それではどうぞ。
『この…、ここのホームで2人の高校生が線路に落ちた人間を助けた後、忽然と姿を消してしまったのです』
俺は朝食のトーストをかじりながら、1人ワイドショーを観ていた。テレビには毎朝通学で使う駅のホームが映し出されている。事故があったらしいけど、死体がどこにもないそうだ。インタビューを受ける人の回答もなんだかおかしい。
『あっち側に走っていったんですけど見えなくなっちゃって、撥ねられるところは見てないけどなー』
『その時間ホームにいたけどそんな高校生見なかったよ、なんか集団催眠みたいなヤツじゃないすか』
それぞれ言ってることが違くて、整合性がまるでとれてない。
かく言うこの俺、
「あ、ヤベッ、もう行かねーと」
電車の時間が迫っていたので、俺は急いで朝食を済ませて制服に着替え、安アパートの一室を出た。
同居人はいない。家族に疎まれ、半ば追い出されるように始めた一人暮らしだけど、俺は悠々自適に過ごしている。
例の事故があった駅の電車は問題なく使えた。なんてことない、いつもと変わらない登校風景だ。
「なぁ、なんでお前のヤンジャンこんなクシャクシャなの?」
教室で同級生の永沢と松村に、俺が昨日駅で買ったヤンジャンのグラビアページを見せた。なぜか誰かに踏みつけられたようにクシャクシャになっていた。
「わからん、気がついたらこうなってた」
「事故のどさくさで踏まれたんじゃねーの?あの駅で買ったんだよな」
「落とした覚えねーし……」
「なぁ、それよりさぁ、昨日始まったアニメがさぁ——」
コイツらに話したところで答えも出ず、あっさりと話題は変わる。いつもこんな感じだ。とりとめのない日常。可もなく不可もない平和な生活だ。
いや、不満ならある。彼女がいないってこと、それともう一つは……、
ガララッ
「みんなおはよー!」
来たよ……、今朝は遅かったからもしかしたら休みかと期待したのに。
「あ、葉狩来た」
「えるくん、おはよー」
ソイツはクラスの仲良い奴らに挨拶してまわっている。その姿を俺は自分の席から見ていた。
「今日はちょっと遅かったね」
「いやさ〜、昨日駅にカバン忘れちゃって、受け取りの手続きとかしてたらギリギリになっちゃった」
「カバン忘れ……そんなことある?」
俺はコイツに何か嫌なことをされた訳じゃない。むしろいいヤツだ。クラスでの評判も良く、人望も厚い。
……いいヤツなんだろうけども、なんであそこまで持ち上げられてんだ?
葉狩はズバ抜けて成績がいいわけじゃない。スポーツだって、体育で活躍してるところなんか見たことがない。みんなソイツの何がそんなにいいんだ?別に嫉妬とかじゃねーけど、俺と大差ないような普通の男じゃねーか。持ち前の人柄の良さってやつか?俺にはわからねーよ。
「葉狩、足立の宿題やってきた?」
「やってなーい」
「死んだなお前」
「アハハハッ!」
呑気にそんな会話する様子も俺は冷めた目で見ていた。
(だいたい“エル”って名前も何なんだよ、デスノートかっての)
「……お前ってホント葉狩のこと嫌いなー」
「(ギクッ)は、はぁッ!?」
しまった!顔に出てたか?まさか松村ごときに見透かされるとは……。
「なん、いやっ、俺は別にサァ」
「いや、お前顔に書いてあるって」
「ま、まぁ気持ちはわからんでもないけどな」
俺は軽く慌ててすぐに誤魔化そうとしたが、どうやらバレバレであるようだ。
「玄野くん、おはよう!」
ビクッ
振り返るとそこに、渦中の葉狩が俺に挨拶をして来やがった。完全に不意打ちだ……。
「松村くん、永沢くんもおはよー」
「お、おぉ………聞かれたかな?今の……」
「やべぇな……」
2人が気まずそうにヒソヒソと話す。おい、ビミョーに聞こえてるっつーの。
しかしどう言う風の吹き回しだ?今まではすれ違った時くらいにしか声かけられなかったのに、コイツの方からわざわざ近づいてくるなんて。
葉狩はどこか嬉々とした表情で俺に何かを言いたそうにしている。さっきの文句ではなさそうだが。
「ちょっといいかな?聞きたいことがあってさ」
「な、なんだよ……」
「あのね玄野くん、
「いや、知らねェ」
● ● ●
嘘をついてしまった……。なんとなく、アイツにプラスになるような気がして。
『えッ!?お、覚えてないの?』
『覚えてないとかじゃなくて、知らねえの』
『そんな……、だって、その加藤くんから聞いたんだよ!小学生の頃に“くろのけい”って幼馴染がいて、“けいちゃん”って呼んでたって———』
『だから知らねーんだって、同じ名前の違うヤツのことなんじゃねーの?別に珍しい名前じゃねーだろ』
『だからって……、あれぇ〜〜?』
そう言って葉狩はうんうん唸りながら自分の席に戻って行った。俺は少しばかりの罪悪感を覚えたが、当てが外れて困惑する様は、見ててちょっと面白かった。
しかしビビったなぁ、まさかアイツの口からあんな懐かしい名前が出てくるなんて。
加藤勝、俺の小学生時代に1番よく一緒に遊んだ仲で、よく『計ちゃん計ちゃん』と着いてきていた。転校してすっかり疎遠になってて、最近じゃかなり荒れてるって聞いたけど、葉狩とはどういう経緯で知り合ったんだ?加藤のヤツ、俺の黒歴史を葉狩にベラベラ喋ってなきゃいいけど……。
「玄野……なぁ玄野って」
「え……っ、あぁ、なんだっけ」
「だから今ヤバいんだって、2年の米倉にカツアゲされててさぁ」
だからなんだよ、知ったこっちゃねーっつの。
休み時間の今、渡り廊下で勝手に相談してるこの松村のことは、はっきり言って友達とは思ってない。親友か……、加藤はどうだろうな?アイツは昔から泣き虫だったけど、グレた今でも俺のために泣いてくれるだろうか?
「うぃ〜す米倉さんだぞ〜、元気か松村〜」
「あ……、はい……」
すると、背の高い金髪ヤンキーがやってきて、松村に話しかけてきた。松村が萎縮してるところを見ると、コイツが話にあったカツアゲしてくる2年か。
「5千円ですよね」
「ざっけんなてめー、一万円っつったろ」
松村は米倉にたかられるが、今はそんなに持ってないと言う。
「じゃあそっちのヤツにもらえよ」
「なっ、なんで俺が……」
松村が出し渋ってると思わぬ流れ弾が俺の方に飛んできた。俺が難色を示してると、米倉が俺の目を凝視してくる。まずいぞ……、なんか嫌な予感が……。
「おい松村、コイツにタッチしたら、あとの金はコイツからもらうよ」
「ハァッ!?」
「………玄野、ごめん」
松村はそう言って俺の肩に手を置く。そうすると米倉に「おし、帰っていいぞ」と言われるとそそくさとその場を後にした。あの野郎ふざけやがって!
「なんで俺が……ッ」
「別に〜、なんとなくムカつく、テメーの目」
なんだよそれ、理不尽すぎるだろ!
「放課後まで待ってやる、それまでに5万用意しとけ」
米倉はそれだけ言い残して去って行った。
「玄野、大丈夫だった…?」
教室に戻ると、松村がいけしゃあしゃあと聞いてきた。誰のせいだと思ってんだよ。
「払わされた?いくらか……?払った方がいいよ、アイツらヤクザとか暴走族と繋がってるから」
ヤクザ?暴走族?ざっけんな!無視だ無視、シカトして帰るっつの!そう考えてると……、
「おい玄野、あそこの2年がさぁ、なんか3年が会ってくれるって…、放課後迎えに来るってさ」
米倉が廊下側の窓からこっちを見ていた。親指で必ず来い!とでも言うようなジェスチャーをしている。ついてねぇ、ヤンジャン踏まれるわ、カツアゲの身代わりさせられる、最近なんでこんなについてねぇんだ。
「あの……、玄野くん?」
「あ……、葉狩…」
またコイツかよ、今度はなんだ!もう授業始まるってのに、まだ俺が加藤と関係あると疑ってんのか?まぁ実際あるけど。
「ごめん……実はさっきの渡り廊下での会話、聞いちゃってて」
最悪だよ、よりにもよって今1番聞かれたくないヤツに聞かれてた。
「もしよかったらなんだけど……、放課後……、僕が代わりに行こうか?」
「………は?」
● ● ●
何考えてんだよアイツ。なんのメリットがあってこんなことを?
『お前が代わりに…?なんで…?』
『まぁなんていうか、同じクラスのよしみっていうか、困ったときはお互い様ってことで』
『なんだよそれ』
『あぁ大丈夫!ちょっと話つけるだけだから、心配しないで』
(心配とかじゃねーんだけどな)
『先生には僕から言っとくからさ、今日はもう早退しなよ』
俺は言われるがまま荷物をまとめ、残りの授業をバックれた。そして今、放課後までの時間をこの個室トイレの中ですごしている。
……いやなんでだよ、帰れよ俺。それこそなんの意味があんだよ。まさかアイツの言うとおり心配してんのか?俺は……。
今日最後のチャイムが鳴り、教室からは椅子を動かす音が一斉に聞こえてくる。帰り支度する生徒たちの喧騒が響いてきてしばらく経った頃に、俺はようやく個室から出る。
(カツアゲといえば、やっぱ校舎裏がセオリーだよな……)
米倉や2年のヤツに見つからないように注意しながら校舎裏に行ってみる。前からヤバい奴らがたむろしてるって噂だ。呼び出されるとしたらここだろう。
校舎裏に近づくにつれ、案の定と言うべきか、怒号と下卑た笑い声、それにタバコの匂いまでしてきた。
俺は物陰からコッソリと覗いてみる。
「オラッ、この勘違い野郎!さっきの威勢はどうした!あぁッ!?」
「……ッ、葉狩!」
葉狩はうずくまって数人のヤンキーどもに囲まれて、一際デカい男に無抵抗で蹴られていた。よく見ると他にも鼻と口から血を流して座り込んでるヤツが2人もいる。本来なら自分もああなっていたと思うとゾッとする。
「ギャハハッ!なんだよコイツ!されるがままじゃん!」
「…………ッ」
「おーい生きてるゥ?ははは!」
何度も蹴られる葉狩は動かない。ホントに死んじまうんじゃねーの?
「チッ、やたら頑丈だなコイツ!こんだけやってんのに歯が一本も折れてねぇ」
ヤンキーのボスだと思う男は葉狩の顔を掴んでなぜか口の中を覗きこんでいる。そして今度は髪を掴んで思いっきり顔面に膝蹴りをかます。
「オラッ!」
「…………ッ」
「ハァッ、ハァッ」
ボスの男は息切れを起こしている。一体どれだけの時間そうしてたんだ?
「おう、命乞いくらいしてみろや、あぁ?」
「………」
「ケッ、つまんねーヤツ……、もういいわお前」
葉狩から関心をなくしたかのようにそう言うヤンキーのボス。これでようやく解放される、そう思いきや……
「ウラァッ!」
ボゴォッ
最後にキッツイのを顔面にお見舞いされ、葉狩は仰向けにぶっ倒れた。
「うーわ、ありゃ死んだな」
「いやーいいストレス発散になりましたねー立花さん」
「バカ言え、こっちは興醒めだ。おめーもあんな殴りがいのないヤツ連れてくんなや」
「さ、サーセン…」
ひとしきり痛めつけた後、ヤンキー集団がぞろぞろとこっちにくる。やべぇ、見つかったら葉狩の二の舞だ。俺は音をたてないようにその場を離れる。
「あーあ、殴り疲れて腹減ってきたわ、お前らメシどーするよ?」
「また焼き肉とかどーっすか?こないだのダッセーぱつきんがいる店の」
「あ、俺タバコもうない……」
(行ったか……?)
連中の気配が完全になくなった後、俺は再び校舎裏に戻ってみると、葉狩たちはまだそこに残っていた。アイツは上体を起こして手についた砂をはらうと、握ったり開いたりしていて身体の調子でも見ているようにしていた。あれ……?あんな黒い手袋いつから着けてたっけ?
「おい……、葉狩?」
「……ッ!!アレ?玄野くん!?帰ったんじゃないの?」
振り返った葉狩は目を丸くしてそう言ってきた。ちょっと驚きすぎじゃねーの?
「いや、どうしてるのかなって……」
「そっか……、結局心配かけちゃって…」
(だから心配とかじゃねーっつの!)
葉狩はスクッと立ち上がり腕を広げてみせた。
「でもホラ、見かけほどひどい怪我じゃないから、服ボロボロだけど」
「お、おぉ」
「そうだっ、この人ら保健室連れてかなきゃ、玄野くん、悪いんだけど手伝ってくれる?」
「あ、ああ……、いいけど、それくらい…」
いやよくねーよ、とは言い切れず、葉狩と共にあのヤンキーたちにシメられた気弱そうな男子と、3年だと思う大柄な男子を保健室に連れて行くことになった。
「あ゛、ありぐぁ、とぉ…、ううう」「す……、すまねぇ……ッ」
うわっ、コイツに至ってはもうションベン漏らしてんじゃねーかよ。まったくなんで俺がまたこんなことを……。ん?また…?以前もどこかで同じようなことをしてたのか……?
「ありがとう玄野くん、来てくれてホント助かったよ!」
「………」
屈託のない笑顔で礼を言う葉狩。うん、やっぱ俺はコイツが苦手だ。なんで平気でそんなことできるんだ?自分が損しただけなのに。他人に関わるとロクなことにならないってコイツならわかってそうなのに…、そういうとこも気に食わねーや。
それにしても…、多分コイツが1番重傷なのに、なんでそんなピンピンしてんだ……?
何気にオリ主の見かけについて詳しく語られたのって初めですね。
後書き欄を利用して恵留の趣味や特技などのプロフィールをちょっとずつ小出しにしようかと思います。
それではまた。