2035年2月13日 トレセン学園
「よし、それじゃあ始めるか!」
女子にとっての戦いである、バレンタイン。
その下準備がいま、トレセン学園キッチンの一角で始まろうとしていた。
「それでどんなの作るんですか?」
エースの補佐役として呼ばれてきたパーマー。
「畑で取れたたさつまいもが少し余ってるからな〜それを使いたいんだけど…」
「取れすぎて一時期私も食べさせられましたからね、あれ…」
苦い思い出を思い出すパーマー。
「まあ、あんだけたくさんあったさつまいもも、これで最後になるな」
机に置かれた何本かのさつまいもを見て、そう言う。
「それで、どうしましょうか。さつまいもとチョコのレシピなんて聞いたことありませんし…」
「あたしもチョコ作んの初めてだからな〜」
「「ん〜〜〜〜〜〜〜」」
初っ端から行き詰まるチョコ作り。
「やぁ!なにを悩んでるんだい?」
「「寮長!」」
そこに現れたのは栗東寮の寮長、フジキセキだった。
「二人が悩んでるのをそこで見かけてね、寮長として助けにいかねばと思ってね」
頼りになるなぁ。
そう思いながらも、今現在悩んでいる問題を話す。
「なるほどなるほど、さつまいもを使ったチョコレシピか〜」
「そうなんです、なかなか思いつかなくて…」
「まあ、元々あんまりないレシピだからな〜」
再び悩みいってしまう三人。
その時、フジキセキが顔を上げる。
「エースがお正月に出してくれたさつまいも餅、あれを活かせばいいんじゃない?」
エースとパーマーの顔がパッと明るくなる。
「確かに!モチモチ感は甘さに合いますし…」
「それにあたしは何度も作ったことがあるからな!改良もしやすい!」
彼女たちの戦闘準備は進む。
その様子は月と星だけが知っていた。
同日 横浜市 公営住宅
「さてと、こっちも始めますか」
「向こうも今頃作ってる最中だろうにぇ」
こちらでも戦闘準備が着々と進んでいた。
「作るのはいいとして、どんなの作るにぇ?」
「色々考えてるんだけどね〜イマイチ決まらないんだよね〜」
まるでエースたちの二の舞のように考え出す。
「仁君ってどんなのが好きかなのかな?」
「そんなことみこに聞かれても…」
「だよねぇ〜」
静かなキッチンに、考える声が響く。
「とりあえず、オーソドックスに何かの形に整形するのが一番いいよね」
「賛成にぇ。普通のチョコだと味気無いしにぇ」
問題はなんの形に整形するかだ。
順当にハート型?それともまた別の形?
「すいちゃん的にはハート型のほうがいいと思うんだけどな」
「へ〜、その心は?」
「だって明らかに好きって感情が伝わるからね。鈍感な仁君でも気づいてくれるんじゃないかな」
「いいんじゃないかにぇ?流石に仁君もハート渡されたら気づくと思うにぇ」
彼女たちの戦闘準備は続く。
一方その頃仁はというと
「そういえば、明日ってバレンタインかぁ〜」
自分の部屋で独り言と物思いにふけっていた。
バレンタイン。
女性が好きな人にチョコを渡す一大イベント。
学生時代はそこそこ渡されたもんだが、全部義理だろう。
防大に入ってからはからっきし、それからは全くだな。
まあ、男が男に渡すのはそんなにないからな。
そんなことを思いながら、エースの練習予定を考える。
この予定決めもなんだかんだ慣れてきたもんだ。
それにしても、チョコを一個も貰えんのは
なんだか寂しいもんだなぁ……
2月14日 トレセン学園 バレンタイン当日
午前の授業が終わり、学食に向かうエース。
チョコは出来た、練習もした、あとは…
「渡すタイミングか…」
今日は平日なので、普通にトレーニングがある日だ。
当然、渡すタイミングはそこになるわけだが…
「やっぱ、トレーナー室だよなぁ」
別にすぐ食べてもらいたいって訳じゃないからな。
冷蔵庫があるトレーナー室で渡すのが一番だろう。
そんなことを思いながら、食券機で券を発券する。
「やぁ!エース!」
「シービー!」
後ろからひょっこりとシービーが話しかけてきた。
「どうしたんだ?」
「い〜や、なんかエースを見つけたから話しかけただけ」
やっぱり自由奔放なやつだな。
「なんか悩んでたみたいだね」
「分かるのか?」
「4年も一緒にいるんだし、それぐらい分かるよ。バレンタインのことでしょ?」
「おう、でも解決したし大丈夫だ!」
学食を受け取りながら、そう答える。
「ほんとに〜?」
「本当だよ、信じてくれないのかよ〜」
この初現実を言うと少し嘘だ。
まだ、覚悟が少しできていない。
恋愛対象に物を渡すっていう事自体初めてだし、どうしても緊張してしまう。
箸は進むが、緊張はほぐせない。
でも、この千載一遇のチャンスを逃したくない!
あたしの気持ちを素直に伝えたい!
食べ終わった学食を片付けた後、頬を両手で叩く。
やるぞ!エース!
「あ〜〜〜〜仕事が終わらん〜〜」
やっぱり俺は仕事に忙殺される運命にあるのか。
エースの大阪杯用の調整に、各方面との調整、エースのトレーニング、戻ったら自衛隊の仕事…
尋常じゃないスピードで仕事を終わらせることで、ギリ8時間労働で終わっている。
単純計算で人の三倍のスピード。
俺はシャアかっ!となるがこうでもしないと仕事が終わらないのだ。
そんなことを思いながら、キーボードを叩いていると
ガチャ
「トレーナーさん」
エースが少し神妙な面持ちで入ってきた。
「おう、ちょい待ち」
キリ良く丸を打ち込み、キーボードから手を離す。
「それで、どうしたんだエース」
立ち上がり、エースの方へ向かう。
「えーと、日頃の感謝というか…」
ドギマギした口調で話すエース。
「ありがとうっていうか…」
その視線はななめ下へ向かれている。
「とにかく!渡したい物があるんだ!」
少し大きな声で踏ん切りをつけるように話すエース。
「え、えと、なにかな」
普段見ない態度に戸惑いながらも、何かを聞く仁。
「これ…なんだけど」
そっと前に出された手にはリボンが巻かれた四角いブラウンの箱が握られていた。
「あたしが作ったチョコ…受け取ってくれないか?」
その発言にはっと気付かされる。
そういえば今日はバレンタインだ。
昨日の夜までは覚えていたのに、仕事が忙しすぎて忘れていた。
「だめ…か?」
ちょっと不安そうに語りかける。
「いやいや!大丈夫!ありがたく受け取るよ!」
「それなら良かった!」
丁寧にその箱を受け取る。
「今開けてもいいか?」
「もちろん!」
開けてみると、琥珀のような美しい色をした丸いものが入っていた。
「これは?」
「正月のときに作ったさつまいも餅ってあっただろ?アレの中にチョコを入れたんだ」
あのさつまいもが豊作だったから作ったていうあれか。
一つ口の中に入れてみる。
「どうだ?あたしの自信作は?」
「美味しい!めっちゃ美味い!」
餅の弾力とさつまいもの甘さ、それにチョコのコクがマッチして…
「満足してもらえたようで、何よりだ!」
満足そうな笑顔を見せるエース。
「あぁ!義理でこんなの作ってもらえるなんて初めてだ!」
その発言にあたしは目をひん剥いた。
え、ここまで凝ったの出して本命じゃなくて義理?
確かにあたしの言い方は悪かったかもしれないが、これで義理?
「ん?どうかしたのか?」
不思議そうな顔でアタシを見るトレーナー。
不思議なのはアンタの鈍感さだよ!
そう心のなかで突っ込むエース。
「い、いや!なんでもない!」
急いで誤魔化すアタシ。
流石にいきなり告白は心の準備が…
「取り敢えず、いま全部食べるわけでもないから冷蔵庫にしまっておくか」
そう言って、冷蔵庫に向かうトレーナー。
まあ、でも渡せただけいいか…?
そう思いながら、トレーナーを見る。
「それとエース。今後のトレーニングなんだが…」
鈍感を振り向かせるのは難しい。
そう思うエースなのであった。
同日夜 山本家
「なんだかんだ車一時間通勤も慣れてきたな」
そう思いながら、車を停める。
なんだかんだ愛着が湧いてきた車から出て、鍵を締める。
さあ、家に入ろうとした時にとある事に気づいた。
投函ポストが僅かに開いているのだ。
うちは夕刊取ってないし、こんな時間にチラシ入れるやつもいないだろう。
不思議に思い、中を覗いてみると意外なものが入っていた。
「ん?なんだこれ?」
中に入っていたのはハート型の箱だった。
表面には「すいちゃんから、仁君へ。愛を込めて」と書かれていた。
不思議に思いながら、持ち帰って開けてみる。
中に入っていたのはハート型のチョコだった。
「へぇ、すいちゃんからも義理チョコかぁ」
お世話になった人へのチョコとはいえ、貰えて嬉しい。
そう思いながら、一口食べる。
「どう感じてるかな〜仁君」
愛を込めてって書いたし、流石に気づくと思うけど
ピロン♪
携帯が仁君からのメールを告げる。
「どういう返信かな♪」
期待混じりの上機嫌でメールを開く。
「………はぁ〜〜〜〜〜」
失意とともにベットに倒れ伏す。
投げ出されたスマホにはこう書かれていた。
『義理チョコありがとうございます!ありがたくいただきます!』
「こんな直接的にアピールしてもだめか〜〜〜〜〜」
愛の矢は外れたようだ。
「でも諦めないからね、すいちゃんは!」
再び闘志を燃やすすいちゃん。
果たして勝つのはどっちなのか。