栄主と歌姫と白閃と   作:イ―グル

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第三十七話 合意

2035年7月18日 トレセン学園夏合宿舎

夏の期間、多くのウマ娘の学び舎兼トレーニング施設として機能する合宿所。

今日も今日とて午前の授業が行われる。

「じゃあ今日の授業はここまで。ワスカさん号令お願いできる?」

「はい。起立!気をつけ!礼!」

時間帯は正午を僅かに過ぎた昼。

煌々と照りつける太陽はまだまだ高い。

その太陽の光が入る教室にはエースの姿もあった。

黒髪が窓からの風に揺られ、赤い髪飾りも優しく髪を撫でる。

「午後からトレーニングか〜」

「昼、何にする〜」

各々がその後の予定を頭に思い浮かべながら、教室を出ていく。

その中でエースは一人、先生の元へと向かっていた。

「すいちゃん!」

「ん、どうしたのエースちゃん」

この教室で教鞭を振るっていたのはこの年も特別講師として招かれた星街すいせいだった。

ちなみに、すいちゃんと呼ぶときは仁君関係のときだ。

流石にこの時は言葉も砕ける。

「トレーナーさんとは最近どうなんだ?」

「全然。相変わらず鈍感だね」

すいちゃんは何回も仁と買い物デートや食事デートに行っているが気づく様子はない。

「逆にエースちゃんからのアタックはどうなの?」

「G1勝ったりした後にご飯とか買い物に付き合ってもらいますけど、同じだな」

「「はぁ〜」」

ため息が人の居ない教室に響く。

過ぎたるは及ばざるが如しと言うが、このアピールに過ぎたるはないと思う。

「…取り敢えず、あたしは昼ご飯行ってきます」

「うん。またね」

教室から若干小走りで走って出ていくエース。

「さてと、私も行きますか」

そう言って、エースの後を追って教室を出ていく。

 

トレセン学園夏合宿舎 食堂

トレセンの夏の胃袋となる食堂。

木造のため、若干古めかしさはあるが十分に広いスペースと大規模な設備がある。

「一体何にしようかな…」

授業を終えたすいちゃんも食堂に来ていた。

「ハンバーグ定食でいいか」

食券を発券し、受け取りに向かおうとする。

「あれ、すいちゃん」

そう呼ばれて後ろに振り向くと仁君が居た。

「あ、仁君」

受け取り口に並びながら、話し始める。

「ちょくちょく見かけてたけど、自衛官もここ利用するんだね」

「流石に十名ぐらいのために食堂作るわけには行かないですし」

マガジン式に人が流れていって、自分の番になった。

「お願いします」

「はい!ハンバーグ定食ね!」

気の良さそうな給仕の人が食券を受け取り、次々と料理をお盆の上に並べていく。

「こっちの人は野菜炒めね!」

仁君の方にも素早く並べられていく。

「席どうしますか?」

「ん〜。あ、あそこ空いてる」

ちょうど二人並んで座れる席を見つけれた。

「「いただきます」」

食べながらも、話は続く。

「仁君の仕事の方はどうなの?」

「フツーですね。特に波乱もなく業務をこなしてますよ」

野菜炒めとハンバーグが口に運ばれる。

「あんまり言いたくないけど、去年みたいなことがなければいいけどね」

「あの事件みたいなことはもう二度と経験したくないです」

仁君の仕事もそれで大変になりそうだし、それに…

「…失いたくない」

「え、なにか言いましたか?」

「ううん、何でもない」

言葉を濁しながら、箸を進める。

「それにしても、すいちゃんが2年連続で特別講師になるとは思いませんでしたよ」

「事務所にいた頃とは違うからね。自分から売り込んでいかないと」

「でもみこちはいないんですね」

「みこちもみこちで忙しいからね」

時間は段々と過ぎていく。

いつかこれが日常になったらいいな、とすいちゃんは思うのだった。

 

 

 

同日 午後 トレセン学園所有ビーチ

練習場所となっているトレセン所有のビーチ。

多数のウマ娘が練習している中、エースもその中に居た。

「くぉぉぉぉぉぉぉ!!」

今日はパワートレーニングとして、重機のタイヤを引いている。

「残り10m!」

「がぁぁぁぁぁ!!」

力をより入れて、一気に進む。

砂がえぐられ、力強い跡が残されていく。

「っはぁ!!」

「一旦休憩にしよう!戻ってきてくれ!」

トレーナーさんに呼ばれ、休憩にするあたし。

「どうだ?調子は?」

「別に異常はないな。むしろ絶好調だ!」

実際、そこまで不調になったことはない。

正直いままでで一番不調になったのが、正月の風邪ひいた時くらいだ。

「それで…いつものお願いできるか?」

「あれか?いいぞ」

そう言って、トレーナーさんが優しく手を頭に伸ばして、撫で始める。

なんだかんだ、去年の夏から続いてるこのナデナデ。

トレーナーさんとの距離を詰めるために始めたことだったが、もはや習慣と化している。

「なあ、これエース的にいいのか?」

「ん?どういうことだ?」

「これでエースが不快な思いしていなかって思ってな」

トレーナーさんが何気ない質問をする。

「いや、これ元々あたしが頼んだことだし不満はないぞ?」

「だとしてもだよ。人っていうのは変わっていくものだから」

トレーナーさんが少し粘る。

「トレーナーさんは優しいな」

「えっ、急にどうした」

「優しすぎるんだよ、トレーナーさんは。優しすぎて自信すらないっていう感じ」

「ウグッ」

どうやら図星のようだ。

「だから、もっと自信を持ってやってくれ!」

「お、おう」

本当は好きな人に撫でられたいから何だけどな。

というか、撫でられるまで気を許す人を好きじゃないわけないのに…

「?どうした?ジト目なんかして」

「いや、鈍いなって」

?な顔をするトレーナーさん。

「そろそろ再開するか」

そう言って手を離す。

もっとして欲しかったな…

名残惜しそうにするエースであった。

 

 

 

夜 合宿寮

…眠れない。

全員が寝静まった午後11時。

エースは眠れずに居た。

疲れは溜まっていて、今すぐ眠りたいのだが眠れない。

多分、コーヒー飲んだのが完全に出てるな。

…どうしようか。

しばらくの逡巡のあと、起き上がる。

水でも買いに行くか。

そう思い、布団の隙間を縫いながら襖を抜けて、廊下へ出る。

消灯時間を過ぎて、暗くなった廊下に出る。

少し歩くと、窓から差し込む月明かりが見えた。

白い光が床を優しく照らしている。

その光に見ながら歩いていると、向こうから誰か歩いてくる音がした。

誰か起きて、お手洗いにでも行ってるのか?

そう思いながら歩を進めると、その正体が判明した。

「あれ?エースちゃん?」

 

 

 

特別講師としてきたが、まさか夜回りをやるとは思ってなかった。

「それにしても、広いな〜」

さすが2000人を抱える学校の合宿所。

そう思いながら懐中電灯片手に廊下を歩いていた。

ふと前方を見ると、海岸が見える窓から月明かりが覗き込んでいた。

やっぱりいつ見てもきれいだな〜。

そう思っていると、前方に人影が見えた。

その影は見覚えのあるものだった。

「あれ?エースちゃん?」

奇遇にもエースちゃんと鉢合わせした。

まさか起きてるとは思わなんだ。

「え、すいちゃん?」

「いや〜まさか会うとは思ってなかったよ」

「そうだな、見た感じ夜回りか?」

「正解。まさか外部講師がこれやるとはね」

その後はエースちゃんと一緒に話しながら歩いていた。

エースちゃんも暇つぶしとして受け入れてくれた。

その中で話題が仁君のことへと移っていった。

「鈍感さがやっぱり一番の障壁ですよね」

「でも、直接伝えるのは無粋だからね〜。本当にどうしようもないよね〜」

いつものことを話していると、とある言葉が口からこぼれ落ちる。

「もうここまで鈍感だと、エースちゃんと休戦してもいいかなって…」

その言葉を聞くと、エースちゃんは少し考えた後

「それ、いいかもしれねぇ」

「え?」

その言葉に足が止まる。

軽い冗談のつもりで言ったのだが、まさかの逆提案。

「一旦争うのをやめて、自分たちの好意に気づいてもらうことに集中するんだ」

「確かにいいと思うけど…具体的どうするの?」

「距離感を近くする行動とかを今まで以上にする。そうすれば多少は気づくはず」

「よく思いつくね」

「こんだけ気づいてないとこういう考えも出ますよ」

まあ確かに。

「ということで休戦、ということでいいのか?」

「恨みっこ無しだよ」

そして手を差し出し、エースちゃんが握る。

月明かりの休戦協定。

そう思うと感慨深いな。

「じゃ、あたしは戻るから」

そう言って、来た道を戻っていった。

この休戦どう転ぶのか。

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