栄主と歌姫と白閃と   作:イ―グル

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第二十三話 それぞれの葛藤

2034年9月5日

夏合宿も終わり、それぞれの場所に戻ってきた仁たち。

だが各々の心には課題を抱えていた。

 

 

 

エアコンの効いたトレーナー室で俺は普段と変わらずに仕事を進めていた。

「ふぅ…」

この前の交戦事件…伊豆事件と呼ばれてるらしいがそれは今でもメディアが騒ぎ続けている。

その時に俺の名前も公表されたため、トレセンや家に大量の取材が入り、危うくmiCometにまで迷惑がかかる寸前にまで行った。

その時家族全員で本気で怒り、放送事故寸前まで行ったため、今ではなくなった。

ちなみに生中継でそれが全国に広がったため、一時ネットで話題になった。

この事件は、俺という個人に大きな傷跡を残した。

人の命を奪ってしまったかもしれないという感触。

鈍感な俺でもさすがに感じてきた。

あぁ、十字架を背負うってこういう感じなんだな。

「電子生命体かもしれないから、生きてるかも」

橋塚にはああいうことを言ったが、俺は不安を拭えていない。

これはあくまで俺の推測であって、主任は人間かもしれない。

そうなると、自衛とはいえ俺は人の命を奪った人間の一人ということになる。

何処かでこんなような言葉を聞いたことがある。

『平時で人を一人殺せば殺人者だが、戦争で100万人を殺せば英雄となる』

この言葉は本当にそうなんだと思う。

他人の受け取り方が違うだけで人の罪としてはずっと重いことがある。

それに俺も当てはまるんだと思う。

仮に主任が電子生命体だとしても、人並みに思考し意思を伝えれるものを殺そうとした。

結局、俺は殺人者としてのレッテルを貼られていくことになるんだろうな。

一旦パソコンを叩く手を止める。

それと、もう一つ俺が引っかかることがある。

それが主任が話していた『人類の可能性』。

人類の可能性とはいったいなんだ?

今まで人類は愚かなことも良いこともしてきた。

だが、影響を与えている度合いで言えば、愚かなことの方が大きいと多くの人が答えるだろう。

戦争、環境破壊、エゴ………

それで人類が何度世界を変えてきたか分からない。

これによって、人類のことを愚かなものだと見ている人だっている。

一体、そんな中で彼が求めている『人類の可能性』とは何だろうか。

科学技術?思想?団結?意思?

幾ら考えたって答えは出そうにない。

ただ分かっているのが、その可能性が俺に求められているということだ。

一体俺個人にどうしろってんだ…

エアコンから流れる空気が髪を揺らす時間が続く。

机の脇に置いてあった本棚から一冊の本を取り出す。

その本の表紙にはこう書いてあった。

「イレギュラーの可能性について」

前の事件があった後、参考になるかもしれないと思って買った本だ。

内容としては確率論の話だ。

外れ値の発生確率がデータ全体に与える影響について語っている。

この本の中では外れ値のことを「イレギュラー」と言っている。

そしてACのキーワードの一つが「イレギュラー」。

何か関係性があるものだと思い、この本を購入した。

だが、劇中で語っていることが少なすぎるために、具体的なことはほとんど分からない。

分からないことが多すぎることが、俺を苦しめる。

だが、これだけは確信を持てる。

主任にはもう一度会うことになる。

なぜかこれだけは確実だと思える。

本を閉じ、再び本棚に仕舞う。

その課題に加えて、俺にはもう一つ悩みの種がある。

それがエースのレースについてだ。

エースは秋天と菊花賞の選択肢の内、菊花賞を選択した。

シービーとの勝負もあるし、エースの性格からしても当然ともいえるだろう。

だが、俺にはこういう気負いがある。

「俺が逃げとも捉えられる秋天を選択肢として出してしまったことで負ける可能性の高い菊花賞を選ばせる空気を作ってしまったのかもしれない」

こういう不安がある。

エースはあの時力強く答えたから大丈夫だろうと思うが、それでもだ。

有難迷惑という言葉がある。

人に良かれと思ってやっていたことが返って迷惑になっていること。

そしてそれを迷惑だと言い出せずに無理をして受け入れてしまうことがある。

できれば避けたいことだが、俺たちは読心術を全員持っているわけではないので無理な時がある。

それが今回の状況にも当てはまるかもしれない。

「はぁ~…」

座っている椅子が後ろに下がり、天井を見つめる。

一体俺はどうするべきだったんだろうか。

秋天の選択を提示せずに、本人の自由にさせるべきだったのか?

それとも菊花賞か秋天どっちかに最初から集中させるようにすればよかったのか?

いっそのこと、俺の世界のことを伝えるべきだったのか?

恐らく、正解って言うのは存在しないんだろうな。

それ故に、人は考えてしまう。

常にその時の最善の選択をしたいから。

だが基本的には選択肢が多すぎるあまり、最善の選択は難しい。

そんなジレンマに悩まされるのが、ある意味人間っぽいとも言えるのだろう。

そんなことを考えながら、椅子を引き戻して仕事を進める。

彼の疑問を無理やりひき潰すように。

 

 

 

同日昼 トレセン学園 教室

秋の残暑とはもはや言えないレベルの暑さな9月。

その暑さを避け、教室で授業を受けているエースの姿がそこにあった。

「…………」

彼女の様子を見るとイマイチ授業に身が入らず、外を見ているようだった。

現状彼女のことを悩ませていることは二つある。

一つは菊花賞のことだ。

菊花賞の条件は芝3000mの長距離レース。

一方、今までクラシックでエースが走ってきた距離は全て中距離に分類される。

中距離と長距離では求められる条件が全然違う。

特に顕著なのが距離適性とスタミナだ。

距離適性は今まで走ったことがなく未知数なのでともかく、問題はスタミナだ。

今まで走ってきた中距離はスタミナが程々で済むというのが特徴だ。

だが、3000mともなる長距離では途轍もなく多いスタミナが要求される。

有マ記念の2500mの100m延長とかならそれほど気にしなくてもいいかもしれない。

だが、前の皐月賞から日本ダービーの400mの距離延長でもきつかったのに、そこから更に600mの延長ともなればどうなることやら。

その時脳裏に「敗北」という二文字が過ぎる。

一瞬、エースは目を細める。

今まで覚悟していたことだが、やはり慣れない。

こんな思いをするくらいなら秋天に出た方がいいと思う人がいるかもしれない。

でも、シービーとの勝負を投げだしたくない。

人間ってのはこういうことを抱えるものなんだろうな。

視線を授業の方へ戻す。

相変わらず授業の内容は頭に入ってこない。

少し前の方を見るとシービーが座っている。

アタシの憧れであり、ライバルで、親友のシービー。

最高にレースを楽しみ、その実力で観客を楽しませる存在。

ターフの演出家という渾名は伊達じゃないな。

事実、アタシが勝ってきた皐月、ダービーではメディアはアタシを注目したが、観客はシービーの方を注目していた。

まあ、前からの注目度だけで言うならシービーの方が高いのは本当だしな。

一体、アタシはいつになったら主役になれるのだろうか。

こう悩んでいる中で、もし菊花賞で負けたら……

嫌な想像をしてしまう。

しかも、来年のシニア路線でも気がかりなことがある。

高1にして生徒会長に上り詰め、レースにおいても圧倒的の強さを持つというウマ娘。

確か名前は……

「では、授業を終わります」

おっと、いつの間にか授業が終わっていたようだ。

「起立!気を付け!礼!」

一切と言っていいほど頭に残っていない授業が終わり、休み時間に入る。

「エース、授業あんまり集中できてなさそうだったけど、どうしたの?」

「まあ、いろいろあってな」

「ふ~ん、そういえばトレーナーさんとはどうなの?」

「それ聞くか?実はさ~」

そう、これがあたしが悩んでる二つ目の問題。

トレーナーさんとの関係だ。

なんだかんだ契約し始めて1年と半年近く経ち、これまでさんざん距離を詰めてきた。

だけど…

「トレーナーさん全ッ然気づいてくれない!」

教室全体にその声が鳴り響く。

「お、落ち着いて、エース」

ちょっとやり過ぎたな。

でも、こう叫びたいぐらいに気づいてくれない!

「夏祭りでさ、『トレーナーさんになら勘違いされてもいい』って言ったのよ」

「うん、前に聞いたけどそれで?」

「『そういうことは本当に好きな人にしてあげてください』って!」

「あ~、あるあるだね~」

アタシたちとトレーナーとの関係は一応教師と生徒。

トレーナーたちはその関係性を崩さないためにあたしたちのアタックを必死に防いでくる。

アタシたちがトレーナーと恋仲になるためにはその牙城を崩さないといけない。

それに加えて、アタシのトレーナーさんは二人からのアタックを無視する朴念仁だ。

朴念仁過ぎてあたしたちの好意にはちっとも気づきやしない。

「アタシたちの本当に好きな人はトレーナーさんなのによ!」

「アタシのトレーナーも似たような感じだね。自衛隊って言うのも邪魔してるのかも」

確かに。自衛隊って公務員だしそういうことにはより一層警戒してるのかもしれない。

「しっかし、エースは大変だね。恋敵がいるんだから」

この悩みをより一層深刻にしているのが、恋敵である星街さんの存在だ。

他の生徒のトレーナーさんは専属になれば、ガンガンアタックして勝ち取れるだろう。

だけど、アタシの場合は少し事情が違う。

明確な恋敵が存在しているのだ。

しかも事情アリとはいえ、同じ家に住んでいる人で、社会人だ。

学生という障害がないのでアタシより優位に立ち回れる。

「あぁ。しかも大人だからな」

「でも、逃げない。それがエースなんでしょ?」

「そうだ。それでこそエースだからな!」

それでも諦めない。

それがアタシの、エースの矜持だ。

「おっと、そろそろ次に授業の時間だ」

いつの間にか、かなりの時間話していたようだ。

「それじゃ、エース!」

「おう!じゃあな!」

そう言って次の授業に向かっていく彼女たち。

彼女たちの旅路はまだまだ始まったばかりだ。

それを示すかのように、太陽は天高く上がっていた。

 

 

 

同日夜 トレセン学園

「はぁ、今日は遅くなっちまったな」

仁の戦友部下兼ライバルの橋塚は仕事終わりの書類を提出しに、理事長室に向かっていた。

それにしてもトレーナー室から理事長室まで遠いんだよな。

そんな文句を心の中に仕舞いながら、電灯が光る廊下を歩く。

そんな疲れ切った状態の橋塚だったが、さらに疲れる事案が発生する。

「ん?え?え?」

突然、目の間の空間が光り出したのだ。

こ、これが転移現象ってやつか。

仁から聞いていたとはいえ、初めて目にするとびっくりするな。

流石に転移してきた人を一人にするわけにもいかないので、その場で光が晴れるまで待つ。

5分もすると光が晴れてきた。

すると光の中から一人の男性が現れた。

見た目は中肉中背で40代前半に見える。

「えっ、い、一体ここは⁉」

「あ、あぁ、お、落ち着いてください!」

互いに落ち着くことが出来ずに数分が経った。

「な、何とか落ち着きましたね」

「え、えぇ、何とか」

「では、あなたの状況を手短に伝えます」

その後転移してきたこと等を伝え、仕事を終わらせたのち、近くの役所に連れて行った。

 

 

 

同日 深夜 星街宅

「よし、配信終わり~」

今日も今日とて配信業を行う星街すいせい。

そんな彼女のチャンネル登録者数は230万人を超えており、一躍時の人となっていた。

「すいちゃ~ん、配信終わった?」

ピピピピ

「みこちからだ」

どうやらみこちの方も配信が終わったようだ。

「うん、終わった~」

「お疲れ様~、ちょっと話そうよ~」

この後は特に予定もないし、別にいいか。

ガチャ

「お邪魔しま~す」

「お邪魔しますって言っても、みこちは何百回も来てるでしょ」

「確かにねwでも取れないんだよね~この癖」

まあ同棲してた訳でもないし、当然か。

「それじゃ、何話すにぇ?」

「ん~やっぱり仁君のことかな」

親友であるみこちは私の数少ない恋愛相談相手だ。

「どうにぇ?最近は」

「ほぼ進展なし。やっぱり鈍感だよ」

多分エースちゃんも同じことを思っているだろう。

「間接的とはいえ、普通アイドルに『恋人だと思われていい』って言われて落ちない?」

「世の中にはいろんな人がいるし、そういう人もいるにぇ」

「だとしてもだよ!さすがにおかしすぎるよ!」

それなりにアタックしているつもりではあるのに、ほぼ進展ないのはさすがにおかしい。

「う~ん、後はすいちゃんのファンに迷惑かけたくないってのもあるんじゃない?」

確かに、仁君は優しいしそういう風に考えるだろう。

「でも、すいちゃんが良いって言ってるのにダメなの?」

「すいちゃん。すいちゃんの影響力は思った以上に大きいんだにぇ」

「えっ」

「そりゃそうにぇ。チャンネル登録者100万人でもすごいのに200万人突破してる上に、音楽業界でもヒット曲をバンバン出してる人が有名じゃなかったらおかしいにぇ」

この世界に来てから新曲を織り交ぜつつ、前世界の曲を出していたけど凄いことになってた。

「案外気づかないもんだね」

「すいちゃんもそういうところで鈍感にぇ」

鈍感っていう言葉は自分にとっても例外ではないのかもしれない。

「でもさ、仁君にとっては私は身近な人じゃん」

「まあ確かに、身近な人なら有名人であっても恋愛するのはあるかもしれないにぇ」

「なら」

「でもそれ以上にすいちゃんのイメージが仁君に強く根付いちゃってるにぇ」

初めて会った時も私のことについて話してたし、それもあるのかもしれない。

「それは一旦置いといて、他に何かあると思う?」

アイドルのイメージを崩すのは時間がかかりそうなので、一旦置いて、他のことを考える。

「他にか~、後は仁君の真面目さも影響してるんじゃないかにぇ?」

「仁君の真面目さ?」

「すいちゃんみたいな女の子は自分にはもったいないと思っているんじゃないにぇ?」

確かに、それもありそうだ。

「なんかすれ違いが頻発してる感じがする」

「しょうがないにぇ。実際、推しが自分のこと好きになっても、仁君なら避ける気がするにぇ」

「前の世界だと仁君にとって私たちは手の届かない存在だっただろうしね」

そんなこんなで話は続いていく。

「それでさ、最近悩んでることが二つあるの」

「へぇ、何にぇ?」

「一つはさっき話した仁君のこと。もう一つはこれからの活動について」

「へぇ、一つ目はさっき話してたからわかるけど、活動は具体的にどういうことにぇ?」

「これは仁君のこととも繋がるんだけどさ、リスナーとの接しかたについてね」

「今まで印象的だったのはガチ恋禁止くらいだったけど、どうしたにぇ?」

前世界から変わらぬ方針として、すいちゃんはリスナーにガチ恋禁止を言っている。

「いやほら、私って仁君に惚れてるじゃん」

「まあ、そうにぇ」

「だけど、それってガチ恋を我慢してるリスナーの人にとって不平等じゃないかって思って…」

「え~」

「え~って何よ、え~って」

「すいちゃんが弱気名の久しぶりに見たなって…」

「別にいいでしょ」

不機嫌そうになるすいちゃん。

「ごめんにぇ。でも実際、今のすいちゃんはどう思ってるにぇ?」

「う~ん、ガチ恋禁止は前の世界から引き継いできたルールだし、変えるのもなぁ~って」

「うじうじしてるにぇ~」

「仕方ないじゃん、この感じで今まで安定してやってけてるんだから」

今までのスタイルを変えるというのはそれなりに勇気がいる。

「はぁ~一体どうすればいいのかな~」

深いため息が部屋の空気を動かす。

「まあ、なんにせよ決めるのはすいちゃんにぇ」

結局自分のことを決めるのは自分だ。

「それに、すいちゃんにはもっと恐れることがあるにぇ」

そう、これらを通り越してもっと恐れることがある。

「分かってる。伊豆事件のことでしょ」

伊豆事件で仁君が巻き込まれたことによってある一つの可能性が出てきた。

「仁君が再び交戦に巻き込まれて命の危機に巻き込まれる可能性は十分にあるにぇ」

「だから、何か対策を練るべきなんだろうけど…」

「イマイチ思いつかないんだよね…」

自分のことを決めるのが自分なら、仁君のことを決めるのも仁君。

だから、これの対策は直接思いを伝えるくらいなんだろうけど…

「流石に段階飛ばしすぎだよね…」

「警備を強化するって言ってたし、安全性は上がると思うにぇ」

「だね。今はそれに懸けるしかないね」

夜の静寂は彼女の疑問を包み込む。

 

 

 

同日深夜 小笠原諸島近海

人が全くいない、静かな深夜の海。

その海底では慌ただしく機械が動いていた。

「どうだい、ハングドマンの再建作業の方は」

「機体は54%、武装に関しては終わってる」

カメラを通して見る映像では、上半身だけの機体が天井から吊り下げられていた。

「それにしても、こんだけの資材をよくバレずに持ってこれるね~」

「海底にたくさんの資源が埋まっているので、資材には困らないんですよね」

「ここが良い立地でよかったな」

そう雑談する三人。

「それにしても想定以上だったね、彼は」

前の交戦事件のことを振り返る主任。

「えぇ、前の世界で戦ったあの傭兵と同等かそれ以上でしょう」

「あれを君はどう見る」

そう主任が話題を振る。

「黒い鳥…、あれと同じような戦闘軌道をしていた」

「黒い鳥、ね」

しばしの静寂が流れる。

「まあいずれにせよ、もっと調べる必要性はありそうです」

「だね。キャロりん、次の出撃までどれくらい間隔開けた方がいい?」

「そうですね…情報収集や開発も含めると1年でしょうか」

「1年か、結構長いね」

「でも、可能性の為なら仕方ありませんね」

「ふん、僕は作業に戻る」

そう言って、一人抜ける。

「それじゃ、俺たちも戻りますか!」

「まずは情報収集からです」

彼らは海の底で光を目指し続ける。

可能性という名の光を。

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