「親友、大変だ」
「どうした急に」
次の日、放課後になり教室でラノベを読んでいた俺の元へ光希がほんの少しだけ神妙な顔をしてやってきたので何かあったのかと不安になりながら聞き返す。
光希は真剣な表情を浮かべたまま口を開いた。
「僕に合う下着が無いんだ」
「それ男の俺にいう必要ある?」
どう考えても相談する相手間違えると思うんですけど。
そりゃ、それだけたわわに揺れる胸とはち切れんばかりの尻だと合う下着が無いと言われても納得できる。
でもそれを俺に言ってどうするんだよ。
なんで光希はそんなに平然としてられるんだろうか。
恥じらいとかそういったものが全くと言っていいほど感じられない。
「そういうことは基本的に親御さんか保健室の先生、後は店の店員にでも聞けよ。 なんで俺なんだ」
「だって親友はブラとかパンツ好きでしょ? だから色々なこと知ってるかなって」
「お前その言葉で俺の社会的地位殺しにくるのやめない?」
周りで俺たちを見る男子と女子の視線を見ろ。
男子は視線で人を殺せそうだし、女子は憐れみの目と軽蔑の視線が入り混じってるぞ。
そして一部からは殺意にも似た感情が伝わってきてるから。
頼むからそんな目で見ないでくれ。
「だから学校が終わったら買いに行こうよ」
「やめろって、本当にお前これ以上火に油を注ぐな」
「親友も見たくない? このナイスバディが身に纏うセクシーな下着を」
とっても見たいです。
でもそれとこれとは話が別だ。
話が進むにつれてどんどん俺がヤバい奴認定されていくじゃないか。
どうしてくれる。
このままだと犯罪者扱いされかねないぞマジで。
「いい加減にしろ馬鹿野郎」
さすがに我慢ならずチョップを落とした。
痛みは無い程度に手加減してやったつもりだ。
「あんっ♡ 酷いじゃないか親友。 女の子に手を挙げるだなんて僕の性癖に刺さるぞ」
「艶っぽい声を出すな。 いとも容易く性癖暴露すんな」
艶やかな声をあげて抗議してくる彼女を見下ろしながら溜息を吐くしかない。
こういうやり取りはいつもと変わらないはずなのにどこか違和感を感じるのは俺だけなのだろうか。
「ほら見ろ。 お前が艶やかな声をあげたせいで近くにいる男子達が前屈みになっちまったじゃないか」
前屈みになった男子達に女子達の冷ややかな軽蔑の視線が突き刺さっている。
中には恍惚な表情で倒れているやつもいる始末だ。
大丈夫かあいつ。
「あっはっは……はぁ……笑った笑った。 ごめんごめん冗談だってば。 それでさ、買い物付き合ってくれないかい? 一人で行くの寂しいし」
両手を合わせて懇願してくる姿を見ていると仕方ないという思いが強くなってくる。
まぁ断る理由も特に思いつかないしな。
何より困っているみたいだし手を差し伸べてやるべきだろう。
前屈みの男子のことを放置しつつ、俺と光希は揃って教室を出て街へ向かうことにした。
街まではそこまで遠くなく、歩けばすぐに着く程度の距離だ。
道中は特に何も起きなかったので割愛するとしよう。
無事に辿り着きショッピングモールに入るなり俺たちはまずランジェリーショップへと向かった。
「この店、広いね」
「……俺かなり疎外感感じてるんだけど帰っていいか?」
「駄目だよ。 しっかり選んでもらわなきゃボクが困る」
ランジェリーショップを前にして俺は一人脱走しようとしていたところを光希に腕を掴まれて阻止される。
その際に俺の腕は光希の柔らかい胸の感触が押し付けられる。
「安易に胸を押し付けてくんな。 慎みを持てや」
「慎みを持っていたら親友をこんなところまでは連れてこないんだよね!」
確かに光希の言うことに一理ある。
だが、そういうということは自分で慎みを捨て去ったと言っているようなものだからやめておいた方がいい。
慎みがないからどんどん俺の腕が光希の胸の谷間へと吸い込まれていく。
人肌の暖かさと柔らかさが同時に来て俺の頭がバグりそうになる。
やめろ、現在進行形で御立派な胸を押し付けるな。
「こうすれば親友は逃げられないし、お店に入りやすいだろう? 何も考え無しにこういう事をしているわけじゃないのさ」
「本音は?」
「流石に僕もこの店に一人で入るのは勇気がいるね。 エロが目の前にあるのに少し尻込みするような感じと一緒だ」
「絶妙にわかりづらい例えなんだよなぁ」
言いたいことは何となく理解できるのが腹立たしい。
結局そのまま抵抗することも出来ずに店の中へと足を踏み入れることになった。
「いらっしゃいませ〜!」
中に入るや否や女性店員さんが元気よく挨拶をしてくれる。
その声に反応するように少しだけビクッと肩を震わせる光希の姿があった。
しかし、すぐ気を取り直したのか堂々としているのが見て取れる。
こういうところは肝が据わっている。
「さて、どうしようか親友。 一通り見て回ってみるかい?」
「俺が見て回るのはあまりにも無理があるだろ」
男がランジェリーショップを見て回るのはどう考えても違和感しか感じない。
少なくとも周りの女性客には白い目で見られることだろう。
下手したら通報案件になりかねないためできるだけ目立たないようにしたいところだ。
「それなら一緒に選ぼうか。 その方がいいだろう?」
「いやそれは勘弁願えませんかね?」
何を言っているんだこいつは。
俺が選ぶってことは必然的に光希の体を見なければいけないわけだ。
いくら中身は男同士とは言え羞恥心というものは存在するわけで。
ましてや今の光希は女なのである。
美人だし可愛いところもあるため、つい意識してしまうこともあるわけで。
正直言うとあまり見たくはないし出来ることならば避けたい事態だ。
「いいじゃないか親友。 恥ずかしがることはないと思うよ」
「絶対おかしい。 恥ずかしいとかそういうのじゃないんだが?」
「ボクは見られても構わないけれど」
「お前が良くても俺が良くないんだよ」
ただでさえ男子を確定で前屈みにさせるほどのスタイルを全面に押し出しながら、下着のファッションショーなんてされた日にはテクノブレイクしかねない。
今の俺の状況はそういう危機に瀕している。
光希のスタイルはこのショップの中にある客の中でもダントツに位置するレベルであり、並大抵の女じゃ太刀打ちできない程の破壊力を持っていると言っても過言ではないだろう。
現に今も周囲の少ない男性客が鼻の下を伸ばしているのが丸見えなのだ。
視線を集める要因としては十分過ぎるほどに揃っているだろう。
しかも本人は気付いていないと言うのだから質が悪いとしか言い様がない。
こうして話している間も背中にチクチクと感じる視線の数々が俺の精神に多大な負荷をかけているのだ。
勘弁してくれ、お願いだから早く終わってほしい。
切実にそう思った時だった。
「親友。 これなんてどうだろう?」
「……ん。 どれだよ」
突然声をかけられ反射的に振り返る。
すると目の前に飛び込んできた光景に目を疑った。
そこにあったのはかなり大人びたデザインの黒いブラジャーを持った光希の姿だったのだ。
レースが施された素材により妖艶さを醸し出しており、それでいて美しい印象を受けるようなものだった。
大きさは言わずもがな、圧倒的な存在感を放っていることは明白であり、見ているだけでも興奮を覚えてしまうほどだった。
さらに特筆すべき点はサイズ感が絶妙という点であろう。
光希の豊満すぎる胸をしっかりと支えつつも窮屈そうには見えないところもまた良い。
それでいて光希が持つ本来の魅力を引き立ててくれるデザインであることは明らかだった。
まさに至高の一品とも言えるに違いないだろう。
まさにパーフェクトボディを持つ光希によく似合う最高の逸品と言えるのではないだろうか。
普通に見惚れてしまうような美しさを秘めており、彼女の魅力を最大限に引き出してくれるのは間違いない。
しかし、これだけは言っておかなければならない。
「普段使いにするにはエロが先行しすぎだろう。 もうちょい抑えめのにしろよ」
「え? でもお母さんは普段でもこんなブラとパンツ身に付けてるけど?」
「お前の親御さんの下着事情は聞かなかったことにしてやる。 いいか光希、よく考えてみろ」
俺がそう言うと光希は首を傾げながらも真剣な表情で考え始める。
その様子を見守りながらしばらく待っていると何かを思いついたような表情に変わったのがわかった。
そしておもむろに口を開く。
「なるほどわかったぞ。 つまり親友はこう言いたいんだろう? もっとえっちで可愛げのあるものを選べってことだよね?」
「全然違うわど阿呆。 まずはそんなお高そうなやつじゃなくてスポブラとかにしろって言ってんだよ。 誰が露出度高めのスケベ下着を選んでこいって言ったんだよ」
俺がそう言った瞬間、何故か嬉しそうな表情を浮かべられたような気がした。
一体なんなんだその顔は。
まるで新しい玩具を見つけた子供のような目をしやがって。
嫌な予感しかしないんだが気のせいであってくれよ神様。
「スポブラかぁ……そういうのもあるんだね。 ちょっと探してくるね」
そう言って嬉しそうに笑いながら光希はその場から離れて行った。
その姿を見送っていると安堵の溜息が出る。
このままここにいれば間違いなく光希はエグいくらいにエロい下着を幾つか持ってくる筈だ。
それをさせない為に、飾り気のない下着を持ってくるように勧めたのは英断だっただろう。
「一着目から黒のレース下着は飛ばしすぎだろ。 こっちの身が持たん」
ああいった下着は割と好みドストライクなのでやめていただきたい。
あまりにも股間に悪すぎる。
しばらくすると光希は両手にいくつかの商品を持って戻ってきた。
「親友、こんなのはどうだい?」
「どれ見せてみろ」
差し出されたものに視線を向けてみるとそれらはどれも似たようなデザインをしており可愛らしい柄のものばかりだった。
パステルカラーを基調とした色合いが多く使われているもので全体的に丸みを帯びたものばかりだ。
中でも目を引くものがあるとすれば花柄のデザインをした水色のものとリボンのついたフリルがついた白の二種類だろう。
どちらもなかなか悪くないチョイスだと思った。
あとはこれを普段使い出来るかどうかの問題だけだが果たしてどうなることか。
そう思いながら眺めていると不意に声をかけられた。
振り返ってみるとそこにいたのは店員さんのようだ。
彼女は俺達の方へと身体を向けると微笑みを浮かべたまま話しかけてきた。
「何かお困りですか?」
優しい口調で話しかけてくる様子はとても好感が持てるものだった。
きっとこの人は普段から客と接することが多いのだろう。
経験豊富であることが窺える落ち着いた対応を見せる彼女に対して光希は笑顔で答えた。
「実は下着を買いに来たんですけどわからなくて困ってたんです。 教えてくれませんか?」
「あら、そうだったんですね。 それならご案内させていただきますね」
それを聞いた店員は快く了承してくれたようでそのまま案内をしてくれた。
試着室に案内されるといくつか種類があるようでそれぞれ色が違っているようだ。
その中で気に入った色があったらしく迷わずそちらの方を選ぶと光希はカーテンを閉める。
数分後、その中から現れた光希の姿に思わず息を飲んだ。
先程まで着ていた服の上からでもはっきりとわかるぐらいに大きく膨らんだ胸元が強調されているせいなのか、妙に色気が増したように感じる。
下半身の方もキュッと細くなっていて美しく見えた。
「どうだろうか親友、似合っているかな?」
そう言いながらポーズをとる光希に思わず見惚れてしまっていた。
こんなにも綺麗な女性がこの世に存在していたんだなと思い知らされてしまう。
だが思い出さなければならない、奴は元男だ。
その事実を忘れないように注意しながら返事を返すことにした。
「ああ……いいんじゃないか? これなら普段使いしても大丈夫だろう」
我ながらひどい褒め言葉だと思った。
しかし光希は特に気にした様子もなく嬉しそうに笑うだけだった。
どうやら機嫌がいいらしい。
まぁ喜んでくれたのならそれでいいんだけどさ。
「ふふん。 親友が気に入ってくれて嬉しいよ」
光希は自信満々といった様子で仁王立ちをしている。
心なしか腰に手を当て胸を張っているような姿勢を取っているせいか余計に胸が大きく見えているような気がする。
「やっぱり彼女さんにはこういう綺麗な方が似合いますよね。 お客様とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます」
店員の言葉に嬉しそうに答える光希を見ながら考える。
やはりどんな形でも美形の力は凄いものだと改めて思う。
何を着せても様になってしまうのだ。
これがモデル体型というやつなのだろう。
そこまで美醜に頓着がない俺が見ても惚れ惚れするほどの美しさを兼ね備えているのだから驚きである。
「どうかな? 似合ってるかな?」
不意に話しかけられてハッと我に帰る。
どうやら無意識に見つめてしまっていたらしい。
慌てて視線を逸らしつつ咳払いをする振りをしながら誤魔化す。
ニヤニヤとした笑みを浮かべながらこちらをじっと見つめてくる光希に居心地の悪さを覚える。
それにしてもさっきから随分と楽しそうだなこいつ。
「彼氏様も褒めてあげたら如何でしょう?」
「彼氏じゃないです」
「彼氏様は恥ずかしがり屋さんですね」
「話聞いてます?」
店員も本性を表したかのように俺の話を無視している。
何度も言うが、俺は光希の親友であって彼氏ではない。
既に悩殺されかかっているが、光希が元男である事を忘れていないからギリギリ耐えられている。
そうでなければとっくに堕ちていたかもしれない。
「〜♪」
「お客様、こちらの下着は如何ですか?」
光希の方に視線を向けると楽しそうに鼻歌を歌いながら次の下着を選んでいる姿が見えた。
その手に持っているものは先程よりも明らかに布面積が少ないものであり、最早隠す気すらないような際どいデザインをしていた。
おまけに肩紐もないタイプのため肌を晒す事が前提とされているようなものになっており、光希の裸体をほぼ隠すことなく晒すことが可能となっているものだ。
もはや下着としての機能を果たしているのか怪しくなるレベルである。
だが当の光希はそんな自分の姿を見ても動揺することなく冷静に観察していた。
おそらく恥ずかしさよりも興味関心の方が勝っているんだろうなと思う。
その証拠に頬を赤らめてはいるが恥ずかしそうな仕草を見せようともしないからだ。
それどころか自分が着ている下着を改めて確認するかのように体を動かし始めたりと自由奔放っぷりを発揮していた。
その様子を見た店員さんが若干引いているように見えたのは黙っておこう。
多分この人には刺激が強すぎたのかもしれない。
「う〜ん……こういうのもいいと思うんだけどなぁ。 でもこれ結構高いんだよね……どうしようかな……」
悩む素振りを見せているが買うつもり満々のようだった。
やめい、そんなの間近で見せられたら俺も前屈みになってしまうだろうが。
普通に買うならせめて一つ前の普通のにしておけ。
「……よし、親友の目が血走ってるからこれらにしておこうかな」
「おい、さも当たり前のように俺が興奮してるように言うのやめろ」
何で光希はこう俺が社会的に死ぬような発言を繰り返すのだ。
今の発言のせいで隣に居る店員が生暖かい目で俺の方を見ているのが、視線を向けなくてもわかるぞ。
そんな俺の呟きも何のその、光希は普段使い用の下着数点と先程の誘惑するような下着数点をかごに入れてレジへと向かうことにしたようだった。
会計を終えた後、袋詰めが終わり受け取った俺達は店を後にしようとする時ふと気になって聞いてみたことがあった。
「そういえば下着以外に服とかはいいのか?」
「今のところ大丈夫かな。 学生服は急遽買うことになったけど、私服はお母さんの借りれば良いからね」
「そうなのか」
それならば俺からこれ以上言うことはない。
決して、藪蛇をしてこれ以上服を買いに行くことになるのが怖いとかそういうことでは無い。
「……アリかな」
「何か言ったか?」
「ううん。 ちょっとした独り言だから大丈夫、気にしないで」
そう呟いた声は店内BGMによってかき消されていった。