ろくでなしミュージシャンが国民的アイドルと天才バンドマンに愛されるヤンデレもの   作:三角関係大好き!!!

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 感想や評価、ありがとうございます!


第4話

 

 アイドルをやっていた頃は理解できなかった。

 私がSNSで日常の様子を発信するたびに、投稿された写真から現在地を特定しようとする存在。

 異常なほど執着心を抱いて、私の情報を集めようとする不審者。

 俗に言う、ストーカーの思考回路が。

 

 好きでもない相手に歪んだ好意を向けられるのは、心底不快だった。

 あけすけに言うと、気持ち悪かった。

 どうして、そこまで他人に重い感情を抱けるのだろうか。

 付き纏われている相手を困らせてまで、自分の欲求を満たして嬉しいのだろうか。

 そんな事を思いながら、マネージャーに相談して、対処してもらっていた。

 

 でも、今なら、彼らの気持ちが理解できる。

 何故なら……。

 

「公園でライブやるんだ……今すぐ行かなきゃ」

 

 私は、お兄さんのストーカーになっていたから。

 ライブの告知があったら飛んでいき、お兄さんの演奏を聞く。

 演奏が終わって、私以外にお客さんが居なかったらお話ししたり、歌を歌ったりする。

 来る日も来る日も、飽きる事なく。

 

 こんな事、ダメだと分かっている。

 付き纏うのはよくないと、自分でも思う。

 それでも、どうしても辞められない。

 

 ……最初は、こんなに執着していなかった。

 純粋にお兄さんと仲良くしたいと思っていた。

 こんなに頻繁に会う事なく。

 時間をかけて、仲を深めたかった。

 

 でも、お兄さんが悪いのだ。

 一緒に歌を歌った次の日、私は彼の路上ライブを見に行った。

 SNSの投稿を見て、公園へ向かう。

 そして、私以外の観客が居ない中、お兄さんはギターを弾き始めて……私は圧倒された。

 

 先日とは異なる、お兄さんが作詞と作曲を行なったオリジナルの歌。

 端的に述べると、素晴らしいクオリティだった。

 歌詞に込められているのは、人生は有限だからこそ後悔しないように生きるべき、という彼独自の人生哲学。

 だけど、メロディーは疾走感に溢れていて、ギターリフは爽やかな感じ。

 メッセージ性がありながらも、重くなりすぎないように工夫がなされていて。

 楽しそうでありながらも全力で演奏して歌うお兄さんの姿が、曲に説得力を持たせていた。

 確かに、今の世の中で流行っている、売れ線の曲とは毛色が違うのは事実。

 でも、人を感動させるだけの力、大衆の心に響かせる魅力は存在していた。

 

 ……なのに、どうして。

 お兄さんは、有名ではないのだろうか。

 作る曲の出来は素晴らしく、演奏技術も歌唱能力も申し分ない。

 ビジュアルも優れており、私目線では売れない理由が見つからない。

 しかし、お兄さんの名前は聞いたことが無い。

 インディーズでも名が通っていないし、SNSのフォロワー数も数十人ほど。

 彼の実力に見合っているとは言い難い。

 けど、売れない理由は……すぐに分かった。

 

「和島ァ! 昨日の深夜に引き続き、何やっとるか! 公園や路上でライブする時は事前に申請しろと何度も言うとるやろがァ!」

 

「げっ、梶岡が来やがった。ごめんね、ファン1号ちゃん。俺はこの辺でドロンするで御座る!」

 

「おい待て、逃げるな! 和島ァ!」

 

 お兄さんは、実力のあるアーティスト。

 でも、それ以上に社会不適合者であった。

 警察に無断でライブをして、鬼ごっこを始めるのは日常茶飯事。

 常習犯すぎて、警察の人がお兄さんのSNSの通知を入れて監視しているくらいだった。

 もっと言うと、毎回お兄さんを追いかけてる警官のおじさんは、数少ないファンの一人であり、ちょくちょくライブを見にきていた。

 

 他にも、お兄さんは動画サイトに曲を投稿しているものの、動画作りが下手くそだった。

 彼のチャンネルに並ぶのは、真っ白なサムネイルに、曲名だけタイトルに載っけた動画。

 中身も、真っ白な背景の中、お兄さんが自作の曲を歌うだけ。

 ミュージックビデオとは程遠い、手抜きにも程がある内容だった。

 もちろん、曲自体はすごく良い。

 けど、インターネットの海に沈んでしまうのも、納得できてしまう。

 どんなに良い曲であっても、聴いてもらわなければ意味がないから。

 

 他にも、ライブの告知はいつも、ライブをする10分前だったり。

 休日はゆっくりしたいという理由で、平日にしかライブをしなかったり。

 SNSの投稿は適当で、動画サイトに曲を投稿する時の告知をしなかったり。

 インスピレーションが湧いてきたと言って、ライブに来てる観客そっちのけで、家に帰ったり。

 色々と適当すぎて、固定ファンがつきにくい。

 ……というよりも、お兄さん自身が、売れようとはしていなかったのだ。

 

 お兄さんは有名になるために歌を歌っているのではなく。

 自分が満足するために歌を歌っている。

 動画サイトに曲を投稿したり、ライブをしているのは、オマケのようなもの。

 金が稼げればラッキー感覚であり、自分が評価されてなくても気にも留めていない。

 謂わば、求道者のような感覚で、お兄さんは音楽をやっているのだ。

 

 故に、観客が少なくても、認知度が低くても、一切気にしない。

 ギターを弾いて、歌が歌えれば良いと思っているからこそ、常に明るく振る舞っている。

 それが、和島昼人という人間であり……だからこそ、私は心配だった。

 

 お兄さんの享楽的に生きる一面も素敵ではある。

 その一方で、怖くなった。

 なんていうか、世捨て人みたいな。

 人間社会に適応するくらいなら死んだほうがいいと思ってそうな一面が、酷く不安定にも見える。

 一瞬でも目を離してしまうと二度と会えなくなりそうで、どうしても不安になってしまう。

 ……お兄さんがいなくならないように、ずっと見ていないといけない。

 そんな気持ちに、させられる。

 

「だから、仕方ない。仕方ない……よね」

 

 自らの行いを正当化する言い訳を並べながら、私はコンビニの前に立つ。

 時刻は午前4時。

 人がいない時間帯を見計らって、遠目の場所にあるコンビニでお菓子を買いに来た。

 この時期になると発売されるチョコレート。

 身バレのリスクを鑑みると、店員であっても関わりたくないが、欲求には抗えない。

 

「いらっしゃいませ」

 

「……らっしゃっせー!」

 

 胸のドキドキを堪えながら入店すると、二人の店員の人が迎えてくれた。

 片方は、怖そうな雰囲気を纏う女の人。

 もう一方は、相変わらずカッコいいお兄さん。

 

「あっ、お兄さん!」

 

 本当に偶然、お兄さんと会えてしまった。

 驚きながらも、平静を装う。

 ここにいるのはお兄さんだけじゃない。

 隣の女性が私のことを知っている可能性がある以上、目立ちたくはなかった。

 だから、お兄さんには申し訳ないが、さっさとお菓子を買って帰ろう。

 

「おいおい、悪い子だな。良い子はおねんねしてる時間だぜ?」

 

「えへへ、ごめんなさい。ちょっと、眠れなくて……でも、会えて嬉しいです。まさか、お兄さんがコンビニで働いてるとは思いませんでした!」

 

 ……そう決めていたのに。

 お兄さんと話したい欲求に抗えない。

 この世界でたった一人しか居ない特別な人と、一緒にお話しできる。

 そう考えるだけで、心が満たされていく。

 

 先程、挙げた理由。

 お兄さんが心配だから一緒に居たいと言ったのも、本心ではある。

 決して嘘ではないけど、私がお兄さんに付き纏う一番の理由は……お兄さんに依存しているから。

 

 私はアイドル活動を休止してからずっと、家に引きこもっていた。

 外界と隔絶された空間で、誰とも連絡を取らずに、殻に閉じこもる。

 食料品など生きるために必要な物の買い物と、ちょっとした気分転換以外は外に出ない。

 漫画やアニメ、ドラマなどは興味がないから見ない。

 あれだけ好きだったピアノや音楽も、歌が歌えない自分にとっては苦痛に他ならない。

 そのため、ずっとベッドの上で過ごしていた。

 でも、必要以上に眠らない。

 両親と同居していた頃の夢や、歌が歌えなくなった時の夢、アイドル時代の嫌な記憶の夢。

 これらの悪夢を見てしまうため、死人のようにぼーっとして過ごす。

 それでも、脳内に浮かぶのは漠然とした不安。

 ずっとこのまま過ごしていては、いつの日か貯金が尽きる。

 貯金が尽きたら、嫌でも両親と住まなくてはならなくなる。

 そうなったら、地獄に逆戻り。

 必死に努力して、アイドルとして生きていた日々も無駄に終わる。

 歌が歌えなくなり、生きる意味を失っただけの徒労に過ぎなかった。

 ……なんて事を、延々と考えてしまう。

 ただでさえボロボロだった精神がすり減っていき、頭がおかしくなりそうになる。

 

 けれども、お兄さんと出逢ってからは……全てが一変した。

 お兄さんと一緒に居る時という制約はあるものの、歌が歌えるようになった事で心に余裕ができた。

 前のように、ピアノを弾けるようになったし、曲も聴けるようになる。

 それ以外の時間は、お兄さんの事だけを考える。

 お兄さんのライブを見に行ったり、お兄さんの曲を聞いたり、お兄さんとの未来を想像すると。

 荒んできた心が洗われていく。

 生きていて良かったと、思えてくる。

 

 私にとって、兄さんは希望。

 ……歌が大好きな本当の私を見てくれる、唯一の心の拠り所だったのだ。

 

「……話を戻すけど、期間限定のお菓子はウチに置いてないみたい。いやー、ごめんね」

 

「いえいえ、探すのを手伝ってくれて、ありがとうございました!」

 

 今日は、コンビニに来て良かった。

 期間限定のお菓子を探すという名目で、お兄さんと十分過ぎるほど会話できた。

 名残惜しくはあるが、この辺りでお暇しないと、他のお客さんが来るかもしれない。

 何よりも、仕事中のお兄さんを拘束し過ぎると迷惑になってしまう。

 もっと話したい気持ちを堪えて、私はお礼の言葉を述べる。

 ここで、お兄さんとはお別れだけど。

 きっと、またすぐに会えるから大丈夫。

 

「それでは、私はこの辺でお暇しますね。お邪魔しましたっ」

 

 お兄さんと怖そうな女性に向かって、ぺこりと頭を下げる。

 

「ご来店、ありがとね!」

 

 ゆっくりと顔を上げると、お兄さんはいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。

 でも。

 

「ありがとうございました」

 

 無表情を装っている女性は……明確な敵意を、こちらに対して向けていた。

 彼女は、私の正体を知っている。

 根拠はないけれど、そう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

「朝音ちゃん、アイドルやってんだね」

 

「……っ!」

 

 その時は、唐突に訪れた。

 私はお兄さんのライブを観に来たはずなのに、お兄さんに問い詰められている。

 彼は、私の正体を知らなかった。

 つい先日まで、気づく素振りすら見せなかったのに、何故、どうして……。

 いや、答えは明白だ。

 

 あの人が。

 あの怖そうな女性が、バイト終わりにお兄さんに話したのだ。

 私の正体が、アイドルであることを。

 お兄さんと、私の関係を引き裂くために。

 

「些細なきっかけで知っちゃってさ。色々と調べたし、ライブ映像も見たよ」

 

「……あ、う……ぁ、あぁ……」

 

 私は、言葉が出なかった。

 冷や汗が流れ出し、動悸が激しくなり、意識が朦朧とする。

 今までに積み重ねてきた全てが崩れ去って、底の見えない穴の中へと落ちていく。

 本当の私を見てくれていたお兄さんが、アイドルとしての私を知った。

 普通の女の子ではなく、国民的アイドルとして認識してしまった。

 その事実が、重くのしかかってくる。

 

 私は、逃げられなかった。

 どれだけ目を背けようとも、過去は消えたりしない。

 一度でもアイドルとして生きた以上、アイドルとしての自分は何処までも付き纏ってくる。

 そう突きつけられて、吐き気がした。

 いっそ、全部吐き出したかった。

 アイドルとして生きた過去も、地獄に引き摺り込もうとする両親も、いつまでも弱い自分も。

 全てを投げ捨てて、生まれ変わりたい。

 歌を歌いたいという未練に縛られず、もう少し早く行動していたら。

 こんな思いはせずに、済んだのに。

 

 私がアイドルである事を知って。

 お兄さんは今、何て考えているのだろうか。

 こうやって尋ねてきたという事は、何かしら関心を抱いているのは事実。

 見る目が変わったのは、確かである。

 もしかしたら、本当の私を見なくなって、アイドルとしての私を見るようになるかもしれない。

 ……それだけなら、まだ良い。

 よくないけれど、何とか耐えられる。

 でも、もっと最悪なのは。

 お兄さんが、私と距離を取ろうとすること。

 国民的アイドルと会う事で、変な噂を流されるのを嫌って、私から離れて行ったら。

 きっと、生きていけない。

 歌えなくなる上に、心の拠り所を失ったら私は、絶対に死に……。

 

「それで、ライブの感想なんだけどさ……オレは、心の底から、感動したっ!」

 

「……!?!?」

 

 不意に、手を掴まれる。

 反射的に、お兄さんの顔を見ると、彼は満面の笑みを浮かべていた。

 それこそ、子供みたいに目を輝かせながら。

 

「歌もダンスも、マジでクオリティ高すぎるぜ。曲に合わせてファンと一緒にライブを盛り上げるコーレスとか、一体感ハンパなくて涙が出たくらいっ! なんていうかなー、自分の世界に引き込む力、見てる側も壇上に引き上げる魔力がずば抜けててさ。そりゃ、人気でるよなって納得させられたよ。アイドルってコンテンツに触れるのは初めてだったけど、オレもファンの一人になっちまった」

 

「あ、ありがとう、ございます……?」

 

 思わず、戸惑ってしまう。

 だけど、本当に……嬉しかった。

 お兄さんは、何も変わらなかった。

 アイドルとしての私を知っても尚、歌が大好きな本当の私を見てくれていた。

 偏見の目を向けることも、避けることもせず、ありのままの姿で接してくれていた。

 その上、本当の私が歌う姿を愛してくれた。

 ファンになった、とまで言ってくれた。

 

 お兄さんの言葉を頭の中で反芻する度に、泣きそうになってしまう。

 私は、理解者と出会えた。

 本当の私を見てくれる存在と巡り逢えた。

 お兄さんと出逢うのは、運命だったと思えた……それなのに。

 

「朝音ちゃん」

 

「は、はい」

 

「もう一回……アイドル、やってみない?」

 

「……っ!」

 

 お兄さんから飛び出たのは、予想外の言葉。

 絶対に言われたくない言葉だった。

 何故、どうして。

 そんな疑問が、脳内を埋め尽くす。

 

「ごめんなさい、私には、無理です……」

 

「なんでさ」

 

 私の考えが理解できないとでも言いたげに、お兄さんは首を傾げる。

 すごく、もどかしかった。

 彼は、分かっているはずなのに。

 私の気持ちを知り尽くしている、私の理解者である筈なのに。

 なんで、そんな意地悪を言うのだろうか。

 

「私は、お兄さんの歌が聞く時間が大好きです。貴方の輝きを、一番近くで見続ける。そうするだけで、心が満たされます。だから、アイドルは……もう、良いんです」

 

「ウソが下手だね、朝音ちゃんは」

 

 取り繕った発言は、即座に切り捨てられる。

 今も尚、お兄さんは、私を見ていた。

 声色も表情も、真剣そのもの。

 普段のへらへらとした表情ではなく、真摯な姿勢で対話しようとしてくれていた。

 そんな彼の姿を見て、ようやく気がついた。

 お兄さんは、意地悪を言っている訳ではない。

 いままで本当の自分を隠していた、私の気持ちを探ろうとしてくれているのだと。

 

「歌を歌うの、大好きなんだろ? その気持ちにウソをついちゃダメだ。……もしも、キミがアイドルじゃなかったら。ただのファンだったなら、オレの歌で救えたかもしれない」

 

「…………」

 

「でも、朝音ちゃんは立派なアーティストだ。歌う快感を、自由になる気持ちよさを知ってしまってる。だから、絶対にオレじゃ救えない。キミのことは、キミ自身しか救えないんだよ」

 

「そ、れは……」

 

「一緒に歌ったから分かる。キミはオレと同じ人種だ。歌を歌わなきゃ呼吸ができない。フツーに生きると息苦しくて死んでしまう……歌わないで生きるなら、死んだ方がマシだと考えてる人間なんだよ」

 

 お兄さんの発言は、全て正解だった。

 私の心中を的確に言い表していた。

 恐らく、一緒に歌を歌ったり、ライブの映像を見て、こちらの真意を感じとったのだろう。

 実際に、私が観客の前で歌って踊る事を楽しんでいたのは事実だった。

 けれど、そんな彼でも……心の奥底で、私がライブ以外のアイドルとしての活動を嫌悪している事までは読み取れなかった。

 だからこそ、今こうやって、対話している。

 私に嫌われる事を覚悟した上で、精一杯向き合ってくれている。

 本音を聞き出そうと、努力しているのだ。

 

「お兄さん」

 

「……はい、なんでしょう」

 

「ちょっとだけ、考える時間を下さい」

 

 心に決めた。

 お兄さんが私と向き合ってくれるのならば、私も自分の心に嘘をつくのをやめる。

 もう、遠慮したりしない。

 自分の心に従って、これからは生きていく。

 そして、絶対に……お兄さんに告白する。

 私に希望を与えてくれた貴方と、ずっと一緒に生きていきたいという、本心を伝えてみせる。

 

「いくらでも考えなさいな。そもそも、キミが決める事なんだから、オレの了承を得る必要はないよ」

 

「そうはいいますが……元はと言えば、お兄さんが言い出した事です。絶対に、他人事にはさせませんよ。ちゃんと、責任をとって貰います」

 

「せ、責任……?」

 

 ようやく、自覚した。

 はっきりと、胸を張って言える。

 ……私は、お兄さんのことが好きだ。

 狂おしいほどに愛している。

 今まで、他人と壁を作って生きてきた私が、特定の個人に執着するのは初めて。

 これは、間違いなく初恋。

 だからこそ、絶対に成就させたい。

 お兄さんにも、私を好きになって貰いたい。

 

「連絡先、教えてください」

 

「れ、連絡先ぃ……? で、でもぉ……未成年の女の子と個人的なやり取りをするのは、一介の大人として色々とマズいと思いまするぞ」

 

「まさか、ダメとは言いませんよね? 事情を察しておきながら、アイドル復帰を迫ってきて。私に嫌な事をさせようとしているお兄さんが、私の願いを跳ね除けるなんて、嫌な事をしませんよねっ!」

 

 故に、私は最善を尽くす。

 アイドルとして生きた過去は忌々しいけれど、捨てるわけにはいかない。

 もしも、アイドルを辞めたいと伝えたら……私とお兄さんはアーティストとファンの関係に戻る。

 そうなれば、絶対に恋人にはなれない。

 心理的な距離が縮まる事はないと断言できる。

 

 だから、今は言わない。

 お兄さんが……私のファンだと言うのなら、アイドルとしての立場を最大限利用する。

 アイドル復帰の手伝いを口実にして、お兄さんと関わるチャンスを獲得する。

 そうして、少しでも一緒に行動する。

 お兄さんに、アプローチする機会を作る。

 

「分かった。そこまで言うなら、教えようじゃないか。だけど、オレ……割とズボラだから。あんまり返信できんかも知れんけど」

 

「いえいえ、交換して頂けるだけで有難いです。お兄さん、私……自分なりに、頑張ってみます。だから、ちゃんと目を離さずに見ていてくださいね?」

 

 敢えて、少し大袈裟にあざとい仕草をすると、お兄さんは僅かに頬を赤らめる。

 私は、狡い女だ。

 アイドルとしての自分が嫌いなくせに、都合よく利用しようとするくらいには性格も悪い。

 純粋なお兄さんには相応しくないかもしれない。

 お兄さんには、私よりもっと良い相手がいるかもしれない。

 でも、そんなの関係ない。

 私は彼と、絶対に両思いになってみせる。

 

 これから、何が起きるか予想できない。

 だが、それでも一つだけ分かっている事がある。

 コンビニで、お兄さんと一緒に働いていた人。

 私に明確な敵意を向けて、お兄さんに私の正体を話したであろう……銀髪の怖そうな女性。

 あの人も、絶対にお兄さんのことが好きで。

 

 ……間違いなく、私の敵であると。

 

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