親友を〜 第6話
翌日、俺がいつものように教室に入るとクラスの生徒たちが何やらざわついていることに気付いた。
教室内を見ればその原因はすぐに分かった。
光希である。
昨日までは男子の学生服であったが、今日の光希が着ているのは正真正銘女子の学生服であった。
その姿の破壊力はあまりにも圧倒的過ぎており男子生徒の視線は全て釘付けとなっていた。
女子生徒たちも興味津々といった様子で遠巻きに眺めており、誰もがそのスタイルへ羨望の眼差しを向けていたのだ。
「その気持ちはわからんでもない」
あれほどまでの豊満な身体を学生服では隠し切るのは難しい。
現に女子の学生服ですら、胸元を大いに押し上げ、臀部に至っては張り裂けんばかりになっているのがわかるほどだ。
光希はエロ同人界から来たキャラクターか何かだろうか。
もし仮にスカートの下にスパッツなどを着用しなければ今頃どうなっていたのか想像もできないほどである。
それほどまでに危険な状況に陥ってしまうことが容易に予測できてしまうほどであった。
しかし当の本人はそれを気にするどころかむしろ見せるような形で振る舞っているようにも見える。
そのせいで一部の男子生徒たちは前かがみになっている者や鼻血を出しかけている者もいたくらいだ。
その猿並みの性欲を少しは隠せばモテるだろうに。
だが、それも仕方のないことだと言えるだろう。
あんなものを見せつけられれば誰だってそうなるに決まっている。
俺だって危ないんだからあいつらの気持ちはよく分かるというものだ。
それからしばらくの間、光希の周りには常に人だかりができており質問攻めにあっていたようだが本人は終始笑顔のまま答え続けていた。
「光希くん、一つ質問なんだけど……学生服が女子の物に変わってるけど下着とかどうしてるの?」
「下着かい? 一応昨日急遽買いに行ってきたよ」
「そうなの? 今は同じ女の子だから私達が教えてあげようと思ってたんだけど……。 家族と一緒に行ったのかな?」
「いや、親友と二人でだけど」
その言葉を聞いた瞬間俺は全力で逃走する準備を完了させていた。
あのアホはとてつもない爆弾を残していきました。
男子と女子の妬ましい視線という名の爆弾です。
ちくしょう、逃げるタイミング完全に失ったじゃないか。
この後の展開を考えると気が重いにも程がある。
「へぇー、その親友くんと何処に行ったの?」
「デパートだよ」
「デパートの何処へ?」
「下着売り場」
光希さん、どんどん逃げ道を減らさないでくれませんかね。
俺を見る級友達の視線は時間と言葉を増すごとに冷たくなっていった。
まるで汚物を見るかのような目付きであった。
どう考えても俺の社会的地位が容赦なく消し炭にされつつある。
「おい、光希それくらいに……」
「親友君は黙ってて」
「あっ、はい」
一瞬で黙らされた俺はスッと椅子に座り直し静かに話を聞くことにした。
下手に口を挟むより黙っていたほうが身のためだという判断を下した結果の行動である。
この話はまだまだ続きそうな事にげんなりとした俺は悪くないだろう。
その後、光希は女子達に根掘り葉掘り聞かれていたが上手く流したり誤魔化したりしていたおかげでそれ以上の追及はなかった。
なんとか窮地を脱することができたようだ。
「ふぅ……」
俺は自分の席に座ったと同時に大きなため息が出た。
まさかここまで激面倒な事になると思わなかったので精神的に参ってしまったようだ。
そんな中、一人の人物が歩み寄ってくるのが見えた。
その人物は俺の友人でもある人物だ。
名前は『佐藤洋介』といい、眼鏡をかけたインテリ風な雰囲気の男である。
見た目通り頭脳明晰で成績優秀であるためクラス内では一目置かれている存在でもあった。
「よう八木君。 なんかお疲れみたいだな」
「誰のせいだと思ってるんですかねぇ!?」
悪びれもなく笑顔を見せながら話しかけてきた洋介はいつも通りの様子だったので少しイラっとしてしまった。
そもそも光希が変なことを言うから面倒なことになったんじゃないかと思っていると後ろから肩を叩かれる感覚を感じた。
振り返るとそこには満面の笑みを浮かべている光希の姿が視界に映る。
「親友、今日は家で遊ぼうか」
「唐突だなおい」
俺の言葉は右から左に聞き流しているのかはたまた聞こえていないのかは不明である。
相変わらずマイペースな性格をしている奴だと思いつつも付き合ってやることにする。
どうせ断ったところで強引に連れて行く気満々だろうし諦めざるを得ないからな。
まったく困ったもんだと思いながらも結局は承諾してしまうあたり俺も大概甘いところがあるよなと思ってしまう今日この頃であった。
◆◇◆◇◆◇
自宅に帰ってきた俺達は早速ゲームの準備を始めていた。
ちなみに両親は仕事で出掛けているため不在である。
その為気にせず二人で遊べるというわけだ。
準備が終わった頃を見計らっていたのか丁度よく光希がやってきたところだった。
服装は既に制服ではなく部屋着になっていたため着替えを済ませてきたことがわかる。
何故、俺の家に光希の部屋着が置いてあるのかはどちらの家にも泊まりに行くことが多く、いっそのこと置いておいた方が便利だからだ。
両親からの許しもあって問題はないと判断しているし今更そんなことを気にしたところで仕方がないとも思うのだが。
そんなわけで見慣れた格好となったわけだが今回はいつもと違って新鮮味を感じることができた。
なんというかいつもより可愛く見える気がするのは目の錯覚だろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも重要なことがある。
それは……
「胸元キツすぎないかそれ?」
「流石に男物だとキツイね。 こんなにパッツパツだよ」
圧倒的にボディによる服いじめである。
ただのTシャツのはずなのに、まるで無理矢理押し込んでいるように見えるくらいパンパンになっていたのである。
光希自身元々体のラインが出やすい服を着ていたので尚更強調されていたりする。
ただ大きいだけならまだしも、形がハッキリ出ている上にかなりのボリュームがあるので色々と目に毒だったりもする。
本人にとってはそれが狙いなのかもしれないが。
それにこれはあくまで推測に過ぎないがノーブラだと思う。
何故ならさっきから動く度に揺れているような気がしてならないからだ。
というか確実に揺れていますよねコレ。
まあ落ち着け俺。
こういう時こそ冷静になるべきだ。
なぜなら相手は元は男だという事を忘れるな。
ここで理性を失ってはいけないのだ。
よし落ち着いてきた。
「じゃあゲームするか」
「ふふっ、親友今日のボクは一味も二味も違うことを教えてあげよう」
「ほう? 練習時間もほとんど無かったはずなのに強くなったと?」
「まあ、百聞は一見にしかずだよ。 実際に見せてあげよう」
その自信はどこから来るのだろうか、不思議でしかない。
それでも挑戦することに意味があると思った俺はコントローラーを握って画面に集中する。
光希が使うキャラはいつも通りのコンボ主体のキャラである。
対する俺はカウンター主体のキャラを選択して画面が切り替わるのを待つ。
そして、戦い始めて俺は絶句する事になる。
「どうだい親友? ボクが言ってたこともあながち間違いではないだろう?」
「いってろ……! これならどうだ!」
俺のキャラが光希の操作キャラに攻撃を仕掛けるがーーー
「ダメだよ、お触り厳禁」
「は? 何でそのタイミングで回避間に合うんだ!?」
華麗に避けられ手痛い反撃を喰らってしまう。
そのままコンボに繋げられ、みるみるうちに俺のキャラの体力ゲージが減らされていく。
更にそこからコンボが続くとついに俺のキャラは力尽きてしまった。
画面に表示されるYOU LOSEの文字が大きく浮かび上がる。
「嘘だろ……負けたのか」
「ほら、ボクの言った通りだっただろう」
誇らしげに豊満な胸を張りドヤ顔をする光希だったが、俺は悔しさのあまり呆然とすることしかできなかった。
まさかここまで一方的にやられるとは思いもしなかったからだ。
しかも操作自体は以前と変わっていないはずなのだ。
一体何が違うというのか。
「何で急激に強くなったんだ? 練習時間なんて無かっただろ」
「話すと簡単なんだけど、言ってみれば操作に反映するレスポンスが早くなったというのが適切かな」
「レスポンス?」
「前までは結構感覚でやってるところが多かったんだけど、女の身体になってからかな? 不思議と相手の動きがわかりやすくなってコマンド入力もスムーズに行くようになったんだよ」
女体化にそんな効果があったとは驚きである。
流石に個人差はあるだろうが、光希はそういう事に秀でるタイプだったのだろう。
そう考えればあれだけ反応が早くて、コマンドのミスもなく対応している理由にもなる気がした。
「まだ女の身体に慣れないけどね。 まぁコツさえ掴めばすぐに慣れると思うよ」
確かにその通りだとは思う。
その精密な指先の感覚は素直に羨ましく感じる部分ではあるが。
「どうだい親友?」
「素直に凄いと言ってやりたいが釈然としないな……」
女になる事で強くなるなんて誰が予想できようか。
だが実際問題として目の前にいる以上認めざるを得まい。
それに悔しいことに反論できる材料も無い。
こうなったら次は絶対に勝つしかないという意思を固めていくことで納得することにしようじゃないか。
その後も何度か対戦したが結果は変わらず全敗で終わった。
途中から集中力を切らして雑になってしまった所為もあるが、それ以上に実力の差がありすぎて話にならず惨敗を喫したのだった。
「はぁ、もう諦めるとするかね」
「おや? 降参してくれるのかい親友」
「そうだな。 今のお前を相手にするのは骨が折れそうだ」
やれやれと言った様子で肩をすくめる俺を見て満足そうに微笑む光希の顔はどこか満足気な様子だった。
その姿がパッツパツの部屋着でなければ格好もついた事だろう。
本当に顔と身体の暴力が過ぎる。
イケメン女子と言っても過言ではないほどに整った顔に、グラビアアイドル顔負けどころか見ただけで意気消沈させそうなプロポーション。
完成された女性と表現するのも違和感が無い程に完璧な美貌を持っていた。
「ちょっと休憩を入れようか。 親友、麦茶でも飲むかい?」
「何でお前がウチの冷蔵庫事情知ってるのかこの際聞かないでおいてやる。 とりあえず麦茶飲むわ」
「OK、ちょっと待っていてくれたまえ」
そう言うと台所の方へと向かって行った。
そこで俺は光希の後ろ姿を不意に見てしまい心臓が跳ね上がるような感覚に襲われる。
お尻を強調するかのように突き出される形で歩く姿は魅惑的に見えた。
当然の如く胸もその大きさ故に非常に目立つ形をしている事もありどうしても目が奪われてしまう。
男の頃には無いものがそこに存在していると思うとつい目線を奪われてしまっても無理はないと思う。
「お待たせ」
そんな事を考えているうちに光希がお盆の上にコップを乗せて持ってきたようだ。
氷の入ったグラスの中に入ったお茶を眺めながら少しずつ飲んでいく。
冷たさと共に広がるスッキリとした味わいを堪能していると、いつの間にか隣に座っていた彼女がこちらを見て微笑んでいたことに気づく。
その表情はまるで聖母のように優しく包み込むような慈愛に満ち溢れており、見つめられるだけで心が安らいでいくのを感じた。
思わず見惚れてしまうほどで暫くの間お互い無言の状態が続いたが、やがて先に口を開いたのは光希の方だった。
「どうしたんだい親友? そんなにボクをまじまじと見て」
そう言われて初めて気づいたんだが俺はずっと見つめていたみたいだ。
そりゃいきなり凝視されたら疑問を抱くのも無理はないだろうな。
本当の事を言うのは負けた気がするから適当にごまかしておく。
「いやぁ別に大した理由はないんだけど……ただ、やっぱ美人だなぁって思ってさ」
「……ふぅん。 親友の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ」
ほんの少し照れ臭くなり顔を背けようとしたその時、光希の顔が急に近づいてきたかと思えば耳元で囁かれるような形になった。
吐息混じりの声が鼓膜を刺激し、ゾクッとする感覚が背筋を襲う。
「親友は……ボクのこの身体に良い感情を持っている、そう捉えても良いんだろうか?」
艶っぽい声を出しながら、光希の表情は妖艶な笑みへと変わりゆっくりと顔を近づけてくる。
互いの鼻頭が触れ合いそうになるほどの距離まで迫ると視線が交差した。
心臓の音がうるさいくらいになっていくのがわかる。
このままではマズイと感じた俺は咄嵯の判断で離れようとしたが腕を掴まれ阻止されてしまった。
光希はそのままさらに身を寄せてきて密着状態となる。
柔らかな胸の感触が伝わり心地良さと安心感を与えてくれた反面、興奮を煽る要因にもなりつつあった。
このままではお茶の間にお届けできないようなあられもない姿を見せてしまうだろう。
「ねえ、親友……親友が良いならこのままーーー」
光希の手が俺の顔の方へと伸びてくる。
このままいけば唇を奪ってしまいかねない勢いだ。
それだけは避けなくてはならない。
だからこそーーー
「はい、お触りは厳禁だぞー」
「いだだだだだっ!?」
伸びてきた光希の腕を取って俺はアームロックをお見舞いしてやった。
突然の痛みに耐え切れなくなった光希は慌てて拘束を解いて膝立ち状態になる。
その際にバランスを崩したのか盛大に尻もちをついていた。
痛みに悶絶している姿に少しだけ同情するが自業自得だろう。
「何するんだ親友!? めちゃくちゃ痛かったじゃないか!!」
涙目になりながら抗議してくる彼女に呆れつつも溜息をつくしかなかった。
「だまらっしゃい。 大体なんださっきのセリフは?」
「何ってそのままの意味だけど。 親友が望むならこのまま襲われてもいいと思っていたんだけどね」
「頼むからやめてくれ」
さすがに冗談だと思いたいが、残念ながら光希が割と本気の目をしていた事は否定できなかった。
もしもあのまま進んでいた場合、かなり不味いことになっていた可能性もあったことを考えると冷や汗が流れそうになる。
「まったく油断も隙もない」
「親友が悪いんだからね! いきなりあんなこと言ってくるんだもん!」
頬を膨らませてそっぽを向くその姿は怒っているというよりも拗ねているといった感じだ。
その証拠にチラチラとこちらの様子を窺ってくる姿からは小動物的な可愛さを感じられるような気がした。
そんな彼女を見ていると自然と口元が緩んでしまうのがわかった。
いかんいかん、このままだとまたからかわれてしまうかもしれん。
気を引き締めないとな。
「悪かったって、機嫌直してくれよ光希」
「……」
謝罪の言葉を口にしてみたものの反応はない。
どうしたものかと考えてみるものの何も浮かばずに途方に暮れていると、不意に名前を呼ばれた気がしたのでそちらを向くと、なんと目の前に彼女の指先があったではないか。
いつの間に近づけたのかわからなかったが驚いて硬直している間に唇に柔らかい感触を感じ取ることとなる。
光希の指が俺の唇に触れていると認識した瞬間思考が停止したかのように真っ白になり何も考えられなくなった。
数秒間の沈黙の後ゆっくりと離れていく彼女の指先を見つめながら呆然としていると再び声をかけられる。
その声はとても甘く脳髄を刺激するように響いたような気がした。
「今回はこれで許してあげよう。 でもね、次はもっとすごいことしてあげるから覚悟しておくといい」
そう言って悪戯っぽく微笑んだ彼女を前に何も言えずただただ立ち尽くすしか出来なかった。