────頭が、痛い
『大丈夫ですか?』
─うん。まぁ、なんとか─
長い長い夜を経て、俺は布団に預けていた身体をゆっくりと起こす
一鬼さんは悪酔いしない、と言っていたけれど二日酔いは別みたいだ
よく聞くような気持ち悪さや頭痛、あと微かに残った浮遊感でそう判断した
辺りを見回す
どうやら俺はちゃんと家に帰ってきていたらしい
偉いぞ、と自画自賛する
けれどそこで違和感
なんだかいい香りがするのだ
少し意識を伸ばすと、よく知っている妖力を感知した
「おはよ、パルスィ」
「おはよ…って、ひどい顔してる。とりあえず顔でも洗ってきなさいな」
「……そーする…」
言われた通り、冷水で顔を洗う
思ったより冷たくて、小さく声が出る
時計を見ると、もう昼を回っていた
「ご馳走様でした。」
「お粗末さま。少しは回復した?」
「お陰様で。パルスィの料理はなんだか落ち着くね」
話には聞いてたけど、なんかの貝の味噌汁が二日酔いに効くってのは本当だったみたいだ
体調はだいぶマシになっていた
「あら、おだてたって私の微笑みくらいしか出てこないわよ?」
「充分じゃないかな」
軽口を叩きながら、2人並んで片付けを進める
不意に手が触れて、反射的に離そうとして、掴まれて
彼女の表情を窺うと、あどけない、柔らかな微笑み
なんだか無性に照れくさくなってしまって、そっぽを向いた
「ふふ、アンタでもそんな反応するんだ」
「……悪いかよ」
「んーん、寧ろ嬉しい」
「そーっすか」
苦笑して、顔を見合せて、吹き出して
こんな日常が続けばいいのにな、なんて
思ってしまったのが悪かったのだろうか
ヴオン、と音がして
それは唐突にやってきた
「あらあら、随分と仲良くなったみたいね」
「…紫さん。ども」
「─!」
彼女が現れる前に、不思議な感覚があった
時空が歪む、というのだろうか
俺はとうとう、スキマの行使まで察知できるようになったのかもしれない
紫「久しぶり。いい経験を積んだようで、何より」
「ええまぁ、それはもう色々と。」
パル「…そうね。貴女がやって来たってことは、そろそろ次の場所へ行くのかしら」
思っていたことを、パルスィが言葉にする
そう。地獄での目的は達成してしまったんだ
紫「ご明察だけど、氷雨のカオを見てたら気が変わった」
なんて?
「え、そんなカオしてました?俺が?」
紫「えぇ。もっとずーっとここに居たいって、顔に書いてあったわよ?」
「………そうっすか」
隣でパルスィが笑いを堪えている
そんなに滑稽だろうか
だって楽しかったんだ。仕方ないだろ
紫「だから……そうね。3日後に2人で香霖堂へ向かいなさい」
パル「2人で、ですか?」
紫「そう。それで向こうには旧都へ繋がるスキマを置いておくから、パルスィはそこから帰るといいわ。どうしても帰りたくなかったら、使わなくても構わないけれど」
ふふっ、と意地の悪い笑みを浮かべる紫さん
どういうつもりなのかよく分からない
「3日後に発てばいいんですか?」
紫「そうよ、そこからは何日かけても構わないわ」
「…ふむ。」
本当によく分からない
彼女は何を狙ってそう言っているんだろう
紫「その後の話はまた今度するわ。パルスィ、彼をよろしくね」
パル「分かりました。彼は私が責任を持って送り届けます」
思案していると、話は終わってしまっていて
紫さんは既に去った後で、パルスィは気が抜けたように大きなため息をついていた
『妖怪の山に行く事があったら、その前にここに寄ってほしいんだ』
霖之助さんに、そう言われていたことを思い出す
届けたいものがあるとか何とか
何なんだろう。重たいものだったら大変だけど
そんなこんなで3日後
旅支度を整えた俺は、地獄の出口で見送りをされていた
正規の出口、もとい入り口はバカでかい大穴のようで、ここをひたすら昇っていくんだとか
それだけでもいい練習になりそうだ、なんて思ってしまう
ちなみにパルスィは念の為と、少し先に出発していた
さて、花火大会の1件で、俺は相当な有名人になってしまったらしい
出口の周りには、数え切れないほどのヒトが集まっていた
思い思いの声を、激励の言葉を投げ掛けてくるヒト達
その中から、見覚えのある顔が現れる
「やぁ氷雨、もう行くのかい?」
「勇儀さん。ここでは本当に色々と、ありがとうございました」
「いいってことさ。紫の頼みってのもあったけど、私らもアンタを気に入ったからね」
頭を下げると、その頭を上からわしわしと撫でられる
悪くない気分だ
「あれ、そういえば一鬼さんとかは?」
「あーまぁ、アイツらは何かと忙しいからね。それもこれも、お前さんが黙って出ていこうとするからだよ?」
「それはその…すみません」
実はなんとなくこうなる気がしていて、俺たちの出立の日は知らせないでおいたのだ
けれどパルスィがどこかでうっかり口を滑らせてしまい、こうなってしまっている
とはいえあまりに急だったから、彼らは都合が付けられなかったんだろう
というか、2人揃って駆け落ちする、みたいな噂にまでなってしまっていたらしく…
声援の中には『姐さんを宜しくなあ!』みたいなのも混じっていた
正直参ってしまう。予定通りなら、パルスィとは香霖堂に着いた時点で別れることになっているから。
………次にここに来る時は、覚悟を決めておかないと
主に叩かれる方面の。
「ともあれ、アンタらの無事を祈ってるよ。実力は萃香のお墨付きだけど、長旅になると色々あるからね」
「ありがとうございます。今後もまた、何かあった時はよろしくお願いします」
「おうともさ!」
「では皆さん、またいつか!!!!」
観衆に別れを告げて、俺は大穴の真下へ向かい
より一層勢いを増す声援に応えるように、俺は焔に呼び掛けて妖力を励起させる
話し込んでいるうちにだいぶ時間が経ってしまったから、パルスィはかなり進んでしまっているかもしれない
だから、全力で追いかけることにした
───[参式・朧灯]
俺は、妖力を燃やして勢いよく飛翔する
みるみるうちに遠ざかる地面、迫り来る真黒な大穴
やがて氷雨の姿は、闇に呑まれて消えていった
「行ってらっしゃい。また会う時まで、元気でな」
勇儀は、もう届かない言葉を、それでも口にする
ゆっくりと、優しく、祈るように
…数分後、氷雨は勢い余ってパルスィを追い越し、怒られるのだった
ここまで書いておいてなんですが、当初パルスィはヒロイン候補ではありませんでした
作者はもともと妖夢推しだったのですが、この物語における妖夢は少なくとも現段階においては"そう"なるには至っておりません
所謂筆が乗ったというやつで、自分で想定していたよりもキャラ(今回はパルスィ)が勝手に動き出してしまった結果が現状になっています
ですので、今後もこういうことがあれば展開や結末、正ヒロインが移ろう可能性があります
というかその可能性が高いです
彼らはどこへ誰とどう着地するのか、これからも見守っていただけると幸いです