ろくでなしミュージシャンが国民的アイドルと天才バンドマンに愛されるヤンデレもの   作:三角関係大好き!!!

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第6話

 

「朝音ちゃん。オレと一緒にバンドやらない?」

 

「…………え?」

 

 その言葉を耳にした時、最初に湧いてきた感情は……喜びだった。

 現実ではなく、夢みたいだと思った。

 私にとって、雲の上のような存在。

 憧れてやまないミュージシャン。

 そして、生まれて始めて好きになった人。

 この世界で唯一、本当の私を見てくれるお兄さんに、バンドを組もうと言われた。

 彼の言葉を脳内で繰り返す毎に、心の奥から幸せな気持ちが溢れてくる。

 この瞬間の私は、これまでの人生で一番幸福だと断言できる。

 だから、即答したかった。

 もちろん、やります……と言いたかった。

 でも、言えない。

 ……言える、訳がない。

 

 私は、アイドルだ。

 それも、ただのアイドルではない。

 歌って踊ってライブするだけでなく、映画に出たりドラマに出演している芸能人。

 アイドルというジャンルに興味を持っていない人でも知っているような国民的アイドル。

 日本国内のみならず、世界の人々にも認知されているほどの存在なのだ。

 そんな私が、お兄さんとバンドを組む。

 まだ世間に知れ渡っていない男性ミュージシャンと、二人きりで。

 

 無名のまま、終わるのなら良い。

 私達の存在が公にならないまま、細々とバンド活動が出来たら最高だ。

 でも、もしも。

 万が一にも、人気が出てしまって。

 私がお兄さんのバンドが、世間に知れ渡ってしまったら……間違いなく、炎上する。

 

 私は、完璧なアイドルだった。

 ファンの理想を体現する偶像として生きてきた。

 男性との絡みは極力避けて、応援してくれる人が何よりも大切と言ってきた。

 穢れを知らない純粋無垢な清楚な少女を演じる事で、成り上がってきた。

 それなのに、アイドルを休止した後に、男性アーティストとバンドを組んだ。

 その事実を知ったファンの人は、自分達を捨てて、見知らぬ男を選んだと思うだろう。

 今までの私が、虚像だったと気づくだろう。

 ……長い間、内に秘めてきた愛情が、反転して憎しみに変わってしまうだろう。

 無論、全ての人がそうなる訳ではない。

 私を憎むようになる人は、数少ないと思う。

 だがしかし、ファンの母数が多すぎる。

 仮に、反転する人が100人に1人だとしても、数えきれないほどの人が私を憎み始めてしまう。

 そうして、私を憎む人が多ければ多いほど、どのような行動に出来るのか予想できなくなる。

 

 結果的に、私が責められるだけならまだいい。

 私一人が、憎まれ、嫌われ、貶される。

 非難が殺到し、過剰な誹謗中傷を受ける。

 それだけなら、何も問題はない。

 ファンの想いを裏切った罰として、何も言わずに受け入れれば良いだけだから。

 でも、ファンの怒りが、私だけではなく……お兄さんにも向いてしまったら。

 私を憎まずに、お兄さんを憎んでしまったら。

 私のせいで、お兄さんまで傷つく事になったら。

 ……私は、耐えられない。

 自責の念で押し潰されて、精神が壊れる。

 きっと……いや、必ず死にたくなる。

 私は、私自身を許せなくなってしまう。

 

「その提案は嬉しいんですけど。二人きりで、歌うのではダメなんですか?」

 

「ふむ。二人きりで、歌う……とは?」

 

「カラオケとか、二人きりでいられる空間で、バンドの真似事をするとかでは、ダメですか?」

 

 よって、妥協案を投げかけた。

 私も、お兄さんと歌いたい気持ちはある。

 彼にギターを弾いてもらいながら、二人で思いっきり歌えたら、絶対に楽しいと思う。

 けれど、大衆の前では歌いたくない。

 前述したリスクは、出来る限り回避したいから。

 わざわざ、人の前に出る必要なんてない。

 誰にも邪魔されない二人だけの空間で、ひたすら歌の世界に没頭する。

 それが、もっとも幸せになれる選択だ。

 

「いーや、それじゃダメだね」

 

 でも、呆気なく却下されてしまった。

 お兄さんは、腕を組んで私を見つめる。

 自分の意思は曲げない、とでも言いたげに。

 

「な、なんで、ですか?」

 

「どーしても、オレ一人の前じゃなく、大衆の前で歌う姿が見たい。オレはね、朝音ちゃんの魅力は、多くの人の前で歌う時に発揮されると思ってる」

 

「…………」

 

「朝音ちゃんの歌には、人を歌の世界に引き込む力がある。全力で歌う朝音ちゃんの姿は、観客に感動を与えられる。そして、感動した観客もまた、朝音ちゃんと一緒に歌の世界を盛り上げる。それこそ、コーレスとかをやったりしてな」

 

 お兄さんの主張は一貫している。

 先日、彼は言っていた。

 

『歌もダンスも、マジでクオリティ高すぎるぜ。曲に合わせてファンと一緒にライブを盛り上げるコーレスとか、一体感ハンパなくて涙が出たくらいっ! なんていうかなー、自分の世界に引き込む力、見てる側も壇上に引き上げる魔力がずば抜けててさ。そりゃ、人気でるよなって納得させられたよ。アイドルってコンテンツに触れるのは初めてだったけど、オレもファンの一人になっちまった』

 

 彼は、私の歌に惹かれただけではなく、アイドルとしてのスキルにも惹かれていたのだ。

 だからこそ、二人で歌うだけじゃなく、観客の前でも歌ってほしいと願っている。

 大衆の前で、パフォーマンスを発揮してほしいと願っているのだ。

 

 ……心が揺れる。

 どうしても、想像してしまう。

 私とお兄さんの二人でステージの上に立ち、大勢の観客の前で熱唱する。

 二人の力で、才能で、全てで、多くの人々を歌の世界に引き込んでいく。

 もしも、そんな未来が実現したら……どんなに、楽しいだろうか。

 考えるだけでも、ワクワクしてくる。

 幼子のように期待に胸を膨らませる自分がいた。

 

「私とお兄さんがバンドを組んで有名になったら、とんでもない事になりますよ。その事をちゃんと、分かっていますか?」

 

「ああ、分かってるよ。だから、バレないようにすりゃいいだろ」

 

「バレないように……?」

 

「覆面とか、仮面とか被ったりしてさ。最近見たアニメでも、有名なアイドルでありながら、仮面を被って正体を隠す事で別のバンドに参加してる子がいたぜ」

 

「……その仮面を被ったアイドルの子、最終的にどうなったんですか?」

 

「普通にバレてたな、正体」

 

「それじゃあ、ダメじゃないですか!」

 

 私のツッコミを受けたお兄さんは、楽しそうにギャハギャハ笑う。

 その態度は、あまりにも軽かった。

 私の目には、事の大きさを十分に理解できてないように見えた。

 ……だけど。

 

「でも、それってそんなに重要か?」

 

「……?」

 

「言いたい事は分かるよ。休止中のアイドルである朝音ちゃんと無名のミュージシャンであるオレが二人きりでバンドを組んで、世間にオレ達の存在が露呈したら、間違いなく爆発する。炎が燃え盛って、焼け野原になっちまうかもしれない。だが、そんなのは些細な問題だと思わないか?」

 

 お兄さんは、リスクを把握できていた。

 しかも、そのリスクを把握した状態で、バンドを組もうと言っていた。

 その前提の上で、炎上してしまう事が些細な問題だと言い切ったのだ。

 ……正直、意味が分からなかった。

 何故なら、私には炎上する事が、些細な問題だと思えなかったから。

 私とお兄さんの人生が変わるくらい、大きな問題だと捉えていたから。

 

「人生が滅茶苦茶になったっていい。オレと朝音ちゃんが全力で歌えれば。今この瞬間、自分がやりたいと思う事を精一杯やれれば、それで十分だろ」

 

 お兄さんは、私を射竦める。

 彼の瞳には、迷いがなかった。

 不安も、恐れも、怯えも無かった。

 否応にも、私とお兄さんの間にある認識の差異を実感させられる。

 だけれど、その代わりに和島昼人という人間の本質を理解できた気がした。

 

 お兄さんは、刹那的な人間なのだ。

 いつ、何時も、自分がやりたい事をやる。

 歌が歌いたい時は歌うし、寝たい時は寝るし、酒を飲みたい時は飲む。

 何者にも縛られずに、何事にも囚われずに、自由に生き続ける。

 たとえ、どんな障害があろうと関係ない。

 法や秩序も、自由に生きた先にある不穏な未来も、自分の行動による他者の好感度の変化も。

 彼を縛る鎖にはなり得ない。

 

 例えるなら、お兄さんはブレーキのついてないスポーツカーのようなもの。

 決して止まる事なく、走り続ける。

 故障したり、事故を起こしても、止まらない。

 致命的な損傷を受けて、二度と走れなくなるまで。

 後ろを振り返らずに前だけを見て、進み続ける。

 

「そんで、朝音ちゃんはどうなのよ」

 

「…………」

 

「オレとバンドを組みたいのか、組みたくないのか。……どっちなんだ?」

 

 お兄さんは、私とは……私達とは違う。

 普通の人間とは隔絶した差異がある、生まれつき特別な人間だと確信した。

 世人とは思考回路が、全くの別物。

 だけど、私は理解した。

 彼の事を、思考回路を理解できたつもりだ。

 

 でも、絶対に。

 他の、世間の人々は理解できない。

 普遍的な物の見方しか出来ない人に。

 本質を見ようとせずに事象だけ捉える人に、お兄さんを理解できる筈がない。

 だからこそ、私達二人がバンドを組んだ先にある未来は……明るくないと確信した。

 仮面を被って、外面を隠しても意味はない。

 

 私達は有名になる。

 お兄さんの才能を、私の歌で発信した途端に、多くの人々の目に留まってしまう。

 きっと、歌えば歌うほど、拡散されていく。

 そして、いつの日か、私の正体はバレてしまう。

 それは、どう足掻いても避けられない。

 小さな火種は炎に変わり、全てを焼き尽くす。

 そうやって、私達の人生はぐちゃぐちゃになってしまう……と。

 

 そこまで考えて、思考を放棄する。

 

 何もかも、どうだっていい。

 どうなろうと、かまわない。

 だって、一番大事なのは。

 お兄さんと一緒に歌いたいと思う、自分の気持ちに正直になることだと思うから。

 

「私は、お兄さんと歌いたいです」

 

「と、いうことは?」

 

「お兄さんとバンドを組みます」

 

「へへっ、嬉しいぜ。朝音ちゃんなら、そう言ってくれると信じてたけどよ」

 

 本当に、お兄さんはブレない。

 恐らく、これからも変わらない。

 最初から、最後まで。

 命尽きる時も、今みたいに笑っているのだろう。

 

「何故、そう思ったのですか?」

 

「朝音ちゃんが歌う姿は、オレと同じだから」

 

「……ふふふ」

 

 思わず、笑みが溢れる。

 ただひたすらに、嬉しかった。

 お兄さんと同じだと言ってくれた事が。

 歌を愛する気持ちを理解してくれている事が。

 

 でも、一緒ではないですよ。

 歌う姿は同じでも、本質は違う。

 

 多分、お兄さんは一人でも生きていける。

 世界が自分一人で完結しているから、他人を必要とせず、歌があれば十分だと思っているような。

 弱い私とは異なる、強い心を持つ人。

 

 けど、私は一人では生きていけない。

 少し前までは、一人でも良いと思っていた。

 歌さえあれば、十分だと思い込んでいた。

 それでも、最終的には壊れた。

 理解者がいない現実に耐え切れず、心を病んだ。

 ……そんな時に、お兄さんが現れてくれた。

 孤独ではないと、言ってくれた気がした。

 だから、私は生きていける。

 他の人にどう思われようとも、側に貴方さえ居れば何でもできる。

 

 私にとって、お兄さんは大切な存在。

 今や、歌よりも……愛してしまっている。

 

「バンド結成記念に、一曲歌いたいとこだけど……そろそろ、帰ろうか。深夜の公園で未成年と熱唱したら、前みたいに梶岡が駆けつけてくっかんな」

 

「では、送ってください。私の家まで」

 

「いいのかい? オレみたいな小市民に、アイドルの住所をバラしちまって」

 

「ええ、良いんです。今の私はアイドルではなく、お兄さんのバンドのボーカルですから」

 

「あらまぁ! ほんと、言うようになったわねぇ。ファン1号ちゃんも」

 

 思い出が詰まった公園を後にする。

 満天の星の下で、二人揃って歩き出す。

 この瞬間を楽しみながら、お互いに笑って。

 

 私は、お兄さんと共に歩む事を選んだ。

 彼のスポーツカーに乗り込んでしまった。

 今更、降りることなんて出来ない。

 最後まで止まることなく、永遠に走り続ける。

 その結果、どんな結末を迎えるかは分からない。

 正体が露呈してしまって、大炎上して、まともな人生が送れなくなるかもしれない。

 ……いずれにせよ。

 私は、この選択を後悔しない。

 どんな結末を迎えようとも、お兄さんの手を取らない未来よりも不幸になることはない、と。

 それだけは、断言できる。

 

「お兄さん、手を繋いでくれませんか?」

 

「……これまたどうして」

 

「感じたいんです。お兄さんの存在を」

 

「なんてロマンチックな言葉なのでしょう。よーし、合格だ。お兄さんが手を繋いでやろう」

 

 差し出されたお兄さんの手を、ぎゅっと握りしめる。

 男の人らしくゴツゴツしていて、ギターを誰よりも練習しているから、指の皮が厚い。

 それ以上に、彼の体温は暖かかった。

 お兄さんは生きていると、実感させられる。

 それだけで十分だった。

 

 バンドを組んだお陰で、お兄さんと手を繋げる。

 大好きな人と、少しでも一緒に居られる。

 この時間を、私は絶対に忘れない。

 心の奥に刻んで、大事にとっておく。

 そうすれば、この先、何があっても。

 ……私を恨む、誰かに殺されたとしても。

 

 幸せな人生だったと、胸を張って言えるから。

 





これにて、一区切りです。
一章が終わりといった感じです。
申し訳ないですが、これからは毎日更新できないと思います。
これからも読んで頂けると幸いです。
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