ろくでなしミュージシャンが国民的アイドルと天才バンドマンに愛されるヤンデレもの   作:三角関係大好き!!!

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第2話

 

 腹が減った。

 ものすごい、腹が減った。

 

「メシ作る気力すら湧かねぇ。つーか、もう、もやし炒め食いたくねぇ……」

 

 オレの現在の所持金は、3千円。

 給料日まで、あと2週間。

 節制に節制を重ねて、金を使わないよう努力したが、そろそろ限界だ。

 久しぶりに、肉や魚が食べたい。

 贅沢言うと、ステーキや寿司を食いたい……が。

 欲望に身を任せたら、ゲームオーバー。

 ボロアパートの一角で干からびて死んでしまう。

 だから、我慢、ひたすらに我慢だ。

 自分を律し、己に勝つ。

 そう自分に言い聞かせたオレは、気分転換するためにスマホを手に取る。

 検索エンジンの検索履歴には、希咲朝音に関するワードがズラリと並んでいた。

 

 彼女について調べても、良い事なんて一つもないと理解しているつもりだ。

 けれども、どうしても気になってしまう。

 ウィキ◯ディアとか、公式ホームページとか。

 果てには、ブログやSNSまで見尽くしてしまう。

 そして、そこまでして、わかった事がある。

 希咲朝音は、完璧なアイドルだ。

 ファンが求める理想のアイドルを体現するような……それこそ、完全無欠の偶像。

 オレが知るファン1号としての朝音ちゃんと、アイドルとしての希咲朝音は何もかも違う。

 顔が同じなだけの、別人にしか見えなかった。

 

 ファン1号としての朝音ちゃんは、何処にでもいるような普通の女の子だ。

 少し内気なものの、よく笑う。

 それでいて、ちょっとお茶目な一面がある等身大の子供って感じ。

 でも、アイドルとしての希咲朝音には、一切の隙が無かった。

 映画やドラマに出てる時も、ファン対応やインタビューの際も、笑顔の仮面を被ったまま。

 社交的で、明るくて、心優しくて、ファンのことを一番に考えている。

 アイドルとして完成されていて、人間性を感じられないような超然とした存在だった。

 ……だったのに。

 

『国民的アイドルユニット【DREAMS TRUE】のセンターを務める『希咲朝音』が無期限の活動休止を発表』

 

 希咲朝音は、偶像である事を辞めた。

 半年ほど前に、前触れもなく突然に。

 当時の反応は、とてつもなかった。

 日本だけでなく世界中に存在するファンによる、阿鼻叫喚の嵐。

 辞めないでくれと懇願する者、生きる希望が無くなったと嘆く者、ひたすらに応援メッセージを送る者、偶像であり続けた彼女を労る者。

 反応こそ千差万別であるが、彼らの気持ちに違いはない。

 多少の差はあれど、アイドルとしての希咲朝音を心から愛する気持ちは変わらなかったのだ。

 そんな彼らを見て、オレは唖然とした。

 一人の人間がアイドルをやめるだけで、ここまで多くの人間の感情を動かせるものなのか、と。

 ただただ驚くばかり。

 

 だからこそ、興味が出た。

 オレは今まで、アイドルというジャンルには、毛ほども興味が湧かなかった。

 故に、見ようとすらしなかったのに。

 アイドルとしての希咲朝音は、どのようなパフォーマンスをするのか。

 言語の壁すら超えて、世界中の人々に愛される少女は、どんな輝きを放つのか。

 気になって気になって、仕方なかった。

 実際に、彼女が歌って踊るところを見て、確かめようと思ったのだ。

 

「さてさて、どんなもんかなっと」

 

 無料で配信されてるライブ映像を閲覧する。

 ベッドに寝転がりながら、イヤホンをつけて。

 外部の全てを遮断して、歌の世界に没頭する。

 30分の映像は、一瞬で終わった。

 次は、なけなしの3000円を払って、有料のライブ映像を見てみる。

 何も言わずに、目を離さずに。

 そうすると、案の定、一瞬で終わった。

 他にも見たかったけど、金がないので見れない。

 

「…………」

 

 空腹感は消え失せていた。

 金は尽きたが、微塵も後悔していない。

 ベッドから離れたオレは、無言でギターケースを手に取った。

 次いで、湧き上がる情動に突き動かされるように、部屋を出る。

 向かう先は、もう決まっていた。

 

 

 

 

 

「マッカちゃん。タバコ一本くださいなっ」

 

 目的地の途中にあるコンビニ。

 バイト終わりに喫煙所でタバコを吸っている真壁に、乞食行為を働く。

 すると、彼女は手慣れた手つきで、ソフトパックから一本だけタバコを出して。

 

「……どうぞ」

 

 そっと、オレの前に差し出した。

 相変わらず、様になっている所作だ。

 顔の良さも相まって、カッコ良さ百倍。

 

「サンキュー! 愛してるぜ、マッカちゃん」

 

「…………」

 

 銘柄はセブンスター。

 オレと真壁がこよなく愛するセッターちゃん。

 久方ぶりの大好物を前にして、お上品に待つ事など出来やしない。

 ポケットからジッポを取り出し、咥えたタバコに火をつけて、噛み締めるように味わう。

 たっぷりと煙を吸い込んで肺に落としてから、ゆっくりと吐き出していく。

 五臓六腑に染み渡るとは、正にこの事。

 そうやって、オレがタバコを吸う様子を、真壁はじっと見つめていた。

 

「会いに行くんですね……あの子に」

 

「まーな」

 

 一言だけ交わした後、お互いに口を閉ざす。

 オレはぼーっと空を眺め、真壁は前を向く。

 沈黙が、場を支配していた。

 オレも真壁も、お互いに目を合わせる事なく、タバコを吸い続ける。

 不意に脳裏に浮かぶのは、先日のやりとり。

 

「……先輩。これはお節介かもしれませんが。お互いのためにも、あの子と深く関わるのは、やめた方が良いと思います」

 

 という、真壁の言葉。

 彼女の言ってる事は、至極真っ当な正論。

 オレとファン1号……朝音ちゃんが会い続けても、お互いにとってデメリットしかない。

 無名のミュージシャンと、休止しているとは言えど国民的アイドル。

 天と地ほどの差があり、尚且つ異性である二人が、そこそこ親密な関係にある。

 オレの弾き語りを聴きに来たり、ライブを見に来たりする関係にある。

 今でこそ、真壁以外にバレていないが、いつまでも周囲に露呈しない保証はない。

 もしも、世間にバレたら、どうなるか……馬鹿なオレでも察しがつく。

 

 朝音ちゃんがアイドルを辞めたのは、男にうつつを抜かしたから、とか。

 朝音ちゃんに恋人ができたなんて、絶対に認められない、とか。

 オレ達は恋愛関係ではないものの、周囲の人々はそう捉えてはくれない。

 肥大化させた妄想を振り翳し、怒り狂うファンは必ず存在するだろうな。

 朝音ちゃんに誹謗中傷するだけでなく、オレに怒りをぶつける輩も現れるかもしれない。

 それは、紛れもない事実。

 だが、そんなのどうでもいい。

 誰にどう思われようが、関係ない。

 

 オレはオレが好きなように生きる。

 好きな奴を好いて、嫌いな奴を嫌う。

 やりたい事をやって、やりたくない事から逃げる。

 今から、やろうとする事も全部、オレ自身のため。

 オレが満足できるならば、朝音ちゃんのファンに憎まれても。

 ……朝音ちゃんに嫌われても、構わない。

 

「それじゃ、いくわ。タバコくれて……心配してくれて、ありがとな」

 

「本当に、大丈夫なんですか?」

 

「さぁ、分からんね。実際に、その状況になってみないと、何も分からん」

 

 吸い殻を灰皿に押し当てると、ジュッと音を立てて炎が消える。

 案外、オレもこうなるかもしれない。

 自分勝手に生き続けた果てに、オレも誰かに踏み潰されて、消えていくかもしれん。

 だが、それでも。

 

「でも、不確定な未来を考えたってしょうがないだろ。少なくとも、今のオレは1号ちゃんと……朝音ちゃんと会いたい。というか、会わなかったら、絶対に後悔すると思ってる。だから、何が何でも会いに行く。ただそれだけ。極めて、単純な話だよ」

 

「……そうですか」

 

「悪いな。オレって奴は、自分にウソをつけない、最高にイカした人間なんだ」

 

 変に気を遣わせないように、ギザったらしい言い回しをする。

 そして、歩き出そうとした時。

 

「先輩」

 

「何よ。折角、決め台詞を……」

 

「私は、嬉しいです。先輩はいつまでも先輩のままだって、実感できたから」

 

 真壁が、笑みを浮かべた。

 口の端をちょっと持ち上げただけだけど。

 彼女が笑う姿を見るのは、初めてで……不覚にも、見惚れてしまった。

 普段から、無表情でクールな真壁。

 でも、今この瞬間は、女の子らしく見えた。

 とても、可愛らしかったのだ。

 

「いってらっしゃい、先輩」

 

 照れ臭くなったオレは、くるりと反転して歩みを進める。

 真壁の言葉に返事する事はなく。

 別れの挨拶代わりに、手をひらひらと振る。

 ……オレの顔、赤くなってるだろうな。

 わざわざ鏡で見るまでもなく、そう確信した。

 

 

 

 

 

 目的地である公園にたどり着く。

 ここは、思い入れのある場所。

 ちょくちょくギターの練習に訪れているオレの修行場所であり、朝音ちゃんと出会った聖地なのだ。

 

「あ、お兄さんっ!」

 

 SNSで路上ライブをすると告知したのが功を奏したのか、朝音ちゃんが駆け寄ってくる。

 残念ながら、他の客は一人もいないけれど、今日ばかりは好都合だった。

 

「ファン1号ちゃんも、立派な追っかけだな。こんな可愛い子に愛されて、オレも鼻が高いよ」

 

「か、可愛いだなんて、そんなっ。私なんかが、恐縮です……」

 

 オレの褒め言葉を受け止めた朝音ちゃんは、照れているのか、俯きがちになる。

 ……やっぱり、同一人物に見えないな。

 いつ対面しても、普通の可愛い女の子って感じ。

 完璧な偶像として、世界中のファンの注目を集めている存在とは到底思えない。

 だが、間違いなく本物。

 オレの目の前に立つ彼女は、アイドルとしての側面を有しているのだ。

 

「今日のセトリ、教えてください!」

 

「あー、その事なんだけど。今日は、ライブをやりませんっ! 梶原から許可を貰ってないので、したくても出来ないのです」

 

「えっ……?」

 

 驚きを隠せない朝音ちゃん。

 オレの曲を聴けると思って公園に来たのに、ライブをやらないと言われたのだ。

 落胆するのも無理はないだろう。

 オレのSNSの通知を入れており、ライブがあれば平日だろうが深夜だろうが来てくれる。

 ミュージシャンであるオレを愛してくれる彼女を騙した事に対する罪悪感が凄まじい。

 けれども、後悔はしていない。

 ウソをついたお陰で、彼女と話せるのだから。

 

「朝音ちゃん、アイドルやってんだね」

 

「……っ!」

 

 早速、本題に入る。

 すると、朝音ちゃんは怯えながら、オレを見た。

 目は泳いでおり、次第に顔色も悪くなる。

 薄々察してはいたが……やはり、アイドル活動に対するトラウマを持ってるんだな。

 ほぼ必ずオレのライブに来てくれるのも、活動休止している間、学校に行ってないから。

 恐らく、ずっと家で過ごしているから。

 

 明らかに異常な朝音ちゃんの反応を見て、オレは一瞬だけ言い淀む。

 もっと段階を踏むべきかもしれない。

 何らかのトラウマを抱えてるであろう彼女に寄り添い、事情を知った上で話すべき。

 それが正解だと分かってる。

 

「些細なきっかけで知っちゃってさ。色々と調べたし、ライブ映像も見たよ」

 

「……あ、う……ぁ、あぁ……」

 

 けれど、抑える事ができない。

 オレはいつだって、そう生きてきた。

 やりたいと思った事をやる。

 衝動に駆られるままに行動する。

 その結果、親には迷惑をかけて、彼女には振られて、親友には裏切られて、音楽活動も芽が出ない。

 何もかも正解だった訳じゃない。

 でも、自分の気持ちに従って動いたのを、悔やんだ事は一度も無かった。

 

 オレは、本当に、ろくでなしだ。

 不利益を被っても、誰かを傷つけても。

 後になって、やればよかったと思うよりマシだと断言できてしまう。

 要するに、オレは……やりたい事をやらないで、後悔だけはしたくないと願う。

 誰よりも自己中心的なエゴイストなのだ。

 

「それで、ライブの感想なんだけどさ……オレは、心の底から、感動したっ!」

 

「……!?!?」

 

 オレは朝音ちゃんの手を両手で掴む。

 すると、彼女はポカンとした表情を浮かべた。

 

「歌もダンスも、マジでクオリティ高すぎるぜ。曲に合わせてファンと一緒にライブを盛り上げるコーレスとか、一体感ハンパなくて涙が出たくらいっ! なんていうかなー、自分の世界に引き込む力、見てる側も壇上に引き上げる魔力がずば抜けててさ。そりゃ、人気でるよなって納得させられたよ。アイドルってコンテンツに触れるのは初めてだったけど、オレもファンの一人になっちまった」

 

「あ、ありがとう、ございます……?」

 

 まさに、唖然といった感じ。

 朝音ちゃんの心、ここにあらず。

 ……語りに熱が入りすぎて、ドン引きされちゃったかな。

 でも、仕方ないだろう。

 あんなに素晴らしい歌とダンスとパフォーマンスを見せられたら、黙ってなんかいられない。

 本人に感想を語れるのなら、語りたくなるのがファンってもんだ。

 

 ほんの興味本位で見た朝音ちゃんのライブ。

 正直に言うと、オレは舐めていた。

 アイドルなんぞ、他人の作った曲で、面が良い奴らが歌って踊る姿を見るだけのコンテンツだと。

 オレが心から愛するロックと比べれば、数段劣る存在であると。

 見下していたのは事実だった。

 

 けど、見当違いも甚だしかった。

 アイドルの……いや、朝音ちゃんがステージ上で放つ輝きは本物だった。

 つまらない現実を忘れさせて、ライブに没頭させる力が備わっていたのだ。

 計算され尽くした振り付け、見てる奴らの心を掴んで離さないファンサ、観客と一体になって盛り上げるコールアンドレスポンス。

 何よりも、歌を聴きながら目を閉じるだけで、空想の情景が、広がっていくような。

 ……歌の世界に引き込んでくる表現力。

 

 悔しいが、認めざるを得なかった。

 ロックとは別の魅力が、朝音ちゃんのライブには存在すると。

 そして、彼女には歌唱の才能があって。

 オレ自身、朝音ちゃんの情熱的な歌声に魂を引き込まれてしまった。

 偏見で凝り固まった思想をぶっ壊して、新しい扉を開いてくれたのだ。

 

「朝音ちゃん」

 

「は、はい」

 

「もう一回……アイドル、やってみない?」

 

「……っ!」

 

 単刀直入に、言いたい事だけ言う。

 回りくどい言い回しはせずに、心からの希望を率直に伝える。

 オレは、何も知らない。

 どういった経緯を経て、朝音ちゃんがアイドルになったのか。

 自我を殺して、一切の人間性を見せる事なく、完璧な偶像になる事を選択したのか。

 ……何故、アイドルをやめてしまったのか。

 ぶっちゃけると、その辺には興味がない。

 朝音ちゃんの過去や、葛藤を知りたいとは微塵も思わない。

 ただ、オレは見たいだけ。

 朝音ちゃんがステージ上で歌って踊る姿を、映像ではなく、生で見たいだけなのだ。

 

「ごめんなさい、私には、無理です……」

 

「なんでさ」

 

「私は、お兄さんの歌を聞く時間が大好きです。貴方の輝きを、一番近くで見続ける。そうするだけで、心が満たされます。だから、アイドルは……もう、良いんです」

 

「ウソが下手だね、朝音ちゃんは」

 

 指摘すると、朝音ちゃんは動揺を見せる。

 図星を突かれた、とでも言わんばかりに。

 映画やドラマに出演したり、ファンの対応をしたり、インタビューを受けたり。

 ステージの外の朝音ちゃんは、明らかにアイドルとしての仮面を被っていた。

 あくまで事務的に、己に求められた役割を淡々とこなしていた。

 

 でも、オレは、知っている。

 ステージ上の朝音ちゃんの姿を……オレと初めて会った時に全力で歌っていた姿を。

 アイドルとしての仮面を取っ払って、心の底から楽しそうに歌の世界に浸る姿を知っているのだ。

  

 人間は、自由じゃない。

 生きるためには何かしらのコミュニティに属して、適応して、金を稼がなくちゃいけない。

 会社とか、法人とか……その他諸々。

 誰にも頼らずに生きる人間なんて、ごく少数。

 大多数の人間は、何かに縛られて生きている。

 きっと、それは朝音ちゃんだって同じだ。

 アイドルとして、色んな鎖に縛られて生きてきて、心を病んだのは事実なのだろう。

 

 でも、歌ってる時は、自由だ。

 世俗の物事も、ちゃっちい悩みも、煩雑な人間関係も、忘却の彼方に追いやって、歌に浸れる。

 自分を曝け出して、心で叫ぶ事ができる。

 それは、何にも変えられない体験。

 一度ハマったら病みつきになる快感。

 オレは、すっかり夢中になっていて。

 ……朝音ちゃんも同じだと言い切れる。

 だって、歌っている時の彼女は……オレの曲を聴いている時の、何倍も楽しそうなのだから。

 

「歌を歌うの、大好きなんだろ? その気持ちにウソをついちゃダメだ。……もしも、キミがアイドルじゃなかったら。ただのファンだったなら、オレの歌で救えたかもしれない」

 

「…………」

 

「でも、朝音ちゃんは立派なアーティストだ。歌う快感を、自由になる気持ちよさを知ってしまってる。だから、絶対にオレじゃ救えない。キミのことは、キミ自身しか救えないんだよ」

 

「そ、れは……」

 

「一緒に歌ったから分かる。キミはオレと同じ人種だ。歌を歌わなきゃ呼吸ができない。フツーに生きると息苦しくて死んでしまう……歌わないで生きるなら、死んだ方がマシだと考えてる人間なんだよ」

 

 包み隠さず、全部言った。

 オレが伝えたい事は全部。

 個人的には、もう満足ではあるが……朝音ちゃんは、見るからに心が揺れていた。

 俯きがちになって、握り拳を作る。

 今の朝音ちゃんが、どんな表情をしているのか、確かめる手段はない。

 けれども、予想は出来る。

 恐らく、彼女は泣きそうになっているだろう。

 色々な感情がないまぜになって、心がぐちゃぐちゃになっているに違いない。

 

 そう考えると、申し訳ない気持ちになってくる。

 朝音ちゃんにとっては、災難だ。

 純粋にオレの曲を聴きにきただけなのに、訳のわからぬままトラウマをほじくりかえされて。

 我ながら、ウザいにも程がある。

 絶対に、嫌われただろうな。

 つーか、オレなら絶対に嫌いになるね。

 余計なお世話じゃクソジジイと、面と向かって言っちゃう自信すらある。

 

「お兄さん」

 

「……はい、なんでしょう」

 

「ちょっとだけ、考える時間を下さい」

 

 だけど、違った。

 顔を上げてオレの顔を見据えた朝音ちゃんは、一滴も涙を流しておらず。

 覚悟を決めようとしてるような、とても凛々しい顔つきをしていた。

 ……どうやら、彼女は、オレの想定よりも強い人間だったみたいだ。

 

「いくらでも考えなさいな。そもそも、キミが決める事なんだから、オレの了承を得る必要はないよ」

 

「そうはいいますが……元はと言えば、お兄さんが言い出した事です。絶対に、他人事にはさせませんよ。ちゃんと、責任をとって貰います」

 

「せ、責任……?」

 

 思いもよらぬ発言を前に驚きを隠せない。

 そんなオレの姿を目にした朝音ちゃんは、小悪魔のような笑みを口元に浮かべた。

 

「連絡先、教えてください」

 

「れ、連絡先ぃ……? で、でもぉ……未成年の女の子と個人的なやり取りをするのは、一介の大人として色々とマズいと思いまするぞ」

 

「まさか、ダメとは言いませんよね? 事情を察しておきながら、アイドル復帰を迫ってきて。私に嫌な事をさせようとしているお兄さんが、私の願いを跳ね除けるなんて、嫌な事をしませんよねっ!」

 

 こ、怖い……。

 確かに、笑ってはいる。

 屈託のない笑みを浮かべているけれども、有無を言わせない圧力が存在していた。

 

「分かった。そこまで言うなら、教えようじゃないか。だけど、オレ……割とズボラだから。あんまり返信できんかも知れんけど」

 

「いえいえ、交換して頂けるだけで有難いです。お兄さん、私……自分なりに、頑張ってみます。だから、ちゃんと目を離さずに見ていてくださいね?」

 

 こてんと小首を傾げた朝音ちゃんは、にこりと微笑む。

 ……なるほど。

 本当に、よく分かった。

 朝音ちゃんは、オレの想定よりも、精神的に強くて、意外と強気で。

 死ぬほどあざとくて愛らしい……アイドルの仮面を被らなくとも、魅力たっぷりの女の子みたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分と、面倒な展開になった」

 

 仲睦まじそうな二人の様子を眺めながら、誰に言うでもなく独り言を呟く。

 私の手に握られているのは受信機。

 つい先程、先輩の服につけた盗聴器の音声を聞くために必要な、ラジオに似た形の機器である。

 

「希咲朝音が、強引な先輩を嫌うのが理想だったけど……そう上手くはいかないか」

 

 先輩のことは、誰よりも私が理解している。

 それゆえに、あの人がこのような行動を取ることは予測できていた。

 でも、意外だったのは希咲朝音の方。

 まさか、あのアイドルが衝動的に行動した先輩を、受け入れるとは思っていなかった。

 てっきり、トラウマを刺激されたショックで、好意が反転すると考えていたのに。

 

 そうならなかったのは、何故だろうか。

 希咲朝音が有するトラウマが、思ってたよりも軽いものだったのか。

 先輩が投げかけた言葉が、彼女の心に響いてしまったのか。

 或いは、多少の不快感が気にならないくらい。

 先輩の事を好きになっていたのか。

 

「……っ!」

 

 受信機を握る手に力が込められる。

 最悪な想像をしてしまった。

 希咲朝音と先輩が交際する……なんて、絶対にありえない未来が脳裏をよぎった。

 

 ……大丈夫。

 何も問題はない。

 確かに意外ではあったけれど、これもまた想定の範囲内ではある。

 あのアイドルがどれだけ先輩に好意を寄せようとも、二人が結ばれることはない。

 だって、あの子はニセモノで。

 先輩は、本当の……だから。

 道が交わる事は、ない。

 心配せずとも、二人の関係は破綻する。

 お互いに見据えている未来が違うから。

 認識の違いから亀裂が入って、やがてバラバラに砕け散ってしまう。

 

 だから、こうやって見てるだけで良い。

 先輩のことを何も知らない無垢な女の子が、恋愛ごっこに興じる様を眺めるだけで良い。

 私も、無為に人を傷つけるのは本意ではない。

 何よりも、先輩が彼女と関わり続ける選択を下したのなら、邪魔するわけにはいかない。

 あくまで、想定外の事態が起きるのを防ぐために、監視するだけで十分。

 先輩の動向を完璧に把握した上で、不測の事態に対応できるよう、念入りに準備しておけば、深刻な問題は生じないはず。

 でも、その上で。

 

 希咲朝音と、先輩の関係が破綻して。

 それでも、愛が消えないのなら。

 今の彼女が抱く、淡い恋心が肥大化して、歪な愛情へと変貌を遂げて。

 異常なほどの執着心を抱いて、先輩を手に入れようと画策するのならば……。

 

「……殺す」

 

 先輩が、誰かのモノになるなんて許せない。

 あの人は、自由であるべき。

 何者にも何事にも縛られず、生きたいように生きていくべき。

 そう、在るべきなのだ。

 だって、先輩は、私の……神様なのだから。

 

「何があろうとも、誰であろうとも……絶対に、私の『神』は汚させない……!」

 

 改めて、決意を固める。

 私は、先輩に救ってもらった。

 暗闇の中に居た私に、光を与えてくれた。

 その恩は、一生涯かけて返さないといけない。

 たとえ、私の命と人生を捧げてでも。

 先輩が先輩らしく生きようとするのを邪魔する者は、排除しなければならないのだ。





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