ろくでなしミュージシャンが国民的アイドルと天才バンドマンに愛されるヤンデレもの   作:三角関係大好き!!!

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第9話

 

 この世には、懸命に努力しても覆す事が出来ない物事が幾つも存在する。

 例えば、物理法則。

 人間が何をしようとも、木から落ちるりんごは地面に落ちるし、月は地球の周りを回る。

 例えば、歴史的な事象。

 過去には戻れないので、織田信長は本能寺で死ぬし、ペリーは黒船に乗って日本に来る。

 そして最後に、出生。

 生まれた以上、親子の繋がりは消せない。

 どう足掻いても子供は、親を選べないのだ。

 

 

 

 

 夜鷹。

 それは、江戸時代に安い値段で性的なサービスを提供した遊女を指す単語で。

 ……私の名前でもある言葉。

 血の繋がりのない父親に刻まれた、忌まわしい呪いであった。

 

「お前は忌み子だ。命あるだけ感謝しろ。決して、自由など求めるな」

 

 父親は、淡々と言葉を紡ぐ。

 その声色には、物心ついて間もない私に対する明確な憎悪が感じ取れた。

 何故、そこまで私を嫌うのか。

 当時の自分には検討もつかなかったけれど、すぐに理解することになる。

 

「痛い……やめて、お父さん」

 

「ダメだ。お前には理解させなければならない。自分の立場を、身の程ってものを」

 

 まだ幼い私を、父親は容赦なく踏みつける。

 何度も何度も、飽きることなく。

 このような暴力は日常茶飯事。

 三日三晩、ご飯を食べさせられなかったり。

 極寒の中、外に締め出されたり。

 様々な手を講じて、父親は私をいたぶり続けた。

 暴力を受けている最中、私は必死に耐え忍ぶ。

 そして、父親は決まってこう告げた。

 

「恨むのなら、父親を恨め。俺の妻を誑かした男を憎め」

 

 父親が私を嫌う理由。

 それは、私と彼の間に血のつながりがないから。

 母親が不貞を働いた結果、生まれた子供だったからである。

 

 母親と父親には年齢に差があり、母親は20代で父親は40代。

 加えて、父親には愛があったが、母親には愛がなく、完全に金目当ての結婚だった。

 その上、父親は実業家で、家を空ける事が多い。

 対して、母親は専業主婦で、家にいる事が多い。

 そうなると、脳みそが空っぽな母親は、暇つぶしに同世代の男と遊び始めた。

 自分の欲望の赴くままに、考えなしに性的行為に及んで。

 避妊をしていなかったせいで、妊娠して。

 不貞行為を隠蔽するために托卵を目論んだ結果、呆気なく嘘が露呈して今がある。

 私という望まれぬ子供が生まれてしまったのだ。

 

「あの男さえ居なければ……! 美佳が過ちを犯す事は無かったのに!」

 

 何も知らない私が苦しむ様子を見て、憂さ晴らしをする。

 そんな父親は、今でも母親を愛していた。

 故に、不貞行為の責任は母親に無いと主張し、行き場のないストレスをこちらにぶつける。

 

「……………」

 

 母親は、何も言わずにスマホをいじり続ける。

 恐らく、懲りずに男漁りでもしているのだろう。

 不倫がバレてからも、別の男を家に連れ込んでいるのを私は知っている。

 

 まさに、地獄のような日々。

 言うなれば、終わることのない悪夢。

 思うところはあるけれど、吐き出しても何も変わらないので全部飲み込んだ。

 

「夜鷹ちゃんって、変な子だよね」

 

 ありとあらゆるコミュニティにおいて、私は腫れ物だった。

 常に真顔で、一言も話さない。

 話しかけられても、応対できない。

 休み時間はずっと、ぼーっとしている。

 趣味もなく、夢もなく、やりたい事もない。

 我ながら、なんで生きているのか分からない。

 居てもいなくても変わらない空気のような存在。

 それが、真壁夜鷹という人間だった。

 

 そんな私の人生は、恙なく進む。

 小学校、中学校、高校と。

 朝起きて、学校に向かって、寝る。

 時折、父親に痛めつけられて、母親の代わりに家事をする。

 特筆するようなイベントは何もなく、変わり映えしない日々が繰り返されていく。

 そして、17歳の誕生日を迎えた時。

 

「君が夜鷹ちゃん? これから末長くよろしくね!」

 

 私に、婚約者ができた。

 相手の年齢は40歳で、父親の会社と取引している企業の代表取締役。

 要するに、政略結婚である。

 企業間の関係を親密にするために、父親は私を差し出したという訳だ。

 

「なんていうか、いいねぇ。如何にも清楚って感じで、おじさんの好みだよ」

 

 婚約者が私を品定めするような目で見る。

 舐め回すように、体の隅々まで。

 当然ながら、思うところはある。

 けれども。

 私は、全てを飲み込んだ。

 感情を吐き出しても、現実が変わらない事を知っていたから。

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐きながら、真夏の公園に足を踏み入れる。

 幸いにも、顔合わせはすぐに終わった。

 父親によると、18歳の誕生日を迎えた瞬間に、婚姻関係を結ぶ予定らしい。

 ちなみに、婚約者の男性は嫁入りは絶対で、両親の介護も頼みたいと述べていた。

 そうなると、私に自由はない。

 高校卒業後は、専業主婦として生きる運びになる。

 見ず知らずの他人のために家事をして、見ず知らずの他人の親の世話をする。

 時折、体を求められる事もあるだろう。

 そうして、好きでもない男性の子供を産んで、育てて、生きていく。

 最初から最後まで、私を憎む父親の操り人形として、自由を知らずに……。

 

「♪〜」

 

 物思いに耽りながら歩いていると、軽快なミュージックが聞こえてくる。

 誰かが、路上ライブでもしているのだろうか。

 ここの公園は人通りも少なく、集客が見込めないというのに。

 

「行ってみようかな」

 

 それは、ほんの気まぐれ。

 音楽に興味がある訳でも、旋律に惹かれた訳でもない。

 言うなれば、ただの時間潰し。

 ……だった筈なのに。

 

 

 

 私の目の前には、神が降臨していた。

 

 

 

 さらりとなびく灰色の髪。

 演奏をこよなく楽しむ表情。

 何よりも、その歌は魂の叫びだった。

 なりふり構わず死力を尽くして、ギターをかき鳴らす姿は……あまりにも神々しい。

 感情を封じ込めながら、ただ生きているだけの私とは違って。

 自身の歌を通じて感情を吐き出す青年の命は、煌々と輝きを放っていたのだ。

 

「……………」

 

 知らず知らずのうちに、頬に涙が伝う。

 何かに心を動かされるのは、生まれて初めての体験だった。

 正直、私に歌の良し悪しはわからない。

 今聞いている曲が、音楽として優れているかどうかの判断はできない。

 極めつけに、自分が泣いている理由すら掴めていない。

 しかし、これだけは断言できる。

 青年が歌う姿には、見ず知らずの人間の心を震わせる力があると。

 

「うげっ」

 

 そう確信した次の瞬間。

 先程まで元気に歌っていた彼は、ばたりと倒れる。

 カエルが潰れた時のような声を上げて。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 私は即座に駆け寄る。

 そうすると、顔色が青白くなった青年は。

 

「同情するなら、水をくれ……」

 

 と告げて、瞳を閉じてしまった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、マジで助かったわ。キミは命の恩人だ。お礼代わりに飴ちゃんをあげよう」

 

「ありがとうございます……」

 

 病室の一角で、くつろぎまくる青年。

 救急車で搬送された時はどうなる事かと思っていたが、後遺症は無いようで一安心。

 とは言え、私が居なかった時のことを考えると恐ろしく思う。

 

「貴方は何故、そんなにも平然としてるの?」

 

「え? そりゃ、助かったからでしょ。ラッキーな事に、一晩入院するだけでいいし」

 

「えっと、そうではなくて……」

 

 誰かと会話する経験が不足していて、上手く言葉を組み立てられない。

 加えて、心臓がバクバクして、息が詰まる。

 私が投げかけたいのは、至極簡単な質問なのに。

 

「オレが限界を迎えるまで歌っていた理由……教えてやろうか?」

 

「え、なんで、わかっ……」

 

 何故、こちらの思考が読めたのか。

 やはり、彼は神なのだろうか。

 訳もわからず、慌てふためく私の姿を見て、彼はニヤリと笑う。

 次いで、こちらに発言の機会を与える事なく、どんと胸を張って口を開いた。

 

「その理由は、単純明快。限界まで歌いたい気分だったから、歌った。ただそれだけだ!」

 

 矢継ぎ早に飛んできた答えを前に、私は言葉を失ってしまう。

 失礼なのを承知で率直な気持ちを述べると……馬鹿じゃないのかと思ってしまった。

 

「意味が、わからないです」

 

 思った事をそのまま、声に出す。

 己の感情を発露させるのは、とても怖い。

 その上、自分でも何故、ここまで青年に執着するのかわからないけれど。

 どうしても、尋ねたい。

 言葉を交わして、理解を深めたい。

 人の心を動かす力を持つ彼の事を、もっと知りたいという気持ちが抑えきれなかった。

 

「もしかしたら、死んでいたかもしれないんですよ。なのに、なんで……」

 

「くそッ、深掘りしてくるのは想定外だな……おとなしめのタイプだと思ってたのに」

 

「いいから、答えてください。私に、貴方のことを教えてください」

 

「しかも、なんか圧があって怖いし!」

 

 もにょもにょする青年をじっと見据える。

 すると、彼は観念したかのように、一息ついた。

 

「分かったよ。言えばいいんだろ、言えば! 別に、ここで死んでもいいと思ったから、ぶっ倒れるまで歌ってたんだよ!」

 

「……なんていうか」

 

「ちょっと待て、勘違いだけはしないでくれよ。自殺願望がある訳でも、自暴自棄になってる訳でもない。オレなりに信念あっての行動なのを肝に銘じておいてくれ。死にたがりのメンヘラだと思われるのはゴメンだからな」

 

 咄嗟に、口を噤む。

 あと少しで、自分が求めていた答えが。

 誰にも興味関心を持たなかった私が、青年に執着心を抱いた理由がわかる気がした。

 

「オレは死にたい訳じゃない。後悔しながら生きるよりも、満足しながら死ぬ方がマシ。それが信念であり、モットーなだけだ!」

 

 さくりと私の胸を刺す言葉が飛んでくる。

 その信念が嘘八百ではないことは、公園での彼の行動が示していた。

 ……なるほど。

 どうして、あの時。

 青年の歌を聴いて、涙が流れたのか。

 その疑問が、ようやく解消された。

 

 私はきっと……美しいと思ったのだろう。

 極限まで魂を燃やして自己表現をする命の躍動と、何事にも縛られる事のない自由な生き様を見て、心が動かされたのだ。

 

 私は今まで、流されるままに生きてきた。

 家族に縛られるのを良しとして、周囲から変人扱いされるのを良しとして、婚約者が勝手に決められるのすら良しとした。

 受け入れ難い現実に直面した時、精神が磨耗しないように感情を殺していた。

 そうしたのは、怖かったから。

 自らの境遇に立ち向かうのが恐ろしかったから、全てを受け入れていたのである。

 

 ……でも、なんだか馬鹿らしくなってきた。

 全て、青年の言う通りだ。

 後悔して生きるよりも、満足して死ぬ方が良い。

 悲劇のヒロインを気取るよりも、幸せになるために行動する方がずっといい。

 どうやっても、今より酷い状況になることはないのだから。

 

「因みに、この境地に辿り着くまで、様々な苦難があったもんだ。語ると長くなるが」

 

「……あの」

 

「んだよ。人が気持ちよく武勇伝を語ろうとしてる時に!」

 

「私も、そんな風に生きられるかな?」

 

 少し、狡い質問を投げかける。

 青年とはさっき会ったばかりだけど、彼が発する言葉の予想はついていた。

 

「絶対イケる! 後先考えない無敵の人メンタルで生きていこうぜ!」

 

 屈託のない笑顔を浮かべながら、青年はサムズアップした。

 ……やっぱり、彼はおかしな人だけど。

 私の目に狂いはなかった。

 この青年は、私が進むべき道を示してくれる神様だったのだ。

 

 

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