次から、始まります。
話まとめるの下手やね。いっぺんやり直した方がええんちゃう?
体育祭まで残り1週間、各々が訓練に精を出す中。昼休みにオールマイトに呼び出された緑谷は、休憩室で共に昼食を取っていた。
詠斗に癒された傷も既に馴染み、食事もガツガツと取れるようになったオールマイトは、マッスルフォームを常に維持出来るようになり、活動制限も無くなった。
今も特盛り牛丼を流しこんでいた。
「すまないね、時間を取ってもらって。あむあむッ…いや、しかし、逢魔少年には返せない恩ができてしまった…!」
「そうですね、あれ……?となると、僕がワンフォーオールをつぐ必要がないんじゃ…!?」
「いやいや!!継いでもらわなきゃ困るよ!?傷が治ったとはいえ、衰えは無くなった訳じゃない!私もうだいぶおじさんだし!!」
「オールマイトはおじさんじゃありません!!」
相変わらずな緑谷の様子に、たはは、と照れたように頭を搔くオールマイトは、コホンと話を変えてワンフォーオールの制御の話を振る。
「あぁ、まずは、訓練の調子を聞きたくてね。調子はどうだい?」
「はい!徐々に出力を挙げられるようになって、今は常時最大15%程が最高出力です。」
「素晴らしい!彼の教えてくれた制御方法は効率もいいようでね、私も残り火を制御しつつ、全盛期に近い力を維持することができるようになった!」
そのおかげで、USJの脳無を無傷で倒せたしね!とムキッと力こぶを作ったオールマイトは、その後に少し表情に影が落ちる。
「オールマイト……?」
「緑谷少年、先月に逢魔少年が追っていると言った、魔王について覚えているかな。」
「は、はい。逢魔君が追ってるという事だったので、どれ程のヴィランか分からなくて、自分でも調べて見ました…けど、やっぱり都市伝説程度しか集められなくて……まだ実在を疑っています。」
「だろうね、この件には公安も動いているから、情報を集めることすら至難の業だろう。」
「逢魔君に、聞きました。能力から風貌まで知っているようだったので……僕でも探せるかと思ったんですけど…」
「そこまでの情報を……相当危ない橋を渡ったか……いや、数年前に奴の拠点を潰して回っていたヴィジランテがいたと聞いたが…まさか…」
いやまさかね、と話を切ったオールマイトは、本題に入る。
「さっきも言ったが、そんなこともあるし、私もそろそろ肉体的な衰えがある。だからこそ!この体育祭で、君が来た!という所を、世界に知らせて欲しいんだ!…と、言おうと思っていたんだがね。」
「言おうと…ですか?」
少し考えたオールマイトは、やはり正直に言おうと、決心した様に前を向いた。
「逢魔少年と、渡我少女さ……はっきり言おう。今のA組……いや、全ヒーロー科の生徒が束になっても、その気になった二人を倒すことは不可能だろう。」
それこそ、全世界のトッププロヒーローでなければ互角にすら持っていけないと語るオールマイトの言葉に、緑谷はストンと納得できた。
ある程度の力を得たが故か、彼らと対峙してより力の差を明確に理解できるようになった。
詠斗の個性への理解、咄嗟の状況判断能力や、空間把握能力は常軌を逸している。数人がかりで相対しても被弾することもなく、平然とあしらう技量。豊富な攻防手段。冷静に状況を俯瞰し、瞬時にあらゆる手段から最適解を選び続けるバトルIQ。
被身子もそうだ。詠斗の個性を一部ではあるが詠斗以上に扱う個性の技量。そして、あの細腕からは想像もできないほど重い一撃を急所に入れてくる格闘センス。瞬発的なものであれば、詠斗以上のパワーを持っているだろう。
そんなことを考えていると、オールマイトが目を伏せた。
「…少し、関係していることなんだが。私は逢魔少年に嫌われているんだよ。」
「えっ!?オールマイトを…?」
聞いたことない!と声を上げた緑谷に、いつものようにHAHAHAと笑ってみせる。
「嫌われていると言っても、君が思うようなものじゃなくてね……なんて言うかな…『ただの戦士を英雄にしてしまった英雄』……それが私だと言われた。本来ヒーローとは、まぁ色々な形があっていいと思うんだ。」
どこか罪悪感を感じているように俯いたオールマイトは、今までのどの時よりも小さく見えた。
「お金、名声、果てはモテたいから。なんでもいい。理由はなんであれ、人を助ける事が出来る人は、皆尊敬すべき人だ。そうだろう?」
「は、はい……どんな理由でも、人を助ける仕事ですから…それに、ヒーローだって1人の人間だし……」
「そこだよ!逢魔少年が言っているのは。」
ビシッと指さしたオールマイトに、肩を跳ね上げた緑谷は、尚更理解ができなかった。オールマイトが例えばそうだな、と例を出した。
「ヒーローが人を救えなかった時、人々はどのようにそのヒーローに対応する?」
「……ネットでは、そのヒーローを叩く人がいたり…します。でも、助けられなかったことなんて、仕方ないというか…」
「そう、仕方の無いこともある。ただ、逢魔少年に言われて気がついた。私のせいだと。」
「……!……オールマイトが、救い過ぎたから…ですか。」
そう、オールマイトの台頭により、ヒーローというものの印象が、公務員であるはずが、英雄という色の強さがより強くなった。
オールマイトは人を救いすぎた、多くの人間に希望を与えすぎた、たった一人の人間が全てを救う英雄の背中が、あまりにも輝かしいその功績が、人々のヒーローそのものへの認識を歪めてしまった。
ヒーローとヴィランの戦いをエンタメ視することに対する疑問の声は消えないが、それでも楽しむ人が多いのは確かだ。
「『ヒーローは人であり群であるべきだ。』……彼は、ヒーローを警察のように見る世界に戻すべきだという考えのようでね。言われてしまったよ、そして私自身も見えてしまった。私が居なくなった日本は、必ず崩壊する、私のせいで。」
「……オールマイト…」
「最近は、余程逼迫した状況でもないのなら活動は自粛しているんだ。ヒーローは皆優秀だからね…とは言え、身体が動いてしまう事はあるんだが。」
「確かに、最近オールマイトのニュースが減ってる気が……」
人を救う事が、間違いなはずはない。それでも、緑谷には詠斗の言わんとしていることがわかってしまった。
「なんてことも色々考えるようになってね。だから、私は君だけが来た……ではなく、君達が来たという所を見せて欲しいんだ。」
「僕たちが、来た……?」
この言葉に深く頷いたオールマイト、キョロキョロと周囲を気にする素振りを見せてから、ちょいちょいと耳を差し出すように言った。
「オフレコで頼むよ?ここだけの話、今年の体育祭は───────おふっ」
「あの、オールマイト……僕、今年の体育祭は───────あっ」
「いくら弟子が可愛いとは言え、やっちゃいけないことはありますよ八木先生。」
いつの間にか背後に立っていた詠斗が、巨大パフェを宙に浮かしながら、オールマイトの頭を鷲掴んでいた。
「あれ、逢魔君!?」
「逢魔少年ッ!?あ、痛い!イタタタっ、イタっ、ちょ、ごめん!ごめんね!?」
「はぁ…見ていないところでこうも堂々と贔屓するとは、一生徒に対するゴリゴリの肩入れ。許されませんよ流石に。」
パフェを空中に浮かべがらどっかりとソファーに腰掛け、地べたに平和の象徴を正座させた詠斗は、どういうつもりかと見下ろした。
「貴方、仮にも教師でしょう。頭の中身までその無駄な図体同様に筋肉塗れなんですか。教師としての立場くらい理解していますよね。教師倫理を貴方の頭に直接刻み込んであげましょうか。」
「はい、面目次第もございません……!!」
(どっちが教師なのか分からない構図になっちゃった……!)
まったく、と宙に浮くパフェの頂点を掬い、1口運んだ詠斗は、口元をナプキンで拭いたあとに、行くよと出久を顎で出した。
後ろで四つん這いになりながら「緑谷少年〜……!!」と手を伸ばすオールマイトに悪いと思いながらも、詠斗の後を着いて行った。
「まったく、油断も隙もない。」
「あはは……その口調からも薄々思ってたけど、今年の体育祭の競技…逢魔君が考えたんだよね?」
大会の内容を知っているような発言から、薄々みんなが気がついていただろうが、今年の競技はきっと詠斗と被身子が考えたものだろうと、予想ができていた。
「うん。僕と被身子の扱いに相澤先生が困っていたから…少し提案をしたんだよ。」
「ま、まぁたしかに……現状例年通りにすると出来レースというか……」
確かに、強すぎる二人がいてはこのふたりのどちらかが優勝するだけの出来レースになる。実力をよく知っているが故に、その事実を疑わないクラスメイト達も勘づいていることだろう。
「そう言えば出久君。最近被身子の様子が変なんだ。何か───────げっ…」
「久しぶりじゃない、ロストボーイ……あとげっ、て何よ」
ぬるりと背後から詠斗の首に腕を回す、美しい細腕と妖艶な声音に、緑谷はすぐさまピンと来て、彼女の姿を捉えて、顔を赤くする。
「その名前で呼ばないでくれませんか。」
「あら、結構かっこいいと思うのだけど……あっ、猥談中だった?それだったら邪魔してごめんなさいね!」
教師であるという事を毛ほども気にしていないコンプラ違反物の発言を青少年に向ける妙齢の女に、詠斗は心底ダルそうに目を逸らした。
「18禁ヒーローミッドナイト!個性は「眠り香」!体から発するフェロモンにも似た甘い香りが眠りを誘発させてヴィランを捉える……ろ、露出の多いスーツで世の男性に圧倒的な人気を誇る女性プローヒーロー!は、初めて見た!雄英の教員をしてるのは知ってたけど、生スッゲェ…!!あと猥談はしてないです!」
「猥談しなさい!青少年!あと、説明ありがとう緑谷君♡」
チュッ、と投げキッスを飛ばせば、チェリーもチェリーな緑谷は即「え、えっ、エッ…!」と言いながら絶命した(してない)。
「オタク君、雑魚すぎ……」
哀れ緑谷、キスも手を繋ぐ事も、果ては女子と喋ることすらおっかなびっくりな彼には刺激が強すぎたらしい。
その様子を見て、満足気に口角をあげたミッドナイトは、見習いなさいよと詠斗の頭をぺちぺちと叩いた。
「貴方も、これくらい可愛げがあってもいいんじゃない?今の状況になんとも思わないわけ?」
「何を思えと。」
「こんな美女に肩を組まれてるのよ?少しくらい青少年らしい反応を見せてもいいんじゃないって言ってるのよ!」
「この世には2種類の女が存在する。被身子か、それ以外だ。」
「はぁ〜、相っ変わらず生意気ね貴方。」
パシッとミッドナイトの手を払った詠斗は、気絶した緑谷を抱える。そのままそそくさと去ろうとする詠斗に、つれないわね、とミッドナイトが口先を尖らせる。
「随分薄情なんじゃない?報告くらいしてくれてもいいと思うのだけど……あのNo.2を足止めした謎のヴィジランテ……誤魔化すのに苦労したわ。」
「……それは感謝してますが、それとこれとは話が別です。」
「まっ、貴方も意外と楽しんでいるようだし?それも不問としましょう。」
楽しむのよ、アオハルを。と言って去っていったミッドナイトに、何がしたかったんだろうかと思いながら、緑谷を抱えて教室に戻る。
「お茶子、パス。」
「うわぁ!?デクくんどうしたん!?」
「ミッドナイトに投げキッスされて絶命した。気付けのキツイ1発お願い。」
「噴ッ!!」
「ゴハァッ!!?何事!?あれ!?僕さっきまで…う、麗日さん?なんか、麗らかじゃないよ!?」
「えっ!?あ、ご、ごめん!?ツイやっちゃった!!」
「何やってんだろあの二人。」
「青春だ…!」
ドギマギする二人を横目に自身の机に座ると、被身子が後ろからギュッと抱き締めながら、スンスンと鼻を鳴らした。
「……なんか、甘い匂い…香水……浮気?」
一瞬で眼のハイライトが消え去った被身子に、面倒なことをしてくれたなあの女と舌打ちをしながら、釈明する。
「バカ言わない。ミッドナイト先生に昔の事で絡まれてたんだよ。」
「ミッドナイト先生と……関わりあったの…?」
「覚えてるかな。昔、和歩のお見舞いの時に会った香山さんだよ。」
「えっ、嘘っ、香山さんってミッドナイトだったの!?」
「そっ、あの時…あの人が稼いだ時間がなかったら、僕が女王蜂を摘出する時間が取れなかった。入院生活がもっと長くなってただろうね。」
そんな事があってね。と話を切った詠斗に被身子はふぅん、と手を離しながら、自席に戻ろうとして、こちらをジッと見詰めた被身子は、何か言いたげに口元を歪めた後に『なんでもない!』と席に戻って行き、八百万に真正面から抱きついた。
「まぁ、ヒミコさん。どうしたのですか?」
「……なんでもないっ!」
ムスッとしたむくれ顔。何か言いたげなのにそれを言語化できていないような、そんな表情。
(……今の顔、最近よくするな……なんなんだろうか。)
被身子の様子に目を細めたが、何も思いつく物がなく考えを断念した。
ふと、教室を見回し、全員の個性エネルギーの流れを見れば、着々と熟れている事がわかる。彼が楽しみにしている事を知っている皆も、積極的に特訓の成果を話すこと無く、黙々と鍛錬を積んでいく。
別に、今の生活で満足していた。被身子と共にヒーローとなり、平穏を享受し、子を成し、共に永遠を生きるのも悪くはない。だが、心の奥底、それだけでは刺激が足りないという自分がいることも確かだった。
だがまぁ、この卵達がどの様に孵化するのかをみるのも、そう悪い気分ではなかった。
「………」
その様子を見詰める緑谷に気付くことなく、日々は過ぎていった。
そして、各々が出来うる限りの準備を整え、体育祭の当日を迎える。
その明朝、夜明けと共に、自然とその場に緑谷の足は向かっていた。
「………いると、思ってたよ。」
海を眺め、いつも団子に纏めた髪を下ろしたまま、朝日を浴びるその横顔は、男の緑谷すらも、恐ろしい程に美しいと思ってしまった。
「───────へぇ、まぁ、そうだろうね。ココは君の……始まりの場所だ。」
多古場海浜公園。緑谷が己の身体を鍛え、初めて詠斗と被身子に出会った場所。
そこに1人、詠斗が海を眺めながら待っていた。
その隣に緑谷が座りながら、片割れの被身子の姿が見えない事に首を傾げた。
「渡我さんは?」
「被身子なら昨日から百の家に行ったよ。なんでも、女子組はそこから直接向かうらしいからね。体育祭前の気合いのパジャマパーティーだとさ。」
「はは、じゃあ1人寂しく海を眺めてたってわけだ。」
「言うじゃないか、チェリーボーイ。」
「あー!そうだよ!あの後、麗日さんがなんでか暫くこう、眉間をギュッ!ってしてたんだからね?」
悪い悪いと冗談めかした詠斗に、全く…と呆れながら、緑谷も綺麗になった海岸と海を眺めた。
暫くの沈黙の後、緑谷が朝日を眩しそうに眺めながら、過去を思い返す。
「……僕さ、典型的ないじめられっ子だったんだよ。」
「わかるよ、君は虐めたくなる。」
「やめてよ、気持ち悪い……でも、僕も前の僕を改めて見たらきっと、なんだこいつって、腹を立てたと思うんだ。ウジウジジメジメしててさ……そのくせ、夢だけはいっちょ前でさ……数ヶ月前のことなのに、ずっと前のように感じるんだ。」
それだけ、濃い数ヶ月だったのだ。今までが嘘のように変わってしまった。
「それもこれもさ、君と渡我さんのお陰なんだ。」
「……まぁ、君は赤子同然だったからね。それを少し誘導しただけさ。それからは君の努力だよ。」
「ううん、それは違う。いつも、僕が諦めそうになったり、弱音を吐きそうになった時に、背中を突き飛ばしてくれたのは君だった。」
『ここで、諦めるのかい。』
緑谷が挫けそうな時、詠斗にかけられる言葉によって奮い立つ事が何度もあった。
「初日の体力測定の時だって、訓練の時、君にボコボコにされている時だってそうさ……僕は、君のお陰でヒーローになれる。」
今まであれ程にハードな訓練を詰んだことはなかった。結局、緑谷出久という少年は、夢を語る癖に努力もしてこなかった。今までの時間がそれを痛感させた。
「ここで特訓をしていた時、僕の事を見ててくれてたでしょう?」
「………気づいていたのか。」
気づかれていないと思っていた詠斗に、いやいやと緑谷が首を振った。
「さすがに気が付くよ。たまに気絶した後に、やけに体調が良かったりとか、別のところで寝てたりとか…治してくれて、移動させてくれてたんでしょう?いつも視界の端に、人影がいると思ったらいなくって……でも、君と過ごす内に確信したんだ。どういう意図で見ていたのかは分からないけど、それでも、誰かが見てくれている、支えてくれてるって思えたのは、活力になったんだ。」
「よく言うよ……関係なかっただろ。」
この男は根っからのヒーローだ。詠斗はこれまでの関わりで、そんな事はわかっていた。
緑谷出久に悪意は存在しない。生粋のお人好し、善意の怪物。評する言葉多く並べようがあるが、彼を知る人物なら皆がおおよそこのように評価することだろう。
「君がどう言おうと、僕は君と渡我さんのお陰でヒーローになれる。返しきれない恩がある。」
「……じゃあ、その恩を君はどう返してくれる。」
意地悪にそう問い返す詠斗に、緑谷は間を置かずに目を見て、はっきりと口にした。
「君に、勝つ。」
「──────────────」
詠斗が、初めて目を見張り驚愕を顔に貼り付けた。
嘘偽りの無く、揺るぎなく、強い瞳だ。これが、あの日臆病に泣きながら走り出した少年と同一人物なのかと、目を疑ったのだ。
「君はいつも『退屈』だったでしょう?なんとなくだけど、わかっちゃったんだ。競い甲斐のない、僕たちを鍛えるだけの日々……渡我さんだけだ、本気の君と張り合えるのは。君は意外と、戦いが好きだから。」
「………心外だ。つまらなかっただなんて……」
「わかってる。僕達の訓練を嫌々やっていた訳じゃないってことくらい。君は、優しいから。」
現状の学校生活は、生徒としては楽しい日々だ。被身子と新しい友に囲まれ、その友達を鍛え上げ、ふざけ合い、学び合う日々。
だが、緑谷には見抜かれていた。その中に混じる詠斗の『退屈』を。
「勿論、正攻法で2人の全力を倒せるだなんて、そこまで自惚れてない。だからこそ、競技内容に2人は口を出したんでしょう?君たちの事だから、僕たちに勝ちの目があるようにしているはずだ。」
弱者だ。目の前にいる少年はつい数ヶ月前まで詠斗の足元にも及ばない、塵芥のひとつだった。
今もそれはさして変わらないはずなのに。詠斗には、予感があった。
心臓の鼓動、血液の走る音、体のあらゆる音が鮮明に聞こえるような感覚。緑谷の言葉を一言も逃さんと、体が耳になったように、彼の言葉だけを聞いていた。
「オールマイトに言われたんだ…『僕が、僕達が来たと言うところを見せて欲しい』って……でも、僕は今年の体育祭では、オールマイトの期待も、未来も、全部、全部かなぐり捨てて───────」
予感、予感──────いいや、これは確信だ。
「君の退屈を、僕が覆す。」
退屈が、覆る。
叩きつけられた挑戦状。初めて感じる新しい高揚感。
撒いた種が、芽を出し咲き誇らんと太陽に手を伸ばすその瞬間を目にした様な、胸の辺りから溢れる熱いナニカが
溢れ出て、止まらなかった。
「──────ふっ、ふふふっ…ははははっ、ハッハハハハハッ!!」
「!!」
堰を切ったように、腹を抱えながら笑い始めた詠斗に、緑谷はただ驚くだけだった。それもそうだ、詠斗と知り合ってからずっと、彼がこうして腹を抱えて笑う姿どころか、口角を上げて目を閉じて笑う姿も見たことは無い。
それこそ、被身子が皆に受け入れられたあの日に見せた、優しい微笑みがせいぜいだったはずだ。
そして理解する、彼が見た事もないほどに喜びを感じていることを。
「そうか……初めてだ…これが、そうか……!」
「逢魔くん…?」
ウンウンとひとりで納得した詠斗は、緑谷に拳を突き出す。
「言ったからには、取り消しは許さない。」
「……うんッ!」
初めて友情を理解した詠斗は、胸の内に燻る熱をそのまま言葉に乗せる。
「だからどうか、予選で落ちるだなんて無様な負け方してくれるなよ───────
「っ!そっちこそ、油断してると足元すくいに行くからね、
お互いに笑みを浮かべ、ゴツッと拳をぶつけ会う。
2人を照らすように昇っていく朝焼けを眩しそうに眺め、揃って踵を返した。
「あっ、そうだ。母さんが気合い入れ過ぎて、カツ丼を作りすぎてさ……1キロのカツ煮と6合のお米があるんだ……良かったら食べに来て!というか来てください。」
「正気か?まぁ、折角だ、ご相伴にあずかろう。」
「渡我さんにも持って帰ってよ。味は保証するから!」
「今日体育祭終わり知り合いとご飯の予定なんだけど…まぁ、温めれば明日も食べれるか。」
今までより、ずっと近くなった二人の背中を、朝日が照らす。
「お邪魔します引子さん。」
「母さん!
「!?」
「カツ丼美味しかった……あ、
「!!」
「あーっ!?後で食べようと思ってたのに!!」ガタガタッ
「僕のものは僕のもの、君の物も僕のものだ。」
「鬼!悪魔!ジャイアニズムの化身!」
「所詮世の中力が全てなんだよ、の〇太くん」
「最悪のドラ〇もんだ……!」
緑谷引子は泣いた。息子が見たこともないくらいイキイキ青春をしている姿を見て、詠斗がドン引きするくらい泣いた。