2036年6月21日 阪神レ―ス場
夏の息吹が聞こえる6月。
照りつける太陽の下、俺達はトゥインクル最後のレ―スに出る。
上半期最後のG1レ―ス、宝塚記念。
去年は勝てたが、今年はそう簡単には行かないヤツがいる。
天皇賞(春)を勝利し、春シニア2冠を狙うシンボリルドルフ。
ルドルフの実力は晴斗とともにメキメキと上がっている。
さすが三冠馬。
だが、こちらもやすやすと負けるわけには行かない。
今までの経験を下に、休養・練習ともに万全を期したつもりだ。
休養にも万全を期したのは、練習に詰め込みすぎて故障を起こさないためだ。
その過程を得て、俺は今控室で祈ってる。
「アンタの緊張し過ぎる癖は相変わらずだな」
目の前には何回ものレースで着た勝負服を着こなしたエースが居る。
「しゃあないだろ……目標ってのは達成しようとする瞬間が一番足を掬われやすいし…」
「まあ、そうだけどよ。負けるつもりで来たわけじゃないんだろ?」
「当たり前だ。俺らの最大の目標を達成するために今日までやってきたんだ」
「じゃあ、後やることは1つだろ?」
エースが俺に目線を合わせ、肩に手をおいて言う。
「やって見せる。それだけさ」
その瞬間俺はハッと気付かされた。
祈るのも一つの手だが、それよりも俺達のやってきたことを信じろと。
「はは……今になってそんなことに気づくとは、俺も馬鹿だな」
「そんなことねぇよ。トレーナーさんは今までいろんなことでアタシを支えてくれたし…」
「くれたし?」
すると、何故かエースが目を逸らした。
「?どうしたんだ?」
「な、なんでもねぇ!!」
そういって、部屋を飛び出していってしまった。
何回かこういう事あったけど、何なんだろうなぁ。
でも、今はエースを信じることしか出来ないな。
信じる力
「は~い!!彗星のごとく現れたスターの原石!!アイドルVtuber~~」
「星街すいせいです!!すいちゃんは~」
・今日もかわいい!!
・今日もかわいい!!
・今日もかわいい!!
「今日はエースちゃんのトゥインクルシリーズ最後のレース、宝塚記念!!」
・また一人の英雄がターフを去る…
・ドリームトロフィーリーグに行くとはいえ、寂しくなるな
・確かシービーもトゥインクルから引退するんだっけ
「戦友の二人が同時に引退するのは感慨深いね」
・だね〜
・レース終わったら二人の引退式だ
・でもまずはエースの応援だね
「今回も勝てるよう応援していくよ〜」
勝利を信じる者たち
「上半期を締めくくる、阪神レース場頂上決戦!!宝塚記念!!」
もうこの実況もトゥインクルで聞くのは最後になるんだな。
そう思いながら、ゲートへ慣らしで走っていく。
すると視界の端から追いついてくる影を見た。
その影はシンボリルドルフだった。
一瞬、そちらが気になって目をやるとアタシの瞳孔は一気に開いた。
あくまで移動にも関わらず、レース並みの気迫を出していたのだ。
それだけ、アタシを意識しているってことだろうな。
それに集中していると、気づかぬ間にゲートに到達していた。
いいぜ、相手してやる。
皇帝と反逆者。
「6番カツラギエース、4番シンボリルドルフがゲートに入っていきます」
解説の声が鳴り響く関係者席の一角で俺と晴斗は話していた。
「こうやって話すのは防大以来か?」
「そうだな。ジャパンカップと有マはどっちも忙しくて話せなかったからな」
久々の旧友との会話。
「そっちも調子良いそうじゃないか」
「まぁな。担当が優秀すぎて俺が足を引っ張ってるんじゃないかと心配だよ」
そう思いを吐露する。
「…参考になるかはわからないが、トレーナーと担当は二人三脚。どちらが欠けてもダメだ」
二人の間にシーンとした空気が流れる。
「だから自信を持て。ここまで勝ててきたのはルドルフとお前の努力だ」
「…そうかもな。ありがとう」
すこし晴斗の顔が明るくなった気がした。
「それじゃ、やることは一つだな!」
「あぁ、そうだな!」
「全バ、ゲートに入りました!」
「担当の…」
ガチャン!!
「スタートしました!!」
「応援を!!」
「今回も大逃げするのね、エースちゃんは」
・エースはやっぱり大逃げが似合うな
・対抗バのルドルフは今回中団前か
「中距離の中で中くらいの距離だから先行でもいいって判断したんだろうね」
・でも、エースの逃げは並大抵のものじゃないぞ?
・それでも勝てる打算があるってことじゃないの?
「勝ってくれ〜エースちゃん!!」
応援は変わらず
残り1800m
あの有マの後。
私は決断を迫られた。
このままエースに変革を任せるのか。
それとも介入して私が変革の主導権を取り戻すのか。
こう思った理由として、変革がうまい方向にいかなかった場合だ。
もしエースが旧来のものを守り続ける方向にシフトしたら?
そうなったら変革はパーだ。
一方で、私以上にエースが変革にふさわしいのではないかという疑念もあった。
その中で私が選んだのは、主導権を取り戻すことだ。
やはりこの変革を不安定より安定した方に持っていきたい。
そう思って、エースを打ち倒すべくこの宝塚記念に出た。
なんとしても倒してみせる、彼女を。
残り1400m
アタシは今まで反逆のために走ってきた。
一度はその目的を忘れかけても、思い出し走って、勝ってきた。
そして今日、その一旦の区切りが付く。
だから、このレースは
「負けられねぇんだぁ!!!!!」
加速するエース。
すべてを賭けろ、この2分間に。
残り1000m
残り1000mを切り、最終直線もいよいよ見えてくる。
ここからが勝負だと集中していたときにそれは起こった。
「シンボリルドルフ仕掛けた!!コレは耐えられるのか!!」
ルドルフの早仕掛けだ。
早仕掛けは体力を消耗する一方で、レース全体を狂わせる事ができる。
かなりの大仕掛けに出たな、晴斗!!
頼むエース!!
お前ならやれる!!
残り600
コレが対エース用に考えた早仕掛け戦術だ。
番狂わせな戦術でエースの体力を消耗させる。
これをやれば、終盤の末脚を大幅に削れる!
そう思った瞬間だった。
エースが一気に加速した。
いや、ただの加速じゃない。
これは
今まで見てきた中で、一番の加速であるがそれだけではない。
気迫だ。
エースは逃げる戦法を取ってきたためどちらかと言うと気迫から逃れる感じだった。
だが、気迫を出すのは想定外だった。
それに仁も気付いたのか、エースを見ていた。
心なしか、ルドルフが気迫に押されているように見える。
その衝撃に俺はペンを落としてしまった。
覚醒
残り200m
「目に焼き付けろ!!」
「コレが!!」
「カツラギエースだぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
解説の迫真迫る声を通り抜けながら、ゴールを過ぎる。
徐々に減速し、膝に手をついて荒い呼吸を整える。
呼吸が整い、掲示板を見た。
そこにはこう書いてあった。
2着との差 大差
レコード
タイム 2分08秒3
天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有マに続く4つ目のレコード。
「エース!!」
結果に衝撃を受け、呆然と立っていると、向こうからトレーナーさんが走ってきた。
そしてアタシに抱きついた。
「ト、トレーナーさん!?」
「本当に、本当に、よくやった……」
涙声で話すトレーナーさん。
「よくやったぞ!!エース!!」
「日本一のエース!!」
「エース!!エース!!エース!!」
その内、後にエースコールと呼ばれる歓声が巻き起こった。
あぁ、本当にやってやったぜトレーナーさん。
アタシ、日本一になってやったぜ。
アタシは左手でトレーナーさんを抱き返し、右手をかざして勝利の宣言をした。
英雄よ伝説に
「また、負けてしまったな……」
その側で私は空を仰いでいた。
視界が少しぼやけて来た。
多分私は泣いているのだろう、
一体どうすれば勝てたのだろう。
いや、もしかしたら元から勝てなかったのだろう。
やはり彼女は
「イレギュラー…」
例外。
そうとしか言えない強さがある。
なら、見守ろうじゃないか。
彼女がどんな世界を作るか。
ルドルフは踵を返し、トレーナーとともに地下バ道に降りていった。
例外の芽生え
同日夜 阪神レース場
高出力のライトによってターフが照らされ、観客席には7万人もの観客が集まる。
今日この時をもって、引退する二人の英雄を見るためだ。
一人は圧倒的な実力を持って、全てを打ち倒した英雄。
もう一人はその英雄を唯一倒し、走り続けた英雄。
その二人が勝負服姿で地下バ道から姿を表す。
それと同時に夜にも関わらず、波のような歓声が上がる。
その後ろに続くのは二人のトレーナー、仁と橋塚。
いよいよトゥインクル最後の四人の言葉が話されようとしていた。
まず最初に渡されたのは橋塚だった。
「え〜自分が最初にシービーが担当になった時は、正直言って不安でした」
少し緊張して喋る橋塚。
「こんな才能を持つ子に対して自分が釣り合うのかという不安です」
「ですが、そんな不安は今ではどうでもよくなりました」
「世界一の担当に彼女がなってくれたからです!!」
「シービーを応援してくれた人!!本当にありがとうございました!!」
拍手でそれは締めくくられた。
次に話すのはシービー。
「アタシから話したいことは一言だけ」
その発言にレース場全体が息をのむ。
「ありがとう!!そして、また会おう!!」
ワァァァァァ!!!!!!
「ドリームトロフィーリーグでも頑張れよ!!」
「ありがとうシービー!!」
そして俺の番になった。
「え~最初に皆様に対して言いたいことがあります」
再びレース場の空気が静まり返る。
「うちの担当は本当にすごいです」
「それはもう、自分の想像する以上に」
「だって最初の担当でG1を十勝してレコードを四つ取るとは思っても見ないじゃないですか」
「でも、本当にやっちゃたんですよ彼女は」
「そんなのもうすごいとしか言いようがないじゃないですか」
「だから皆さん。彼女に最大限の讃辞を」
そう言って俺はエースへの讃辞で締めくくった。
最後はアタシの番だ。
「アタシも言いたいことは一つ!!」
一呼吸置き、思い切って話す。
「アタシこそがエース!!してやったぜ!!」
ウォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!
その言葉で引退式は最高の幕引きを迎えた。
・本当にすごかったね~
「ドリームトロフィーリーグが待ち遠しいね~」
・待ち遠しいといえば、年末にレース場でライブするんだっけ?
「うん!エースちゃんとも共演するかもね」
・そうなったら夢のコラボだね。
・それにしてもすいちゃんもでかくなったよなぁ
・もうすぐで登録者400万人だしね
そうコメントが移り変わっていく中で、一件のコメントが目についた。
・やはりイレギュラーか
そのコメントにすいちゃんは得も言われぬ恐怖を感じた。
そのコメントのことは結局分からず、終わってしまった。
「あの子も引退か~」
「主任、働いてください。あと半年で追加の準備終わらせなければ」
「はいはい。相変わらず固いねぇ~」
「…イレギュラー、か」
「?どうしましたか?」
彼らは続ける。
可能性を求めて