サブストーリー編 第17話です、お楽しみください
時刻は深夜0時を回ったところ。とあるビルの屋上で夜景をバックに黄昏ている1人の少女がいた。
マスクで表情は見えないものの、来るはずがない誰かを待つ彼女の姿はおよそ普段見せる『慈愛の怪盗』としての姿とは少々異なっている
「……………」
まともに考えて来るはずがない。むしろこの場所が分かれば彼の代わりにヴァルキューレが押し寄せてくるのが普通だ
しかしそれでももし来てくれるのなら…そのような淡い期待を胸に慈愛の怪盗はひたすら待つ。
「いつもこんな手の込んだことをしているのか、慈愛の怪盗」
「! ギュメイ先生…」
来た。まさか本当に来るとは思っていなかった
が彼1人だろうか?
仕掛けには…彼以外の人間の反応は無い、どうやら本当に1人で来たらしい
「よくここが分かりましたね、1枚目に続き解読してくださって嬉しいですよ」
【天と地に眩く白き星々】はそれぞれ星空と建築物の明かりを指し、【ただ1つ挟まれた赤き星】は今いる建物の屋上に取り付けられた航空障害灯を指す。
ただ1つと書いたのはこの場が天地の眩きの唯一の境界線であるから…
「解読したのは我ではないがな。さて…まずチアキのカメラを返してくれるか?」
「ええ、どうぞ」
あと5分で来なければ手渡しでなく匿名の郵送手続きでもしようかと思っていたゲヘナ生のカメラをギュメイ先生に返す
元々カメラを持っていったのも彼に来て欲しいと思い気を引くためだったが冷静に考えればカメラ1つで結果は変わらなかっただろう
「ありがとう。…それで──そうだな、あれこれ言葉を考えるのは苦手な故、率直に聞こう
お前はなぜ怪盗をやっている?」
「ふふ、本当に率直に聞きますね
なぜ、と言われますと…そうですね、先生は【路傍の石】と【美術品】、両者の違いを、どのような基準で図りますか?」
「基準?うむ…考えたことも無かったが…そうだな、価値観ではないだろうか?
美術品に限らず宝石や貴金属も、誰1人興味を示さなければただの物体に過ぎない」
「その通りです、どれほど素晴らしい美術品だとしても、その価値を全員が完璧に理解しているわけではありません」
価値の分からぬ者が美術品を手にしたところで意味はなく、またその者が邪な考えを持っていれば美術品は【ただ高く売れるだけの商品】へと成り下がってしまう
…そんなことは許せない
「真の価値を理解できるのは私だけ、であれば私の管理下に置く方が、美術品にとっても良いのではないでしょうか?」
「………それだけのために今回のような危険を何度も繰り返しているのか?」
「それだけの価値はあるのです、先生。例えあなたが【こんなことのために?】と疑問符を投げかけたとしても、私の価値観ではこれはなによりも遂行せねばならない使命…
ええそうです。これが美に送る私の一途な愛。我が身を尽くし、慈しむ──故に【慈愛】」
「……………」
「価値を理解する人が居なければ、その存在は呆気なく闇に埋もれてしまうもの…
ですから私が闇に埋もれぬよう取り戻し、美の理解者が現れることを願い、待つのです」
「………慈愛の怪盗、我には美術品の価値は分からぬ。だが少なくともお前はお前なりの信念を持ち1人戦っているのはよく分かった
──だがやはり肯定はできん」
そう言ってギュメイ先生は刀を抜いた
…別に分かっていたことだ、誰にも理解されず、これまでもこれからも、1人で戦い続けることなんか覚悟できている
──それでも少しだけ、この胸の奥が痛むのは…彼に理解を求めていたからだろうか
避けられない戦いが始まると身構えていた慈愛の怪盗だったが、不思議とその時は来ない
やがてしばしの沈黙の後、ギュメイ先生は割れ物を扱うような丁寧な仕草で刀を床へと置いた
「っ?なにを…」
「…かつて我が主だったお方は世界中から憎しみを向けられていた
攻め滅ぼした国の人間はもちろん、自国民にすら憎悪を向けられ、妃となった婦人からは【早く死ね】と言わんばかりに毒殺されそうになったことが何度もあった」
「なんの、話を…?」
「ガナン帝国の中心として内外問わず暴虐の限りを尽くしたのだ、必然だった。だがあの方も最初からそうだったわけではない
この刀がその証明…力に溺れた愚か者だった私を人間にしてくれた恩が形となったものがこの刀だ」
やがてギュメイは刀を戻し、こちらへ視線を戻す
彼の目にはもう敵も、七囚人も映っていなかった。大人が子供を見据える…ただそれだけの優しい視線
「お前がかつてのガナンのような悪意を持つ人間でないことは分かる。そして陛下の剣として立ち入るものを屠続けた我もお前と同じように他者に理解されぬ価値観を持っていた…
だがだからこそ、悪ではないと分かるからこそお前の…【慈愛の怪盗】としての生き方は断固として否を突き付けさせてもらう」
「否と、そう突き付けたところで私は変わりません、私はこれからも美術品のために──「それならお前の価値はどうなる」
…!
「どんな人間か、どんな生き様か、どんな価値観を持っているのか、己の道を決めるのは当人だ。しかし事実を決めるのはそれを目撃した大衆になる。
…すまないな、先も言ったが我に美術品のなんたるかはまるで分からん。
だからこれは【慈愛の怪盗】にではなく【美術品を守りたいと考える心優しい生徒】に向けた言葉だ。
──今日で怪盗をやめてシャーレに来てくれないか」
「…!!」
「美術品もそれを利用した犯罪者も数え切れないほどいるのだろう
怪盗という呼び名が定着するほど長く繰り返してなお世界は変わらない
ならば別のやり方で美術品を守るしかないのではないか?」
「それは………」
「お前の生き方を否定はしないが…お前1人でこのまま続けても先は無い、我はシャーレの先生であり守護天使の代理だ、その信念を朽ちさせないためにも、どうか手をとって欲しい
お前の守りたいものを共に守らせてくれ」
差し出された彼の手、こちらを気遣う優しい手。同じ価値観は共有できずとも、それでも見捨てられないと差し出された手。
ほんの一瞬、思わずその手を握り返しそうになり──それを誤魔化すように言葉を紡ぐ
「あなたは…こんな私でも真剣に取り合ってくれるのですね」
「七囚人であり、犯罪者と呼ばれていたとしても…最後に信じるのは大衆の声ではなく、我の目で見たものを信じたい
我にとってはもうお前も守るべき大切な生徒だ」
「────そう、ですか」
本当は同じ七囚人の狐坂ワカモとの関係や、彼自身の目的など聞きたいことがあったがもはやそこを考えるだけのリソースは残されておらず、逃げるようにビルの屋上から飛び降りる
「っ…!おい…!」
最後に見えたのは犯罪者である自分を取り逃したという悔しさの表情ではなく、ただ子供が高い場所から落ちたことによる心配…そこから来る焦りの表情…
なぜだか暖かくなった胸の内を押し殺し、上に残した小型スピーカーに声を繋ぐ
「──私の名前は清澄アキラ、仮面の奥に隠された本当の名前です
それではまた会いましょう、ギュメイ先生」
悪を容認、肯定することはできないがそれはそれとして信念を見せたものには敬意を払う…みたいなのが好きな作者のルルザムートです、ハイ。
なんかノリに乗ってそこそこ書いた結果ゲーム開発部の後日談を入れるスペースが無くなってしまった…
それではまた明日…