2035年10月17日 トレセン学園自衛隊舎
カタカタという静かな音が響く自衛隊舎の一室。
そこで仁は仕事をこなしていた。
「……………」
はぁ〜
残りG1五勝という言葉が脳裏をよぎる。
「前もエースに言われたけど、本当に綱渡りだな」
そう独りごちる。
今年は秋シニア三冠を総舐めするという最後にして最大の難関が待ち受けている。
その序章となる、天皇賞(秋)。
シービーにワスカ。今まで戦ってきた猛者達が集結する中距離G1。
今までその二人には勝率では勝っているが、彼女たちも実力を増してきている。
簡単に勝てる戦いではないというのはもう分かる。
「それに…」
手元にある資料を見返す。
それは、ASAWP計画の予定表。
今後は安全性を考慮して、伊豆諸島試験場で試験を行う。
そのため、夏合宿所近くでの試験は無期限延期される。
また、純正太陽炉が完成したためそれの試験を行う。
機体は”明星”を使用し、機体の出力調査や人体への影響を調査する。
そして、来年の後半に完成予定の戦略機の建造。
もうすでに下半身は完成しており、今はブースターと上半身の建造に移っている。
それに加えて、戦略機のオプションユニットも建造中であり、それの試験も”明星”で行う。
そして何よりの懸念事項は…
「主任、だよなぁ…」
今まで、二回の交戦を経ても尻尾を掴めない主任達。
一体彼らはどこから来たのか?
おそらくは転移だろうが、なぜ単独で行動している?
なぜ国家の庇護を受けないのか?
それに、彼らの目的もよくわからない。
人類の可能性という曖昧なものを求めて、今までの行動を起こしている。
それでなぜ人の命を容易く奪うようなことができる?
人類の可能性というものは、命以上の価値があるものなのか?
クエスチョンマークが機械の体を持って歩いている存在の主任。
そんな事を考えても、結局答えは出ない。
天皇賞はやってみるまでわからないし、ASAWPはなんとも言えない。
そして主任は本当にわけがわからない。
世界は俺を試しているのか?
背もたれに深く寄り掛かり、天井を見上げる。
でも、今あることをこなしていかなければ行けないというのが辛いところよね。
再び、手をキーボードに伸ばして打ち始める。
願わくば、少しでもこの状況が改善することを望んで。
同日 夕方 トレセン学園の一角
トレーニングを終えたあたしたちは器具を戻しに、倉庫へ向かっていた。
「一体、俺は何をすればいいんだろうな」
「ん?どうしたんだトレーナーさん」
突然重い話を始めるトレーナーさん。
「いや、この前の事件あったろ?」
「あぁ。第二次伊豆事件とか呼ばれているやつだろ?」
「そのときに相手からこう呼ばれたんだ。『お前が戦い続ける限り、可能性を証明できる!!』って」
「それだけだと、何だか全くわからないな」
可能性を証明できる、って言うところが特にわからない。
「多分俺と同じように別世界から転移してきたやつなんだろうけど…」
言葉をつまらせるトレーナーさん。
「本当に素性が知れないやつでな、一体なんのために戦っているのかすらわからない」
「…あんま難しいことはわからないけどよ。話してみたらいいんじゃねぇの?」
「簡単に言ってくれるけどな、相手は俺を倒しにかかってきてるから………」
一瞬、トレーナーさんの動きが止まる。
「いや、やってみるか」
「?どうしたんだ?」
「こっちの事情だ。気にしなくていい」
何なのかはわからないが、取り敢えず力になれたようで良かった。
同日 夜 星街家
星が照らす夜のさなか、通話が行われていた。
「ふ〜ん、そんな事があったんだ」
仁君は午前中にあったことを話していた。
「あの主任ってやつは多分、人類の可能性を求めていると思うんだが、それがわからない」
「で、エースちゃんが実際に話してみたらどうなのって出てきたのか」
「そう、サイコフレームとGN粒子を使えば多分できる」
「どっちもガンダムの技術ってのは分かるけど…どういう感じなの?」
「どっちとも意思伝達をサポートするから、これなら直接話せるんじゃないかなって」
ジークアクスで見てたけど、そういうことだったんだ。
「でも、主任って素性がわからないんでしょ?機械とかだったらどうするの?」
「もう当たって砕けろっていう精神で行くしかない」
「…仁君って自分を犠牲にするよね」
「でも、それでもっと多くの人生を守れるんだから、後悔はないですよ」
正直、その精神は尊重するけど、仁君にはもっと自分のことを大切にしてほしい。
「あと、エースちゃんの秋天はどうなの?」
「準備は順調ですよ。ただ、相手も強いので…」
少し弱い声になる。
「大丈夫。自分を信じてみて」
「すいちゃん…」
そんなこんなで通話は終わり、一人の時間になる。
あの犠牲グセを治すにはどうしたらいいんだろう。
もう、エースちゃんと一緒に止めるしかないのかな。
それとも、強引に仁君を自衛隊から引き剥がすことしか…
すいちゃんの葛藤は続く。
2035年10月28日 天皇賞(秋)当日 東京レース場
秋の風が吹く東京レース場。
そのターフの上にエースは立っていた。
「数々の優駿たちがしのぎを削ってきた名門中距離レース!天皇賞(秋)!!」
聞き慣れた解説役の声が耳を通る。
「このレースを走る、優駿たちの解説をいたしましょう!!」
「まずは一番人気!中距離では無敗の二冠馬!その脚で一番を駆けろ!」
「カツラギエース!」
会場がエースへの歓声で揺れる。
「続いて二番人気!今度こそ栄冠を掴めるか!一番人気を抜かせるか!」
「ドゥービンワスカ!」
その燃えるような負けん気で、女王のような風格を見せる。
「三番人気!菊花賞の栄光を取り戻し、再び一着に手を伸ばせるか!」
「ミスターシービー!」
その緑色の瞳が見つめるのは勝利のみ。
そして、それを押しつぶさんとする13人のウマ娘たち。
「東京第11R!天皇賞(秋)!まもなく発送です!!」
その様子を見守っている仁は以外にも、落ち着いていた。
すいちゃんには感謝しないとな。
あの人のお陰で、自分を信頼することができた。
「今日は特に何も心配しなくて良さそうだな」
橋塚が隣でそう話す。
「あぁ、すいちゃんのお陰でな」
「ほ〜う、そりゃ良かった」
ターフに目をやると最後の子がゲートに入ろうとしていた。
「最後の一人がゲートに入り…」
ガシャン!!
「スタートしました!!」
エース達を見守っていたのは仁だけではない。
「おっ!スタートした!」
・さぁ、今回エースは勝てるのか!
「秋シニア三冠の緒戦だし、景気よく勝ってほしいけどね〜」
すいちゃんも秋天応援配信をしていた。
「エースちゃんは今回大逃げか…」
・多分、距離が比較的短いからかな?
・ホープフルSと同じような感じか
「吉と出るか凶と出るか!!」
残り1800。
数十分前に交わした会話を思い出す。
「今回の作戦は大逃げで行く」
「やっぱホープフルとか皐月賞と同じだからか?」
「あぁ。差なんてつければつけるほどいいからな」
「でも、バテる可能性は捨てきれないぜ?」
疑問を持った声で、トレーナーさんに尋ねる。
「そのための今までのトレーニングだ。全力を出し切ってこい」
「…前も聞いたけど、もしそれで負けたら?」
「しょうがない、って割り切る」
一瞬、静寂が通り過ぎる。
「変わんないな、アンタは」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「エースさん出番お願いします!」
ドアを開けて、スタッフがそう告げる。
「分かった!じゃ、行ってくる!」
「あ、エース!」
呼び止められ、振り向くエース。
「やってやれよ、エース!」
「あぁ!やってやるさ!」
そう言って、あたしは部屋から飛び出した。
確かに負けたら仕方ないって割り切るしかないのかも知れない。
だけど、そんな割り切り方は性に合わねぇ!
「カツラギエース!更に加速!とどまることを知らないのか!!」
全力を出して勝つ!それがあたしのやり方だっ!
アフターバーナーを付けた戦闘機のように加速するエース。
それによって、ペースを乱される後続。
果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか。
残り1000
G1を勝った経験、あのエリザベス女王杯を思い出す。
すべての歓声を一身に受ける高揚感。
一着で大レースを走りきった達成感。
あれ以上の極上の”味”は多分ないだろう。
それをもう一度感じたい、味わいたいというのも、私の走る理由の一つだったのかも知れない。
だけど、それを独占する最大の敵が現れた。
カツラギエース。
現役最強という栄光を欲しいままにするウマ娘。
彼女から勝ちを奪えたら、どんな味がするんだろう。
そう思って、大阪杯、宝塚記念を走ってきた。
結果は周知の通り、一度も勝てなかった。
それでも、今度こそ、今度こそと思って今回の天皇賞に挑んだ。
そして今に至る。
今、私は三番手を走っている。
数字だけを見るといいかも知れないが、二番手から一番手の間が離れすぎている。
先頭はもちろんカツラギエース。
その背にはもはや諦めを通り越して、憧れすらもつ。
ハロン棒を見ると残り600。
仕掛けるなら、今!
一気に脚を使って、前に出る。
二番手を躱し、残るはあの背中。
残り500!
まだ行ける!
勝利を垣間見たその時だった。
「カツラギエース!まだ加速する!」
一体何が起こったのかわからなかった。
あれだけの距離を走ってなぜバテないの!!
そう心で思った。
あの背中はどんどん遠くなっていく。
あぁ!!三女神よ!
「まずは一冠目!カツラギエース天皇賞制覇!!」
勝利は響く。
「タイムは!なんと1分55秒0!2000mの世界コースレコードです!」
その記録に俺は目をひん剥いた。
は?55秒の0?
あのイクイノックスを?超えた?
ウチの子が世界最速?
あまりの衝撃に固まってしまった。
「おい!仁!レコードだぞ!レコード!」
隣では橋塚が俺を揺さぶっていたが、衝撃のあまり俺は反応できない。
「やってみせたな…本当に」
俺は取り敢えず、エースのもとに歩いていくことしか出来なかった。
レースが終わった。
また二着で負けてしまった。
本当に勝ちたいはずなのに。
一体どうするべきだったんだろう。
天を仰いでいると、肩に雨が降ってきた。
違う、これは涙だ。
認めたくないけど、認めるしかない。
そういう感情の上で流れてる涙だ。
「二着ドゥービンワスカ!三着ボルケーノ!」
空は平等に広がっている。
敗者にも、勝者にも。
「ト、トレーナーさん」
呼吸を整えながら、歩み寄ってくるトレーナーさんに声を掛ける。
「エース!」
その言葉と同時にあたしはトレーナーさんにハグされた。
「え、えっ、トレーナーさん?」
耳元では「よくやった…よくやった…」という言葉を涙声で何回も言っていた。
歓声が続くレース場の中であたしはただ、この状況を享受することにした。
俺はあまりにも凄すぎることを成し遂げたエースに対して、何をすればいいのかわからなかった。
泣き出してもしまったし。
その結果、ハグをするという事になった。
「…………」
エースも何も言わず俺を抱き返してきた。
あったかいな、これって。
そんなことを思いながら、天皇賞(秋)は幕を下ろした。
「本当強いね〜あの子」
「やはり、例外の存在としては適格でしたか」
「それですいちゃんの方はどうなの〜?」
「チャンネル登録者が300万を突破し、ライブツアーも決まったようです」
「それで、そんな二人が想いを寄せてるのが一番の例外と…」
水底や 可能性を見 浮上せよ