栄主と歌姫と白閃と   作:イ―グル

35 / 43
第三十五話 宝塚記念

2025年6月13日 トレセン学園

上半期レースの締めくくりレースである宝塚記念まで残り4日。

ジュニア期を除く全てのウマ娘が出走できるため、かなりのウマ娘が練習に励んでいる。

元の世界では、G1格付け後初めての勝ち馬となったエースも例外ではなかった。

「「「はあぁぁぁぁぁぁ!!」」」

今はワスカとシービーと実際のレースを想定した練習中だ。

シービーもワスカも宝塚に出るようなので、互いのライバル演習という目的もある。

「すまんな橋塚。練習受けてもらって」

「こっちもライバルとの練習したかったしな。別に構わない」

そう話していると、最終直線に展開は移っていた。

「加速しろ!エース!」

「もっと追い込め!シービー!」

尻尾が旗のように靡き、三人は加速していく。

「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」

芝のコースが揺れ、設置されたゴール板を通り過ぎていく。

「結果はエース、シービー、ワスカってとこだな」

「うちは追込だから大逃げ取られると、詰めがな〜」

各々の感想を交わしつつ、担当の下へ向かう。

「お疲れ、エース」

そう言って、水のペットボトルを手渡す。

「ありがとうトレーナーさん」

呼吸を整えながら、水を飲むエース。

「お疲れさま、シービー」

「ありがとう、トレーナー」

向こうは汗拭きタオルを渡していた。

そうそう、忘れないうちに。

「ワスカもお疲れ」

そう言って、同じく水のペットボトルを渡す。

「ありがとうございます」

普段は勝ち気な子だが、こうやってちゃんとお礼を言える子なんだなってしみじみ思う。

「…なんか顔についてます?」

「いやいや!なんでもない!」

「後、後ろ気にしたほうがいいですよ」

後ろ?

そう思い振り返ると

「なぁ、トレーナーさん…」

そう、少し圧迫するような顔で話すエース。

「ど、どうしたエース。なんか怖いぞ」

「はぁ〜、エースのトレーナーさんって本当に鈍感ね」

謎の状況に慌てふためく俺。

その状況をみてシービーと橋塚はこう言ってた気がする。

「ね?鈍感でしょ?」

「バレンタインで気づいてないってマジか」

「トレセンはこういうことよくあるのにね〜」

なんのことだか分からないが、まあどうでもいいだろう。

その後は各種トレーニングを行って、その日は終わりとなった。

 

 

 

同日 夜 トレセン学園 栗東寮

その日の消灯時間を30分ほど過ぎた頃。

エースは月明かりの下一人考え事をしていた。

正直、ワスカかなり強くなってきてるな。

今日の模擬レースで三着とは言え、それでもシービーを1/2バ身まで詰めている、

今回の宝塚記念、どうなるかわからない。

不安を抱えながら、眠りにつくエースだった。

 

 

 

 

2035年6月17日 宝塚記念当日 阪神レース場

今年二回目の阪神競馬場。

そのターフを見つめながらエースとトレーナーは話していた。

「つまり、今回のレースは厳しいものになると見積もるのか?」

「あぁ、シービーもワスカも強くなってる。少なくともタダじゃ勝てないな」

静寂が二人の間を走る。

「確かに二人とも強い。それは認めよう」

「っ!」

「だが、俺達がやることは唯一つ。全力を尽くすことだけだ」

「それで負けたら?」

「仕方なかったって割り切るしかないな」

一瞬、エースの目の色が怒りに満ちた色に変わる。

「…じゃあどうしろって」

「だからそうならないように勝つ」

「…綱渡りだな」

「俺の仕事なんてそんなものさ。一つの戦いに負けたら国が終わるかもしれないんだ」

その言葉を聞くとフッと鼻を鳴らして笑い

「トレーナーさんも言うようになったな」

 

 

 

「は〜い、彗星のごとく現れたスターの原石!アイドルVtuberの星街すいせいです!」

「すいちゃんは〜」

・今日もかわいい!!

・今日もかわいい!!

・今日もかわいい!!

「ということで今回から始まる新企画!すいちゃんのレース応援配信!」

・8888888

・みこちの配信から予想できてたけど、やるんだ

・応援する子はやっぱりエース?

「あったりまえでしょ!教え子を応援しないわけにはいかないし!」

・いつの間にか教え子に

・まさか特別講師として行ったりしてw

「え、うんそうだよ」

・えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

・教え子ってまじでそういう意味だったの!?

「特別講師として行ったし、個人的にも会ってるからね」

・いつか二人の共演もあるのかな?

「あるといいね〜」

だが、その瞳の奥には闘志と期待が入り混じっていた。

 

 

 

同日 阪神レース場 パドック内

「さぁ!春のクラシック戦線もこれで最後!G1 宝塚記念!」

解説役の威勢のいい声がレース場に響き渡る。

「今回のレースを彩る優駿たちを紹介しましょう!」

パドック上で最終準備を行うウマ娘たちに注目が集まる。

「一番人気はこの子!G1を4勝し、現役最強との呼び声も高い!」

「一番人気!カツラギエース!」

ワァァァァァァァ!!!!

その黒いコートに一同の歓声が集まる。

「続いて二番人気!再び黒髪を抜かせるか!」

「二番人気!ミスターシービー!」

CBの文字が書かれた帽子が揺れ、観衆たちに手を振る。

「三番人気も負けてられないぞ!一着を目指せ!」

「三番人気!ドゥービンワスカ!」

王冠にはめられたダイヤのような瞳で観客を魅了する。

そして、この三英傑を落とさんとする15人のウマ娘。

「18人のウマ娘が激突するこの阪神でどのような勝負が見られるのでしょうか!」

解説が終わるとともに、パドックから離れていくウマ娘たち。

「阪神11R、宝塚記念!まもなく発送です!」

 

 

 

「スゥーー、ハァァ」

深く息を吸い、心を落ち着かせる。

「…綱渡りだな」

その言葉が脳内を反芻する。

「かなり緊張してるみたいね、エース」

地下バ道の暗がりでシービーと一緒のワスカに声をかけられる。

「あぁ、まあな」

どこか気のない声で答える。

「エースがどんなことで悩んでるのかはわからないけど、一つだけ言える」

シービーが胸に手を当てて答える。

「やってみせてよ、エース。あたし達に全力で向かってきて」

「エースの全力を私達にぶつけて」

その言葉に大阪杯の時のことを思い出す。

「でも、やってやるさ。だろ?」

思ってみれば、あたしが言った言葉だった。

綱渡りだろうがなんだろうと関係ない。

やることは全力で戦って、勝つことだけ!

その時、鎖が切れたような感覚がした。

「ありがとう。シービー、ワスカ」

その目からは不安が消え、自信と覇気が戻っていた。

その様子に体が震える二人。

「それじゃ、先に行ってるぜ」

小走りで去るエースの背中を二人は

「エースが調子を取り戻してよかった」

「でも、ああなったら確実に強いわよ」

「こっちもやってやるだけだよ」

そう言って二人も光が眩しい地上へと向かった。

 

 

 

「スゥーー、ハァァ」

一方でこちらも深呼吸で気持ちを整えていた。

「珍しいな、深呼吸なんかして」

橋塚が仁の隣りに座りながら、ゲートに入る子たちを見る。

「綱渡りだなって、思ってな…」

「なんのことだか分からないが、レースに関してならこれだけは言える」

風が二人の間を通り抜ける。

「今はただ積み重ねてきたことと、担当を信じろってな」

その時、少し心が軽くなった。

「ありがとうな、橋塚」

「同期兼ライバルのよしみだ、気にすんな」

ファンファーレが鳴り、いよいよレースが始まる。

「G1宝塚記念!いよいよ優駿たちがゲートに入っていきます!」

エースやシービーたちの背中を遠目で見ながら、手を強く握る。

信じるぞ、エース。

「最後の一人がゲートに入り…」

ガチャン!

「スタートしました!」

今までのすべてをかけて!

 

 

 

・スタートした!

「今日は…大阪杯と同じく大逃げか」

・集中してるのか、声が異常に落ち着いてるw

「他の子は…シービーちゃんが後ろから二番手でワスカちゃんが前から3番手か」

・その三人はやっぱ注目するか

・今回、エースの脚は保つのか

「行けるとすいちゃんは信じてる」

そんなことを言ってるうちに最初の直線を通過し、第一コーナーに場面は移る。

ゴールまで残り1600。

 

 

 

ふと、レース前の作戦会議を思い出す。

『今回も大阪杯と同じく大逃げで行くのか?』

『あぁ、経験のある戦術のほうがいいしな』

東京や中山よりは走った回数が少ない阪神においては冒険はしないほうがいい。

それがトレーナーさんの出した答えだった。

それが正しかったかはわからない。

ただ、今はトレーナーさんに感謝したい。

全力を出してシービーたちに立ち向かえる戦術を使わせてくれたことを。

第二コーナーを通過し直線に移る。

一体誰が仕掛けてくるか

そう思った瞬間、後ろを見た。

勝利まで残り1200。

 

 

 

私は昔から負けず嫌いだった。

テストでも目指すのは一位。

そんな私がトレセンに入って目指したのは、もちろん一番早いウマ娘。

だけど、最初は戦績が振るわなかった。

正直言って悔しかった。

でも、これが後々の事を考えると必要だったんだなって思う。

あたしはその後休養に入った。

目的は練習と本格化のための期間。

トレーナーと契約を結ぼうとも考えたが、しなかった。

理由は私のペースで練習したかったし、頼らずに一番になりたかったから。

その夏、本格化を迎えて好結果を出していって遂にはG1タイトルまで取れた。

だけど、クラシック戦線では新たな優駿が生まれていた。

二冠バ、カツラギエース。

彼女の戦績は凄まじいものだった。

ジュニア期にG1 ホープフルSを含む重賞を二勝。

クラシック期には皐月賞と日本ダービーを快勝し、菊花賞をハナ差二着。

まさしくこの時代の主役と言っていいウマ娘だ。

そんな座をほしいままにしていることを私は……羨んだ。

一体、どうすればその座を奪えるのかといつも考えていた。

そして出した結論が、エースに勝つことだった。

そのために、まずは大阪杯に出た。

結果は知れ渡っているように2着。

それも、それなりに差をつけられてだ。

それで私は思い知った。

圧倒的な実力の差と背負ってる物の大きさを。

実力の差はともかく、背負ってるものとはなにか。

それは二冠バとしての矜持と期待、そして負けたくないという意志。

それがあるからこそ、エースは強いのだと。

だけど、だけど、

だけど!!

「はぁぁぁぁ!!!!」

「おおっと!!ドゥービンワスカ!ここで仕掛けた!」

わたしも!

勝ちたいんだ!!

一気に差を詰めるワスカ。

逃げるエース。

栄光まで残り800。

だが、二人は忘れていた。

もう一人の刺客のことを。

 

 

 

あたしは昔っから自由気ままだった。

両親いわく、目を離すとすぐどっか行っちゃうとか。

そんなあたしもトレセンに入った。

理由はなんとなく気が惹かれたから。

中等部の頃は特に目標もなく、自由に過ごしていた。

でも、高等部に上がってそろそろレース出るか〜となったときだった。

トレーナーが見つけてくれたのは。

初めは、ただのトレーナーかと思っていた。

でも、何回か合うたびにただのトレーナーではないと気づいた。

なぜなら本当に担当のことを考えているトレーナーだったからだ。

怒るときは怒ってくれるし、普段はあたしのために全力を尽くしてくれる。

『俺はシービーの羽になりたい』

『ふ〜ん、どうして?』

『いつまでもシービーを支えられるから』

こんな事を言ってくれたトレーナーに勝利をプレゼントしたい。

そう心から思えた。

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

「ここでシービーも仕掛けた!やはりこの三人の鍔迫り合いだ!!」

三英傑が他の追随を許さない走りをする。

果たして冠を被るのは誰か。

残り500。

 

 

 

・三人が全力を出してる!

・こんなの見たことない!

「お願い!エースちゃん逃げ切って!」

・本当にどうなるかわからない

・上位三人だけで戦ってるみたいだ!

・こりゃ怪獣大決戦だ

ここでも戦いは繰り広げられる。

栄冠まで残り300。

 

 

 

ウォォォォォォォォ!!!!!!!

レース場が震え、とてつもない歓声が解き放たれる。

「走れ!!シービー!」

「そのまま逃げろ!エース!」

「差せ!ワスカ!」

様々な応援が飛び交う中で、俺は席から立ち上がり

「全力で逃げろ!カツラギエース!」

と叫んだ。

届かないだろうけど、それでも言いたかった。

その応援に押されるように、全員が一気に加速していく。

残り100

 

 

 

「「「うおおおおぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」

「見ろ!これが!二冠バの!実力だ!」

そしてあたしはゴール板を過ぎた。

「一着カツラギエース!ここに中距離覇者が誕生しました!」

「はぁ、はぁ、はぁ」

「二着ドゥービンワスカ!三着ミスターシービー!残りは判定をお待ち下さい!」

な、なんとか勝てた。

息を整えつつ、掲示板を見る。

映されているVTRを見ると、約一バ身の差で勝っていた。

本当に強いな、二人は。

そう思っていると横から

「え、エース!」

とワスカの声が聞こえてきた。

「あなた本当に強い!それは認めるわ!」

体を向き直しながら、話を聞く。

「でも、次勝つのは私!分かっていらして?」

歓声の中であたしが答える。

「あぁ!いつでも挑戦は受けてやる!」

と言って、手を差し出す。

「ふ、ふん!そっちも覚悟しなさい!」

勢いよく手を掴む。

しばらくすると、トレーナーさんが優勝レイを持って駆け寄ってきた。

 

 

 

「やったな!エース!」

橋塚とともにレース優勝レイを持って駆け寄る。

「…あぁ」

「?どうした?」

その視線の先にはワスカが一人でターフを見つめていた。

「あの子、やっぱり強力なライバルか?」

「そうだな、でもその分競争しがいのある相手だ」

そう見ていると

「君のライバルは二人いるってこと、忘れないでね」

と、シービーがエースに声をかけてきた。

「忘れるわけ無いだろ、シービー」

そう言いながら、シービーの前に手を差し出す。

「次は秋天で会おう!」

そう言って、手を握るシービー。

やっぱりそっちも秋天に出るのか。

そんなことを思いつつ、優勝レイをエースにかける。

「これで五冠目、だな」

「ようやく道半ばか、長いな〜」

話しつつ、ウィナーズサークルに向かう二人。

太陽は沈みつつも、二人の道を照らしていた。

 

2035年6月21日 トレセン学園

宝塚も終わり、二度目の夏合宿への準備に取り掛かった6月下旬の一日。

学業も午前中で終わり、トレーニングも終わった。

今は俺が仕事を進めつつ、エースが課題や休憩をしている。

そんな静かな午後……

バァン!!

「エースのトレーナーさん!」

…のハズだった。

「ど、どうしたんだよワスカ。そんな勢いよく扉を開けて」

やってきたのはワスカだった。

「今日も並走を…と言いたいところだけど」

扉を締めて、俺の机の前に立つ。

「今回はあなたのトレーナーさんについてなの」

「俺?」

エースじゃなく、俺に用ってなんだろうか。

「エースのトレーナーさん、エースと私のトレーナーにならない?」

「無理だ」

ワスカの誘いに対して速攻で答える。

「どうしてよ!」

「理由は二つ。俺の仕事量と経験だ」

「経験はなんとなく分かるけど、仕事量って?」

あ〜、そういえば俺の仕事量のことは知らないのか。

「自衛隊の仕事二倍に加えて、トレーナー業やってるから、これ以上やるとキャパオーバーだ」

「とんでもなくブラックじゃない!?」

「ところがぎっちょん、俺が通常の三倍で終わらせてるので時間はOKなんだよね」

その発言に二人とも絵の具のような色に青ざめる。

「そ、そのごめんなさい。身をわきまえない発言をしてしまって」

「別に構わないさ。俺がイレギュラーすぎるだけだから」

「トレーナーさん、なにか手伝えることあったら言えよ?」

「ありがとうな、エース。気持ちだけ受け取っておくよ」

そんなこんなで、ワスカは帰っていった。

エースは内心で

(恋のライバルが出来なくてよかった…)

と思うのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。