「親友、ソフトSMプレイするって言ってたから縄と首輪持ってきたんだけどどう?」
「いきなり社会的に殺しにくるのやめろ」
放課後になっていきなり光希が特大の爆弾を投げつけてきた。
俺の世間体という名の残機が少しの言葉で爆発四散するのを感じながらも何とか持ち直して返答する。
「え〜、この間のお風呂で約束したじゃん」
「一緒に風呂は入ってないが?」
「親友にあんな所やこんな所を……♡」
「痴漢冤罪になった時の気持ちってこんななんだろうな……」
自分の世界に入り込んでくねくねし出す光希にアイアンクローをかましつつ、俺は深い溜め息を吐き出したのだった。
そんな俺達の側で洋介と奏多さんがヒソヒソと小声で話をしている。
「ちょっと水瀬ちゃん聴きまして? あの二人、もうSMプレイする程にのめり込んでいるそうよ?」
「ヤリ盛りの性春ってヤツですね。 コレは良い画が撮れますよ」
「高校生二人、密室、二人きりの男女の前にソフトSM用の道具が置かれていて何も起きないはずはなく……」
「八木先輩が光希先輩をエッな服装に着替えるよう強要して首輪をつけていき、抵抗しても男の力に変えるわけもなく様々な道具によって光希先輩はあられも無い姿を晒すことになってしまうんですね。 うーん滾りますね!」
「「うーん、エロスを感じる」」
「お前らは何を言ってるんだ」
この中で正常なのは俺だけしかいないのだろうか。
少なくとも周りからはそんな風にしか見えない状況を作り出していることを自覚して欲しいものである。
頭を抱えているといつの間に移動したのかわからない光希が目の前にいた。
相変わらずの身体能力の高さを見せつけてくれる。
「それはさておき、本題は別にあるんだけど」
「俺を社会的に殺しておくのはおまけに過ぎないのか」
「いつもやってるからね」
悪びれもせずケロリとした顔で言われる辺り慣れつつある自分が怖い。
いっその事誰かに調教されている気さえしてくるレベルで順応しているのが何とも言えない気分だ。
「まあいい。 それで、本来の用件とやらは何だ?」
若干諦めの境地に足を踏み入れかけている俺とは裏腹に光希はとても楽しそうな表情をしてこう言った。
「よくぞ聞いてくれたね。 今からカラオケに行こう!」
「……カラオケか?」
突然の宣言にいつもの事かと呆れる俺をよそに光希は鞄を背負い直すと俺の手を掴んで歩き出す。
力強く握られているため振り解くことができずに引きづられるように歩く他無かった。
「親友、行かないのかい?」
「いや行くけど急すぎないか?」
「善は急げって言うじゃないか。 時間は有限なんだよ」
よくわからない理論を持ち出してくるのはいつものことなので気にしないことにするとして、結局連れてこられたのは駅前近くの学生御用達のカラオケ店だった。
慣れた手つきで受付を済ませると部屋へ案内され部屋番号を確認し、指定された場所へ入ることになる。
通された部屋はそこそこ広い個室であり洋介達を含めた4人で利用するにしてはかなり広めの部屋に案内されていた。
店員曰く今日は全室埋まっているのでここしか空いていなかったということらしい。
「さて、これで防音はバッチリだし鍵も閉めたよ! 時間も勿体無いからさっさと歌おうじゃないか」
「俺は聴いてるだけで良い」
「あれ、八木先輩は歌わないんですか?」
「ああ、歌わん」
「どうして歌わないんですか?」
どうしてと言われても、俺は歌うのが途轍もなく下手くそなのだ。
音程は普通に外れるわ、声が低過ぎるせいでマイクが反応してくれないとかそんな事ばかりで、基本的に聴く専門に徹してしまっている。
その為歌いたくないという気持ちがあるのだが、どうしても光希達が引っ張ってくるものだから今回こうして連れ込まれたということだ。
「親友、ボクとデュエットしよう。 そうすれば問題ないんじゃないかな?」
「問題しかないわ、バカたれ」
光希の発言を聞いた俺はすぐさまツッコミ気味に否定するが、本人は気にすることなく曲を選び始めているようだった。
こうなってはもう止めることは不可能に近いと言えるだろう。
まあ適当に付き合っていれば満足するだろうと考えて大人しくすることにした。
「そこまで言われるとどれだけなのかとても興味がありますね……。 八木先輩、一番歌い易い曲サビまでとかで良いのでやってみてくださいよ」
「嫌だ」
「おいおい八木君、他でもない後輩ちゃんの頼みだぜ? 今日は諦めて歌ってあげたら?」
「……それでも嫌だ」
本当に下手くそだからあまり人には聴かせたくないのが本音だ。
光希や洋介は歌が上手い部類に入る為別に問題は起こらないと思われる。
だからこそ余計嫌なのだ。
仮にもし下手だと言われてしまえば心が折れることは間違いないだろう。
だが何故だろうか、何故か奏多さんの眼力が強くなるだけで反論が出来なくなるような圧を感じた気がした。
こうなれば仕方が無い、半ばヤケクソになりながら覚悟を決めることにしよう。
「……わかったから聴く分には好きにしろ」
「やったぜ!」
「お、親友の生歌だ」
「感謝します!」
3人それぞれにお礼を言われつつ画面に表示されている選曲枠の中から好きな曲を選ぶべくタッチパネルを操作していく。
そうして選ばれた曲は最近人気のある某有名ゲームのテーマ曲だ。
イントロが流れ始めると共にテンションが上がるのがわかる。
1フレーズ目で歌詞が入り始めてそれに合わせて口ずさんでいく。
うん、全く以て駄目駄目だ。
そもそも歌っている途中でリズムが崩れることが頻繁に起こるため余計に目立ってしまっている。
つまりどういうことかというと、滅茶苦茶恥ずかしいのである。
自分でもわかるくらい恥ずかしさのあまりに汗が出てくるほどだ。
もう何度止めたいと願ったことか。
そんなことを思っていても当然時は止まってくれるはずもなく曲が続いていってしまう。
最後まで歌い終わった頃には顔面真っ赤に染め上げて羞恥に耐えなければならない状態になってしまったのだ。
その間、光希達は思いの外楽しそうに聴いてくれていた。
お陰で精神的ダメージは非常に大きかったわけだがそこは口に出さないようにしておく。
一通り終えた所で満足した光希が俺の隣に腰を下ろして寄りかかってくると頭を肩に乗せ擦り寄せるようにして、曲を選びながらポツリと呟いた。
とりあえず、その体制はエッチだからやめなさい。
途轍もなく俺に効く。
「うんうん、やっぱり親友の歌は心地良いね。 ボク好みの歌声だよ」
「そうかよ」
絶対に嘘である。
自分で歌っていても変な歌声だと思っているのだから、他者が聞いても変な声にしか聴こえないだろう。
それなのに心地良いなんて言っていると虚言にしか聞こえないし絶対わざと言っているに違いない。
その証拠にニヤニヤとした表情になっているのだから疑いようもないことだと言える。
「それで、奏多さんはこれで満足か?」
「……えっ!? あっ、はいっ大丈夫です!」
「奏多ちゃんちょっといいかな?」
歯切れの悪い奏多さんが光希に腕を引っ張られながら外に連れてかれていく。
「ありゃ、後輩ちゃん連れてかれちゃったよ。 ということは順番的に次は俺かな」
「洋介は普通に上手いから期待させてくれよな?」
「ハードル上げないでよ、そういうの苦手なんだって」
困ったように笑いつつも渋々といった形で了承してくれるあたり優しい奴だと思ってしまう。
とはいえ実際何を歌ってくれるのかと楽しみでもあるのは確かだ。
何故ならこの男、普段アホ丸出しの行動ばかりしているがこういう時に限ってやけにイケボだったりするのだ。
普段からこういう風だったら引く手数多だったろうに惜しいことをしたものである。
そんな事を考えている内に洋介もまた曲を入れ始めていた。
流れてきたのは少し前に放送されていたアニメの主題歌だ。
確かこの曲調が好きで良く聞いていた覚えがあるし今でも偶に聞いているくらいには好きだ。
軽快な前奏が始まり演奏が始まるといよいよ本格的に盛り上がるパートに入ろうとしていた。
「ただいま親友。 ああ、今洋介が歌ってたんだね」
「戻りました。 うわっ、本当に上手いですね洋介先輩」
戻ってきた二人はそれぞれ感想を述べていく。
俺自身も思わず聞き入ってしまっていたほどだ。
流石は才能男といったところか。
歌い終わり拍手を送ると照れくさそうに頭を掻きながら、洋介は照れ笑いを浮かべていた。
「いやぁなんか照れるなぁこれ」
「普通に上手いんだから自信を持て」
「いやいや、光希ちゃんには叶わないよ」
洋介の言う通り、光希はいつもの面子の中でかなり、いや特に歌が上手い。
男の時ではあるが、普通に精密採点で90後半の点数を容易く取っていたといえばその上手さがよくわかるだろう。
ちなみに洋介は90前半、俺は80後半といった具合である。
「じゃあ、親友と洋介が終わった事だし今度はボクの番だね。 さて何の曲にしようかなぁ」
タブレット端末を胸元に寄せながら光希は曲を選び始める。
タブレット端末が胸の上に乗っている光景はあまりにも目に毒だと思うが、本人が気にしていない以上俺からは何も言えない。
寧ろ指摘する方が野暮というものだ。
「これにしようかな」
そう言って選んだ曲は有名なアニソンの中でもマイナーどころの曲を選んだようだった。
「おお、光希ちゃんの十八番の一つだ」
「大体カラオケに来るとこれ歌うよな」
「この曲は昔から人気があって今でもたまにテレビで聞くこともあるしね」
光希が曲の始まりを待っている間に、俺はタブレット端末で適当に食べ物を注文していく。
そんな事をして少し待てば曲が始まり、光希が透き通る声を紡ぎ出す。
「ーーー♫」
ただ明るいだけではないどこか哀愁漂う旋律の中に切なさを感じさせずにはいられない程の感情が込められているかのような錯覚に陥ったくらいだ。
普段の光希のイメージとはかけ離れた大人びた雰囲気を感じさせる姿はまるで別人のようだ。
確かに普段から子供っぽい一面を見せているだけにギャップという面では大きな影響を与えてはいるが、それ以上に違うベクトルの美しさを感じずにはいられない。
歌いながら目は細まり慈しみに満ちた笑みを浮かべながら嬉しそうにしているその姿に不覚にも一瞬目を奪われてしまった。
それほどまでに魅力的な姿を見せつけられてしまっては、思わず息を呑んでしまうほどだった。
歌い終えて余韻に浸りながら一息つく姿が美しく見えるなどと思いもしなかった。
「ふぅ……」
小さく息を吐きながら熱っぽくなった頬を冷ます為にパタパタ手で仰いでいる様子からも色気のようなものが滲み出ている。
その上気したことで滲み出た微かな汗が、胸の谷間に落ちて行くのが見えていく。
あーダメです。
流れる汗と共に視線が胸元へと吸い込まれてしまいそうで、俺は断腸の思いでそこから視線を外す。
危ないところだった。
いや、何がとは言わないけれども。
決してそっちを見れない訳ではないのですが。
「いやーやっぱ光希ちゃんが歌うと様になるねー」
「同感ですね」
「そんなに褒められても何も出ないよ」
それから程なくして、俺が先に頼んでおいたサイドメニューが続々と届き始める。
唐揚げから始まりポテトなどのつまみ類などがテーブルに並べられていくのを見て、光希の目が輝きを増す。
どうやらお腹が空いているらしく食い入るような視線を送り続けているではないか。
それを見てつい笑みが溢れてしまう俺であった。
とりあえず一品目を手に取り口の中に放り込むなり幸せそうに味わっている光希や奏多さんの姿を見てほっこりしてしまう。
その後も次々と平らげて行く様子を見て内心微笑ましく思いながら、俺も取られまいとポテトに手を伸ばす。
「ほら親友、口を開けてごらん? ボクが食べさせてあげるよ」
「遠慮しておく」
ポテトを持ってこちらに差し向けてきやがるのだがどうしたものか。
こいつのことだからきっと碌なことにならないだろうと予想がつくからこそ安易に口を付ける訳にもいかないと思っているわけで。
しかし食べなければいつまで経っても話が進まないことは目に見えているのだ。
「……あーん」
仕方なく口を開けようとすれば躊躇せずに突っ込まれてしまった。
そのまま何度か咀嚼を繰り返し飲み込んでしまえば満足そうに笑っている光希の姿が視界に映る。
何だか悔しくてジト目で睨み返してみたものの効果は無いに等しいものだったようで意味は無かったようだ。
「よし、このまま全部食べさせてあげよう」
「やめい」
「あうっ♡」
何でコイツは頭を軽く叩いただけで喘ぐのだろうか。
ほらみろ、洋介と奏多さんの視線を。
コイツら既にヤッてんなみたいな雰囲気醸し出しているだろうが。
うんうん、わかってるよと言いたげな視線から目を逸らしながら俺は次の料理を摘むことにする。
このままでは流石に気まずいからな。
そんなことを考えながら黙々と料理を食べ進める様子を隣で見つめていた光希の顔が段々と緩み始めてきているのが見えた。
嫌な予感を抱きながらも気にせずに食事を続ける。
「ねえ、ボクも親友が食べた物を食べたいな……ごふっ!」
案の定ふざけた発言をかましやがったので頭突きしてやったところクリティカルヒットしてしまったようだ。
額を抑え涙目になりこちらを睨みつけていたが無視する。
恨むのなら自重しなかった自分を恨みなさい。
その後は飲み物を飲みながらのんびりとしていると奏多さんがポツリと呟いた。
「八木先輩って低音が響くからミドルテンポの曲を歌ってみたらどうですか?」
「ミドルテンポ……ゆっくりな曲って奴だよな?」
「はいそうです」
ふむと考えてみるものの俺にはそういった曲を歌った記憶はあまりなく、むしろ避けてきていた節すらある。
その理由としては簡単だ。
先程と理由は変わらず、単純に下手な歌を皆に聞かせる訳にはいかないと思っていたからである。
しかし、リクエストされてしまった手前やらないわけにはいかないだろう。
試しに検索欄に入れてみるとジャンル別に別れており、その中に一つ気になるものがあったのでポチリと音を立てて決定ボタンを押す。
(まぁ、失敗しても誤魔化す程度で大丈夫だろう)
そう思い込んで最初のメロディを歌い始めた。
「ーーー♬」
確かに、言われた通り音程が高くないから歌い易くてとても声が出しやすい。
いつも以上にスムーズに発せられる声に、俺は徐々に気持ち良くなっていっていた。
あまつさえ音痴克服出来るんじゃないかとワクワクしてきていたのだ。
そして良い気持ちのまま、曲を全て歌い終える。
「……ふぅ、こんな感じか。 奏多さんこれでいい……か?」
歌い終わって3人の方へ視線を向けるとあまりにも反応が静かだった。
洋介は顎に手を当てながら呆けてるし、光希と奏多さんは前傾姿勢になりながらプルプルと震えている。
洋介はいいが、後者二人の姿がとてもシュールである。
一体どうしたというのか。
「おい、皆だいじょうーーー」
「待ってくれ親友。 その声はボクの子宮に響く」
「子宮に響く」
「そうです八木先輩。 こうしろと言ったのは私だけど……思いの外火力が高過ぎです」
「……俺の歌い方が変だったとかそういうのでなくか?」
俺の言葉に光希と奏多さんは頷いている。
ようやく復活してきた洋介が口を開く。
「いやまぁ、八木君の歌を聴いていたらこう……色々と込み上げてくるものがあったというか」
「正直かなりキますよ八木先輩」
「なんでさ」
まさかそんな馬鹿なことがあるわけないだろうと、俺がツッコミを入れようとしたのは間違いないだろう。
「光希、お前も何か言ってやれ」
「すまない親友。 これに関してはボクは何も言えないな」
光希にすら見放されて何とも言えない気持ちに……ならなかった。
そう言っている光希の足が産まれたての子鹿のように震えているからである。
思いの外俺の声で興奮したことが伺えた。
やはり光希は変態だということがわかってしまった。
「……もういい。 俺の声でそうなったのなら謝ろう」
「ほんの少ししおらしい親友も良いね……あだだだだっ!?」
「お前は一言多い」
「そんな親友も……いいね! いだだだだっ!?」
こいつは学習しないのだろうか。
哀れな者を見る目で光希を見ながら、デンモクを洋介に渡していく。
「とりあえずこのアホは放っておいて歌おう。 でなけりゃ元が取れん」
「お、八木君が歌う気になるなんて珍しいな。 今日は槍でも降るのかな?」
「言ってろ」
正直な話、少しだけ歌うのが楽しくなってきたのは内緒だ。
だがそれを悟られるのは癪なので誤魔化しておくことにした。
その後は皆で交互に歌ったり雑談したりを繰り返していった結果あっという間に時間が過ぎていった。
ちなみに光希は俺が歌う度にすぐ近くでビクンビクンとしてたのは正直気持ち悪いとしか言いようがなかった。
そろそろ解散の時間となり会計を済ませた後店の外に出た俺達は揃って駅へと向かって歩いていく。
「それじゃあ、また明日学校で会いましょう」
「それじゃなお二人さん」
「またねー」
「気をつけて帰れよ」
電車通学組の洋介と奏多は駅の改札口で別れることになったのでそこで別れることになる。
手を振って去っていく二人の背中を見送りながら改めて思うことがあった。
なんだかんだ楽しかったなと。
そう思える出来事があっただけでも来て良かったと思える一日となったのは間違いないことだろう。
たまにはこういった息抜きも必要だなと心に刻み込んだ後に、俺は家路についたのだった。
おかしい……当初はここまで書くつもりは無かったのにキャラが勝手に動き出してる