—オスカー・ワイルド—
物心がついたころには机に向かっていた。
いや、今思えば向かわされていたのだろう。
両親は私が生まれてすぐ離婚したらしい。私は父に預けられた。
父は厳しい人だった。
朝から晩、寝る間も惜しんで勉強させられた。
幼い頃はうまく結果が出せず、頻繁に暴力を振るわれた。
それでも逃げることなく勉強し続けた。
それが父が私を愛し、認めてくれる唯一の方法だと思っていたからだ。
でも、語学や文学を学ぶにつれ理解するようになった……
父が私を愛していないこと。
認めていないこと。
そして、これからもそれは変わらないということ。
愛され、認められるために勉強することと
勉強するにつれ愛され、認められないのだと理解する矛盾と不条理。
それに耐えるため、私は感情を殺していった。
何も欲さず、ただ勉強をし続けた。
続けた理由はよく分からない。もしかしたら という気持ちがあったのかもしれないし、単純に暴力に怯えていただけかもしれない。
続けていくにつれ私はある能力を身につけていった。
瞬間記憶力
一言で言い表すならば、まるでカメラのように目で見たものをそっくりそのまま脳にしまうことのできる能力だ。後天的に獲得するのはかなり珍しいケースだったらしいが、私の場合は視覚だけでなく聴覚、嗅覚、味覚、触覚、すべての情報を記憶することができた。
この能力と幼い頃からの知識の積み上げもあり、高校は首席で入学した。
その時も父は何も言わなかった。
首席で入学したこともあり、周りからは注目されよく話かけられるようになった。そのため、ある程度のコミュニケーション能力はこの時身につけた。ただそれは表面上の薄っぺらいものであり、会話をしているという実感からは程遠かった。
そして月日が流れ、全国トップの大学に合格し私は独り立ちした。
結局父は何も言うことは無かった。
4月の春
世間では、新しい人生の始まりとか、そんな言葉がよく似合う季節。
多くの人が、希望を胸にスタートを切る季節。
しかし、私はそんな気持ちにもなれず大学のキャンパスを歩いていた。
「白河くん、この前の論文素晴らしかったよ。学会でも実に好評だった。」
「ありがとうございます。」
時折、教授や同級生がこうして褒めてくれる。それは「認めてくれている」ということなのだろう。
しかし、幼い頃に望んだ「認めてくれる」ということとは明らかに違う。
心の中にとどまらず素通りするような感覚。
それでも、お礼は返しておいた。それが人として当然のことだと知っているから。
そうして教授と話していると
ザクッ
不意に背中から音がして、振り返ろうとしたが力が入らずそのまま倒れてしまった。
見上げると男性が肩で呼吸しながら、真っ赤なナイフを握っていた。
(ああ…刺されたのか…)
(私は何が…したか…っ)
そのままゆっくり目を閉じた。
初めての執筆なのでミスがあるかもしれないです