白玉楼の朝は早い
...と思っていた
実際は遅い
かなり遅い
というのも、朝から五月蝿くすると幽々子さんが怒るんだそうな
代わりに夜は遅くまで起きていることになる
10時前に起床して、身支度を済ませて居間へ向かう
食事は俺と妖夢さんの2人で交互に作る事になった
朝食は妖夢さんが担当だ
幽々子さんは言わずもがなだけど、雀螺も料理は苦手らしい
幽「いただきまぁす」
「「いただきます」」
妖「どうぞ。召し上がれ」
塩鮭に浅漬け、味噌汁と梅干に白米
THE・和食って感じのメニューだった
定番だけど、大正解。
すごく美味しいし日本人でよかったと思える一時だ
口に出すと妖夢さんは心底嬉しそうに微笑んでくれた
片付けを手伝い、その後は座学の時間
この時は武術で座学?なんて思っていた
妖「では、氷雨さんも加わったことだし復習といきましょうか」
雀「正直ボクも曖昧にしか覚えてないしネ!!」
「自信満々に言い放つことじゃないんだよなぁ」
座学と言っても、教室で受けるようなものではなかった
俺と雀螺は縁側に座り、講師である妖夢さんはその正面で二振りの竹刀を傍らに置いて立っている
そして始まったのは、歴史と物理学を取り入れた授業
武術とは、要するに理詰めで動きを最適化すること
それを理解し適切に活かす為に、多種多様な場面を想定すること
そして、先人の弛まぬ努力と研鑽を経て最適化された動きというのが所謂”型”であること
そういったことを身振り手振りで、時には竹刀を握り、時には俺たちにも実演させて確実に理解させていく
気付くと時刻は昼下がり
退屈しないように話を転々とさせ、しかし混乱しない程度の寄り道で、且つ丁寧に明朗に
妖夢さんは間違いなく、非常に優れた講師だった
武術で座学、めちゃくちゃ大事。
昼飯は朝から変わって俺の番だ
この後は体を動かすとのことで、軽めにしておくことにした
厨房に立って初めて分かったけどこの屋敷、ものすごく品揃えがいい
記憶にある調理器具は一通り揃ってるように見えた
加えて食材や調味料もだ
お昼のメニューは簡単にサンドイッチにした
多めに作って、残ったぶんは後で間食にでも回そう
...そう考えていた時期がぼくにもありました
幽「ごちそうさまぁ!」
「「ご馳走様でした」」
「はーい、お粗末さまでー」
残らなかった。いや雀螺と妖夢さんは想定通りの量を食べたんだけどさ
幽々子さん、めっちゃ食う
細そうに見えるのにめっちゃ食う
びっくりした。どこに入ってんだろ
ある程度片付けもしながら作ったので、後処理に手間取ることは無かった
そして午後の部が始まる
ところで、真剣の重量はどのくらいかご存知だろうか
長さにも依るが、平均して大体1kgほどらしい
俺はそれを知識としては持っていたものの、実際に握ったことは無かった
自分の得物があるだろうって話だけど、実はアレはめちゃくちゃ軽い
自分の腕の延長と錯覚するくらい軽いのだ
というわけで真っ当な真剣を初めて握った俺は、その重さに面食らっていた
妖「氷雨さん?大丈夫ですか?」
雀「もしかして筋力不足?」
「よゆーよゆー、たぶん。」
俺の刀は部屋に置いて、妖夢さんが倉庫から持ってきたのを腰に差す
思いのほかずしりとくる
見たところ妖夢さんの刀は俺のより長いので、これよりも更に重いのだろう
手合せの時を思い出す
この重量をえげつない速度でぶつけられたのだ
そりゃあハンマーみたいな衝撃にもなるよな、と腑に落ちた
妖「ではまず走りましょうか。腹ごなしも兼ねてちょっと緩めに」
雀「はいはーい」
「了解〜」
そう言って走り始めた俺たちだったが、すぐに異変に気付く
「…いや、これ、緩めではなくないか……!?」
3割程度で流すつもりが、7割くらいのダッシュになっていた
雀「えェー?そうかなぁー?」
涼しい顔で走る雀螺
特に振り返らない妖夢さん
これが緩めのペースだってのか、本当に
ふと、霖之助さんの言葉を思い出す
『女の子にも太刀打ちできないなんて』
つまりそういうことだろう
恐らくこの世界の人達は、軒並み身体能力が高いんだ
俺の前を走る2人は徐々にペースを上げていく
ついていくのがやっとだというのに、更にペースを上げていく
「待っ...はっ......くそっ...」
離されるにつれて、焦りではなく自らへの苛立ちが募る
今更だけど、俺はそういうタイプの人間だったらしい
雀「ちょ〜っとイジメすぎたかな......うわッ」
ほぼ全力で駆ける雀螺が後ろを振り返ると、すぐそこには必死の形相で追い縋る氷雨の姿
ついてこられないとタカをくくっていた雀螺は驚き、それと同時に呼吸を乱してしまう
ペースが崩れ、リズムが乱れ、足を縺れさせる
雀「や、ばっ」
「ぅおい!?」
転けそうになる雀螺に追い付き、腕を掴んで引き寄せる
バランスを取らせるつもりだったのだが
......それは失敗だった
引き寄せた勢いのまま2人の位置はぐるりと廻り、俺は強かに地面に叩き付けられる
「ガ...っは...」
雀「だっだだ大丈夫!?ごめん悪気は無くて!!」
「あぁうん......ゴホッ、大丈夫...」
後ろの騒ぎに気付いた妖夢さんも戻ってきた
妖「アレ、ごめんなさい。これでも速すぎましたか?」
雀「え、無自覚...?さっすがししょー.........」
ドン引きする雀螺と苦い顔をする俺
ちょっと真面目に体を鍛えないといけなそうだ
妖「ひとまず氷雨さんは縁側で休んでてください。雀螺は私と稽古ね」
雀「はーい」
「了解デース」
───────────────
手合わせの晩と似たような配置で、2人の稽古が始まる
俺は見学だ
まずは素振りから、次に型の練習
流れを聞いて剣道みたいなものかなーと思ったけれど、実際見てみるとそのイメージはすぐに打ち砕かれた
真面目どころの気の入り方ではない
素振りの一振り一振りが見るからに重く、型の一つ一つが丁寧で正確で。
改めて二人のレベルの高さを思い知る
やがて稽古は打ち合いへ
それは先までの美しく正しい動きとは掛け離れた、荒々しくも理に適った攻撃の応酬だった
ここまでくると、鋼同士の衝突音が音楽にすら聞こえてくる
そのくらい、彼女たちの腕前は凄まじいものだった
とはいえ扱っているのは真剣だ。その剣筋は本当に殺し合ってるんじゃないか?と錯覚するほどで、俺は終始肝を冷やして、しかしどこか高揚を感じながら眺めていて
そんな二人の打ち合いは均衡を保ってるように見えたが、唐突にそれは訪れた
「ここ…ッ!」
「……ッ!?」
予想に反して、攻勢に出たのは雀螺のほうだった
中段から繰り出された妖夢さんの刀を受け止め、直ぐに弾くのではなく脚のバネでその威力を相殺してから大きく跳ね上げる
若干身長で有利な雀螺がそれをやったのだ
刀が真っ直ぐ空へ向くほど弾かれてしまえば、身体も、膝も伸びきってしまうことだろう
咄嗟に跳躍することも出来ず、一瞬だけ金縛りのように硬直してしまうはずだ
その刹那、素早く手のひらを返して首元に鋒を突きつける雀螺
対する妖夢さんは、嬉しいような悔しいような、複雑な表情をして両の手を挙げた
妖「降参です。腕を上げましたね、雀螺」
それを聞くなり雀螺は表情を2転3転させた後、ゆっくりと蹲って
雀「やっっっっ………………!!!!!…たーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
死ぬほど嬉しそうに、勝鬨を上げた