怪物が、怪物を人になどできるはずがないのだから。
「じゃあ、八百万さん。行こう、逢魔君の家に。」
「はい!では、皆さん!行ってまいりますわ!」
「頼んだぜ緑谷!」
「私の分もお願いねデクくん!」
「任せてよ!」
「頼むぜー!ヤオモモー!」
「はいっ!お任せ───────何事ですわ!?」
プリプリ勇んで向かおうとした矢先、教室の出口には大量の生徒たちが集っていた。
それは、入学早々にヴィランに襲われたA組を見てやろう、という野次馬達。その中には、体育祭の敵情視察に来ている者たちも居た。
「えぇっ!?なんだなんだ!帰れねぇじゃん!」
「体育祭の敵情視察だろ、下らねぇ…退けモブ共!邪魔なんだよ!集ってんじゃねぇ!!」
『モブ!?おまえ本当にヒーロー科か!?』
『いや、本当にごもっともでございます…』
「テメェらまで同意すんなしっかりヒーローしとるだろがッ!!」
いえ全然、と全員が首を横に振れば爆豪がヒートアップ。余計に外はお祭り状態となってしまう。
「おい、うるさいぞ。そうやって騒ぐしかできねぇならとっとと帰れ。お前たちが敵情視察したところで、大して意味ねぇよ。」
『あぁ!?なん───────』
後方から聞こえた罵倒に、野次馬が反応した瞬間。全員がピタリと動きを止め、虚ろな目で虚空を眺め、まるで魂が抜けてしまったようだった。
「えっ、な、なんだ?これ…?」
「止まった…?こ、今度はなんだぁ…?」
「触んないでくれ。まだ同時に多人数はほんとに触っただけで解けちまうからな。」
「いやー、無法だね!アタシの出番はなかったか!」
その後ろからスルスルと前に出てきた、オレンジ髪をサイドテールで結んだ快活そうな美少女と、モッサリとした紫髪の少年が気だるそうに口を開いた。
「ほら、コイツらも大変だったんだ。教室に戻れよ。」
そう少年が命令すれば、フラフラと人混みが散っていく。どこか異常な姿に皆が固まる中、サイドテールの少女が前に出た。
「大丈夫だったか、A組!聞いたよ、逢魔とヒミコ…大変なんだってな。」
「拳藤君!だが、どうにか無事だよ!」
ヒラヒラと手を振ったのは、ヒーロー科B組委員長の拳藤一佳。
詠斗と被身子はB組の放課後訓練も行っている。B組担任のブラドキングに懇願され、それを了承した形だ。
B組とは1日だけだが、A組との放課後訓練が重なる日があり、それで繋がりができていた。
「逢魔、復帰はできそうなの?」
「大怪我……そう言われると大怪我なのだが、彼が全く気にしていないようなんだ。正直、自分も彼のリズムを掴み損ねていてね。」
「あははっ、確かに。飯田みたいに真面目一直線の奴は、逢魔の適当な感じは掴みにくいかも!」
そんなこんなで、いい感じに交流ができていた。
しかし、紫髪の少年については、誰も知らなかったため、飯田が1歩前に出た。
「凄いな、君の個性か?」
「あぁ、俺の個性だ。大変な時に悪い。反応させなきゃいけなかったから、強めに言ったけど…普通科のコイツらも悪いやつじゃねぇんだ。俺も含めて、ヒーロー科に落ちたからな…ちょっと僻んでるところはあるけど。」
「A組は注目の的だしね!逢魔の事、まだ伝わってないからさ…」
A組の教室前に集まっていたのは、普通科の生徒が殆どだったらしい。
「いや、すまない!騒ぎを止めてくれてありがとう!俺はA組の飯田天哉だ!」
「あぁ、あんたがビシッて感じの『テンヤ』だったか。俺は普通科の心操人使、個性は『洗脳』。声をかけて、受け答えた人間を洗脳できる。」
よろしく、と飯田が差し出した手を握り、ニヤリと笑った姿は、どこか担任の相澤を思わせた。
そんな自己紹介に、横から緑谷がキラキラとした顔で凄いよ!と叫ぶ。
「す、凄い個性だ!声をかけただけで無力化できるなんて…そうか、雄英の試験は直接戦闘能力を測るようなものだったから向いてないこともあるのか、いやでも雄英がこんなにもヒーロー向きな個性を放っておくとは思えないし───────」
「……これが完全詠唱か。ってことは、あんたが『イズク君』だな。」
「いやでもそれなら、声を変えるサポート───────えっ?なんで、僕の名前を……」
いつも通りの完全詠唱に入った緑谷は、名乗ってすらいないのに当てられた事にギョッとした。
「んで、さっきまで居たキレてた奴が『カツキ』、そっちの金髪が『デンキ』であんたが『モモ』に『ミナ』に『オチャコ』……だよな?」
次々と当てられたクラスメイト達は、尚更首を傾げた。名前まで有名になってしまったのか?と考えたが、すぐにわかった。
「もしかして、逢魔君のお友達?」
「なにー?逢魔の奴〜!私らに内緒で普通科とも交流してたの?」
「友達…つーか、師匠っつーか…まぁ、そんな感じだよ。」
ポリポリと頭を搔いた心操は、恥ずかしそうに頷く。
「逢魔君、普通科の生徒も鍛えてたんだ…」
「普通科からは俺だけだよ。俺、次の体育祭で絶対にヒーロー科に転入したいんだ。」
「そんなことできるの!?」
「あぁ、逆もまた然り……とは言ってたけどな。」
「え、じゃあオイラ達体育祭の成績悪かったら、ヒーロー科から普通科になる事もあるのかよ!?」
「そーいうことだろうな……もしかして『エロブドウミノル』か?」
アイツ他所でもオイラのことエロ葡萄って呼んでんのかよ!というツッコミが炸裂したが、誰もそれを否定するつもりはなかった。
それはそれとして、と心操が本題に入る。
「俺が来たのは、逢魔の無事を確認したかったわけ……ま、さっきの話を聞く限り問題なさそうだな。」
「あはは……うん、片腕が使えなくなっちゃったみたいなんだけど…本人はいつも通りで調子が狂うよ…体育祭も参加する気満々みたいだし…あっ、僕は緑谷出久!よろしくね、心操くん。」
「片腕を…?あぁ、よろしく緑谷。」
そうして握手を交わした2人。しかし、緑谷があっ!と声をあげる。
「し、心操くんの個性…物凄いのは分かるんだけど…その、初見殺しが強みだと思うんだ……公表しちゃってよかったのかな?」
「え、なんでだ?」
「い、いや!そのー、雄英の体育祭って例年通り行けば、決勝戦はタイマン勝負だし…」
そう、雄英体育祭では決勝戦はタイマンガチンコバトルとほぼ決まっている。それなのに、初見での対応がほぼ不可能な個性の種を明かすのはハンデが過ぎる。
しかし、心操はそういう事ねと笑った。
「あぁ〜…だって今年の体育祭は………いや、待てよ?アンタら聞いてないのか?内容。」
「え!?もう決まってるの!?」
そう驚いて見せれば、性格わりーなあの二人、と呆れたように苦笑する。
「……いや、言わないどくわ。相澤先生にどやされたくないし。」
「えっ、ちょっと心操くん!?」
んじゃ、とそそくさとと撤退した心操の背中を眺めながら、その場で聞いていたA組の心の中は完全に一致していた。
『嫌な予感しかしねぇ〜〜!!!』
「では、お嬢様、緑谷様。近くのパーキングでお待ちしております。」
「はっ、はひっ、はいっ、はいっ!!ありがとうございました!」
「ありがとう爺や。終わったら連絡しますわ。」
逢魔亭玄関前にて、迎えを呼んでいた八百万のリムジンに送って貰った緑谷は気が気ではなかった。見たこともないほど高そうな車に、見たことの無い程に高そうなジュースを震えながら飲んだ。味は欠片もわからなかったが。
閑話休題。
すっかり日は沈んでしまったが、それでも存在感を示す白亜の豪邸に、初めて見た緑谷は圧巻の一言だった。
「な、なんだかんだ逢魔君の家は見たこと無かったけど……近くに出来た豪邸の持ち主って逢魔君だったのか…!!」
「この建築デザイン……もしやあの方の…?気難しい方だとお父様に聞いたことがありますが、まさか逢魔さんが繋がっていらしたなんて…」
なんだか有名人のデザインらしいが、それだけでなんとなく高そうということはわかった。
緊張しながらピンポンを押すと、すぐに詠斗の声が響いた。
『来たか出久君、百。入りなよ。』
ガチャっ、とひとりでに開いた扉に入っていけば、どこからともなく声が響く。
『右手のリビングにいるから、入っておいでよ。』
「うん、お邪魔するよ。」
「お邪魔しますわ!」
そうしてリビングに入れば、詠斗が片手で今日に茶を入れて待っていた。
「いらっしゃい2人とも。歓迎するよ。」
さぁ、座ってくれと促された2人は、席につき出された紅茶に口をつける。
「友人を家に招くのなんて初めてでね、ささやかだが、もてなしをさせてくれ。」
「ありがとう…わぁ…美味しい…詳しくないけど、高いことだけはわかる…!」
「本当に、美味しいですわ……それにこの香りもしやマルコ・ポーロ!!こちらのジャムも!」
「お目が高いね、百。正解だよ。」
「逢魔さんもお紅茶がお好きでしたのね!それでしたら今度、ヒミコさんもお誘いしてアフタヌーンティーでもどうでしょう!」
「いいね、被身子も喜ぶ。そうだ、紅茶には意外と和菓子も合うんだ。贔屓のところで買っていくよ。セッティングはお任せしてもいいかな。折角だ、クラスの皆も誘おうか。」
「まぁ!素晴らしいアイディアですわ!セッティングはお任せ下さいまし!」
金持ち同士の会話についていけなかった緑谷は、一息ついたタイミングで、本題に入る。
「その、逢魔君。僕らが来たのは、八百万さんに話があるって…そういうことだったと思うんだけど。」
「あぁ、そうだね。出久君は……いや、君ならいいか。」
どこかで誰かに言われるよりも、こちらから言ってしまった方が、気が楽だ。早速だが、本題に入ろうと少し前傾になりながら、八百万を見つめた。
「百、君は僕の流血を浴びた被身子の表情を覚えているかい。」
「…………笑って、いましたわ。」
「笑って…って……」
あの時、被身子の表情までは見ていなかった緑谷は、まさかと言葉が出なかった。学校が始まってから、ほぼずっと隣にいた2人の関係性を考えれば、ありえない事だ。
「……薄々気がついていただろうが、この家には僕と被身子以外暮らしていない。実家が別とか、そういう話じゃない。世話になっている後見人の様な人はいるが、ただ成人まで後見人としていてもらっているだけの人だ。」
「知っていますわ。普通では御しきれない個性を持つ子どもの為に新設されたものですわね。親権そのものを放棄し、専門家や引退したヒーローなどに後見人として親権を譲渡する制度……それは、今回起きたヒミコさんの『個性暴走』の影響で…ということでしょうか。」
こくりと頷いた詠斗は、簡潔に説明する。
「被身子の個性ね、あれは『変身』って言ってるけど実は違う。本質は1歩先なんだ。」
「1歩先…?」
「そう、被身子の個性は…名付けるなら『自己再構築』彼女自身がより強く望めば、己の肉体を書き換えてしまう。人格、個性、仕草や口調、そして記憶まで全てを投影し、その人物になることができる。」
「なんて強力な個性なんだ…!」
「えぇ…強力すぎますわ…!」
真相を聞いた2人は衝撃を受けるが、問題は別だ。
「個性暴走は強すぎる個性を制御しきれずに、子どもが起こすことが多い。でも、それも5歳〜8歳で体が適応して収まるものさ。」
「えぇ…私も、創造が止まらなくなったこともありましたわ…ですが、言う通りその年齢帯でパッタリと無くなりました。」
「あぁ、君の個性も強力だからね。だが、被身子は未だに気を抜くと本能が暴走し、意志とは関係なく個性を発動しようとして、結果的に生物の血を異常なまでに欲する。」
「血を……渡我さんの個性は血液の経口摂取起因……それによる暴走なんて…まるで、個性が意志を持ってるみたいだ…」
「個性が意志を持つ、か……言い得て妙だね。話を戻すと、適量の摂取であれば少し高揚する程度で済むが、過剰に摂取すると、一種の酩酊状態に陥る。」
「……それが、あの時の……」
1晩経った今でも覚えている。口角を釣り上げ、心底幸せそうに笑みを浮かべていた彼女の姿に、ゾッとしなかったとは言えなかった。
「被身子が、友達がいないと言ったことがあっただろう。あれは、過去の被身子が積み上げてしまった負の遺産のせいだ。」
「……渡我さんの、ご両親は……それで、親権を放棄したの…?その、自分の子供を……」
あまりにも情がないように感じた緑谷の言葉を、詠斗はゆっくりと否定する。
「当時の彼女の異常さを庇護するつもりはない。はっきり言おう、彼女は生まれながらの怪物だ。確かに彼女の両親は親として未熟だった。あの二人が最後に被身子に投げかけた言葉は酷いものだったが、間違いではなかったし、決してクズでは無かった。断言出来る、僕がいなければ、被身子はどこかで人を殺していた。」
2人は言葉が出なかった。
ふたりが知っている、明るく、元気で、フレンドリーな彼女からは想像も出来ないほどの過去。そして、あの笑顔の仮面の下に隠されていた本当の顔。
「…情けない話だ。僕では、彼女を人にすることができない。
「重苦しい話をしているのはわかっている。同情して欲しい訳じゃない。」
「けれど、初めてだったんだ。たった1週間と少しの関係値しかないのに、彼女の個性暴走を間近で見て尚……百、君は手を差し出した。」
「あんな状況だったけど、希望のように見えた。」
「彼女の全てを受け入れてしまえる
「周りがどう言おうが、僕にとって彼女は何物にも代えがたい、たった一人なんだ。」
「だから頼む───────被身子に、寄り添ってあげて欲しい。」
真剣に、詠斗は頭を下げた。困惑よりも何より、2人は初めて見せられた彼の不安の色から、目が離せなかった。あの絶望的な状況でも、顔色1つ変えることのなかった詠斗が、不安を見せた事に。
瞳が揺れ、目尻が震え、無力を噛み締めたようなその
たった一人、暗闇の中を手探りで孤独に戦ってきた。だが、人を知らぬ怪物が、同じ存在を人間にすることなど、できるはずがない。
最早自分たちが背負い切れる話ではない。そんなことはわかっていた。
けれど、それでも、彼等は手を差し伸べずには居られない。それが、彼らをヒーローの卵たらしめている。
「……たしかに、あの時私はヒミコさんの表情に、体を固めました。怖くなかったと、そう言えれば良かったですが…嘘は言えませんわ。けれど、ヒミコさんは笑いながら……あの時、たしかに泣いていたんです。それを振り切ってしまえば、私はきっと……明日からヒーローを目指せません。」
「頭を上げてよ、逢魔君。正直、力になれるかは、分からない。でも僕は、目を逸らさないよ。渡我さんの苦悩も……君の、助けを求める目からも。」
真っ直ぐとこちらを見つめる2人の視線に、嘘はひとつも見られなかった。
あぁ、やはりそうだ。この2人は、本物だ。打算も、嘘も無い純粋なお人好し。
彼らに良くしたことは、打算もあった。今のようなもしもに備え交友関係を構築していた事は否定できない。
だから、せめて心からの感謝を送りたかった。
「…………ありがとう、2人とも。」
目をゆっくりと閉じた詠斗は、頭を下げたままに噛み締めるように感謝を述べた。
「まだ何もできていませんわ!」
「まず、渡我さんと話をしないとだね。」
「僕達の部屋は2階に上がってすぐ右手、1番奥だ。」
「わかりましたわ。」
「わかったよ。行こう、八百万さん。」
被身子の元へ向かった2人の背中を眺め、すっかりと冷めてしまった紅茶を飲み干し、天を仰ぐ。
「ヒーローになれば、被身子を救える…か……」
『だが、心配入らない……俺がいる。』
誰にも語った事のない、ヒーローを目指そうとした切っ掛け。初めて、人が人を救い、救ったはずの人間が救われる姿を見て、その光景に酷く惹かれたが故の考えだった。
「……漠然としすぎだろう…だが、全てが間違いじゃなかった…君達に出会えた事だけでも、僕はヒーローを目指してよかったと、そう思えるよ。」