「あれ、そんなところで突っ立ってどうしたんだ八木君?」
「……ん、何か下駄箱の中に入っててな」
朝登校してきた洋介が俺の姿を見つけて声を掛けてきた。
玄関のど真ん中で突っ立ったままなのは悪目立ちしていたのだろう。
そんなことも気付かないほど、俺はこの目の前にある物ーーー薄ピンク色の便箋、所謂ラブレターというものを凝視したまま固まってしまっていたのだ。
こんなもの生まれて初めて貰ったものだから内心困惑している。
「なになに、面白そうな物が届いてるじゃないか」
横から覗き込んだ洋介がそんなことを言うものだから余計に困惑の度合いは増していく。
何故俺みたいな奴にこんな物を送ってきたのだろうか。
顔も普通より厳つくて怖いし、ガタイはヤケにデカいと彼氏としては落第点もいいところなのになぜ俺に好意を抱いてくれる人が居るのかと首を捻るばかりだ。
「どうしたもんかね」
「答える気はあるのか?」
「……ん、先ずは中を見てみようか」
一先ず考えごとは後にしようと思い封を切って中身を取り出す事にした。
開いてみると一枚の紙が出てきたので確認してみると内容は至ってシンプルであり、たった一言だけで済まされている文章だけが書かれていた。
"放課後体育館裏で待っています" これだけであった。
あまりに短すぎる内容に洋介と顔を見合わせる。
「何と言うか……直球だな。 これを書いた娘」
「遠回りに書かれるよりよっぽど良いと思うんだが? 何にせよ、放課後に校舎裏か」
「いくのか?」
「せっかく書いて寄越してくれたんだ。 行かないのは不義理だろ」
調子の良いことを言っているが、本当はどんな娘がこれを書いてくれたのかが気になるだけである。
振るにしてもOKを出すにしても、先ずは顔を見ないことには始まらない。
「八木君間違っても光希にはそれを見せるなよ」
「何故だ?」
「いや、あいつ……じゃないか。 彼女に知られずこの子の所へ行くんだ。 いいな? フリとかじゃないからな?」
いつになく真剣な表情を浮かべる洋介の目は真剣そのもので嘘偽りないものだと確信できた。
普段はふざけてる印象が強いだけにこういう表情をされると信頼せざるを得ないと感じる辺り不思議なものである。
結局その日は何事もなく昼休みを迎えることとなった。
因みに光希は相変わらず大量の弁当を食べていたので特に変わった様子は無かったように思える。
強いて言えば時折こちらを見るような視線を感じた位だろうか。
一体いつから見ていたのかわからないが表情を見る限り怒ってはいないようで安心した。
後は放課後になれば全てが解決するはずだと信じて疑わなかった。
ホームルームが終わるや否や俺は指定された場所に向かうべく行動を開始する。
「親友、終わったから一緒に帰るとしよう」
「悪いな光希、この後少しやることがあってな。 先に帰っていてくれ」
「やること? 何だいそれは」
「先生の手伝いだよ。 運びたい荷物があるんだけど重たいから手伝って欲しいんだと」
「ふぅん……」
荷物運びは誤魔化すための口実だが半分くらいは本当のことなので問題ないだろうと自分に言い訳をする。
何とか納得してくれたのかそれ以上追求されることはなかった。
「じゃぁ先に戻ることにするよ。 また明日会おう」
手を振って見送りをする。
「……やけに素直だな……何かありそうだ。 洋介いるか?」
「はいはい八木君、いるぜ」
「光希の監視を頼む。 俺の今日の様子で何か感じ取ったかもしれない」
「オーライ、報酬は?」
「昼飯のおかず一品分けてやる」
「交渉成立だな。 学校から離すよう仕向けるよ」
そう言うや否や洋介は教室を出ていった光希を足早に追いかけていった。
さてと、急いで向かわねばなるまい。
遅れるわけにはいかないのだから。
俺は机の横に掛けてあった鞄を手に取り席を立つと目的の場所を目指して歩き始めた。
目的地に到着すると既に先客が待っていたらしくこちらを睨みつけるようにして佇んでいた。
肩ぐらいの長さの黒髪の少女が立っていた。
肌の色は白く華奢な体つきをしていて清楚な感じを受ける雰囲気を纏っていた。
顔立ちはとても整っていて可愛らしい部類に入ると思うが、何故かあまり好感を覚えられなかった。
寧ろ警戒心のようなものを抱かせる何かが感じられるような気がするのだ。
おそらく彼女を見た瞬間多くの人間は好意よりも嫌悪感を持つのではないかとすら思えるほどだった。
正直言うと今すぐにでもこの場を離れたいという気持ちでいっぱいだったのだが、いつまでもこうしていては何も進まないと思い勇気を出して話しかけることにした。
「初めまして、手紙を読んで来たんだが……君が書いた人で間違いないのか?」
恐る恐る尋ねると彼女は小さく首を縦に振った。
どうやら間違いなかったようだ。
異様な緊張感が場の雰囲気を支配している。
こんなことなら光希と一緒に帰れば良かったと思うが後の祭りというやつでしかなく、後悔先に立たずとはこのことかと思い知らされる羽目になってしまった。
しかし、だからと言ってここで尻尾を巻いて逃げ出すわけにもいかない。
覚悟を決めて彼女と向き合うべきだろうと判断した俺は努めて冷静に振る舞うことに決めた。
「それで要件は何だ? わざわざ呼び出すってことは何かあるんだろう?」
問いかけると少しの間を置いて返事を返してくれた。
「ありますよ……要件。 とっても大事でこれ以上無いくらい重要な事が」
「差し支えがなければ教えてくれないか? 気になって仕方ないんでな」
相手の態度が変わったように思えたが気のせいだろうか。
さっきまで感じていた敵意のようなものが強まったように感じられたのだが。
どちらにせよ聞くべきことは聞いておかなければならないだろう。
場合によっては今後の生活に大きな支障が出る恐れもある訳だからな。
そんなことを考えている間に目の前の少女は意を決したように口を開くとこう言った。
「光希さんと別れてください」
「……はっ?」
今何と仰いましたでしょうかこの子は?
聞き間違えではなかったのならとんでもない発言が聞こえた気がしたんですけど?
どう返答するのが正解なのか分からずフリーズすること数分が経過してもなお頭は働かないままであった。
その間もこの娘はじっとこちらを見つめたまま微動だにしていなかった。
恐らくこちらが反応するのを待っているのだろうと思う。
ならばここは誠意を持って対応するべきであると考えを改めることにした。
正直に伝えるべきだろうと思い至り口を開く。
「付き合ってないが?」
一瞬何を言われたのか理解できなかったせいか返事が遅れてしまったがちゃんと伝わったと信じたいところだ。
多分大丈夫だろう、きっと大丈夫に違いないはずであってほしいものだ。
そうでなければ困る。
「どういう意味ですかそれ? 意味がわからないんですけれど」
「言葉通りなんだが」
「嘘ですよ! 光希先輩は貴方に弱みを握られていて夜な夜な学校を全裸で徘徊させられてえっちな配信アプリで全国にその姿を流されて恥ずかしいけどそのみられる事が快感になっちゃって抜け出せなくて貴方の大きいものが欲しいと懇願するようになってもっと泥沼にズブズブ沈められながら抜け出せないようにされてもっとお金を稼がされて貢がされてでもそれが本人の幸せになってしまっていて助けを求めようにももう戻れないところまで来ちゃって身体を貴方に捧げちゃっていたりするんでしょう!?」
「捧げられてないが?」
少女の口から飛び出す卑猥な言葉の数々、そして事実無根の事を言われて俺は頭が痛くなってきていた。
何をどういう考えに至ったらそういうことになるのだろうか。
小一時間どころか納得するまで話し合いたいかなるが、今そんな事をしている暇はない。
先ずは彼女の誤解を解く所から始めなければなるまい。
でないと話が進まない。
「待て、妄想が酷いぞ。 何処をどう取ったらそういう考えになるんだ」
「光希先輩の様子を見ればわかりますよ」
見ればわかると言われても姿が変わった以外に何が変わったというのか。
別に性格はいつも通り人に対するお節介焼きは変わってないし、元が男だからか距離感も近いのも変わらない。
「頭が痛くなってきた……」
少しの会合でここまで頭を痛くされたのは光希が女にTSした時以来である。
「私達からの要求は一つです」
「要求って何だ……って『私達』?」
「知らないんですか? 光希さんのファンクラブの事を」
次から次へと頭が痛くなる情報を持ってこないでほしい。
ファンクラブがある事自体初耳だし、この言葉の流れからしてできてから一週間とかそんな日の浅い会じゃないことは容易に想像できた。
ということは最低でも一ヶ月以上の月日を経た集団ということだ。
人数も大凡の数はわからないが下手したら何十人といる可能性があるのではないだろうか。
考えただけでも頭が痛くなる。
「で、結局君達は俺に何を求めてるんだ……」
げんなりした表情を隠すこともなく投げやり気味に呟くと今度は向こうの方から話しかけてきた。
「光希さんから離れてください。 貴方は相応しくないので」
言ってやったと言わんばかりの得意げな顔で言い放った後に彼女はこちらを見下ろして来た。
その目は鋭く冷たい眼差しをしているように見えた。
その視線を受けて改めて思うことがあるとすれば間違いなく嫌われているのだろうということくらいだ。
初対面なのにこうも嫌われているのは何故なのだろうかと頭を悩ませずにはいられない状況に陥ってしまっているのは不可抗力と言えるだろう。
「無理だと言ったらどうするつもりだ?」
どう考えても気が付いたらそばにいる光希から離れられる気がしない。
あれだけの存在感を持ちながら地味に気配を消すのが上手いのが光希だ。
あの豊満な胸くらい存在感を主張してほしい。
そうすればどうにかなると思いたい。
ここで俺が全てを頷けば事は済む話だと考え始めた頃、少し離れた所から足音が聞こえて来た。
「だ、誰ですか!」
俺の目の前にいた彼女が声を上げるとーーー
「話は聞かせてもらったよ。 親友、こんなに使える……じゃなかった、面白い話をボクに教えてくれなかったんだい?」
洋介によって校舎外へと行っている筈の光希がそこにいた。
しかもこいつ今使えるとか面白い話とか言っていたぞ。
「光希、お前早く帰ったんじゃないのか」
「早く帰ったさ。 途中でまかさせてもらったんだ」
携帯を開いて見てみれば洋介から『すまぬ(´・ω・)見失った』とのメッセージが来ていた。
どうやら撒かれてしまったらしい。
「それにしても、ボクの大事な親友と二人きりになるとはいい度胸じゃないかキミ」
先程までとはうって変わって光希の表情が曇っていくのがわかった。
よく観察すればわかるレベルなのだが普段笑顔で明るい表情をすることが多いからこそ、その落差が余計に際立って見えたのだろう。
そして何よりも目つきが鋭い。
これが彼女が少し怒っている姿だと理解させられる程の威圧感を放ち始めていた。
それを見た瞬間にまずいと思ったのか慌てて弁解を始めようとしていた。
「待ってください光希先輩。 これはですねーー」
しかしその言葉を遮るようにして光希は俺の腕に抱き着いてくる。
それによりたわわな胸が押し当てられて形を変えていた。
制服越しだというのに柔らかく弾力のある感触が伝わってくるのがわかるほどだ。
それと同時に甘い香りも漂ってきており鼻腔を刺激する。
香水ではないと思われるので恐らくボディクリームか何かを使ってケアしているのであろうことが窺える。
それを意識するととてもマーベラスだが、そんな事を言っている場合ではない。
「おいおい親友、随分と嬉しそうじゃないか。 鼻の下が伸び切っているぞ」
「だまらっしゃい」
男なんだからこんなデカい胸を押し付けられたら鼻だってなんだって少しは伸びる。
それくらい元男のお前ならわかるだろ光希。
というかそろそろ離れてくれませんかね?
さっきから当たってるんだよ色々と。
腕に当たる柔らかい感触のせいで意識がそっちの方に持っていかれていたせいで周りが見えていなかったようである。
気が付けば目の前の女生徒が光希と俺、ほぼ俺の方を見て人を眼光だけで殺せそうな鋭い目つきを向けていたのが見えた。
その顔は嫉妬に駆られているのか怒りの形相になっていたのである。
今にも殴りかかってきそうな勢いであるが生憎そんな事を許す訳にはいかない。
何せこれからの話をしっかりとつけるまではここで暴れられても困るからだ。
その為にもまず誤解を解く必要があるわけで。
光希は未だに抱きついているまま動こうとはしなかった。
そのせいで振り解こうとしても身動きが取れずにいたのである。
それどころか更に力を込めてきたのか先程よりも密着度が増していた。
そのせいで余計感触が強く伝わるようになり冷静さを失いそうになってしまう始末であった。
しかし今はそんな事を考えている場合ではなく、この状況を打開しなければならない。
このまま放置していては非常に良くないことになる予感がするのだ。
だから一刻も早く離れる必要があったのだが、どういうわけか光希は一向に離れる気配が感じられないばかりかむしろ力を更に込めてきている始末だ。
「おい、いい加減離せ」
「イヤだね」
小声で話しかけてくる声に俺も小さな声で返すと即答されてしまった。
しかも満面の笑み付きで拒否の意思を示してきやがったぞこいつ。
くそぅ可愛いじゃねえかチクショウめ。
そんなやり取りをしているうちに痺れを切らせたであろう女が動き出した。
勢いよくこちらに詰め寄ると大声で叫ぶように言ったのである。
「光希先輩! そこをどいてください! 私はその人に用があるんですから!」
「親友はボクのものなのでね。 いくら頭を下げられたとしても渡すつもりは無いよ」
光希の反応を見た女は一瞬だけ怯んだものの負けじと言い返してくる。
それからしばらくの間言い合いを続けていた二人だったが、次第に激しさを増していった結果ついに取っ組み合いにまで発展してしまった。
女子達(一人は元男)のキャットファイトが目の前で行われるのを見てこのまま見てるのも良いかと思った俺は悪くないだろう。
「先輩はあの人から離れるべきなんですよ!」
「親友とボクが離れる事はないよ! そちらこそ身を引いた方がいいんじゃないかな!」
流石に光希のスタイルと比べるのは烏滸がましいと言わざるを得ないが、割と女生徒の方も男性受けしそうなスタイルをしている。
それが目の前で取っ組み合いして胸元が縦横無尽に揺れたり、ボリューミーな臀部が左右に振られて視線が離せない。
むしろ離さなくても良いのかもしれない。
男の夢のような光景がそこにあった。
素晴らし過ぎて涙が出て来そうだ。
いやマジで。
もしこの場に男が一人でもいたとしたら迷わず襲い掛かっていたことだろう。
それほどまでに魅力的なものがあったのだ。
あぁ眼福である。
だが一つだけ言わせてもらおう。
「お前達いい加減にしろ」
「ふみゅっ!?」
「うにゃっ!?」
己らは猫か何か。
俺は二人の制服の首元を掴み猫のように持ち上げる。
俺に吊られた二人はぷらーんと垂れ下がりながらもじたばたしていたがすぐに大人しくなった。
まるで借りてきた猫のようになっているのが少し滑稽に見える。
「うぅ〜痛いじゃないですか!」
「全くひどい目にあったものだよね。 もうあんなことはしない方が良いと思うよ」
「どの口が言ってるんだ。 鏡見てこい」
文句を垂れ流す二人を地面に下ろす。
渋々と言った感じでではあるが受け入れてくれて何よりである。
外的要因のお陰でようやくまともに会話ができそうだ。
その前にまずは謝らないとならないことがあることを思い出す。
危うく忘れるところだったわ。
「首を掴んですまんかったな。 緊急とは言え簡単に女性へ触れるべきではなかった(光希を除く)」
「い、いえ、私も熱くなってたと言いますか止めてくださりありがとうございました」
「親友、ボクはもっと触ってくれても構わないよ?」
「お前はこの娘のように慎みを持とうな」
「腕を取ってこんなところでアピールーーーあ痛い痛い痛いっ!?」
光希は容赦なくアームロックを掛けておく。
本当にこいつは例外が過ぎる。
そんな俺達の姿を見て女生徒が吹き出す。
それにつられて俺も苦笑いを浮かべると彼女も釣られるように笑みを浮かべた。
その表情からは先ほどまであった刺々しいものは感じられなくなっていたことに安堵したと同時に少しばかり心を開いてくれたような気がして嬉しくなった。
ふと視線を感じて横を見ると案の定と言うべきかジト目でこちらを見てくる光希の姿があった。
心なしか頬が膨らんでいるような錯覚を覚える程膨らませており不満げであることを隠そうともしない様子だった。
「とりあえずお前は話をややこしくしようとした罰で俺と洋介にお昼のおかず一品献上な」
「罰……? それってえっちなーーー」
「弁当のおかずだっつってんだろ」
「あ“んっ♡」
念の為引っ叩いといたら喘がれた件について。
こいつイケメン女子でボーイッシュ、王子様系でマゾとか無敵か?
いくらなんでも属性を盛り過ぎてるだろ。
ちなみに本人はノリノリだった模様。
何でそこまでドM拗らせたんだよこの女郎さんは。
「まあ、とにかくだ。 君は何がしたいんだ?」
先程の一件により幾分か落ち着いたように見える女生徒は姿勢を整えてから向き直ってきた。
それを見てこちらも真剣に話を聞く態勢を取ることにする。
さあ来るがいいと言わんばかりに待ち構えていると予想外の言葉が飛んできた。
「聞いてた話と違っていました。 女性になってしまった光希先輩は、悪どい男に手篭めにされてるって言われたんです」
「誰だそんな事言い出した奴……」
「でもボクをぞんざいに扱ってる親友は側から見たらそう見えないこともないのかな?」
「普通に関わってるだけでそうなるって事は、どう頑張って火消しに回っても意味ないってことでは……」
普段の行いが悪いわけではないのに何故こうなるのだろうか。
少し頭を抱えた俺を見かねたのか女生徒が慌ててフォローを入れてきた。
「だ、大丈夫ですよ! 今回の事を他の人に伝えて回るので少し経てば落ち着く筈です!」
「本当にそうだといいんだが……」
多分、こういう時の噂話はそう簡単には無くならないと思われる。
ただでさえ話題に事欠かない光希がいるのだから尚更である。
まあ、本人が気にしていないのであれば問題はないのだろうが。
問題は別のところにあるといっても過言ではないだろう。
当の本人といえばーーー
「この流れに乗れば……いや、アリかな。 ……アリかも」
ーーーこの有様である。
先程の真剣な表情はどこに行ったのやら。
ろくでもないことを考えているとしか感想を抱くことしかできなかった。
相変わらずブレないなと感心しつつも溜息をついた。
「親友、提案があるんだけれど構わないかい?」
「何だ?」
「洋介に全部投げよう」
「……まあ、いいか」
哀れ洋介、任務を達成できなかったばかりに面倒事を押し付けられることになろうとは。
とはいえ元はと言えばお前が光希を誘導できなかったからだぞ洋介。
今度会った時にでも飯奢らせるとして、今は目の前にいる女の子の件を片付けねばならない。
「そう言えば君の名前を聞いていなかったな」
「私ですか……? 私は水瀬奏多といいます」
「そうか。 じゃあ水瀬さんと呼んでいいかな」
そう言うと露骨に嫌そうな顔されたんだがどういうことなのか説明してほしいところではある。
理由を尋ねてみることにしよう。
「一応言いますけど、苗字で呼ばれるの苦手なんですよ」
つまり名前で呼べということだろうか。
それはそれでハードルが高い気がするが、まあいい機会だと思っておこう。
これを機に仲良くなれるかもしれないし。
「わかったよ奏多さん。 これでいいか?」
「はい、それでお願いします。 あ、それと私のことは呼び捨てでいいですよ。 後輩なので」
なんか距離が近くなっている気がするのは俺の考えすぎなんだろうか。
さっき会ったばかりなんだけどと思いながら遠い目をしていたら腕を引っ張られたので隣を見れば不機嫌そうな顔をした光希がいた。
むくれている顔さえ可愛く見えるあたり美人というのは得だと思う反面ずるいとも思う自分がいることを認めるしかないんだよなと思いつつも口に出したりはしない。
余計なことを言う必要はないと考えたからである。
「それじゃ俺は疲れたから帰る……」
「八木先輩今日はすいませんでした。 何か埋め合わせを……」
「そんなに気にしないでくれ、気を遣われた方が面倒だ」
「でも……」
「そこまで言うなら、噂が違う事を言いふらしてくれ。 女子が言った方が信憑性が増すから」
俺の言葉に納得した様子を見せてくれたようだった。
意外と素直なところもあるらしい。
そんな俺の表情を見て隣にいた光希が口を挟む。
「それじゃ、親友とボクは帰るとするよ」
光希が俺の腕を引っ張り、その豊満な胸の間に挟んできて腕を抱いた状態で歩き出す。
やめなさい、そのえっちで豊満な胸で俺の腕を挟んだら色々大変な事になるでしょうが。
今は女なんだから慎みを持って欲しい。
あとさりげなく歩く速度を合わせてくれるのは助かるけど、あんまり密着しないでもらえると嬉しい限りではあるんだけどな。
などと思っていればいきなり振り返って悪戯っぽく微笑んで見せた後光希は耳元で囁いたのだ。
「ごめんねえ♪」
そう宣いおったかと思えばそそくさと先を歩いていくではないか。
絶対わざとやってやがると思ったが口に出すのはやめておいた。
本人的には軽く戯れてみただけなのだろうが、俺には刺激が強すぎるということに気づいて欲しかった。
まあそんなことよりも今は無事に帰れるかどうかの方が問題である。
意味のわからん噂が流れてる時点で、帰るにしても待ち伏せしてないとも限らないのだ。
嫉妬に狂った生徒ならば角待ちとか普通にやってきそうだ。
フロムゲーじゃないんだからもっと正々堂々出てきて、光希に言って欲しい。
慎みを持て、と。
毎度何度も言うが、光希はエロ同人界から来たのでは?と疑うくらいにはエロが極まっている。
ボーイッシュでボクっ娘イケメン女子、それでいて身体が豊満でエロいのは最早犯罪だと思う。
公然わいせつ罪でしょっ引かれても知らないぞ。
「ふぅむ……この状況、結構アリだね。 ヤリようによっては……」
「何の話だ」
「こっちの話さ。 親友は何も気にしなくて良いよ、何もね」
「どう考えても俺にとって面倒なことが起こる前触れだろう。 いらんことするなよ?」
「善処はしよう」
絶対に善処しないやつだろう、それは。
そんな光希の姿に溜息を吐きながら、俺達はそそくさと帰り道を歩いて行くのだった。