいけど…もうひとつは?」
「ある、ヴィランを追っている。」
その言葉には、確かな重みがあった。確かな意思があった。
詠斗と被身子に親がいない事は知っている。なぜ、どうしてという部分が抜けているが、もしかするとふたりはヴィランの被害者なのかもしれないと、そう考えてしまった。
「出久君、ネット掲示板とか見るかい。」
「え、うん…たまに、ヒーローとかヴィランの情報収集の為に……それが、どうしたの?」
「じゃあ、個性黎明期の掲示板とかの歴史系を見た事は。」
あるよ、と頷いた緑谷にそれなら話が早いと続けた詠斗は、ある掲示板を見せた。
「『歴史の裏には必ず魔王がいる』……これって、確か都市伝説の…色んな所にあるやつだよね?それと、逢魔君の目的になんの関係が…?」
見せられた内容は、もの好きであれば必ず知っているだろう陰謀論だ。個性黎明期にあらゆる悪を従えた、魔王が居るというものだ。
正直、過去が混沌としていたことは理解しているが、流石に眉唾が過ぎると言おうとしたが、詠斗がそんな嘘をただ盲信しているなど、緑谷には思えない。
何かしらの根拠があるのだろう。そう考えた時、目を見開いたオールマイトを見て、緑谷は言われずともこれが事実である事を知る。
「これは…いや、まさか…君は…!」
「なるほど、貴方はこの存在を知っていると。やはり、『魔王』は実在するんですね。」
詠斗の口から語られる、過去のありえないと思う程に強大な『魔王』の話。
複数の個性を自在に操ることが出来る。
他人に個性を与えることが出来る。
他人の個性を奪う事ができる。
日本を、世界すらも支配しようと企てていたこと。
荒唐無稽で、あまりにも滅茶苦茶な出来事は、都市伝説として架空の怪談のような扱いをされているが、これら全てが事実であるという。
しかし、個性黎明期といえば、もう1世紀以上前の話だ。人間であれば既に死んでいるはずだ。
「で、でもっ!そんな昔の人が、生きているワケが…」
「僕の個性のように、実質寿命がない個性もあるし。個性を奪えるのなら、他人からの個性を…いや、
「その、覚醒点、って……えっ、あれ、ちょっと待って、逢魔君寿命ないの!?」
「うん?あー、ないよ。そもそも僕の体は常に最適化されているからね、成長はあっても、劣化は存在しないんだよ。多分だけど、成長も全盛期で止まるだろうね。」
「…君の個性無法過ぎない?」
あまりにも衝撃の事実を、日常のくだらない雑談の温度感で言われ、目が飛び出すほどに驚き散らかす緑谷。
まぁ、それは置いておいて、と置いておけない事実を置いて、話を続ける。
「今回の襲撃には複数個性持ちが3体…僕が過去に確認したものを含めれば4体か…そうなると確実にそいつが関わってる。もしかすると、今回いた改造人間は既に量産型の可能性がある。」
「そ、そんな…!?」
「その他もあるが…手札は隠しておきたい。この事は誰にも言わないで欲しい、君だから言ったんだ。」
「そ、それは嬉しいけど……」
緑谷を一撃で吹き飛ばした怪人、あれが複数体存在するなど、想像もしたくなかった。
そう語った詠斗に、口を閉ざしていたオールマイトが、射抜くように尋ねた。
「………奴とは私も浅からぬ因縁があってね。仮に、今回の事件に奴が関わっているとして、君は、奴を見つけてどうするつもりだい?」
はぐらかす事は許さない、そう伝えるような視線にも、詠斗は臆することなく、オールマイトの目を見つめた。
「……邪魔はしないでくれよ、オールマイト。」
「それは君次第だよ、少年。」
「今の貴方が、この僕を、止められると。」
「やらねばならないのなら、やってみせるさ。」
重苦しく剣呑な雰囲気がその場を支配する。今ここでおっぱじめそうな2人の空気は、やがて詠斗が折れる形で霧散する。
「わかりました…条件にも、ぼくが直接という言葉はなかった。兎に角やつが倒れればいいということだろうしね。」
「言質はとったよ少年。君達子供に、負の遺産を始末させる重荷は背負って欲しくないからね。」
「ははっ、流石オールマイトだ。」
コツコツと出口に向かった詠斗は、あっ、と思い出したように空中に魔法陣を描く。
「『
「えっ!?ちょちょっ、逢魔少年なにそれ心の準備っ、がふぉぁぁっ!?」
「オールマイトォォッ!?」
蒼白の陣が黄金に変わり、オールマイトに向けて射出される。胸に魔法陣が馴染めば、途端に襲われる異物感に思わず吐血。
しかし、数秒もすればオールマイトは呼吸の快適さ、そして久しく感じることのなかった空腹感を味わう。
「これは……まさか!」
「今のは溜まった不純物の塊が出たんですね。呼吸器官系、その他臓器の構築はそれほど難しくはありませんでしたが、胃については完全とは言えません。暫くは流動食を中心に、プロテインとかの過度に栄養を摂取するものは控えてください。あとコーラとかの刺激物。」
「……えっ!?今の一瞬で!?嘘でしょう!?」
「大規模な手術でも想像してましたか。元々存在しなかったとかの遺伝疾患でも無い限り普通に治せますよ。」
被身子なら、その日のうちにステーキを食べれるようになるんですけどね。と追加してから、緑谷に向けてウィンクをした。
「もし、良ければみんなを連れて被身子のお見舞いに来てよ。」
歓迎するからさ、そう言い残してその場を去っていった。
置いていかれたオールマイトと緑谷はポカンとしたまま、その場で突っ立っているだけだった。
「───────体育祭が迫っている。」
『学校っぽいの来たっッ……けど……』
翌々日、再開した学校で詠斗の治癒を受けたピカピカの相澤が、クラスで今後のイベントを話していた。
USJの事件を乗り越えたヒーローの卵たちは、誰一人欠けることなく……とはいかず。重症の詠斗、そして被身子は学校に顔を出すことができない状態で、盛り上がり切れない状態だった。
「……まぁ、君達の心情は理解できる。俺たちですら、中止の2文字が浮かんだ。俺も直接逢魔に中止の連絡をしに行ったんだが…」
「で、では何故開催を強行するのでしょうか!!」
「逢魔からだ、『君たちと競える事を楽しみにしている』だそうだ。」
その言葉で、みんなが息を飲んだのがわかった。
あの大怪我で参加するつもりなのか、とか、被身子はどうするのかとか、そういう考えが浮かぶ中でも、一番に皆の心に浮かんだのは、期待に応えたいという感情だった。
「という訳で、アイツも参加するつもりだ……はぁ…競技内容考えねぇとな……」
「休んでろよ」という感情が若干、いや大分漏れ出しているが、あの様子だと参加は本気のようだし、本人の希望となれば開催は決定事項だ。
鐘が鳴り、授業が終わった放課後。緑谷はクラスメイトを集めていた。
「その、今日逢魔君の家にお見舞いに行こうと思ってるんだけど…」
「マジ!?てか緑谷家知ってんじゃんそう言えば!」
「そーじゃん、朝いっつも一緒に来てたもんな。」
「はいはい!私行きたい!ヒミコちゃん心配だし!」
「アタシも!ヒミコちゃんのお見舞い行く!」
次々と手が上がる被身子のお見舞いと対照的に、詠斗を心配する声は一切なかった事に、流石に瀬呂が呆れた。
「まるで逢魔の心配をしてねぇなこのクラス。」
『そりゃそうでしょ。』
腕ぶっ飛んでんのに飄々としていた逢魔を既に見ていたクラスメイトたちは、詠斗の心配などする気すらなかったのだ。
しかし、そこに待ったをかけるのが真面目一直線の飯田だった。
「待ちたまえ諸君!ヒミコちゃん君が心配なのはわかるが、そう沢山で押しかけては迷惑だろう!ここは、クラスを代表して俺と、特に仲のいい緑谷くんを含め、5人くらいで行くべきだろう!」
たしかに、と納得したみんなは、早速お見舞いジャンケンを開始したが、緑谷のケータイに着信が入る。
「ごめん!その、逢魔君に八百万さんは連れてくるようにって…話したいことがあるらしくて……なにか、知ってる?」
「………」
尋ねられた八百万がビクリと肩を震わせれば、思い出されるのは被身子の恍惚とした笑顔。
血塗れの中で、幸せそうに絶望していた彼女を知りたかった。
あれがなんだったのかはわからなかったが、八百万は既に決めていたのだ。
「……皆さん、ここは私と緑谷さんに行かせてくださいまし!」
震え、泣いていた彼女の手を、自分が取るのだと。
暗い、暗い
ヌメ、ヌメ
ぺろ、ぺろ
ちう、ちう
チウ、チウ
ごく、ごく
嫌だ、嫌だ
違う、違う
───────大丈夫。誰も、君を見捨てるような人間はいない。
嘘だ。パパとママは私を捨てた。
───────僕は、君を見捨てないさ。
うん、それだけで、いい。エイトくんがいれば、それでいい。
また、同じ事が起きるだけ。でも、エイトくんがいるから、辛くないよ。
ヒーローだって、もう、ならなくっていい。エイトくんが居るのなら、私は何も望まない。
高望み、しすぎたんだと思う。私みたいなカイブツが、友達を作ろうなんて最初から間違っていたんだ。
「………」
彼女の今までを思えば、こうなってしまうのも必然だった。
あの時、あの瞬間の記憶が無くなるならどれほど良かったか。だが、彼女に運命を押し付けた神は残酷にもそれを許さなかった。
彼女自身の醜さを見せつけるように、根深く、記憶に絡みついて離さない。
まるで氷の中に閉じこもり、虚ろに詠斗の胸を見つめながら、縋る様な彼女を見ているのは、痛々しいものがある。
自分では救えない。彼女に寄り添い続け、支え続けた自分ではダメだ。
関係値が自分より浅く、それでいて彼女からの好感度が高い人間に彼女が受け入れられることでしか、この氷を溶かすことはできない。
ブルブルと震えたケータイの画面を見て、期待と共に目を細めた。
「……頼むよ、ヒーロー。」
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