防御の結界を破壊された彼女は、しかし体勢を大きく崩すことはなく即座に飛び退いてみせる
雀螺や妖夢さんは毎回大きく体勢を崩していた
それで勝敗が決することも多かったくらいだ
だから俺は驚いていたし、その後の対応にも遅れが出てしまった
力業[大江山嵐]───
被弾してもカードのスタックは増加する
大きな一撃を加えれば、反撃として大規模なスペルが返ってくることは必然だ
「この弾幕なら避けられないだろ!!」
飛び退いた彼女はそのまま大きく宙へ跳ね、スペルの力で視界を埋め尽くすほどの大玉の波を放ってきた
「マジかよ」
『しかし、道は常にあるものです』
停止しかけた思考に割り込む声
そうだ。俺は一人で戦ってるわけじゃない
「助かった…!」
───[弐式・烈火]
焔を後ろ手に構え、その刀身の妖力をひと所に集めて爆発させる
それを推進力として高速移動/突進攻撃を繰り出す2枚目のスペルを発動した
「…どこに行った!?」
彼女の弾幕は、その密度故に相手の姿をも覆い隠す
俺を見失うのも当然で、勿論命中したか否かの確認も出来ずにいた
「こっちだ!!!」
弾幕の下を駆け抜けて彼女の足元に潜り込んだ俺は、そのまま切っ先で縦に大きく弧を描く対空攻撃をスキルとして放つ
弧月斬、妖夢さん直伝の技だ
「ああもうちょこまかと…!」
叩き落とされた勇儀さんは見るからに憤りを募らせている
が、彼女は改めて距離を取り一度深呼吸をすると、マジックアイテムのカードを切った
たった1回の跳躍で軽々と十数m離してくる
やはり鬼ってのは身体能力が非常に高いらしい
[星熊盃]───
大きな赤い盃が宙から現れて、彼女の片手に乗る
どういうつもりだ、あんなものは枷にしかならないハズなのに
その盃を傾け、中の酒であろうものを口にした彼女は、途端に平静を取り戻した
「やっぱりコレが無きゃね。この決闘舞台ってやつは便利っちゃ便利だが、私とは相性が良くなさそうだ」
固有の強化アイテムの位置付けなのだろうか
以前眺めたリストには存在していなかった…と思う
もしかしてあれを投げつけてきたりはしないよな
「さて、仕切り直しといこうか!!」
枷符[咎人の外さぬ枷]───
半円弧状の妖力の塊─弾幕を無数に展開し、同時に夥しい量の小玉の弾幕を背後に放出する
その勢いは、視界が瞬く間に埋め尽くされるほどだった
「ンな密度の弾幕、ここで使えるのかよ…!」
飛び交う円弧を避けつつ、彼女の背面から放たれ決闘舞台の境界に弾かれてこちらへ軌道を変えた小玉も適宜叩き落とす
しかし物量がとんでもない
ひとつひとつの動作がそもそも難しく、その上試行回数もアホほど重なるとなれば被弾はゼロとはいかない
幽々子さんとの模擬戦でも見たことが無いほどの弾幕相手に、俺は防戦一方だった
この密度では、仮に霊珠を使い切って駆けたとしても彼女の元へは辿り着けないだろう
ならば、と開き直って俺は被弾を覚悟で少しずつ前に進むことにした
被弾をすれば当然体力は削れる
しかしそれはスペルを使うチャンスにもなる
身体を掠める程度の軌道の弾は無視し、直撃しそうなものだけを叩き落とす
徐々に体力が削られていく感覚
微かな痛みとともに、スペルを使うための準備も進んでいく
決闘舞台の中程まで進んだ頃、やっとその時が来た
「……今だ!!!」
素早くカードを選び、最もコストが重いそれを眼前に放って刺し貫く
「これならアイツも…何ッ!?」
───[肆式・昇灯(ノボリビ)]
劫火によって励起した焔の妖力、それを抑えることなく放出する
身に纏う超高密度の妖力は低威力の弾幕なら軽々と相殺する盾となり、同時に迸り天を衝くそれは極限まで延長された刃となる
現状持てる総ての力を注ぎ込む事で発動できる、俺の必殺技となるスペル、それが昇灯だ
「灼き尽くせ、昇灯ィぃいい!!!」
「待、てよ、そんなチカラ、人間が……ッ!?」
ドーム状の決闘舞台、その天井まで届く程の極大の刃を相手へ目掛けて全力で振り降ろす
刀身とは違い真白に煌めく妖力の刃は、触れる弾幕を全て焼滅させながら瞬く間に大地へと突き刺さり
決闘舞台の内部を、荒れ狂う焔の妖力が蹂躙した
「はぁ…は、げほッ……流石に、これは効いたろ…」
スペルの行使を終えた俺は体力も妖力も使い果たし、辛うじて立っている状態だった
全力で昇灯を放ったのは実はこれが初めてで、想定よりずっと大規模な攻撃に成った事に俺自身驚いていた
だというのに
四天王奥義[ ]───
彼女は、スペルを起動していた
[一歩]───
割れた大地が震える
[二歩]───
地中から気配を感じる
[三歩]───
目の前に現れた“それ”は
[必殺]───
「強かったよ、アンタ。」
目も眩むほどの莫大な妖力で以て、渾身の一撃を放った
────────────
「……かんが……いる……?」
「わる……た……。でも……ツ…わ…か………おもう…?」
「だ……ょう…か…?…やぁ、こ…さすが……なぁ」
遠くで話し声がする
気がする
上手く聞こえない
何がどうなったんだっけ
『……!…………!』
何も分からない
ただ
痛い
しばらく、経った気がする
なんだか、暖かさを感じた
痛みも無くなっている気がする
意識がしっかりとするにつれて、身体の感覚も少しづつ戻ってきた
『あなた、目を開けてください。どうか。』
何度も聞いた声
けれど、妙に音が高い気がした
「う、うん…?」
重力を感じない
浮いているような、ただそこに有るだけのような感覚
目を開くと、そこには
「あなた……あぁ、ああ。良かった。」
心の底から安堵した様子の、深紅の髪をした少女がいた
「キミは…?」
「私、は私、です。あなたの、ヒサメ様の焔でございます」
「………縮んだ?」
よく見れば、その姿は俺の知る焔と同じものだった
妙に小さいことを除けば、だが
「ええ、ええ。あなたの命を繋ぐためには、こうするしかなかったのです」
「そ、っか。苦労かけたな」
話していて、思い出してきた
そうだ、俺は勇儀さんの腕試しに挑んで昇灯を撃ったんだ
けれど彼女は倒れてなくて、多分向こうの切り札をモロに食らったんだ
「いいえ、いいえ…!私が、私の力が足りないばかりに…あなたにこんな…!」
「焔のせいじゃない、俺が油断してたんだ。相手の力量を見誤って無策に隙を晒して、明らかな立ち回りのミスだった」
「ですが…!」
「いい子だから、ひとまず落ち着いてくれ。な?」
その頭をあやすように撫でる
少女の姿をした焔は自分が悪いと繰り返し、泣きじゃくっている
彼女がこんなに感情を表に出すのは初めてのことで、俺は正直面食らっていた
「次は上手くやればいいさ。だから、また二人で頑張ろう。な?」
「ぐズっ、えぇ。えぇ、こんなことは二度と、二度と無いように、今度こそワタシが…」
落ち着いてきて、決意を新たにといったところで、途端に彼女の姿が薄れ始める
「焔!?」
「大丈夫。大丈夫です、私も少し、ほんの少しだけ休ませていただきます。ね。」
「あぁ────
ありがとう、という俺の言葉も音にはならず、意識は夢から現へと浮上する
目を開けると、知った顔が覗き込んでいた
「お目覚めかな?いやぁ〜〜〜生きててくれてよかったよかった。万が一あのまま死なれていたら、私たちがどうなっていたかわからないからね」
頭の横に、腕のように長い角が二本
安心した様子でそう言ったのは、萃香さんだった
あの時と違って、酒の匂いは薄い
「…俺、どうなったんですか?」
「どうもこうも、勇儀の三歩必殺を食らって危うく死ぬところだったんだよ。あの結界は基本的には安全だけど、削られる体力にも限度があるってもんさ。紫はたしか…おーばーきる?って言ってたっけ」
オーバーキル。つまり、残り体力を大幅に上回る攻撃を受けてしまうと命に関わるってことか
「大体わかりました。…ぐッ!?」
起き上がろうとして、全身に激痛が走る
「ばかばか!さっき死ぬところだったって言っただろ!!まだ暫くは絶対安静!!!えーりんも言ってたんだから!!!!!」
彼女が慌てて叫ぶ。その甲高い音の一つ一つですら、全身に響いて痛みを呼ぶ
えーりん、って、誰…?
「い゙っ………すみません」
すぐに思考を放棄する
無理だ。全身が先の激痛に戦慄いている
もう指の1本すら動かせそうになかった
「お願いだから、無茶はしないでおくれ。鬼である私たちを信じきれないのは分かるけどさ」
悲しげな目をする萃香さん
鬼、ってそんなに悪い印象が強いんだろうか
「…その、寝たまんまで申し訳ないんですけど、これから宜しくお願いします。勇儀さんたちにも、よかったら伝えてください」
「…!!わかった。これからヨロシクね、氷雨くん。」
返事は正解だったみたいだ
悲しげだった表情はコロリと笑顔に変わって、小さい子供にするようにその手が俺の頭をわしわしと撫でた
「〜〜〜〜!!??!?」
たったそれだけの刺激で想像を絶する激痛に襲われた俺は、間もなく再び意識を失うことになるのであった