フヘンの愛   作:イベリ

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と、が、ヒミコ


氷を溶かすのは③

真っ暗の部屋の端っこ、いつも二人で寝ているベッドの上、彼の匂いに包まれれば、一人ぽっちじゃない気がして。

 

もう、あの場所には帰れない。やっと、上手くいっていたのに。やっと、見つけたと思ったのに。

 

見られた、見せてしまった、自分の本当を。

 

生まれながらの怪物。それが私。

 

私は知っている、エイト君も、私と同じことを。

 

でも、エイトくんは私と違って、馴染むのが上手い。私と違って、フツウになれる。

 

私は知っている

 

私が望んだから、私を人にしようとしてくれていること。

 

私が望んだから、私に友達を作れる環境を作ってくれたこと。

 

今まで、ずっとずっと、私を守ってくれていたこと。

 

けれど、もういい。結局エイトくんが頑張っても、私が全部壊しちゃう。

 

だから、もういい。もう、エイトくんに苦労をかけたくない。

 

このまま、ここで愛玩動物のように彼の為に生きていくのが自分の限界なのだろう。

 

そのまま、布団を抱きしめて現実から逃れるようにまた眠りにつこうと目を閉じる。

 

しかし、ガチャっ、と開いた扉に気が付き、布団の隙間からその方向を覗けば、そこにあった姿はエイトではなかった。

 

「ヒミコさん、お見舞いに来ましたわ。」

 

「渡我さん、お見舞いに来たんだ。」

 

「──────────────」

 

八百万と緑谷が、そこに立っていた。

 

いるはずがない、コレは都合のいい幻だと、目をくしくしと擦っても、2人は消えなかった。

 

「……………………?」

 

「そんなに強く目を擦っては行けませんわ。ほら、私が拭いてあげますわね。」

 

「渡我さん、大丈夫かな。母さんに、お見舞いのリンゴ貰ったんだ。良かったら食べてね。」

 

「……あ、ぅん……あり、がとぅ……?」

 

状況を理解できない被身子は、とりあえずなされるがままに顔を拭かれながら、疑問を浮かべ続ける。

 

しかし、考えれば考える程に、被身子の頭には疑問しか浮かばなかった。

 

「………なんで、ここに居るの?」

 

彼女の疑問に、2人は顔を見合せてから、何を言ってるんだ?というような顔で当然のように笑った。

 

「……渡我さんの、お見舞いに来たんだよ。」

 

「えぇ、心配でしたのよ、ああして倒れてしまって…」

 

「渡我さんが逢魔君に頼んでくれたんだよね?みんなを助けてって……ありがとう、僕、彼がいなかったら今も病室で入院だったらしいから。」

 

「……しん、ぱい…?」

 

心底理解できない被身子は、首を傾げて重い頭を回す。

 

出久はまぁいい。ちょっとお人好し過ぎるところもあるし、何より彼は自分のあの表情を見てない。

 

だが、百はしっかりと自分の顔を見た。それなのに、どうしてここにいるのだろうか。

 

彼女には、顔をしっかりと見られてしまった。

 

「被身子さん、お熱はいかがですか?あれから、こうして個性暴走が起きてしまうと、熱が出てしまうのでしょう?」

 

「え、ぁ……うん、今は…8度5分くらい…」

 

「十分高いですわ……そうだ、コレを使ってくださいまし。私が成分からこだわって『創造』した冷えピタですわ!」

 

「へ、平気……あり、がとう……」

 

しっかりと顔を見られて───────それで、どうだっただろう?

 

不気味そうに顔を歪めた?

 

嫌悪を顔に貼り付け、拒絶の言葉を浴びせられた?

 

靄がかかった記憶の中で、自分の願望が顔を出す。

 

そんなはずがないのに。

 

「……お見舞い、ありがとう。でも、もう帰っていいよ。」

 

優しく声をかけた、正面にいる八百万と緑谷を遠ざける。

 

手を取ってくれるかもしれない、寄り添ってくれるかもしれない。

 

でも、希望を望めば望むほどに、振り払われた時の痛みは大きくなる。

 

もう、あの痛みは味わいたくはない。

 

だから、もういい。自分から離れれば。彼らとはたった1週間の付き合いだ。たったそれだけの関係だ。

 

大丈夫、今までと同じだ。

 

明確な被身子の拒絶。

 

初めて彼女の内面に直接踏み込んだ八百万と出久は、一瞬だけ目を合わせた。

 

「私は、皆とは違うから。私は───────」

 

「怪物だから、ですか?」

 

ビクリ、と被身子の肩が跳ね上がった。

 

全身が凍りついたように、動かなくなった。

 

いやに冷えた汗が滲み出る。わかっていたとはいえ、 特に仲のよかった彼女に突きつけられるのは、心の亀裂が広がっていく。

 

その様子を見て、八百万は決心が固まった。

 

「緑谷さん、少し、二人にしていただけませんか?」

 

「……うん、わかった。」

 

そうして出ていった緑谷が扉を閉める。それと同時に、八百万がベッドに深く腰掛けて、被身子の隣に座った。

 

「……強力な個性の暴走、それによって血を求めるようになり……天涯孤独となったこと、お聞きしましたわ。」

 

なぜ知っているのかと顔を上げたが、それもそうだ。あの暴走についての説明を詠斗に求めるのは、理解できる。

 

「……エイト君に、聞いたんだね。」

 

「えぇ、無礼は承知ですわ。」

 

「なら、わかるでしょ…?私は、きっとママが言ったように、人間じゃないの。だから、私は一人ぽっち…同じ、エイトくんだけ……」

 

「……っ!」

 

いったい、どのような経緯を辿れば、自身の子供に「人間じゃない」などと言う心無い言葉を投げつけることができるのだろうか。

 

自身の両親に「お前は人間ではない」と言われた所を想像するだけで、胸が締め付けられるほどに苦しかった。

 

この世で、絶対の味方とも言える両親にすら見放された彼女の心の内は、本当にギリギリの綱渡りで保たれていた事を理解させられる。

 

このままでは、本格的に殻に閉じ篭り、二度と彼女に声を届けることができなくなる予感を八百万は感じ取っていた。

 

「私に、友達がいなかった理由も、そういうこと。もう、私から離れる人を見るのはたくさんだから、もう、何も言わずにここから、出ていって。」

 

被身子の言葉は、八百万に重くのしかかる。

 

自分に、被身子に寄り添うほどの力があるのか。ぐるぐると回り続ける思考、考えても考えても消えない不安。けれど、彼女の体は気がついたら動いてしまう。

 

八百万はあの時伸ばしきれなかった手を伸ばしていた。

 

「隠し事はしたくありませんもの。たしかに、あの時貴方の表情(カオ)に、恐怖しました。なぜ、笑っているのかと。」

 

「………」

 

「不気味さも、理解できぬ事への恐怖も、私にはまだ残っています。」

 

「それでも、私はここに来ましたわ。貴女が、泣いていたから。」

 

「───────」

 

俯いたまま、ぎゅっとシーツを握った。

 

「私、ヒミコさんと皆さんとやる訓練がとても楽しかった。放課後にどこかに寄り道をして、食べ歩いたのだって。」

 

「貴方に恐怖を覚えた事は、間違いがありません……ですが、それで私を…私達を、この程度の事で恩もある貴女を見捨てるような薄情な人間にしないでくださいまし。」

 

強く見つめられた被身子は、八百万の瞳を直視できなかった。

 

こんなのは知らない、人がこんなにも強く輝いて見えるはずがない。

 

父も、母も、後見人ですら。

 

まるで、あの日自分を受け入れた、詠斗のようで直視できなかった。

 

期待なんてもうしないと決めたのに、希望はもう見ないと、そう決めたのに。

 

彼女がいつの間にか握りしめてい左手から、被身子の知らない温もりが包み込む。

 

「ここに来る時、皆さん口々にヒミコさんの心配をしてましたわ。」

 

「私達はまだヒミコさんと逢魔さんの2人に、教えてもらいたいことがありますの。」

 

「まだ、女子の皆さんでお話した、行きたいお店にも行けてません。」

 

「実は私、昔から家の事もあって、なんの打算もない対等な友人関係は、皆さんが初めてでしたの……お揃いですわね」

 

そうして、薄らと笑った八百万。被身子はそれを見つめたまま、まるで誘蛾灯に誘われる蛾のように弱々しく、縋るように彼女の手を握り返した。

 

そのまま、静寂の中数分、あるいは数十分をそのままでいた。

 

互いの熱が移った頃、八百万はゆっくりと彼女の背に手を回しながら、握っていた手を離す。

 

「今度、クラスの皆さんを誘って、アフタヌーンティーを計画してますの!勿論、ヒミコさんもですわ。」

 

「……あふたぬーんてぃーって、なに……?」

 

「3時のお茶会のようなものですわ、皆さんでお茶を楽しみながら、お話をするのです……楽しそうでしょう、ヒミコさん。」

 

「………ぅん」

 

「…………だから、待っています。私たち、全員が。」

 

そう言って、被身子を引き寄せて抱き締める。

 

初めて感じる、詠斗以外の温もりは、あまりにも抗い難いものだった。

 

ぎゅっと抱き返した被身子に、八百万は抱擁の力を強くして応えた。

 

しばらく続いた抱擁は、被身子が眠りにつく事で終わりを迎える。

 

ひとつ、彼女を撫でてから微笑んだ八百万は、年上とは思えぬ程に可愛らしく眠る被身子を残し、部屋を出た。

 

部屋を出ると、外で待機していた緑谷が申し訳なさそうに声をかけた。

 

「八百万さん、お疲れ様。ごめん、力になれなくて…」

 

「いいえ、仕方がありませんわ。私はあの場にいて、ヒミコさんの1面を見た当事者ですもの……」

 

「たしかに、そうだね……僕じゃ、力不足だった。八百万さんが来てくれて正解だったよ。」

 

1階に降りると、詠斗が何やら空中に魔法陣を散りばめながら、机に向かっていた。

 

降りてきたことに気がついた詠斗は、作業を止めて振り返り、2人の表情を2秒ほど観察してから、フッと口角を上げた。

 

「どうやら、いい結果に導いてくれたみたいだね。」

 

「僕は、結局役に立たなかったけどね……」

 

「まさか、緑谷さんも来てくださったから、皆さんが心配していると知っていただけたのですわ。微力を尽くしましたが、正直…上手くいったかは分かりませんわ。私も、所詮短い付き合いの人間でしかありませんもの。」

 

「いいや、大丈夫。もう、彼女は立ち上がれる。」

 

確信めいた言葉に、首を傾げたが詠斗は構わず続けた。

 

「やはり、僕の見立ては正しかった。君たちA組、B組も含めて、僕などよりもヒーローの素質に溢れている。この世代は確実に雄英の黄金期になる。」

 

「ヒーローの資質…が、逢魔君よりも?それはちょっと過大評価なんじゃ…」

 

「そうですわ、逢魔さんも、判断力や戦闘力は既にプロを超えていると思いますし。」

 

「違うよ。ココさ、ココ。」

 

トントンと胸を叩いた詠斗に、二人は首を傾げた。

 

「精神性の事だ、僕にはない君達の精神性は……少し、眩しい。」

 

どこか遠くを見つめる詠斗になんと声をかければ良いか分からなかった二人に、薄く笑った詠斗が再び茶を入れる。

 

「君たちの迎えが来るまで、少しあるだろう。なにか、聞いておきたいことはあるかな。」

 

なんでも答えよう、と前置きした詠斗に、聞きづらそうに緑谷が訊ねる。

 

「えっと……今日で渡我さんの事は、よく知ることができたよ…でも、逢魔君は?」

 

「逢魔さんも、ヒミコさんと同じ境遇…という認識で良いのですか?」

 

「僕か。被身子の事でなにかと聞いたつもりなんだが……まぁいい、ついでだ。そうだよ、僕も両親に捨てられたんだろう、多分。きっと、めいびー。」

 

「そんな適当な感じなの!?」

 

いつもの調子で茶化す詠斗にほぼ癖でツッコミを入れる緑谷に、僕も気にしちゃいないしね、と間延びした声に、もうこいつホントに…と呆れ返ってしまった。

 

「僕が最初に記憶した両親の言葉は彼女にかけられた言葉と似たような物だったが、後にそれは事実だとわかった。僕は、生まれながらの怪物…いや、怪物たれと産み出された怪物(フランケンシュタイン)なんだろう。だが、僕は被身子に人を教えて貰った。誰かに救われる必要はない。」

 

さ、時間だと2人に向かって人差し指を立てた詠斗は、外の気配を感じ2人に目を配った。

 

外に出た3人は、そのまま玄関で別れを告げる。

 

『もう大丈夫。被身子は、君に救われたんだよ、百。』

 

それだけ言って、満足そうに初めて見せた微笑み。彼の中で、彼女の大きさがわかる言葉だった。

 

そして、被身子のお見舞いに2人が訪れてから2日。

 

カラカラと教室の扉が開き、皆が目を向けると、少しボサっとした髪を下ろしたままの被身子と、詠斗がそこに立っていた。

 

『ヒミコちゃん!!!と、逢魔(逢魔君)。』

 

「っ!?」

 

「酷いな、僕はついでか。」

 

ワーワーと騒ぎながら被身子に群がったA組のみんなは口々に、良かったと彼女を心配していた声に溢れる。

 

「髪下ろしてるの?そっちも可愛いね!てか大丈夫なの!?」

 

「え、あ、うん…!?」

 

「大丈夫だったん?熱が凄いって聞いてたけど!」

 

「へ、平気…個性が、暴走すると……いつも、ああなって…」

 

困惑しながら答える被身子を眺めていると、被身子は八百万を見つける。

 

目が合った八百万はただ、微笑んだ。

 

「言った通りでしたでしょう?皆さんが、ヒミコさんを待っていたのですわ。」

 

彼女の言う通りだった、自分から諦めようとしていた初めての居場所。

ここには確かに、被身子の居場所があったのだ。

 

始めた得た友達は、こんなにも暖かい。

 

鼻の奥がツンとして、溢れてくる涙をぐしぐしと拭う。そのまま懐から素早くヘアゴムを取り出し、トレードマークのふたつのお団子を結ぶ。

 

いつかみんなにちゃんと、胸を張って話せる自分になりたい。

 

フンッ!と気合を入れた被身子は、元気に宣言。

 

「トガヒミコ!今日より復活します!!みんなの訓練もいっそう頑張ります!!」

 

「おっ!?放課後訓練もっと厳しくなるの!?」

 

「やめてくれ!いっそう頑張んなくていいから!いつも通りで!頼むヒミコちゃん!なぁ!?」

 

元気になったのは歓迎するところだが、厳しくなりそうな訓練に悲鳴を上げるも、そこには笑顔が、彼女の大好きが溢れていた。

 

「逢魔君、嬉しそうだね。」

 

そうして隣に立った緑谷に、詠斗は被身子達を見つめながら、いつものように返す。

 

「おや、君も僕の表情を理解できるようになったようだね。」

 

「あはは、そりゃね。何となくだけど、みんなもわかってると思うよ。」

 

「……ずっと、見たかった景色だからね。」

 

「………そっか!」

 

惜しむらくは、自身の手で彼女を立ち上がらせることができなかったこと。だが、向き不向きがあるように、自分には向いていなかったに過ぎない。

 

『エイトくんは、ずっと…一緒にいてくれるよね……?』

 

過去の被身子の姿と、今の姿が重なる。いずれ、自分の隣を歩くだけのトガヒミコは、見えなくなっていくのだろう。

 

「……少し、寂しいのかな。」

 

「子離れできない父親みたいなこと言うね。」

 

「父も母も僕は知らないけどね。」

 

「……イジりにくいな!!やめてよそれ!」

 

「しっかりイジろうとしてるんだ、お笑い魂が定着してるね。」

 

しまった!と固まった緑谷をそのままに、再び笑う被身子を眺めて、胸に灯る不思議な温かさに、口角が上がった。




明けましておめでとうございます。
今年も、「フヘンの愛」をよろしくお願いします。
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