ろくでなしミュージシャンが国民的アイドルと天才バンドマンに愛されるヤンデレもの 作:三角関係大好き!!!
『親愛なる我が母君。
久しぶりですが、今も変わらずお元気ですか?
ミュージシャンになると宣言して、高校を辞めて上京したオレは……ぶっちゃけ、しんどいです。
ライブしても客はつかねーし、動画サイトに曲をあげても全然伸びねーし。
音楽で食っていくのは、中々に難しいと実感させられる毎日。
コンビニでバイトしたり、後輩のバンドのヘルプをしたりして、何とか生活しています。
そこで、ね。
差し出がましい事は承知の上で、お願いがあるのです。
どうか……絶対に返すので、お金を貸して頂けないでしょうか!
どうしても、欲しいギターがあるのです。
お値段は何と、15万円!
目に入れても痛くない、可愛い息子の夢を応援する思いで、どうかお願いします!!!』
『下らないウソついてねーで、素直に金が無いって言え。つーか、さっさと帰ってこいバカ息子』
1時間も考えて、送ったL◯NEのメッセージ。
3年ほど顔を合わせていない母親へのおねだりは、無情にも却下されてしまった。
「くそー。やっぱ、ダメかぁ……!」
ベッドの上に、スマホを放り投げる。
元々期待はしていなかったが、これで完全に望みは絶たれてしまった。
枕元に置いてある預金通帳を手に取る。
そして、目に入る数字は、5000。
オレの全財産は、五千円なのだ。
「給料日まで、どーしよっかな〜」
今月はまだ、始まったばかり。
コンビニバイトの給料が入るのは月末で、後輩のバンドのヘルプは不定期でタイミングが読めない。
そのため、どうにかこうにか5000円をやりくりして生き延びる他ない。
うーん、軽く詰みである。
本当に我ながら、バカだったな。
懐に金がないのに、おニューのギターを買ってしまうなんて。
それも、15万円もする高いヤツ。
「ま、今後のことを考えても仕方ねーや。とりあえず、ギター鳴らしにいくべ」
未来のことは、未来の自分に任せる。
いつもの思考に切り替えたオレは、ギターケース片手に外に出る。
寒いのは勘弁願いたいが、部屋でかき鳴らしたら苦情がきちゃうからな。
隣人の厳ついオッサンに壁ドンされるのは、もう御免である。
「星が綺麗だなー、っと」
コンビニで買った安酒を片手に、星空をぼーっと眺めながら、目的地である公園に向かう。
お酒は、良いもんだ。
漠然とした不安も、細々とした悩み事も、ぜーんぶアルコールで吹き飛ばしてくれる。
ストレス社会で生きる者達に寄り添ってくれる最高の飲み物。
最高の嗜好品であるタバコと、最高の楽器であるギターが揃えば、向かうところ敵なし。
酒、タバコ、ギター。
この三種の神器は、俺という人間の大部分を占める最高のアイテムなのである。
とは言っても、いかんせん金が無いので、タバコは我慢しているのだけど。
「…………」
公園にたどり着く。
すると、先客がいた。
現在の時刻は夜10時。
街灯がないと何も見えないくらい真っ暗で、人っこ一人いないと思っていたのに。
ベージュのコートを着て、黒いキャスケットを被ってる少女が、ブランコに乗っていたのだ。
いや、乗っているというより、座っていると形容した方が正しいか。
両手でブランコの鎖を掴み、揺れる事なく呆然と座っている。
それも、死人のような顔をしながら。
「へい、彼女。オレと一緒にお歌歌わない?」
「……?」
だから、声をかけた。
音楽は、素晴らしい娯楽。
どんなに辛いことがあっても、腹から声出して歌を歌えば、全部吹っ飛んじまう。
彼女に振られた時も、親友に金貸したら飛ばれた時も、歳の離れた兄弟にマルチに誘われた時も。
思いっきり歌えば、すぐに元気になれた。
故に、ゾンビみたいな雰囲気の少女も、未来のトップミュージシャンであるオレとデュエットすれば、笑顔を取り戻してくれる筈だ。
「曲は、ブルーハーツのリンダリンダでいい? いや。いいに決まってるよな。へこんでる時は、ブルハ熱唱って相場が決まってるもんな」
「あ、あの……」
「あれ、ブルーハーツ知らない? これが、ジェネギャって奴か。でも、もったいないなー。ブルハを知らないなんて、人生の半分は損してるよ」
「えっ、えっと、知ってます。ブルーハーツは、知っていますが……」
「なら、いいじゃん。早速、いくぜ〜!」
本当は、オリジナルソングを歌いたいけど。
生憎、オレはまだ有名じゃない。
少女に、歌詞を教えて、曲調を教えて……ってやってたら、熱がなくなっちまう。
鉄は熱いうちに打てという言葉があるように、歌は歌いたい時に歌うべきだ。
迸る激情に身を任せて、周囲の反応なんか顧みずに、思いっきり!
「ドブネズミみたいに」
「えっ、え……?」
「美しくなりたい」
「う、うつ……なり、たい」
少女は恥ずかしがっている。
歌い出したはいいものの、顔を赤らめて、俯きがちで。
それじゃ、ダメだ。
人間は、自由じゃない。
生きるためには何かしらのコミュニティに属して、適応して、金を稼がなくちゃいけない。
会社とか、法人とか……その他諸々。
誰にも頼らずに生きる人間なんて、ごく少数。
大多数の人間は、何かに縛られて生きている。
でも、歌ってる時は、自由だ。
世俗の物事も、ちゃっちい悩みも、煩雑な人間関係も、忘却の彼方に追いやって、歌に浸れる。
だから、もっと、もっともっともっと。
自分を曝け出して、心で叫ぶべきだ。
もじもじと恥ずかしがっている少女も、オレと同じ領域に引っ張り込んでやる。
そう決意したオレは、ギターをかき鳴らす。
「写真には映らない」
「写真には……映らない」
「「美しさがあるから」」
音の調和。
バラバラだったオレと少女の声が一つになり、美しいハーモニーが奏でられる。
この感触が、好きだった。
オレは少女のことを何も知らない。
十代っぽい彼女が何故、夜の公園でブランコに乗っていたのか。
今にも死にそうな表情、虚な瞳で、地面を見つめていたのか。
名前も、背景も、事情も、何もかも。
知らないこと尽くしの赤の他人。
それでも、今この瞬間。
確かに、オレと少女の心は一つだった。
……ここからが、一番盛り上がるところ。
燃え上がった炎に、薪をくべていく。
もっともっと、熱くしてみせる。
「それじゃ、いくぞっ!」
「……はいっ!」
「「リンダリンダ! リンダリンダリンダ!」」
オレも、少女も、腹から声を出す。
それこそ、馬鹿みたいに。
オレが世界一大好きな言葉、歌詞カードにも書いてない言葉を全力で叫ぶ。
現実を忘れて、歌の世界に没入する。
リズムもテンポもあったもんじゃない。
心の赴くままに、湧き上がる熱に身を任せて、全部吐き出していく。
恥ずかしがる少女は、もう居ない。
「「リンダリンダ!!!! リンダリンダリンダーぁ!!!!!」
オレたち以外存在しない夜中の公園で、特に意味のない単語を力の限り叫ぶ。
端から見ると、アホにしか見えないだろう。
でも、それで良い。
寧ろ、それが良いのだ。
今、ここにいるのは、ちっぽけなミュージシャンとちっぽけな歌姫。
歌うのを楽しむ、二人の同志。
オレたちはそれだけ、知っていれば良い。
その関係だけで、十分だった。
オレの魂の歌を歌い終わったら、少女のリクエストを聞いて、ボカロ曲を歌う。
先程よりも大きい声で、笑いながら。
「うるせぇぞ、和島ァ! 深夜にギター鳴らすなって言っとるやろがァ!」
歌の世界に没入して、1時間。
苛立ちを露わにする人間が、オレと少女の空間に侵入してくる。
奴の名前は、梶岡。
ここら辺の住民の通報によって出現した、近所の交番に生息する警察官である。
「……名もなき少女よ、ここは逃げるぞ!」
「え、えっ?」
「補導されたくないだろ? オレを信じて、死ぬ気でついて来い!」
困惑する少女の手を掴み、オレは駆け出す。
少女も、梶岡も走り出す。
深夜の追走劇。
一度でも走り出してしまえば、メタボの梶岡に捕まる道理はない。
案の定、勝利したのは裏道を把握し尽くしているオレと、オレを信じて着いてきた少女。
梶岡は、いつの間にか消えていた。
「お疲れさん。キミ、中々に足が早いな。何かスポーツでもやってるの?」
「あっ、い、いえ……スポーツはしていません。多少、体を動かす機会があるだけで……」
「ふーん、そっか」
人気のない路地裏で、息を切らすオレと少女。
無事に逃げきれたけれど、後が怖い。
粘着質な梶岡は後日、オレの元を訪れるに違いないから。
だがしかし、楽しかったから別に良い。
少女と出会って、歌って。
彼女を笑顔に出来たのなら、安いものだ。
……そう思えるオレは、最高に良い男。
我ながら、カッコいい事この上ないな。
「家、ここから近い? 良ければ、送ろうか?」
「すごく近いです。なので、大丈夫です」
ありきたりな定型文。
オレの提案に対して、少女は明らかに警戒心を露わにしていた。
まぁ、当然だな。
見知らぬ男に家を教えたくないって考えるのはごく普通の思考。
寧ろ、自衛が出来るのは良い事だと思う。
所詮、オレ達はたった1時間、一緒に歌を歌っただけの他人なのだから。
「了解。今日は一緒に歌ってくれてサンキューな。最高に楽しい時間だった。それじゃ、バイバーイ」
「さ、さようなら……」
後ろ手で右手を振りながら、歩き出す。
それにしても、今日は良い日だった。
誰かと歌を歌うのは、やっぱ楽しいな。
ここ最近は、一人で歌ってばっかりだったから、より一層面白く感じた。
ぶっちゃけると、まだ熱が冷めてない。
いっそのこと、寝てるであろう後輩を叩き起こして、カラオケに誘うか……。
「あ、あのっ!」
くるりと振り向く。
オレを呼び止めたのは、もちろん少女。
微かに頬を赤く染める彼女は、意を決したような表情を浮かべていた。
「あの、名前を教えて頂けませんか」
「オレの?」
「はい、貴方の事が知りたいですっ!」
正直、驚いた。
シャイそうな少女とは、今日限りの関係。
ここで、お別れだと思っていたから。
しかし、そうではないみたいだ。
多分、オレの名前を聞いたのも、少女なりに勇気を出しての行動だろう。
ならば、応えなければなるまい。
近い将来、トップミュージシャンとなって、音楽界を支配する男の名前を……!
「オレの名前は、
「は、はい……?」
宣伝を兼ねた自己紹介を行うと、ほんの僅かではあるが、場の空気が硬直する。
畜生、失敗しちまった。
こんなとこで欲を出して、知名度を上げようとするんじゃなかった!
「それじゃあ……今度こそ、さらば!」
「あっ」
気まずい雰囲気に耐え切れなくなったオレは、振り返る事なく走り出す。
少女は名残惜しそうな声をあげるも、追ってくることは無くて……これが、出会い。
オレと、少女の。
ろくでなしミュージシャンであるオレと、国民的アイドルである彼女の初邂逅だったのだ。
少女との出会いから、ほんの少し。
彼女と知り合ったからといって、日常に変化があるわけでもなく。
変わり映えのしない日々が、続いていた。
「あ、あいたたた。腹が、お腹が痛い……!」
「…………」
「オレ、めっちゃ腹痛いから、家に帰るわ。退勤する時に、オレの分もタイムカード押しといて」
「絶対、嫌です」
コンビニの夜勤。
オレとバイト先の後輩は、レジで会話する。
現在の時刻は、明朝4時。
幸運にも、客は一人もいない。
品出しや店内の清掃を済ませた後、サボり魔のオレはスマホを弄っていたが、真面目な後輩は律儀に立ち尽くしていたのだ。
「なぁ。バイト終わったら、カラオケ行こうぜ」
「珍しいですね。先輩が遊びの誘いをするなんて。お金、あるんですか?」
「いや、すっからかんよ。だから、奢ってくれたら嬉しいなって」
「無理です。私、夜勤が終わったら、大学に行かなきゃ行けないので」
「じゃあ、大学終わりに……」
「無理です。私、大学が終わったら、バンドの練習があるので」
オレの誘いは、にべもなく断られる。
ちらりと横を見て、後輩の様子を確認すると、相変わらずの無表情。
微塵も表情筋が動かない、仏頂面のままだった。
綺麗に染められた銀髪に、赤のインナーカラー。
すらっとしたモデル体型で、目つきは鋭く、耳には幾つものピアスがつけられている。
そんな彼女の名前は、
先述した通り、オレのバイト先の後輩であり、偏差値の高い女子大に通う大学生。
尚且つ、めちゃ人気なインディーズバンドのギターボーカルを務める、ハイスペ女である。
まさに、俺とは住む世界が違う真壁と出会ったのは、ほんの偶然。
3年ほど前に、オレが公園で弾き語りをしていた時に、彼女が通りかかった。
そして、オレの素晴らしい演奏を聞いて、ファンになってくれた……なんて事はなく。
一心不乱にギターを弾いていたオレが熱中症で倒れそうになった際に、真壁が助けてくれた。
ただ、それだけ。
本当にそれだけなのだが、熱中症事件がキッカケとなって、ちょくちょく連絡を取るようになり、不思議と気が合ったため、友人になれた。
一緒のコンビニで働いたり、真壁のバンドのヘルプとして呼ばれるような関係になれたのだ。
「そういえば、先輩。今度、ヘルプお願いできませんか? 例の如く、報酬は出します」
「えっ、マジで! やるやるぅ!」
「ライブまで時間がないので、今日の練習から参加してくださいね」
「任せとけ。こちとら年中暇なフリーター系ミュージシャン。呼ばれたら即座に飛んでくぜ」
断る理由などない。
前述した通り、真壁のバンドはインディーズでも人気がある。
メンバーのルックスもさることながら、演奏のレベルも極めて高い。
メジャーデビュー待ったなしのバンドの一員として、最高に気持ちよくギターが弾ける。
その上、纏まった金が貰えるのだから、有難い事この上ない。
心なしか、真壁が女神に見えてきた。
今も尚、無表情な彼女の後方から、煌々と輝く後光が差しているようだ。
けど、それにしても。
「真壁のバンドって、ガールズバンドだろ? 男がヘルプに入って、ファンは何も言わねーのか?」
「知りません」
「知りませんって……お前な。ファンの反応とか、気にならないのか?」
「男が入ったくらいで喚き散らす輩は、元から求めていません。文句があるなら、離れていけばいい。私のバンドはアイドルグループではなく、ロックバンド。音楽を純粋に評価してくれるファン以外、不要な存在です」
真壁の視線はブレない。
揺れる事なく、淡々と言葉を紡ぐ。
そこには、確固たる意思があった。
何者にも何事にも囚われる事なく、己の進みたい道を迷わずに進む。
そんな彼女は、間違いなく自由だった。
歌を歌っている時も、そうでない時も。
自分の意思を貫き通せる強い人間だったのだ。
「……先輩」
「なんだい、マッカちゃん」
「臨時のメンバーではなく、正式なメンバーとして、私のバンドの一員になってください」
こちらを向いた真壁と、オレの視線が交差する。
どこまでも、彼女の目は真っ直ぐ。
純粋で輝いていて、眩かった。
だからこそ、ダメなのだ。
「うーん、ヤだ」
「何故、ですか?」
「オレはソロで活動するのが好きなのよ。グループで活動したら、注目度が分散するだろ? オレってば欲張りだからさ、人気は一身に集めたいわけ」
適当に考えたウソを並び立てた。
オレは、真壁の事をライバルだと思っている。
いつか、超えるべき壁のような存在。
故に、メンバーにはなれない。
何となく、真壁と仲間になってしまったら、その時点でライバルで無くなる気がするから。
だが、それはそれとして。
纏まったお金は欲しいから、ちょくちょく混ぜてもらうけどネ!
「……そうですか」
オレの返事を聞いた真壁は、視線を前に戻す。
落胆している様子は見られなかった。
少なくとも、表情は変わらない。
「枠は空けておきます」
「いや、オレの事は気にしなくていいよ。オレより上手い人見繕ってさ……」
「少なくとも、私にとって、先輩より優れたギタリストは存在しませんよ」
有無を言わさない一言だった。
真壁は相変わらず無表情だけど、言葉には確かな重みがあったのだ。
……流石に、言い過ぎじゃね?
いや、まぁ、もちろん嬉しいけどさ。
「いらっしゃいませ」
「……らっしゃっせー!」
真壁に発言の真意を尋ねようとしたタイミングで、客が来店する。
中々に間が悪いな……なんて事を考えながら、入り口に目を向けると。
「あっ、お兄さん!」
見覚えしかない少女。
かつて、オレと一緒にリンダリンダを熱唱した女の子が、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
何故、彼女がここに。
そもそも、今何時だと思っているのだろうか。
「おいおい、悪い子だな。良い子はおねんねしてる時間だぜ?」
「えへへ、ごめんなさい。ちょっと、眠れなくて……でも、会えて嬉しいです。まさか、お兄さんがコンビニで働いてるとは思いませんでした!」
照れながらも、少女は満面の笑みを浮かべる。
うーん、天使かな?
はっきり言って、めちゃくちゃ可愛い。
相変わらず、ベージュのコートに黒のキャスケット、といった全身を隠すような衣服を着ていて。
艶やかな黒髪に、ぱっちりおめめ、背丈は低めで、小動物のような愛らしさがある。
そんな彼女の名前は……分からない。
聞いても、教えてくれないからな。
なので、オレは便宜上、ファン1号ちゃんと呼んでいる。
その名の通り、彼女はオレの大ファンで。
路上ライブをすれば平日でも来てくれて、ライブハウスでは最前列で見てくれるくらいの熱中具合だからな。
……本当に、オレってば罪な男。
いたいけな一人の少女を、ここまで魅了してしまうなんて、自分の才能が恐ろしすぎるぜ。
「そんでさ、何を買いに来たん?」
「あ、え、えーっと。その、期間限定のお菓子が、置いてたりしないかなーって」
「期間限定かー。んーっと、どうだったかな。真壁、なんかあったっけ?」
「……さぁ」
興味無し、とでも言いたげに、真壁は自分の爪を眺めはじめる。
お前、ネイルしてねーだろうが。
と、言いたかったが、やめた。
純粋無垢なファン1号ちゃんの前で、乱暴な言葉遣いをする訳にはいかないからな。
「ごめんね、怖いよね、あのお姉さん。でも、大丈夫。お兄さんが、一緒に探してしんぜよう」
「で、でも、お仕事の邪魔する訳には……」
「いいのいいの。子供が、気を使わなくていいの。お客様の案内をするのも、店員の仕事だし」
困惑するファン1号ちゃんと共に、お菓子コーナーへと赴く。
期間限定っぽい奴は、見た感じないな。
つーか、そもそも、特別な何かを仕入れたって話も聞いてない。
朝早くから来てるのに申し訳ないが、この店舗には置いてないのかもしれないな。
「あ、ああ、あのっ!」
「焦らんで平気よ、どうしたん?」
「あっ、はい! なんていうか、その。お、お兄さんは、あのお姉さんと、どんな関係なんですか?」
ちょっと、びっくり。
何歳かは分からないが、幼げなファン1号ちゃんも、色恋沙汰に興味あるものなんだな。
意外と、恋バナとか好きなタイプなのだろうか。
だがまぁ、勘繰るのも仕方ないだろう。
オレも真壁も、髪を染めていて、ピアスを開けていて……カップルに見えなくもない。
「ただの先輩と後輩の関係だね。見た目が似てるのは、趣味が似てるからってだけ」
「趣味、ですか」
「そーそー。二人とも、派手めな格好が好きなのよ。ここだけの話、真壁はへそピもつけてるしね」
「へそぴ?」
「その名の通り、へそのところにピアスをつけてんの。ほんと、怖いお姉さんだよな〜。ファン1号ちゃんは、あんな大人になっちゃダメよ」
「あ、う……お兄さんは、おへそやお耳にピアスをつけている子が好みなんですね」
随分と突っ込んでくるな。
オレの好みなんて聞いたところで、何にもならないというのに。
もしかして、オレに恋しちゃってるとか?
一緒にリンダリンダを歌って、オレのライブを見て、恋焦がれちゃったのか!?
いやー、困っちゃうなぁ。
確かに、彼女くらいの年頃は、年上の異性に惹かれがちではあるけれど……なんてな。
ファン1号ちゃんが、オレに恋しちゃってるなんてあり得ない。
無断で路上ライブして警察に追われるわ、ライブハウスでは全然客がいないわ。
ファン1号ちゃんには、情けないところばかり見せているからな。
自分で言うのも何だが、オレの事を好きになる要素なんてない。
恐らく、恋愛的な好みを聞いてくるのは、話題の一環って奴なのだろう。
「オレ的にはピアスは多ければ多いほどいいね。でも、似合う人と似合わない人がいるから、一概に全員ピアス付けろとは言わないけれど」
「……なるほど。分かりました」
ファン1号ちゃんは、何かを掴んだかのように、うんうんと頷く。
ろくでなしアーティストの女性の好みなんて、クソどうでも良い話題を真剣に聞いてくれるなんて。
もしも、オレがこの子の立場だったら、あくびを堪えるのに精一杯だと断言できる。
もっと言うと、興味ないアピールをして、一刻も早く話を終わらせようとするだろう。
なので、流石にこれ以上、付き合わせるわけにはいかない。
「話を戻すけど、期間限定のお菓子はウチに置いてないみたい。いやー、ごめんね」
「いえいえ、探すのを手伝ってくれて、ありがとうございました!」
ファン1号ちゃんは、ぺこりと頭を下げる。
何から何まで、いい子すぎるな。
愛想が良くて、明るい性格で……まるでお日様のような子だ。
オレみたいな奴からすると、見てるだけで心が癒されてしまうよ。
「それでは、私はこの辺でお暇しますね。お邪魔しましたっ」
「ご来店、ありがとね!」
「ありがとうございました」
オレや真壁に対してお辞儀をして、ファン1号ちゃんは退店していった。
あまりにも、健気すぎて涙が出てくる。
接客業にあるまじき態度を見せる真壁にも、見習って欲しいくらいだな。
というか、見習え。
一介のコンビニバイトとして。
接客で金を貰う立場の人間として。
「先輩って、あの子のこと知らないんですか?」
不意に、問いを投げかけられた。
もちろん、質問してきたのは真壁である。
一体、何をいっているんだ、コイツは。
ついさっき、仲睦まじく話していた姿を見ていなかったのだろうか。
「何いってんだ、知り合いだから知っとるわ」
「いや、そういう意味じゃなくて。あの子が何者なのか、知らないんですか?」
咄嗟に反論しようとするも、口を閉ざす。
……何者、なのか?
そう言われてみれば、オレはファン1号ちゃんのことを何も知らない。
名前も、年齢も、趣味も。
見るからに学生の彼女が、どうして平日もライブに来れるのか、とか。
頻繁にオレのライブのチケットを買う金はどこから出ているのか、とか。
考えれば考えるほど、疑問は増えていく。
あくまで、オレとファン1号ちゃんの関係性は、ミュージシャンとファン。
自分の中で明確な線引きをしていたため、彼女の事を深く知ろうと思ったことすら無かった。
「あの子の名前は、
「……は?」
思わず、威圧するような声を出す。
一体、どうして。
何故、そんな事を知っているんだ。
そう問いかけようとして、やめた。
オレ自身、薄っすらと。
真壁がファン1号ちゃんの情報を知っている理由を、察しつつあったから。
「先輩がポケットに入れてる端末で、彼女の名前を調べてみればすぐに分かりますよ」
分かりやすく変化した表情を見て、こちらの思考を読み取ったのだろう。
真壁は何かを期待するような眼差しを、オレに向けているように見えた。
きっと、オレの思い込みなんだろうけど。
「そこまで言うなら、ちょっとだけな」
「はい。ちょっとだけです」
ちょっとだけもクソもない。
一度調べたら、何もかもわかってしまう。
多分、知ってしまったら、オレとファン1号ちゃんの関係は変わってしまう。
無知だった頃には、二度と戻れない。
そう理解していても、溢れ出す好奇心を止める事は出来なかった。
手慣れた手つきで、希咲朝音と検索する。
すると、スマホの画面には、先程話していた少女の姿が写し出された。
「なんだ、これ……」
驚くあまり、心の声が抑えられない。
オレは世間の流れに疎かった。
テレビは自室に置いていないし、SNSも自分の投稿しか見ない。
音楽だって自分の好きなアーティストしか聞かないし、興味のない分野に目を向ける事はない。
故に、何も知らなかったからこそ、オレが受けた衝撃はとても大きかった。
『アイドルユニット【DREAMS TRUE】センター『希咲朝音』が映画の主演を務める……』
『武道館で行われた希咲朝音の初のソロライブが、世界トレンドを独占!! 圧倒的なパフォーマンスは観客を……』
どれも目を疑うニュースばかりだった。
映画の主演やら、武道館でソロライブやら。
アイドルグループに所属していながらも、圧倒的な人気ゆえにソロ活動を行なっている彼女は、あらゆる場所から引っ張りだこ。
国内のみならず、海外でも公演を行っていた。
まだ16歳。
高校に通う、子供だと言うのに。
「……先輩。これはお節介かもしれませんが。お互いのためにも、あの子と深く関わるのは、やめた方が良いと思います」
全てを知った俺に対して。
真壁は、淡々とそう告げる。
あくまで、無表情のまま。
こちらに向けられるハイライトの無い瞳からは、一切の感情が抜け落ちていて。
彼女がどんな事を考えているのか、オレには見当もつかなかった。
評価とか感想とか、頂けると幸いです。