原作での岸本の発言には自分的に思うところがあったので、今回は恵留を通してその辺を表現しています。
それではどうぞ。
ここは、浴槽で手首を切り、救急搬送されたという1人の女子高生の実家。
「行ってきます」
中から出てきたのは件の少女、
彼女は家の前の通りを歩いていると、2人組の若い男女がいた。彼らは少し様子がおかしく、特に女性の方はハンチング帽を目深に被り、電柱の影に隠れている。岸本はその2人をチラッと見ただけで特に気にすることもなく、そのまますれ違い去って行った。
「……」
「…この目で見るまでは信じたくなかったよ」
岸本の後ろ姿を見送る少年、
● ● ●
場所は移ってバーガーチェーン店。2人は注文後に隅の席を取って、先程の現象を振り返る。
「まさかとは思ったけど、本当にもう1人いたなんて」
もう1人の自分をこの目で確かめたいという岸本の要望で、恵留たちは休日を利用して岸本の実家近くまで来ていた。そこで目撃したのは、ちょうど外出するもう1人の岸本本人、似ているどころか全く同じ姿をしていた。
「なんであたしだけ2人もいるんだろ?」
「……多分、だけど…、僕らは生き返ってるわけじゃなくて、ホントに死んでるんだと思う」
恵留は神妙な顔で考え込んだ後、自分の見解を話す。
「え?それってどういう……」
「えーっとホラ、あの西って子がファックスから出てきたコピーって言ってたの、アレは僕らが死んだときにあの黒い球が身体も記憶もそっくりそのままコピーして僕らをあの部屋に作り出したってことだと思う、それも怪我も病気もないまっさらな状態で」
「…えっとぉ、つまり?」
「今ここにいる僕らは、あの夜死んだ人間のコピー、クローンってことなんだよ……」
我ながら恐ろしい話をしていると恵留は思った。聞いてる岸本も固唾を飲み、冷や汗を流す。
「列車に跳ねられた僕と加藤くん助かる見込みは無かったんだろう、でも岸本さんは病院ですぐ蘇生させられて、コピーだけ取られてあの部屋に送られてきたから、今2人いるんだと思う」
「その理屈で言ったら…、やっぱりあたしが偽物ってことなんだね」
「本物だよ、どっちもね」
塞ぎ込みそうな岸本に恵留はそう言い切ったが、実際そう思いたかったのは恵留の方かもしれない。オリジナルの葉狩恵留は既に死んでおり、今ここで思考している自分は葉狩恵留と言えるのだろうか?そう思いながら何度も何度も小中学の卒業アルバムや写真を見返し、記憶とすり合わせてみてもそう言った不安感は拭えなかった。
(不安……、いや、それは岸本さんの方がよっぽどだろうな)
岸本はコピーとして作り出されたばかりか、住む場所も積み上げてきたものも全て失ってしまった天涯孤独の身だ。もし恵留の家に来なければ右も左もわからず路頭に迷っていただろう。
(元に戻る方法ならある、でも……)
その方法は、二つあるものを一つにする。全く同じ書類が2枚あるなら、片方を処分すればいい。だが、もし恵留が岸本の立場だったら、できればしたくないことだ。
さてどうしたものかと思案するも——
「あーせいせいした!!スッキリした!!」
「…………えっ!?」
恵留とは対照的に岸本は吹っ切れた様子でそう言った。
「前言ってたでしょ、あたしお母さんに期待され過ぎてるって…、考えてみたらずうっとそうだったな、ずうっと真面目に、お母さんの顔色うかがって、勉強ばっかりして……」
「…それは……」
「本当に勉強ばっかり。でも、もうあの家の、あのお母さんの子じゃないって思ったら…、急に楽になった、未来に明かりが差してきたような感じ…」
岸本の言っていることは理解できる。しかし、15年間と決して短くはない年月を共にした家族への未練をこうもあっさり手放してしまえるとは思わなかった。
「あ、でもあの子はこれからもあの家で生活を続けなきゃなんないんだ、かわいそう…」
「……それで、岸本は…、いいの?それで……」
「……?なにが?」
「な、なにがて——ッ!!」
つい声を張り上げてしまい、他の客に注目されてしまう。聞かれてはならない話をしていることを忘れてしまっていた。恵留は周囲に「すみません」と小さく会釈し、改めて岸本に問う。
「もうお母さんと、ご家族の方に二度と会えなくなるかもしれないんだよ……、本当にそれでいいの?」
「え?いいのいいの!そりゃあ、育ててくれたことに感謝はしてるけど…、でもお母さんってあたしに優等生でいて欲しいだけであたし自身のことなんて考えてないし、
「そ、そんな……」
岸本の表情は実に晴れやかなもので、取り繕うとか、無理をして気丈に振る舞ってるでもなく、本心からそう語っているのだと窺える。
「……あのさ岸本さん、
「よし!!あたし加藤くんが好きだ!!生きよう!!」
「……ッ、はいぃ!?」
唐突に立ち上がり宣言する岸本。再び周りの客から白い目で見られる男女2人がいた。
「ねえ、また会えるかな?加藤くんに」
「ま、まぁ……」
「うん、会えるよね、運命を感じるの、加藤くんとは…」
「………」
岸本の思考回路がすっかり恋愛モードに切り替わり、頭の中は加藤のことでいっぱいだ。そこにもう母親のことなど露ほども残っていないようだ。そのあまりの切り替えの早さには恵留も言葉が出なかった。
「希望が見えてきた、よし!これからがんばろ!…ねぇ食べよ!お腹すいちゃった!」
「あ、うん…、そうだね」
未だ胸に落とし込むことができないものがある恵留の心境も気にとめず、座り直してセットメニューのハンバーガーを食べ始めた。
「あむ、ん〜ッおいし!」
(…僕が重く捉えすぎてるのかな……?)
季節限定メニューに舌鼓を打つ岸本だったが、恵留はどんな味だったか覚えていなかった。
● ● ●
恵留のモヤモヤとした気分は結局その日の晩まで続いた。学習デスクで宿題をしながら岸本の言動について考える。
(そりゃ手ェ切ったくらいだもんね、死んじゃいたいって思うほど嫌だったんだろうけど……)
母親からの重圧に追い詰められ、畳み掛けるように突き付けられる自分はコピーだったという
自分だけでは力不足ならそれこそ加藤にも相談し、必要であればあの西少年にも知恵を借りようと頭を下げるつもりだったのだ。
だが、本人がこの現状を良しとして受け入れ、未来に希望を見出していた。そればかりか、あの家で母親に束縛されたままのオリジナルの自分を憐れむ言葉さえ発していた。
(だとしたら…、
昼間見たもう1人の岸本に抱いた違和感の正体に気づきつつあるも、恵留はそれ以上考えるのをやめた。本人たちの中で決着のついたことを自分があれこれ考えても仕方ない。そう結論づけ、ノートに教科書の後ろのページにある答えを丸写ししていく。
(それにしてもなんだか寒いな、首がゾクゾクする)
耳元から首筋にかけて寒気がする。だが部屋の気温はそれほど低くはない。
(風邪…?いや、それにしてはなんか……)
今まであまり感じたことのない悪寒。それは単に肉体の異常を知らせるアラートではないことがわかる。
コンコンッ
ドアの外側からノック音。恵留が返事をすると、岸本が切り分けられた梨が乗った皿を持って入ってきた。
「あ、葉狩くん、コレ頼子さんが食後のデザートにって——」
「岸本さんッ、今もしかして寒気がしなかった?」
「ん?」
部屋に入るや突然投げかけられる問いに目を瞬かせるが、そういえば…と、首を手で触れながら答える。
「なんだか寒いかも……、ヤダ、耳鳴りまで…、風邪ェ?」
「僕もだ、これはただの寒気と耳鳴りじゃないぞ」
「えっ、どういうこと?」
「僕の勘だよ、きっとこれが合図なのかも……」
恵留はそういうとシャープペンシルを置き、学習デスクの下に隠すように置いていたナップサックを取り出した。
恵留の緊迫した面持ちに岸本は不穏な空気を感じた。
「岸本さん、あの部屋…、ガンツの部屋から何か持ち出した?スーツとか銃とか」
「え?なんで?持ってくる訳ないじゃん!どうしたのさっきから!?」
「ならいいけど、あの部屋からはあまり物を持ち出すのは良くない気がする……」
恵留の明らかな焦り、それを見て岸本まで胸騒ぎがしてきた。
「ね、ねぇ……、何が起きて——うッ!?」
ピキンッ
「ぐっ……!!」
耳鳴りの末に一瞬鋭い痛み。すると2人は金縛りにでもあったかのように、そのまま文字通り指一本動くことができなくなってしまった。その未知なる体験に岸本は恐怖を露わにした。
「なに…これ!?あ……ッ!」
岸本は、恵留の頭が削れていくように徐々に消えていくのを目撃した。そして、自分もまたそうなっていることに気がつく。
「葉狩くん…、頭が…」
「……また転送されるぞ」
狼狽える岸本に比べ、恵留はある程度予想していたので驚きつつも冷静だった。
やがて頭部が完全に転送され、その先で2人が見たものは——
「よォ、お帰り」
例のマンションの部屋と黒い球体、そして先に転送されて来ていた
家族から蔑ろにされる玄野、親戚の家で冷遇される加藤、そして母親からのプレッシャーに苦しむ岸本と、なにかと家庭環境に問題ある主要メンバーですが、恵留の家族は徹底して普通を描きました。その恵留が戦いを通じてどう変化していくかを重視しています。
次回、ようやく田中星人編突入です。ご期待ください。